庭のバラもピークを過ぎたが、まだつぼみを付けたものもあり、依然として奥さんは暇になることはない。雨上がりの夕方、コーヒーを飲みながら2人でバラを眺めていた.
手の親指ほどの大きさの大きなクマバチが1匹、蜜を求めてだろう、バラからバラへと飛んでいる。体は巨大だが、優しいハチなので人を刺すようなことはない。見ていると、限られた種類のバラにしか飛んでいかない。ハチにも好みがあるのだろう。
そのとき奥さんがおもしろい体験を話してくれた。「この間、かがみ込んでバラの手入れをしていたら、肩にスズメが止まった」とか「普段は人を見ると逃げて行く猫が、バラ園の中にいる私に気づくことなく、すぐそばを通り過ぎて行った」とか「去年、バラの花がらを摘んでいたら、手袋をしている指先にトンボがとまった」なんて、私が経験したことのないような話をする。
ハチの巣に気がつかずに近付いて刺されたことはあるが、動物や小鳥や昆虫が、人間を生きものと認めることなく、自然の一部かのように接っしてくれたようなことはない。普通ではありえないようなことが奥さんの周りでは起きている。
これは偶然起きたことではなさそうだ。起きるべくして起きたことに違いない。ではなぜ奥さんの身にだけ、こんなことが何度も起きるのか。答えは簡単、スズメやトンボにとって奥さんは、もはや人間ではなく、植物か石ころのように見られているのかもしれない。
すなわち奥さんは、もはや自然の一部、庭に同化した存在となっているということであろう。即身成仏(そくしんじょうぶつ)とは、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることであるが、うちの奥さんは、さながら「即身成バラ」のということになる。肉身のままバラに悟りを開いた割には、私に対してなかなか悟りを開いてくれず、今もって諍いが絶えることはない。