☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

モラル

2006年01月31日 | 生活・ニュース
 「モラルの欠如」「道徳を守る」「倫理観のなさ」「道義的責任を感じる」などと、最近の新聞記事では、モラル・道徳・倫理・道義と、似たような文字が毎日目に入る。

 私は、いずれも似たような意味で捉えていて、明確な区別を付けての説明は出来ない。辞書を開いて読んでみた。

 道徳とは、「人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く」と書いてある。

 世間を騒がせているマンション設計偽造・ホリエモン事件・東横イン無断改築、何れもは道徳を逸脱したばかりか、法律さえも犯したものである。

 連日、テレビ・新聞は、金・金・金の風潮の今の世の中で、本来の目的を見失い、利益だけが目的になってしまったトップが、暴走して起こした事件であるかのように伝えている。

 長い年月生きてきて、自発的に守らなければならない些細な道徳は、私も時に逸脱することはあったかもしれない。

 しかし、法律を犯すような、大それたことを今までやったことは・・・スピード違反くらいはあるが、それ以外は、まあないといってもいい。

 金は持っていないが、後ろめたいものは何もなく、胸を張り、正々堂々と町を歩くことが出来る。
 
 過去1年のホリエモンの挙動・発言をしきりに映像で流している。新しい時代を切り開いているやの威勢の良い発言が目に付いた。

 しかし、この時点で既に彼は、粉飾もし・インサイダー取引もしていたのだろう。世間に、自分の虚像を如何に実像らしく見せるかに精一杯の毎日だったに違いない。

 六本木ヒルズの、あの最上階の超高級マンションから、下界で地道にはえずり回っているサラリーマンを見下ろして飲む酒は、全く虚しい味がしたのではと思う。哀れにさえ感じる。

 会社にしても、ある組織にしても、それを構成しているメンバーの、組織に対する意識は、その組織の長を超えることはないという。

 安全の確保にしても、順法精神にしても、弱者への配慮にしても、長が誰よりも強く意識し、それを言葉と態度で示さないと、浸透はしない。

 道徳はおろか、最低限の法律さえ守れない会社・組織が、発展し続けることは決してない。馬脚は必ずいつか出てくる。

 翻ってみて、家庭も然りである。子どもは、両親以上の道徳観を持つことはない。だから、お願い。犬の散歩時のウンチは持ち帰って!!子どものためにも。
    (写真は、100円ショップで買った「鉛筆削り」)
コメント

鞍懸山(くらかけやま)

2006年01月29日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び

       (マウスオン)
 この春、私の住んでいる岩国市と玖珂郡7町村が合併をして、新岩国市が誕生することになっている。

 これに先立ち、岩国市の漢詩愛好家達が、8市町村の名所・旧跡を訪ねて「新・岩国8景」を選んだと、今朝の新聞に出ていた。

 岩国市はもちろん錦帯橋。その他の町村も、地元の山・ダム湖・峡谷・川を選んでいた。私にとっては、ほとんどは行ったことのある所であった。

 しかし、唯一、玖珂町が選んでいる名所「鞍懸山」だけは、見たことも登ったこともない。

 正月以来、私を初め、妻もハートリーも運動不足を実感している。何かをしてそれを解消したいと思っていた。

 外は春のような暖かさであった昼前、新聞で知った鞍懸山に早速登ってみることにした。ネットで調べてみると、標高240mで、整備された登りやすい山のようだ。

 ロードスターに、いつもの3人が乗り込み、スーパーで弁当を買い込み、僅か15km離れた隣町、玖珂町に向かった。

 国道2号線を車で走りながらでも、山の全景が良く見えた。新幹線のトンネルの真上にある山であった。その気になって眺めてみると直ぐに目に入る山だ。

 戦国の世、山頂には鞍懸山城があった。厳島の合戦で敵を撃破した毛利が、山口の大内に矛先を向けた時、大内と内通があった鞍懸山城は、一瞬のうちに毛利によって落城とあいなった悲劇の山城だという。

