写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

男やもめ

2007年02月28日 | 生活・ニュース
 高校の同級だった男が会いたがっていることを、その男の友人から聞いていた。高校を卒業して20年も経ったころ、東京で私の職場に営業で来て、何か頼まれたことがあった。

 それ以来会うこともなくお互いが定年退職をし、故郷に帰っていた。何十年ぶりに男に電話をしてみた。是非遊びに来いと言う。相談したいこともあるようだ。

 40kmはなれた、佐藤元総理大臣の故郷である田布施という町に、車で出かけた。広々とした田園風景の中に、家を建てていた。

 5年前に奥さんを亡くしていた。ふたりの子供はそれぞれ結婚して出て行っている。たったひとりで生活していた。

 元気にやっている。奥さんが元気だった頃から2人で海外旅行にたびたび出ており、今でも年に数回ひとり旅を続けているという。

 来月は元の職場の部下たちと、タイへゴルフに出かけると言っていた。アメリカには合計20回も行き、お気に入りはラスベガスだと言って笑っている。

 普段は、週に2回は高速道路を飛ばして友人の所へ行きマージャンを楽しんでいるとも言う。好奇心も体力もまだまだ十分だと見た。

 相談ごととは何かと思ったら、ベッドの置く位置を変えたいが、部屋を少し改造しなければ置けない。どんなにしたら良いと思うかとの相談であった。

 深刻な人生相談ではなく、こんなことであったことに少し安心をする。各部屋を見せてもらった。

 玄関をはじめ、どの部屋にも絵が掛けられていた。叔父の描いた風景画の油絵、退職時に後輩からもらったものなどと、絵が好きな彼を癒すもののようだ。

 和室の居間に入った。鴨居の上や壁面に新聞紙大の大きな紙が何枚も貼ってある。「楽しかった海外旅行」と題をつけている。

 ハワイ・サンフランシスコ・カナダなど、奥さんと行った楽しかった思い出の写真が、四方のどの壁にも所狭しに飾ってある。

 誰が作ったのか聞いてみた。自分でやったという。隣の仏間に入った。仏壇の横の壁には、成人したばかりの頃の子供と写った一家4人の写真が飾ってある。

 線香をあげ、仏様を拝ませてもらった。58歳という若さで奥さんは亡くなった。多くの共通の思い出を彼は壁に貼り、日々それを見ながら、それを糧に生きているように見えた。

 近くのラーメン屋でお昼をご馳走になり、今度は我が家に遊びに来ることを約束をして別れた。世界を股にかける男やもめは、思っていたよりはうんと清潔で元気に生きていた。
  (写真は、旧友が股にかけている「地球」) 

かに注意

2007年02月27日 | 旅・スポット・行事
 先日、柳井の街でひなめぐりをしたときのことである。整備保存されている白壁の町を、展示されているお雛様を眺めながらゆっくりと散歩していた。

 路面は、レンガの大きさの石がきれいに敷き詰めてある。きれいにと言っても、靴底に感じるでこぼこ感が、滑らかなアスファルトと違って心地よい。

 ある屋敷の前に来たときに、1枚の立て札が立っていることに気がついた。「かにが路上を横切ります 人も車もご注意を」と書いてあり、かにの絵が添えてある。

 思わず笑みがこぼれて、デジカメで1枚撮ってみた。柳井は、「白壁と川のある街」と宣伝されている。

 歩いている通りのすぐそばを、柳井川が流れている。かにも時には、この白壁の通りを散策しに来るのかもしれない。

 交通標識と言えば、「スピード落とせ」とか、「飛び出し注意」とか、人間の行動にかかる一方的な注意事項が、命令口調で書かれていることは多い。

 しかし、この街では、「かにが道路を横断するので注意しましょう」と言っている。

 小さなかにをひき殺さないようにするためには、スピードも落とし、かつ、細心の注意を払わなければ人も車も通れない。

 「みんな、それくらい気を配りながら往来しましょう」と言うことを、こんなに短い言葉で表現していることに感心をした。

 他人に対しての注意や指示も、直接的にではなく、このように間接的・婉曲的に言う技術を持っておれば、世の中スムーズに生きていけそうだ。

 この標識は、誰が考えたのか知らないが、きっと生きる達人が考え出したものに違いない。

 立て札のかにの絵を見ていたら、私のそばをイカニモ静かに、ハイブリッドカー「プリウス」が通り過ぎていった。
  (写真は、白壁の町の「かに注意」)

緊急茶話会

2007年02月26日 | 生活・ニュース
 先日、「岩国エッセイサロン」の月例会を開催した。入会しようかどうか考えている男女2人が会の様子を傍聴に来ていた。

 いつものように、エッセイの勉強会・会員創作エッセイの合評会を開始しようとしたとき、ある女性会員が「今日は終わったあとで茶話会をやりますので、月例会は早めに終えてください」と言う。

