☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

テキストブック

2010年10月24日 | 岩国検定
 岩国検定は目下受験者を募集中である。募集を開始して以来、事務局へ多くの電話がかかってきた。
 「申込みの方法はどうすればいいのですか」「何を勉強しておけばいいのですか」「受検会場にはどう行けばいいのですか」など様々である。何と言っても圧倒的に多いのは「テキストブックはないのですか」という質問であった。
 その都度「今はまだありませんが、次回までには他のご当地検定のようにテキストブックを作成したいと思っています。今回は図書館や観光パンフレットやインターネットなどで、勉強して下さい」と恐縮しながら答えておいた。
 確かに受検者の気持ちは理解できる。試験といえば、どんな試験でもテキストとなる本はある。岩国検定の受験者は、まさに丸腰で戦いに挑むに等しい状態である。試験内容も試験範囲も分からずに試験を受ける。こんなことは正直言ってあまり聞いたことはない。
 実行委員会は市民有志で立ち上げたもので、自慢じゃあないが資金はなく、本を作れるほどの力もない。やる気だけで立ち上がっている。カラー印刷をした立派なテキストブックなど簡単に作れるはずはない、とつい先日までは思っていた。
 「よしっ! 曲りなりにでも、手作りのテキストブックを作ってみよう」と思い立った。資料はこの1年貯めこんだものが沢山ある。広島市の「ひろしま通になろう」というテキストブックを参考に、同じ体裁のもので編集してみた。A5版のサイズの中に、視覚に訴えるべくカラー写真もふんだんに入れた。盛り込む項目はまだまだありそうだが、一応仕上げてみると70ページのテキストブックが出来上がった。
 ホッチキスで綴じ、背表紙を付けるとさまになった。「これでいい」自分に強く言い聞かせる。会員の知恵を借り、これをたたき台にしてもう少し肉付けをすれば、第2回の岩国検定受検者応募の折には、「テキストブックもありますよ」と胸が張れる見通しを得た。明るい光が見えてきた。
  (写真は、試作してみた検定テキスト「いわくに通になろう」)
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プライド?

2010年10月22日 | 岩国検定
 いよいよ来月28日には、岩国検定の試験日を迎える。今年の1月、市民有志が立ち上がって岩国検定実行委員会なるものを立ち上げた。まだ準備万端整ったとまではいかない中、9月15日から受検者の応募を開始した。
 応募者が殺到してもいいように、会場は300人が入れる岩国短大の大講義室を予約している。以来1カ月が過ぎた現在の応募者数は100人足らず。「う~ん」、期待していたほど数字が伸びない。
 そんな中で、団体での嬉しい応募があった。ある会社が、若手営業ウーメンへの郷土教育の一環として受検させたいといい、まとまって10人の応募があった。その他の応募者は、50、60、70代の年配者が多い。時間に余裕が出来、郷土に対して目を向ける気持ちの余裕のある人だろうか。
 友人、知人、ボランティア仲間、同窓生、近所の人など、あらゆる機会をとらえて受検を勧誘しているが、おいそれといい返事をしてくれる人はほとんどいない。
 長年岩国に住んでいる人ですら「岩国のことは知らないので、いい点が取れないから」と言ってしり込みをする。「いい点を取ることが目的ではなく、岩国を知るために受検して下さい」と説得してみるが、やはり成績の悪さが気になるようだ。
 考えてみれば、これはやむ終えないことかもしれない。ほとんどの人は「試験」というものに対して良い思い出を持っていないのではなかろうか。外見だけでは分かりにくい頭の中をえぐり取って検査されているような気がするのだろう。
 しかし、検定試験は、設問の答えを知っているかどうかの単なる知識を問うているだけで、別に人格や知能など、その人に係る本質的なことを聞いている訳ではない。知らなかったことを知る機会だと前向きにとらえて受検してほしいとは思うが、人間の悲しい性か「プライド」が邪魔をする人が多いようである。そんなものはかなぐり棄てて、今からでも応募してみませんか? きっと岩国に対しての郷土愛が倍増しますよ。
  (写真は、先日放映された「アイキャンテレビ」)
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変なオジサン