 南側からの登山口は、頬の赤い、通りがかりの女子中学生に教えてもらった。「頂上まで630m」という標識が出ている。登山口からの標高差は150mくらいだろうか。

 軽いリュックを背負い、ストックを突いて登る。木止めした階段が多い。見晴らしの良い数ヶ所にはベンチが置いてあり、中高年にとっては有難い。

 休み休みゆっくり登っても、30分はかからない。頂上からは、玖珂西盆地の景色が一望できる。僅かに霞んでいたが、展望台に立ち、殿様気分を満喫だ。

 汗を流したあとの食事は、何を食べてもおいしい。ハートリーと交互に弁当の飯を口に入れた。

 登ってみて、この山が名所に選ばれた理由がわかった。270度の大パノラマは雄大だ。田園風景豊かな日本の景色が広がっていた。

 腹も満ちたり、小休止したあと、登りと反対側にある北側の道を下った。鞍懸山裾を2/3周し、総計3.5km・2時間の山歩きであった。

 新聞のおかげで、いち早く「新・岩国8景」を、これですべて体験することが出来た。

 岩国居住の皆さんも是非、登ってみては如何かと。満足出来るかどうかは、「当たるも8景、当たらぬも8景」ということで・・・おあとがよろしいようで。
(写真は、鞍懸山からみた「玖珂西盆地」と「登山道」)
コメント (4)

クロスパズル

2006年01月28日 | 生活・ニュース
 「お正月までには・・・」と言って、ばたばたとしていたが、そのお正月が過ぎ、気が付くと、もう1月が終わろうとしている。

戌年だけに、月日がドッグイヤー並みの速さで過ぎ去って行くように感じる。変化の少ない、同じことの繰り返しが多い毎日のせいだろうか。

 パソコンの周りに散らかしている物を片付けていた。正月に帰省した孫が遊んでいたものが出てきた。クロスパズルである。

 長方形の枠に収められた、形の異なる5個の木片を全部使って、いろいろな形のシルエットを作って遊ぶ。

 十字架・ヨット・金魚・家・ヤギ・鳥・富士山・T字・ホームベース・長方形など、40種類のシルエットを作ることが出来ると書いてある。

 温泉旅行でどこかに行ったとき、宿の部屋においてあったものに興味を持ち、おみやげ屋さんで買って帰ったものだった。

 片付ける前に、暇に任せてこのパズルに挑戦してみた。簡単そうに見えても、中々出来ない。答えを見てみる。

 意外や意外、発想を大転換しないと、思っているシルエットは出来ないことがわかった。

 私は、ある形のものを見て、頭から決めてかかっていたことに気が付かされた。これはここにしか使えない、と思っていたものが、違う場所で使える。

 木片を単に水平・垂直に置くのではなく、斜めに置いてみる、裏返しておいてみることで、所期のものを作ることが出来る。

 「むべなるかな」である。小さな5個の木片は、使われ方によっていろいろな形を表現してくれた。使われ所を心得ている。

 次々に、シルエットに挑戦しながら、現実の人の世に思いが至った。限られた社会・組織の中にあっても、そこにいる人には、それぞれ活かされ方がある。
 
 上に立つものは、部下の活かし場所が分からなければ、任された組織の目標の達成はとっても出来ない。

 たった、5個の木片ですら40通りにも変化する。「いわんや、多くの人間をや」と言うことだろうか。

 クロスパズルを片付けようと思いながら、ついはまり込み、こんなことを考えてみた。皆さんの組織では如何。活かされていますか?活かしていますか?
    (写真は頭の体操「クロスパズル」)
コメント (8)

