写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

お相撲さん

2009年03月30日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び
 毎年のことながら、桜のつぼみが膨らみ始めると我が家は忙しくなってくる。ハートリーと奥さんと3人で、お昼は弁当を持って錦帯橋通いが始まる。

 今日は快晴のいい天気。昼食は家で済ませた後、言わず語らず身支度をしていると、それを察してハートリーも慌ただしい動きを見せ始める。

 錦帯橋に出かけ、上河原の石垣に背をもたれて錦帯橋と人の流れを眺めていた。どのつぼみを見ても満を持してまさに咲き出でんとしているように見える。

 にわか開花予報士になって「満開までは、あと5日。今週末の土日が絶好のお花見でしょう」と言ってみる。

 桜から目を錦帯橋に移したとき、絶好の被写体を見つけた。ちょんまげをしたひときわ大きなお相撲さんが2人、橋を渡ってこちらに向かっている。

 デジカメをひっさげて私は橋のたもとに向かって走った。他の誰もそんなことに気が付いていない。待ち構えてシャッターを切った。

 つい昨日、大阪での大相撲春場所が終わり、白鵬が朝青破り全勝を達成し優勝に花をそえたばかりである。

 最近はほとんど相撲を見ないので2人の顔も知らないし名前も知らないが、身が締まり精悍ないい顔をしている。

 誰かに案内されながら吉香公園の方に歩いて行った。まげと着物姿が錦帯橋によく似合っていた。

 「1年を10日で過ごす いい男」と言われたのは江戸時代。明治に年2場所10日間興業、戦後には年3場所の15日間興業に、今や年6場所の15日間興業にまでになった。

 この2人の力士、場所を終えほっと一息をつくための観光旅行か。1ヵ月半後にはまた本場所。昔に比べて9倍の息つく暇のない大変な仕事であろう。錦帯橋を見て英気を養ってほしい。

 犬も歩けば棒にあたるではないが、ハートリーと歩けばお相撲さんと出会った愉快な1日であった。
  (写真は、名も知らぬ大きな「お相撲さん」)

そったく同機

2009年03月29日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画
 3月28日、山口のホテルで毎日新聞社主催「はがき随筆」山口県大会が開催された。2008年1年間に掲載されたはがき随筆の内、優秀作品17編の表彰式があった。

 昼食をはさみ、午後は作家朝比奈敦先生から「一瞬一生」と題し、エッセイの書き方についての講演があった。

 「エッセイの要点は、何をおいてもまず胸を打つ作品であること。そのためには、いい素材・ネタをつかむことが肝要。

 素材・ネタは、作者自らが強く感動するもの、しかも時間的に持続するものでなければならない。言い換えれば、普遍性のあるもの、他の人に共感してもらえるものでなければならない。

 また、良い素材・ネタは、作者に書かせる力を持っている。作者が書くように背中を押してくれる。作者自身には、生まれ出る子をすくい上げるような力がみなぎってくる。啐啄(そったく)同機ということであろう」と結んだ。

 「啐啄同機」、久しぶりに聞く言葉であった。「啐」は、鶏の卵がかえる時、卵の中で雛がつつく音。「啄」は母鶏が殻を噛み破ること。意味は、卵が孵化するときは、卵の中のヒナが殻を自分のくちばしで破ろうとし、また母鶏も外からその殻を破ろうとする。そのタイミングがピタッと一致するからこそ、ヒナ鳥はこの世に生を受けて外の世界に出ることができる、という禅語である。

 ヒナが殻を内から破ろうとするのが、また母鶏が殻を外から破ろうとするのが早すぎても遅すぎてもいけない、その絶妙な自然の摂理の時を「啐啄同機」という。

 良い素材・ネタが「書いて書いて」と訴えかける。心でそれを聞いて作者自身が書いてみたくなる。この絶妙なタイミングで書かれたものが良いエッセイとなる、という主旨のお話だったと理解している。

 さあ今から早速、感動できる素材を見つけて歩こう。そう思って、そく立つと動悸がした。「そったくどうき」とは、多分こんなことではない。
  (写真は、S21年生まれ「作家 朝比奈敦先生」)

