写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

7人の敵

2009年07月31日 | 車・ペット
 1週間前、ハートリーを連れて夕方の散歩に出かけた。いつも通る山沿いの小道を歩いていると、30m向こうから茶色で喧嘩っ早そうな中型犬を引いた若い婦人がやってきた。ハートリーは、ほとんどの犬との折り合いは良いが、時に喧嘩を売られることがある。
 それを察知して、すれ違う前に大きくよけて立ち止り、その犬をやり過ごそうとしていた。その犬は大きな声でハートリーに向かって吠えながらすれ違っていた。その時、突然中型犬のリードが外れ、ハートリーに突進してくる。「あぶない! 噛みつかれる」。とっさに私は13kgのハートリーを抱えて後ろ向きになった。
 大きな歯を剥き出しにして、私のお尻あたりでワンワン上を向いて吠えている。必死でハートリーを頭上高く持ち上げている時、山裾の斜面の粗い砂に足を滑らせて右ひざを着いたとき、婦人がやっと犬を引き離してくれた。
「早くあっちへ連れて行って!」今思うとおかしいくらいに必死の形相で婦人に訴えた。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら、急いで離れて行った。右ひざを見ると、すり傷から血が出ているがハートリーは無事だ。とんだ災難であった。
 家に戻り、ひざに消毒液を噴霧していると、先ほどの婦人がお詫びにやってきた。すぐ近くに引越しをしてきたばかりの妊婦さんだった。「主人が留守なので、犬を連れての慣れない散歩をしていました」と頭を下げる。
「いえいえ、奥さんこそ、ころんだりしなくて良かったですよ。私の方は大したことはありません」と婦人をいたわりつつ少し強がりの入ったエールの交換。
 それにしてもハートリーは散歩中、今まで噛まれたことは計3回。都度医者通い。私に似て優しく喧嘩にはめっぽう弱い。唯一噛みつくといえば、奥さんにだけのようだ。
 (写真は、外に出れば七人の敵がある「ハートリー」)

お久しぶりです

2009年07月30日 | 食事・食べ物・飲み物
 夏休みに入っても、なかなか明けない梅雨空に、心の中までカビが生えそうになっていた。久しぶりに晴れ間があった夕方、「あそこに行ってみようか」と奥さんを誘って、玖波海岸にあるお気に入りのイタメシ屋さんへ出かけた。
 出がけに予約の電話を入れておいた。途中の国道は珍しく渋滞。10分遅れて到着した。月曜日とあって先客は1組しかいない。「お好きな席にどうぞ」と、小柄で笑顔のいい顔なじみのウエイターが案内してくれる。
 窓際の180度海が見渡せる席に着いた。「テーブルの配置が変わりましたね」というと「あれっ、お久しぶりなんですね」と応える。4か月前に、テーブルの配置を変えたという。以前より整然として落ち着いた雰囲気となっている。
 ウイークデー限定で「夕暮れセット」というパスタがメインの評判のセットメニューがあるが、パンもデザートも付いているので少し重たい。パスタとオードブルの単品を頼んだ。
 沈む夕日が見えない静かな夕暮れ。目の前の宮島の岸近くにはカキいかだが並んで見える。右手には高い煙突が何本も立つ臨海コンビナート。正面はるか遠くには周防大島が薄青く、くっきりと浮かぶ。
「あの高い山の左に、低く長く横たわっているのも大島ですよ」。愛想のいいウエーターが、注文を取った後メニューを片付けながら指をさして説明してくれた。
 この店はいつ来てもお客を大事にしてくれる。料理の味も文句ない。奥さんは小粋な盛り付けのオードブルが特にお気に入りである。それほど常連でもないのに、ウエイターの笑顔も満点だ。時折波のない海面から、大きな魚がイルカのように海上にジャンプする。何事が起きているのだろうか。
 この席に座ると、海上はるか遠くの景色を見ることができる。毎日パソコンやテレビなど目の前のものばかり見て過ごしている。時にはそんな目を休めるために、この店のこの席に座ってみたくなって出かけている。
  (写真は、デッキ越しに見える「周防大島」)

