写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

物件探し

2004年12月27日 | 季節・自然・植物
 この春、庭にひと間の貸し家を作った。完成して間もなく、婚約中らしい若いカップルが訪れた。家の入り口は開け放してある。

 男は、少し離れた所に女を待たせ中に入った。首を左右に傾けせわしなく出入りし、念入りに点検している。

 しばらくして女の所へ戻り、今度はふたりで家の周辺を綿密に観察したあと帰って行った。数日後、またやって来た。

 男は気に入ってくれている様子だが、女はつれない素振りをしていた。それっきりふたりは姿を見せなくなった。

 新居での赤ちゃん誕生を期待させたが、今もってこの物件は、空き家のまま、今日は雨に打たれている。

 空き物件「巣箱」は、悲しからずや・・・
  (写真は、新築の巣箱)

お袋の味

2004年12月27日 | 生活・ニュース
 老いて少し身体の自由が利かなくなった母をひとり置いて、長男である私は遠く離れて仕事をしていた。

 出張の折、久しぶりに母の元に夜遅く帰った。もう休んでいたが起きて迎えてくれた。私の部屋には、布団がきちんと敷いてあった。

 翌朝、食卓には玉子の入った味噌汁とご飯が用意された。それは、子供の頃から慣れ親しんだ、まさに「お袋の味」がした。

 数ヵ月して母は逝った。通夜の晩、「あの味噌汁は、ホームヘルパーさんが前日作ったものを、あなたのために残しておいてくれたもの」と、近くに住む姉から聞かされた。

 しかし、あれは間違いなく「お袋の味」だった。あの朝、お袋が目の前に座っていただけで、味噌汁も心も、全てがお袋の味に染まっていたのかもしれない。

 早春、木蓮の花が咲く頃、お袋の13回忌がやってくる。
(写真は、「木蓮」:05.03.23毎日新聞「はがきエッセイ」掲載文)