2010年10月20日 | 季節・自然・植物
 昨年のこの時季、エッセイサロンの仲間と国営備北丘陵公園にコスモスの花を見に出かけた。小高い丘の上を目指して坂を登って行くと、突然コスモスが、色別の絨毯を敷き詰めたように広がっているところに出た。
 その時、仲間の一人が「コスモスの花の中には宇宙がある」と言い始めた。コスモスは英語で「cosmos」と書き、「宇宙」という意味があることは知っているが、一体コスモスの花の中に何があるというのか理解できなかった。
 言われるままに、おしべの先を良く見ると、驚くべきものがはっきりと見えた。数十個の黄色いおしべの先端に「☆」状のものが付いている。コスモスの花の中に間違いなく5角形の「星」が見つかった。まさに小宇宙である。この花が、コスモスと名付けられている理由がこれでやっと理解出来た。
 それ以来、私は変な病に取りつかれてしまっている。散歩の途中であろうが、遊びに出かけた時であろうが、コスモスが咲いているのを見つけると、つい顔を近づけて観察をする。 はっきりと星の形をしたおしべを見つけると、あたりをきょろきょろ見回して、それらしき人を見つける。手折った1本の花を見せて、教えてもらった蘊蓄(うんちく)を長々と披露する。
 それを聞いた皆さんは一様に驚いた表情を見せて微笑んでくれる。年甲斐もないとは思うが、私だけでなく聞く方もほんの少し幸せな気分を味わえたような気がする。 
 季節は巡り、今年も家の近くの川土手に誰が植えたかピンクのコスモスが揺れている。今年になってすでに3人のご婦人に、このことを教えてあげたが、「最近、変なオジサンが川土手を徘徊している」という噂は、今のところまだ聞こえてこない。
     (写真は、コスモスの中の「星」;見えますか?)
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人間の都合

2010年10月19日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画
 9月29日のこのブログに、我が家の近くでイノシシが檻に入ったことを書いていた。奥さんから「見に行こう」と誘われたが、何れ処分される運命にあるイノシシを見に行く気はしなかったことを、はがき随筆に書いて投稿していた。久しぶりに投稿したものが、今朝、これまた久しぶりに掲載されました。
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   「人間の都合」

 早朝、庭に出ていた妻が戻ってきた。「イノシシがおりに入って捕まったそうよ。見に行かない」と誘う。私は行かなかった。間もなくすると帰ってきて「大きなイノシシがおりの中で暴れていたわ。目がとってもかわいかった」と言う。

 今年も春過ぎから、近くの畑を荒らしているという話は聞いていた。山すその畑に鉄製のおりが仕掛けられているのも、見ていた。

 そのおりの中で暴れまわっているイノシシを見に行く気にはならない。後のことを思うと、つぶらな瞳を直視できない。「これで安心ね」朝食の支度をしながら妻は明るく言うが。
 (2010.10.19 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
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流れる雲

2010年10月16日 | 季節・自然・植物
 朝食を済ませたとき、「ネギを植えるから、耕運機おねがい」。いつものように奥さんが優しい声で指示を出す。時には畑仕事もしなければ食べさせてはもらえない。
 長靴をはき、30分間、耕運機で4畝を耕した。機械でやるのだから力はいらないと思うのは素人。向きをかえたり、前進させるのに機械を持ち上げるなど、見た目以上の力仕事である。
 一仕事終え、手作りのガーデンチェアーに深く座ってひと休みをする。空を見上げると、まさに秋の空。鰯雲が目を凝らさないと分からないくらい、ゆっくりと北西から流れてくる。
 見ていると、いつか見たあるものとそっくりであることに気がついた。昨年の冬、見に行ったオホーツク海の流氷である。空と海。場所は全く違うが、漂う鰯雲は流氷だといってもそれと見えるほどよく似ている。
 季節はめぐり、10月も半ばになって、やっと本格的な秋になったようだ。流れる雲を眺めていたとき、昔むかしの青春時代の歌を思い出した。
 
 ♪ 流れる雲よ 城山に のぼれば見える 君の家
   灯(あか)りが窓に ともるまで 見つめていたっけ 逢いたくて
   ああ 青春の 思い出は わが ふるさとの 城下町  ♪

 今は昔、昭和39年(1964年)、角刈りした梶光雄が、透明感のある高い声で歌った歌である。雲といえばもう一つ、「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ…」、島崎藤村の千曲川旅情の歌だ。高校時代、国語の宿題で、この詩を丸暗記してくるように言われたことがあった。そのおかげか、今でも半分は覚えている。
 秋になり鰯雲を見るたび、何故かいつもこの歌が口をついて出てくる。鰯雲は、私を柄にもなくセンチメンタルにする。秋は俗人をすら詩人にする何かがある。
  (写真は、10月15日、我が家の上の「鰯雲」)
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