■ベートーヴェン ≪ 月光 ≫ の初版譜と、私のデュオ作品の出版■
2011.2.13 中村洋子
★2月 18日の 「 第 11回平均律アナリーゼ講座 」 に向け、
ブラームスの 「 Walzer für Klavier 」 Op.39
「 ピアノのためのワルツ集 」 Op.39 の勉強で、
忙しい毎日です。
この講座では、私の考える
「 10 のブラームス・トーン 」 や、
フーガの 「 変応 」 ( 意味不明な日本語訳ですが・・・ )
などについても、お話を、する予定です。
★また、 2月 2日に、ベルリンで演奏されました、
私の 2台チェロのための楽譜 が、
≪ 無伴奏チェロ組曲 第 1番 ≫ に続き、
Berlin ベルリン の 、
「 Ries & Erler リース & エアラー社 」 から、
出版されることが、正式に決まりました。
※ 参照: 2月 2日 のブログ
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20110202
★この曲集は、昨年 12月、
斎藤明子さんと、尾尻雅弘さん により、
10弦ギターと、7弦ギターにより、
CD 録音 されました。
※ 参照:12月 22日、24日 のブログ
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20101222
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20101224
★この 10曲からなる 「 二重奏曲集 」 は、
原題は、「 For Young Cellists 」 という言葉を、
添えていましたが、
「 Ries & Erler リース & エアラー社 」が、
決めました題は、
≪ 10 kleine Duette für 2 Celli ≫
≪ 二台チェロのための、10の 二重奏曲集 ≫。
★作曲家が、若い演奏者や、音楽愛好家を想定して、
作りました曲が、通常の音楽会のレパートリーとなる例は、
数多く、見られます。
★例えば、フォーレ Gabriel Fauré (1845 ~ 1924)の、
有名な、四手ピアノ連弾曲 「 Dolly ドリー 」 Op.56、
チャイコフスキー Tchaikovsky (1840 ~ 1893)の、
ピアノ独奏曲集 「 Les saisons 四季 」 Op.37b 。
★さらに、あのブラームス Johannes Brahms (1833 ~ 1897)の、
名曲「 Cello Sonata No.1 チェロソナタ 1番 」 Op.38 ですら、
当初は、アマチュアでも、誰でも弾け、親しめるように、
難しい技巧を、使わないということを、
念頭に置いて、作曲されました。
★私の、 ≪ 二台チェロのための、10の 二重奏曲集 ≫ も、
ベッチャー先生が、お孫さんと、
家庭で楽しんで頂けるようにと、作曲しました。
しかし、結果的に、ヨーロッパ各地で、
プロのチェリストの、演奏曲目として、
定着してきました。
★現代曲に限らず、技巧をこらした、難解な曲が、
優れているとは、決して、言い切れません。
なぜならば、誰でも弾けるように書く、ということは、
楽器の特性を、最大限に活かす、
という効果を、もたらすのです。
★和音一つを、とりましても、
困難な、フィンガリングによるものより、
指を押さえずに弾ける、開放弦を、和音に混ぜるだけで、
容易に弾けると同時に、楽器が美しく響くことになります。
★難解な奏法は、ある意味で、
楽器本来の美しい響きから、かけ離れ、
本領を、発揮できない、
“ 痛めつけられた音 ” になります。
これは、皆さまが、現代音楽と称するものを、
演奏会や、テレビなどでお聴きなり、体験され、
ご納得されていることと、思います。
★ごくわずかな、 「 本物 」 を除きまして、
いわゆる 「 現代音楽 」 に対する、
私の評価は、 “ 王様は裸 ” です。
★しかし、その難解さゆえ、
“ 本当は素晴らしいものかもしれないが、
自分が理解できないだけかもしれない ” と、
誠実に、思われている方が、
いかに、多いことでしょうか。
★ “ 王様は裸だ " と、叫んだ少年のように、
美しくないものに対しては、叫ばないまでも、
背を向け、無視すればいいのです。
★私の作品は、幸い、ヨーロッパで、