 「突然、茶話会?」、聞いていない話だったので一瞬戸惑ったが、進行役の私は言われたとおり、月例会を早めに終えた。

 そのとき、その女性が立ち上がり「これよりロードスターさんのエッセイ集自費出版記念茶話会を開催します」と言う。

 女性会員が、家から持ってきたジャーからコーヒーを紙コップに注いでいく。部屋の隅に置いていた紙箱から、色々なケーキを取り出して配る。

 あっという間に、机の上は色鮮やかなケーキで華やかになり、部屋は薫り高いコーヒーの香りが拡がり、高級な喫茶店のような雰囲気に変わった。

 月例会の議事はいつも私が計画しているが、今日ばかりは私のうかがい知ることのないまま、このようなことが計画されていた。

 思いもかけないことだっただけに、驚きと嬉しさが交錯し、面映くもなった。こんなことは生まれて初めてのことである。会員の温かい気持ちが、私の身体全体に拡がって行くように感じた。

 会員が力をあわせて、この1年間のサロンの積み重ねが出来た。同人誌創刊号の発刊も無事に果たせた。私自身は、エッセイの創作意欲を掻き立ててもらえた。

 その結果が、この度のエッセイ集の自費出版にもつながった。ありがたくコーヒーを飲みながら好物のマロンケーキを頂いた。

 緊急動議で開催されたこの茶話会、サロンという名にふさわしく和やかで楽しいひと時であった。

 この日の夕方、傍聴していた2人から「ぜひ入会させて下さい」という電話がかかってきた。丁度1年前、5人でスタートした会が、16人に膨れた。
  (写真は、cccafe.jp/imgs/sawakai.jpgの「茶話会」)

秒単位

2007年02月25日 | 生活・ニュース
 久しぶりに広島のソレイユというショッピングセンターに出かけた。これという買い物の当てがあるわけではないが、ウインドウショッピングだけでも楽しい。

 丁度お昼に着いた。おしゃれなパスタ屋さんで、簡単な昼食を済ませた。広い店内を歩き始めたとき、テレビの生放送の準備をしている所に出くわした。

 「TSSテレビ新広島 サタスポ応援祭り」と書いてある。5列並べた観客席は、放送開始前30分というのに、すでに満席となっていた。

 店内を1巡してまた戻って来た。吹き抜けの2階、3階からも大勢の人が下を覗き込んで見ている。

 1時半、生放送が始まった。テレビでいつも見る女子アナが3人と、ゲストとして広島カープの達川元監督、Jリーグ解説者で松村邦洋に似ている田口光久さんが座っている。

 アナウンサーを中心に、今年のカープとサンフレッチェの先発メンバーと成績順位の予想をしていた。

 スピーカーから流れてくる音声は良く聞き取ることが出来なかったので、3台のカメラワークと3人のタイムキーパーの動きをしばらく観察してみた。

 生放送の合間に、VTRやCMが何度も入る。都度その前後に、1分前・45秒前・30秒前・15秒前という紙を司会役のアナウンサー見せる。

 10秒を切るときからは、両手を頭上に上げて大きな動作で10・9・8・7・・・3・2・1と指で数え、0となったときには手のひらを上に向けてアナウンサーのほうに差し出し「どうぞ」という仕草をする。

 こんなことを4、5分置きに繰り返しながら番組は進行していった。中心のアナウンサーは、ゲストと会話をしながらも常にこのタイムキーパーが出すサインに目配りをしている。

 現役時代の私の時間の単位は、さあどうだっただろう。2時間単位で会議などを渡り歩いていただろうか。

 定年退職をしてからのこのごろ、私の時間の単位は半日単位くらいになっている。半日で2件の予定が入ることは滅多にない。

 ソレイユの生放送で、アナウンサーのピリピリとした秒単位の仕事振りを見て、見せている笑顔の裏にある緊張感を、ひしひしと感じることが出来た。

 かかるストレスも大変なものに違いない。しかし今の私のように、ストレスがなさ過ぎる方が、もっと問題なのかもしれない。

 私も2時間単位で走り回っていた頃は、忙しさや吐き気がするほどの緊張感を、実はどこか楽しんでいたのではないかと思いながら、生放送の場を離れた。
   (写真は、ソレイユでの「TSS生放送」)
 

メジロの水浴び

2007年02月24日 | 季節・自然・植物
 春1番の強い風が吹いた日、朝食を済ませ新聞を読んでいたとき、狭い庭に突然1羽のヒヨが飛んできた。それを機に庭の片隅に餌台を作り、りんごとみかんを切って並べ、またの来訪を待っていた。

 数日後、なんとメジロのつがいがやって来た。名前の通り、目の周りが化粧しているように白く愛らしい。りんごには口をつけず、ミカンばかりをつついていた。これに味を占め、翌日大きなグラタン皿を買い求め、中に小石を敷いた水浴び場まで作って様子を伺っていた。

 するとその日の午後、先日のメジロ夫妻であろう。またやって来た。窓のブラインド越しに息を潜めて観察した。忙しい食事の合間にこの夫婦、なんとキスが入る。しかも何度もそれが繰り返される。メジロでなくて良かったとしみじみ思うような光景であった。

 ひとしきり食事をしたあと、突然1羽がバシャバシャト荒々しく水を浴びた後、2羽が一緒になって飛び立って行った。それにしてもこのつがい、本当に夫婦なのだろうか。水浴びしたのは多分オスに違いない。あのオスには身を清めなければ帰れない何か深い訳でもあるのだろうか。かわいいメジロを眺めながらつい下世話なことを考えていた。
(写真は、お熱い「メジロの夫婦」、2007.02.23中国新聞「広場」掲載)