聞き耳

2009年03月26日 | パソコン
 前日とはうって代わっての明るい日の昼前、宮島口の丘の上にあるCafeにドライブがてら軽い昼食をとりに出かけた。

 2人掛けのテーブルが2卓、4人掛けが1卓、それと5人が座れるカウンターがあるだけの小さなCafeだ。

 店に入ると2人掛けのテーブル1卓と、カウンター以外の席は予約席となっている。そこに中年の女性2人が誰かを待つ風情で座っていた。

 注文を済ませ、遥か眼下に煙る宮島の鳥居を眺めているとき、先客と同世代の4人の女性が入ってきて、予約席は6人の会話で盛り上がってきた。

 こちらは奥さんと2人、ぼそぼそと低い声での低調な会話。6人は声も大きく太く話が弾む。別に聞こうとしているわけではないが自然と話が聞こえてくる。

 どうやら4人と2人のグループは、このCafeで初めて顔を合わせたようだ。写真がきれいだとか、写し方がお上手だとか、庭のバラが美しいとか言っている。

 「私が始めたのは2年前だから……」「○○さんは北海道の人で、昨年旅行したとき会って来ました」「朝陽を毎日写してブログに載せている」「コメントは入れていませんが毎日見ています」とかの会話が聞こえてくる。

 ブログを介して、見知らぬ同士の出会いのようだ。お互いのブログのことを話し合っている。デジカメで自分の趣味のものを写してアップしているのだろう。ブログというものを活用して、多くの人が自己表現をしていることがよく分かる。

 同じような趣味をもった者同士が、こうして顔を合わせるまでになっている。ここ数年のブログの発展をこんなCafeで目の当たりにした。

 そういう私もブロガーオタクのひとりだが、まだ見ぬコメンテイターとこのように会って話をするまでには至っていない。ブログを通じて他人との関わりが、こんな形で広がっていることを知った。 
  (写真は、宮島口の、とある「小さなCafe」)

単身赴任

2009年03月25日 | 生活・ニュース
 41歳の時、東京で1年間初めての単身赴任をした。2人の息子が小5と幼稚園年長の時であった。

 住まいは会社の寮で、食事も洗濯も全部やってもらえたので、生活する上での不便は何ひとつなかった。しかし、それまでずっと家族そろって生活していたものが、突然ひとりだけの生活になると、寮に戻って寝るまでの時間が長くむなしすぎた。
 
 家族が一緒に過ごしている時には子供のことなどあまり気にならなかったのに、単身赴任となってみると家のことが無性に気になった。気になるというよりは寂しかっただけなのかもしれない。

 当時は、携帯電話もパソコンでのメールもない。せっせと手紙を書いた。帰る予定を知らせたり、東京の写真を送ったりした。

 単身赴任前は妻とは小さないさかいをしたり、子供には叱ることが多かったように思うが、離れて生活して見ると、そんな日常のすべてが無性にいとおしく思えた。返ってくる手紙が待遠しい。

 家族が一緒にいる良さを改めて感じたような気がした。それを教えてくれた単身赴任、一度はやってみる価値はある。
  (2009.03.25 朝日新聞「声;特集「単身赴任」掲載)

しろうお

2009年03月24日 | 季節・自然・植物
 2月初旬、今津川のシロウオ漁が解禁されたことはテレビや新聞で知っていた。毎年1度は奥さんが「早春の味」と言って買ってきてくれる。

 今年はどこにも売っていないという。漁獲量が毎年落ちているとは聞いているが、店頭に出ないほど落ち込んでいるのかと思って諦めていた。

 そんな今日、お昼の買出しに出かけて行った奥さんが「いい物があったわよ」と、膨らんだ透明なポリ袋をテーブルの上に置いた。

 「早春を告げる白魚(シロウオ) 風流人 早春の詩情たずねるおどり喰い」「味のふるさと宅急便」「創業天保9年 川魚の飴源」と書かれている。

 佐賀県の唐津市から送られてきた商品だ。夜店ですくった金魚を入れた袋のように、水の中でシロウオが泳ぎ空気で膨らませてシールしてある。

 何匹入っているか数えてみるも、元気に泳ぎ回っているので数えられない。ざっと見て100匹というところか。

 値札を見ると980円。1匹が10円だ。1昨年だったか、買ってきたシロウオを計算したことがあった。1匹が5円だったと記憶している。値段を見ただけで漁獲量が減ってきていることが分かる。

 ネットで調べてみると佐賀のシロウオは、唐津湾から玉島川を上ってくる。それを、「やな掛け」という方法で捕獲する。よしずと竹ざさを組んだ板状の2枚をV字型に組み、幅が狭くなる部分にかごを取り付けて獲る漁法のようだ。

 四手網漁法の本場である岩国に、やな掛け漁法が殴り込みを掛けてきたという状況である。今年は岩国では獲れなかったのだろうか。残念だが仕方ない。

 いつもは簡単な昼食が、今日はシロウオの吸い物。そうくれば何かが飲みたくなる。お昼から小さな缶ビールを開けてみた。

 早春の味がすうーと喉を通り過ぎていったが、先ほどまで元気一杯だった命を頂いたという後ろめたさからか、心には少し引っかかったように感じた。
 (写真は、今年初めて見た「シロウオ」)