水仙の咲く岬

2006年01月27日 | 食事・食べ物・飲み物
 
     (マウスオン)
長期の海外出張で正月休みもなかったという次男が、半年振りに帰省してきた。その翌日、冬にしては日差しは強く、暖かい日であった。

 昼食をとるため、久しぶりのイタリア料理のレストランに出かけた。岩国の南西60km、室津半島の先端の島・上関町にある山口県最南端のレストランである。

 本土から島への、海上40mの上関大橋を渡ると、直ぐに左のわき道に折れる。ものの100mも走ると、お目当てのレストランがある。

 道の左側は、ガードレールはあるが数十mの絶壁となっていて、下は海である。そのガードレールに沿って、外側の斜面に水仙が咲いていた。

 店の人が植えたのだろうか。今を盛りの白い花弁と黄色の副冠がかわいく競って見える。清楚で純朴な花だ。

 美少年ナルシッサスが水面に映る我が姿に見とれ、そのまま花になってしまったのが水仙だというが、さあ、どうだろう。

 水仙越しに穏やかな海を見ていると、いつか見た、ある場所を思い出した。それは、静岡県の下田市、御用邸のある須崎半島の先端にある爪木崎である。

 野生の水仙が群生していることで知られている。そこからは、はるか海の向こうに伊豆大島を望むことが出来た。

 野生ではないだろうが、ここ上関で、爪木崎を彷彿とさせるような風景に出会うことが出来た。

 人気のレストランなのだろう。平日なのに満席だ。以前来たときよりもメニューは豊富になっているし、味も良くなっているように感じた。

 何よりも1番のご馳走は、眼下に見える瀬戸の海と小島だと妻は言う。頂いたボンゴレ・ビアンコの中から、小さく潮の音が聞こえてきたような気がした。

 食後のコーヒーと、小さめなふたきれのケーキもちょうど良かった。この時期、「水仙」が咲き乱れるこのレストランは、私お勧め、いや「推薦」のスポットである。
  (写真は、水仙の咲く「レストラン」と「瀬戸の島」)
コメント (4)

採 血

2006年01月26日 | 生活・ニュース
 2ヶ月おきの定期健診のため広島の病院へ行った。10時の予約を取ってある。目覚まし時計の音で起き、飲まず食わずで遅れないように急いだ。

 出勤時間も過ぎた2号線は渋滞もなく、思った以上にスムーズに走ることが出来た。病院へ着いてみると、寒い日だったせいか外来患者の数は多くない。

 診察を受けるに先立って、血液検査のため採血の部屋に入った。番号札をとり順番を待つ。5人の看護婦が手際よく採血している。

 名前を呼ばれ、真ん中の椅子に座った。20代の若い看護婦だった。いつものように左腕のシャツをまくって腕を出す。

 「何時もどこから採っていますか?」と、肘のあたりを軽くたたきながら訊いてくる。腕の細い私は、血管も細く、ゴムで縛っても血管が余り浮き出てこない。

 毎回、採血する位置について、看護婦が悩む。今回も、悩みながら針を刺した。4本採血するうちの2本目の途中で、採血の流れが止まった。

 看護婦は少し困ったような顔をして、隣にいる年増の看護婦に相談をした。年増が、私の腕の針を少し抜き加減にしたとき、また流れ始めた。

 その位置で針をテープで固定しようとしたとき、針が抜けて落ちた。針を刺していたところが青くあざになった。

 「すみません、ごめんなさい」と若い看護婦が謝るが、私の血管が細いせいなので謝られる筋合いのものでもない。

 「今度はこちらから採ってみて下さい」と、右腕を差し出した。「あっ、こちらのほうが太いですね」といい、再び採血が始まり、無事終了した。

 それにしても私の左腕の血管は細いようだ。診察のとき、血管が細くて困ることは何かを、医者に訊いてみるが、「う~ん」と唸ったきり、答えはない。

 家に帰りこのことを妻に話した。「えっ?採血のときに、力を入れて握りこぶしを作っていないの?」と驚いたような顔をする。

 力を入れて筋肉を締めることにより血液を搾り出すのだという。初めて知った。そういえば、確かに理屈はそのようだが、看護婦からの指摘もなかった。

 よし、次回からはこぶしを強く握り締め、刺したり抜いたりまた刺したりということのないようにするぞ。黄金の右腕で1発勝負といこう。

 血管が細いからといっても、必要最低限の太さががあれば問題はなく「欠陥血管」というほどのことはないようだ。

 しかし、この理屈、本当ですかね。皆さんはどうしていますか? 
   (写真は、採血で失神した「ハートリー」 *看護婦=看護士)
コメント (12)