☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

振り込め詐欺

2016年01月31日 | 生活・ニュース

 西岩国駅まで散歩に出かけた日、赤信号で足を止めた時、錦帯橋行きのいわくにバスが直ぐそばに停車した。何気なくその車体を見て驚いた。マンガ入りで大きく前半分には「振り込んではいけません!」、後ろ半分には「振り込め詐欺にだまされるな!」と書いてある。

 「振り込め
詐欺」に対して、市営から民間の会社に変わったバスの車体を使って、市民への啓もう活動が行われている。「電話はすぐに切りましょう」「警察に連絡を」とも書いてある。

 この種の詐欺が出始めたころには「振り込み詐欺」と呼ばれていたが、これでは被害者が自主的に振り込んでいるようなニュアンスがあるためだろう、最近では「振り込め詐欺」と呼ぶようになっている。

 その手口は年々巧妙になってきており、
お金を「振り込ませる」ものに加え、犯人が現金やキャッシュカードを直接被害者の自宅などに取りに来る「現金受取型」や、宅配便などを利用して犯人が指定した宛先に配達させる「現金送付型」など、「振り込ませない」振り込め詐欺が増加しているという。もはや「振り込め詐欺」という名の域を超えている。

 「電車に会社のお金が入ったカバンを置き忘れた」「女性を妊娠させた」「会社のお金を使い込んだ」「借金の保証人になった」などと巧みに騙す。「今から家まで受け取りに部下を向かわせる」と言っておき、現金受取役の「受け子」がお金を自宅に取りに来て、お金を持って行くという手口である。

 現金を受け取るまでのストーリーは色々あるようだが、聞けば聞くほど巧妙で、思わずだました方を褒めたくなるほどである。これほどのストーリーを組み立てることが出来、脚本が書け、演出まで出来る才能があれば、まともな稼ぎ方があろうと思う。持っている才能の活かし方を間違えた輩は、大いに考え直して欲しいものである。

 ところで詐欺対策も必要だが、天下の名橋・錦帯橋を訪れた観光客がバスに乗ろうとしたら、「詐欺にご用心!」という文字がまず目に入るようでは少し淋しい気がするが、この手法どうだろう。

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岩国のアマルフィ

2016年01月30日 | 生活・ニュース

 ある土地の特徴を、知らない人に分かりやすく理解してもらうための方法にはいろいろあるが、「日本の○○」とか「「岩国の○○」というような表現をすることがある。

 例えば、ハートリーをよく泳がせにいっていた広島県の吉和は「西の軽井沢」、室町時代に大内文化で栄えた山口市は「西の京都」、オリーブを特産とする岡山県の牛窓は「日本のエーゲ海」。私が住む岩国にはそんな土地はないなと思っていたら、あったあった。

 10年も前、山の中を車で走っていると、「いらっしゃいませ 叶木へ 岩国の軽井沢 標高360m」と書いた看板が立っているところに出た。今は過疎の村になっているが、昔は家も多く小学校もあり、夏でも涼しくていい場所だったという。「岩国の軽井沢」という表現は分らなくもなかった。

 このところ寒すぎたり、雨が降ったりで夕方の散歩をしない日が続いていたが、今日も雨だった。夕方小雨になったのを見極めて、1週間ぶりに傘を差して散歩に出かけた。東に向かって歩きだし、1.5km行ったところで折り返した。少しずつ変わっていく町の様子を眺めながら歩いた。

 その時、「あっ、あれはアマルフィの景色に似ている。まさに岩国のアマルフィだ!」と、心の中で叫びたくなるような景色が目に入った。その景色とは、山手サンランド。今まで何度も見た景色であったが、雨に煙った中で見ると、小高い山の急な斜面に、階段状に建て込んだ家々は、アマルフィの雰囲気によく似ている。家々の屋根が、10層を越えて何層にも重なって見える。

 つい先日、BSテレビでアマルフィの景色を見たばかりだったので、頭の中すぐにつながった景色であった。アマルフィといえば、イタリアのナポリに近い海に面した都市で、世界文化遺産に登録されている。山手サンランドを遠くから眺めた時、断崖絶壁の海岸に囲まれ、その断崖にへばりつくように建物が密集しているアマルフィを彷彿させた。

 こうしたエッセイを書いていると、またアマルフィに行ってみたくなった。いえいえ、今まで私は1度も行ったことはない。以前にも、ただ行ってみたくなっただけのことで、この度もまた行ってみたくなった話である。ぜひ1度 行ってみたいな アマルフィ。

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貸し出し実績

2016年01月29日 | 生活・ニュース

 8年前から2年間にわたって、3冊のエッセイ集を自費で各100部を出版し、厚かましくも市内の本屋さんに置いてもらい、販売までしたことがある。本のタイトルは出版順に「行くぞハートリー」「アールグレイを飲みながら」「散歩嫌いのハートリー」というもので、その中身は、このブログの当初の3年分を1年ずつ各1冊に編集したものであった。

