青井教授と青山議員の意見のすれ違いを、どうすれば上手く伝えられるのか。
これがブログのテーマです。青井教授の意見は5月6日の千葉日報の記事、青山氏の意見は1ヶ月前のユーチューブの動画です。青井氏は、日本国憲法は世界の鏑矢とも言える理想の平和憲法だから、この憲法を持つ日本は「武器輸出をしてはならない」というものでした。
青山氏のアプローチは「日本国憲法」からでなく、「日本はなぜ純国産戦闘機の開発を諦めたか」という現実問題から始まります。武器輸出はとんでもないと青井氏が言っている「武器輸出」とは、現時点では青山氏のいう「戦闘機の輸出」のことを意味しています。
両氏の意見の違いを述べる前に、議論の焦点となっている「武器輸出三原則」の説明から始める必要があります。青井氏は、「武器輸出禁止」は憲法が定めているように述べていますが、経緯を言うと次のようになります。
1. 「武器輸出三原則」は、佐藤内閣が定義した
2. 同「原則」は、三木内閣が追加定義をした
3. 同「原則」は、中曽根内閣が例外を作った
4. 同「原則」は、小泉内閣が例外を追加した
5. 同「原則」は、鳩山・菅内閣が緩和への見直しをしようとした
民主党政権だった時は、国際社会からの悪評のため緩和の方向で見直し論が出ていました。ウィキペディアの情報で分かったのですが、「知る」と「知らない」の差がこんなに大きいのかと驚かされます。
「武器輸出三原則」の経緯を知らない人間は、青井氏に騙される
「武器輸出三原則」の経緯を知っている人間は、青井氏に騙されない
もしかすると青井氏は国民を騙すというより、氏自身が「武器輸出三原則」の経緯に無知なまま、推測で説明をしているだけなのかもしれません。息子たちと「ねこ庭」を訪問される方々のためというより、無知な氏のため詳しい経緯を紹介します。
1. 昭和42年、佐藤内閣
・衆議院の決算委員会での答弁により、以下のような国・地域の場合は「武器」の輸出を認めないこととした。これが狭義の「武器輸出三原則」とされる。
・共産圏諸国向けの場合
・国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合
・国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合
・なお佐藤首相は「武器輸出を目的に製造せず、輸出貿易管理令の運用上差し支えない範囲にあるものは輸出できる」と答弁しており、武器輸出を禁止したものではなかった。
2. 昭和51年、三木内閣
・衆議院予算委員会で三木首相は、佐藤首相の三原則の厳重な履行を約した他、いくつかの項目を加えた。
・三原則対象地域については、「武器」の輸出を認めない。
・三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする。
・武器製造関連設備の輸出は、「武器」に準じて取り扱うものとする。
・武器輸出三原則における「武器」は次のように定義した。
・軍隊が使用するものであって直接戦闘の用に供されるもの
・本来的に、火器等を搭載し、そのもの自体が直接人の殺傷又は武力闘争の手段として物の破壊を目的として行動する護衛艦、戦闘機、戦車のようなもの
3. 昭和58年、中曽根内閣
・中曽根内閣は、「対米武器技術供与に関する官房長官談話」で、 日米安保条約の観点からアメリカ軍向けの武器技術供与を緩和を、武器輸出三原則の例外とした。
・同年11月には、対米武器技術供与を日米相互防衛援助協定の関連規定の下で行うという基本的枠組みを定めた「アメリカに対する武器技術の供与に関する公文」が締結された。
・翌年11月には、日米の協議機関として武器技術共同委員会が発足し、実施のための細目が締結された。
ウィキペディアの説明はもっと詳しいのですが、「ねこ庭」で短く編集しました。ここまでの説明で米国との間では「武器輸出三原則」がすでに底抜けとなっている実態が分かりました。同時に青井氏の意見が、ずいぶん適当なものということも明らかになりました
青井氏に騙されないよう念には念を入れ、次回は残りの説明を紹介します、
4. 平成17年、小泉内閣が例外を追加した
5. 平成21年鳩山内閣 平成22年管内閣での動き