正当な評価をされている、ことを嬉しく思っています。
日本におけるバッハ演奏、あるいは、バッハの教え方、
バッハの解説本なども、実は、
この “ 裸の王様 ” と、かなり似ており、
あまり、褒められたものではないでしょう。
私の講座には、勇気ある少年のように、
本物のバッハを、求める方々が、
集まって、いらっしゃいます。
★作曲家の当初の意図と、初版が微妙にずれることは、
往々にして、あります。
有名な話では、シューベルト Schubert (1797 ~ 1828) の
「 Impromptus 即興曲集 」 が、あります。
「 Impromptu 即興曲 」は、出版社によって、
後から、書き加えられた題名です。
★その反対に、作曲家の意図を、
あくまでも活かそうとした 「 初版譜 」 も、存在します。
ベートーヴェン Beethoven (1770 ~ 1827) の、
ピアノソナタ Op.27-2 ≪ 月光 ≫ の例が、そうです。
★ベートーヴェンの自筆譜と、初版楽譜を比べますと、
面白いことに、気付きます。
有名な第 1楽章は、( ベートーヴェン自筆譜では、
14小節目からしか、現存していませんが )
それを見ていきますと、16小節目のソプラノ
付点 2分音符の 「 C 」 の付点の位置が、
1拍目 の符頭からは、はるかに遠く離れ、
何と、ほぼ 3拍目に記されています。
この第 1楽章では、付点 2分音符の 付点は、
このように、遠く離れて記しているのが、ほとんどです。
★しかし、これは、ベートーヴェン独特の記譜ではなく、
実は、バッハも時々、使っています。
伝統的な記譜法の一つと、言っていいのです。
もちろん、ベートーヴェンも、普通に、
符頭の直ぐ横に、付点を付けることは、多々あります。
★なぜ、このような記譜をしたのでしょうか?
本来の 2分音符の、2拍が伸びきった後の、
3拍目 近くに置いた、ということは、
“ もう 1拍 ” 延長して伸ばしたい、
というような意志が、「 視覚的 」 に、
ヒシヒシと、伝わってきます。
★漣 ( さざ波 ) のような、3連符の上に奏される、
息の長い、チェロの音色にも似た旋律、
この音が、ずっーと伸びている感じが、
付点を遠くに離す記譜法から、強く伝わってきます。
★あらためて、 ≪ 月光 ≫ の初版譜を見ますと、
ベートーヴェンが書いたのと、同じ位置に、
正確に、記されています。
見事です。
★現在の実用譜では、残念ながら、
もちろん、このようには、記されていません。
この作曲家に、忠実な 「 初版譜 」 では、
もう一つ、面白い点が見つかります。
20小節目のバスの 1拍目は、「 Eis 」 のオクターブ音ですが、
ベートーヴェンは、自筆譜で、オクターブの下の方の音を、
おそらく、誤って 「 Dis 」 音にしています。
下第 5線と、下第 1線に、 2分音符で記譜されています。
これは、初版の際、当然に訂正されていいものですが、
この初版譜は、それすら、愚直に自筆譜どおりに、
記譜しています。
★前後がオクターブ進行だから、ここで、
急に 「 9度音程 」 が出てくるのは、
間違いであるとして、編集者が、
オクターブに、直してしまうのは、簡単です。
この誤った記譜から、出てくる 「 9度音程 」 は、
この瞬間の和音構成では、絶対にあり得ない音程です。
しかし、仮に、上部に他の種類の和音が、
置かれていた場合、可能性として、
「 下部音を 7の和音の 第 7音 」、
「 上部音を、その 根音 」 とすることも、可能ではあります。
このため、初版譜は、その正誤を判断せず、
そのままに、記したのでしょう。
★それを、判断するのは、作曲家本人だけであり、
もし、この初版譜のように記されている場合は、
演奏者が、自分で判断することです。
その中間に、編集者や、出版社の思惑が入るべきではないのです。
せいぜい、脚注で、指摘すべきことでしょう。
★ベートーヴェンの、自筆譜と初版譜を、見ていますと、
バッハの現代の実用譜とは、随分と異なった環境にある、
と、つくづく思います。
ただし、そのベートーヴェンのソナタの楽譜も、
現代の実用譜では、大きく、
改竄されていることも、多いのです。
(蕗の薹、椿・白玉、蔦、残菊、蝋梅、石仏)
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