 ちょうどその当時、作家・渡辺淳一の「あじさい日記」という単行本が出版され書店の一番目立つ所に平積みされていたが、何とその隣に私の本が同じように平積みされていて、なんとも面映ゆい気持ちになったことを覚えている。初めての自費出版ということで、市内の図書館にも寄贈し、快く受け取ってもらった。

 昨日のことである。図書館に本を返しに行った時、「エッセイ」本が並べられている書棚に、寄贈した本が置いてあるのを見て、手に取ってみた。めくってみると、読まれたような形跡のある手垢や汚れやめくった時に出来るしわが見受けられる。著者としては本の傷み具合を見て少し嬉しい気分になった。

 その日借りる本を抱えて受付の女性の前に立ち、手続きを終えた後「すみません。私はこれこれの本を寄贈したものですが、今までの貸し出し実績を教えていただけませんか」と尋ねてみた。数年前にも1度教えてもらったことがあった。

 受付の女性はパートだったのか、後ろにいた図書館の職員らしき女性に相談した後、パソコンで調べて貸し出し実績を教えてくれた。「それぞれ18回、18回、28回です」という。素人の書いたエッセイ本を、これだけの人が読んでくれたというか、借りてくれている。回数としては多いような、ちょっと少ないような、なんとも中途半端な貸し出し実績の数字である。

 いやいや、こんなに沢山の人が、勧めもしないのに自発的に手に取ってくれたと解釈するべきだろう。それにしても3冊目が28回と伸びているということは、4冊目を出せば50回くらいになるかも……と獲らぬ狸の何とやらをちょこっと考えてみた。芥川賞作家・又吉の「火花」の10万分の1の読者に読んでいただけることを期待して、今日もせっせと書いている。

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「花水木」お披露目

2016年01月28日 | 生活・ニュース

 岩国エッセイサロンを開設して丸10年が過ぎた。年明け、朝早く印刷会社から同人誌である「花水木 第十号」が出来たという電話があり、急ぎ受け取りに出かけた。昨年も一昨年もその前の年も、年が明けたこの頃、同じような行動をしてきた。今年はちょうど10冊目となる節目の年である。

 1月の定例会の時に、18名の会員に印刷したばかりの「花水木」を手渡した。記念すべき定例会を目前にした日、山口県立図書館から電話がかかってきた。「花水木の創刊号は置いてあるのですが、その後のものがあれば各号を2部ずつ寄贈してほしい」というものであった。

 そういえば、10年前に創刊号を寄贈した覚えは確かにあるが、それ以降のものは送ってはいない。電話をしてきた理由を聞いてみると「蔵書を整理していたが、創刊号以降のものがなかったので」という単純な理由であった。残念ながら過去のものは各1部ずつしか持ち合わせていない。2号から10号まで9冊を揃えて送ることを約束して電話を切った。

 きちんと保管してくれる県立図書館であろうから、寄贈することに対して何ら異論はない。山口市にある県立図書館には行ったことはないが、いつか機会がある時には是非訪ねて行き、寄贈した「花水木」がどんな待遇を受けて書棚に並べられているのか見てみたい。

  ところで寄贈した本は、300年後にはどんな扱いになっているのだろうか。せっかく県立図書館での蔵書となるからには、何らかの形で「未来永劫」保管されるのだろうか。そうであるなら、それに耐えられるようなエッセイでなければ……と、新年早々悩みは尽きない。そんなことを思いながら、心をこめて丁寧に梱包し発送した。

 

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年賀状の保管方法

2016年01月27日 | 生活・ニュース

 心安くしてもらっている友人が立ち寄ってくれた。テーブルの上に整理したばかりの年賀状の束を置いているのを見て、「あっ、こんな整理の仕方があったんですね」と大発見をしたようなことを言う。話を聞いてみると、毎年もらう200枚くらいの年賀状は、市販の透明なプラスチック製のアルバム状になったファイルを買って整理保管しているが、1ページに4つの袋が付いており4枚ずつしか収納できない。

 これでは何冊にもなるので、各袋に2枚ずつ入れて1ページに8枚入れてみたが、2枚が重なって入れてあるので、後々閲覧する時に表面と裏面とを収納したまま読む訳にはいかない。何かいい方法はないかと考えていた時に、私の保管方法を見て「これだ!」と思ったという。

 そんな高い評価をいただいた私の整理方法は何か。「評価」という言葉に値するとは思えないほど、いたって簡単な方法で、聞けば何でもない方法である。まず、年賀状を束ねて左右どちらかの面をトントントンと机の上で叩いて平面にする。その面に布製のガムテープを押しつけて本の背表紙のように整えれば完成だ。

 表紙を付けようとすれば付けられるし、背中に年号などを書こうと思えば書くこともできる。このようにして3年分を保管しているが、見たい時にはぱらぱらと本をめくるようにして見ることが出来、特定の年賀状を探す時でも簡単に見つけることが出来る。

 こんな保管方法を評価され、「このやり方でやってみよう」と言われたのは嬉しかったが、「著作権ならぬ特許料は頂けるんでしょうね」といって大笑い。毎年頂く年賀状の中には、芸術的な絵手紙などがあるが、これは永久保管ものとして大事に別扱いとしている。皆さんの年賀状の保管方法は、どんな工夫をしていますか?

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