ロシアのモナリザ

2009年07月29日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画
 「忘れえぬロシア~国立トレチャコフ美術館展」が28日、広島県立美術館で始まったという記事を読んだ。ロシア絵画の名品を一堂に集めて開幕したという。
 モスクワのトレチャコフ美術館といえば、エルミターージュ美術館と並ぶロシアの美の殿堂である。
 なかでも、イワン・クラムスコイが描いた「忘れえぬ女」は別名「ロシアのモナリザ」と呼ばれている。潤んだ瞳が印象的で多くの人を魅了してきた作品で、トレチャコフ美術館を代表する名作である。
 「モナリザ」といえばパリのルーブル美術館のものが本家であるが、ロシアにもモナリザがいるとは知らなかった。
 さっそくネットで探してみた。黒のドレスにリボンをまとい、黒っぽい帽子に美しい飾りをつけた女性が馬車に座り、見る者を見下すように描かれている。
 3年前の旅行でルーブルのモナリザには会ったことがある。思った以上に小さな絵であったが、ロシアのモナリザは横長の大きな絵で迫力もありそうだ。
 梅雨が明け、気分もカラッとしてきたら、ロシアのモナリザに会いに出かけてみたい。美人に会えるとあれば、火の中水の中、どこまでも行ってみたくなるのは若いころからの病気。
 背景の雪景色を見れば、暑さも吹っ飛んでくれることだろう。この夏の楽しみが一つ増えた。
(写真は、イワン・クラムスコイが描いた「忘れえぬ女」)

目を閉じて

2009年07月28日 | 生活・ニュース
 今年の1月の半ば、右の下奥歯にしみる感じがしたので、行きつけの歯医者に2年ぶりに行ってみた。受付の女性を含め5人もの看護士や歯科技工士がきびきびと立ち働いている。感じのいい歯医者である。
 6回通って治療は終わった。半年経った7月の初め、定期健診の案内が届いた。歯石の除去など、歯や歯茎の定期的な健診を促すものである。
 今まで人間ドックには毎年欠かすことなく行っているが、歯の検診には積極的に行ったことはない。1月にも歯石を取ってもらっていたが、暇でもあるし、6か月ごとの検診とやらに出かけてみた。
 早くも歯石が出来ているという。歯と歯の隙間にも成長しているようだ。医者が若い女性の歯科技工士を呼んで、歯石除去の指示をした。
 歯茎から出ている部分の歯石は、超音波を出す機械を使って水滴ともに除去していく。痛くもかゆくもない。これは前回やったことがあるので、余裕の気持ちで仰向けになって待つ。
 「はい、口を開けてください」。小さなシルバーの丸いピアスをした歯科技工士が優しく言う。素直に大きく口を開けた。
 「目は開けていてもいいですか?」、ちょっと聞いてみた。「ああ、どちらでもいいですよ」笑いながら答えてくれる。
 「機械から水が飛び散りますので、顔にタオルをかけさせてもらいますね」と言って、小さなタオルを口のところだけ開けて顔全体にかけた。
 目を開けていようがつむっていようが、これでは何も見えない。せっかくの美女の顔を目の前で見ることができると思ったが、敵もさる者、簡単に眺めさせてはくれない。
 しかし、目の前で見ると意気込んでみても遠近両用の老眼鏡の身。30cm以内のものはみんなぼんやりにしか見えない。野暮な質問をしたことに気がつき、タオルの下で静かに目を閉じ、ただ大きく口を開けて過ごしていた。 

停 電

2009年07月27日 | 生活・ニュース
 大雨警報が出て、雷を伴った土砂降りの雨が降った。今年の梅雨は、夏休みに入っても明けてくれない。
 夜に入り、バシャバシャバシャと地面に叩きつけるような雨音を聞きながらテレビを見ていたとき、突然灯が消えた。
 何年振りだろうか、停電になるなんて。手元に置いてある懐中電灯のスイッチを入れ、隣の部屋にあるローソクを取りに行き、火をつけようとマッチを擦ったとき復電した。停電時間は2~3分間か。
 「久しぶりの停電だな~」などと話していると、またもや停電。今度は腰を浮かす間もなく、すぐに点いた。
 一呼吸置いてテレビに映像が映し出される。ウーンと冷蔵庫が再稼働のモーター音をあげる。停まっていたエアコンのファンが回り、風を送り始めた。
 この停電で、子供のころを思い出した。台風か大雨の夜など、ときどき停電することはあった。1度消えるとなかなか点かない。しばらくして近くの電柱に電力会社の作業員が登り復旧作業をやる。
 そんな夜は、食卓に置いた皿にローソクを立て、家族全員が額を寄せてのひそひそ会談をやるしかない。ラジオも聞けない。本も読めない。遊ぶこともできない。揺らめくローソクの灯をじっと眺めるだけであった。
 そのローソクが1本溶けたころになって、ようやく灯が点く。電気器具といえば、電灯とラジオしかなかったころ、そう「3丁目の夕日」よりもう少し前の物語である。
 電気事情も格段に改善されたこの頃でも停電があった。今年の梅雨は、それほどまでに異常な気象だということだろう。
 夏休みに入り存在感の薄いお父さんとは異なり、太平洋高気圧はもう少し頑張ってギラギラした太陽を見せてもらいたいものだ。あんなに嫌っていた「暑さ」が今は恋しい。
  (写真は、部屋の窓から久しぶりに見る「入道雲」)