写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

ボール投げ

2006年05月31日 | 生活・ニュース
 ここ最近は雨が多く外に出歩くことを控えたせいか、少し運動不足が続いている。

 テーブルの上には、いろいろな振込みのメールがたまっていた。天気の回復した午前、運動がてら自転車に乗って用を済ませに出かけた。

 振込むといっても、手持ちの財布の中には千円札の1枚もない。まずは銀行に行き、小遣いを含め必要な額を下ろした。

 数年前、退職してからというもの、預金をするという行為はもうとっくに忘れている。銀行に行くたび、もっぱら下ろす専門である。重度の下痢状態が続いている。

 用を済ませての帰り道、母校の小学校の横を通っていると、甲高い声が聞こえてきた。

 フェンスの向こうで、3年生くらいの男女が30数人、30mくらい離れて向かい合い、ボールを投げ合っている。 

 自転車を止め、フェンスに顔を寄せて観察してみた。ソフトボールだろうか、大きく重そうなボールを投げている。

 うまく投げる子は、直接相手に届くくらい遠くまで投げることが出来る。反対に、男子でも10mくらいしか投げられないのがいる。総じて、女の子のボールは余り遠くに飛んでいない。

 遠くから、こちらを向いている年配の女の先生と目があったように感じた。「私は決して怪しい者ではありませんよ」と言いたいが、それは言っても届かない。先生の指導の仕方をしばらく見学した。

 飛ばない子に対して、「こうして投げるのよ」と、小太りの先生が投げて見せるが、それも大して飛ばない。15mくらいと見た。

 ボールを遠くに投げるには、野球のピッチャーのように、相手に対して真横を向いて腕を大きく振り、身体全体を使って投げなければ飛ばない。

 先生は、相手に正対して腕の動きだけで投げて見せている。これでは飛ばない。思わず運動場に入って行き指導してやりたい欲望に駆られたが、ここは我慢だ。

 子供によっては、ソフトボールのピッチャーのように下からしか投げられない子もいる。

 子供の体力・運動能力の低下が叫ばれているが、指導する側の先生の指導能力にも問題があるのではと思いながらひとり苦笑した。

 最近の子供は、室内でのゲーム遊びが多いのだろうか。遠くまで投げる子は数えるほどであった。この頃、子供が投げるといえばサジくらいのものか?

 それは親が投げるもの。いやいや、そんなことをしてはいけない。子供は、根気よく温かく見てやらないといけない。

 日に日に目減りする預金通帳を見ていたら、行き詰まった年金行政にサジを投げたくなったが、「投げたらアカン」と思いながら、ボール投げしている子らと別れて帰った。
   (写真は、ボール投げを練習する「母校の良い子」)

自己紹介バトン

2006年05月30日 | 生活・ニュース
 お付き合いのある、ドイツ在住のある方のブログに立ち寄ってみた。「自己紹介バトン」という題で書かれていた。

 あるブロガーから自分の自己紹介を頼まれてやると共に、自分がお付き合いしている5人のブロガーに、気が向けば同じことをやってくださいとお願いをする内容であった。

 その5人の中に私の名前が書かれていた。嬉しく思う反面、私自身こんなことをお願い出来るこころやすいブロガーがいないことを思い、少し戸惑う。

 考えた挙句、私のブログで私自身の自己紹介をすることだけで、許していただくことにした。

 「自己紹介バトン」のルールによれば、次のようなことを順に書いていくこととなっている。まずは、やってみることにした。
 
 「記入項目」
・次の回す人を最初に書いておく(5人)。
私の場合は、該当ありません。あしからず。

・名前は?
ロードスターと申します。15年ものの古いまっ黄色のロードスターを愛用しているもので、これに因んでつけました。

・いくつですか?
定年を過ぎて、はや幾年月。酸いも甘いも噛み分けての齢のはずが、まだまだの感。幾つになっても、年上の立派な方は数知れず……。最近は新聞投稿時、ほんの1歳ほど、年齢詐称で過ごしています。自己満足の日々。

・職業は?
実質無職。工房「木馬」主宰と、誰が読んでもよく分からないことを名刺に書いて配っています。単に、職業欄が空欄であることに寂しさを感じているだけのことです。
昔の職業? 専門とはおよそかけ離れたいろいろなことをやらされました。物作り。物壊し。人つくり。子会社整理。首切り。やくざと渡り合い……。

・趣味は?
今はエッセイ作り。新聞投稿。ハートリー。ロードスター。木工。アウトドア。テニス。山歩き。冷酒少々。パソコン。釣り。旅。自慢じゃありませんが、どれひとつ1人前のものはありません。中途半端がまた良いんです。強がりです。

・好きな異性のタイプは?
いまさらこれを書いてもどうなるものでもありませんが、女優であれば、う~ん、誰と言いましょうか……。やはり、うちの奥さんということにしておきましょう。今そばに座っていますので。

・特技は?
そんなものがあれば、苦労はしておりません。強いてあげれば、運動神経・足が速い、機械に強いが直せない、好奇心旺盛、老若男女を問わず人が好き、昔は笑顔が良いと上司に言われたこともありますよ。今はいつも笑っているようだといわれますが、これは単にしわが深くなっただけですから、残念!

・資格、何か持っていますか?
一般社会では役に立たない国家資格をたくさん持っています。今、役に立つものといえば普通自動車運転免許のほか、何と言っても大型自動2輪の免許を持っています。でも、昨年400ccのホンダバイクは手放しました。奥さんも持ち上げられないのに、170kgのバイクはもう無理だと思って諦めました。

・悩みが何かありますか?
書けばきりがありません。毎日煩悩の中で苦闘していますが、それが生きるエネルギーともなっています。ひとつが消えればまたひとつ浮かび上がってきます。あたかも別府・坊主地獄、はたまた、よどみに浮かぶ泡沫のごとく。

・好きな食べ物と嫌いな食べ物は? 好きなもの:イタメシ・ラーメン・うどんと長いものなら何でも大好きです。長いものには巻かれろと、現役時代から鍛われていましたそのせいか……。
嫌いなもの:鶏肉・角煮・うなぎ・あなご。いやな体験を思い出します。

・貴方が愛する人へ一言。
世のすべての人へ一言申し上げます。もう少しでいいから、目の前の人にやさしく接してあげましょう。ほんのすこし。身内ほどでなくても良いからさ。

・回す人5人を指名するとともに、その人の他者紹介を簡単にお願いします。
該当なしです。            以上、いかがでしょうか。
  (写真は、いました、マトリョウシカが5人いました。「誤認か?」)

紫陽花の頃

2006年05月29日 | 生活・ニュース
 今までこのブログや新聞の投稿で、亡き母の思い出は何度も書いてきた。今日、新緑の庭を前にして、ひとりパソコンに向かったとき、何故か、ふと父の顔が思い浮かんできた。

 15年前、紫陽花が咲き始めようとしているこの季節、家を離れ遠くで仕事をしていた私は、姉からの電話で父の重い病状を聞かされた。 

 その時のことを思い出し2階にあがり、本箱から当時のノートを取りだした。その日のページをめくってみると、万年筆の乱れた字で次のように書いている。

 「人間は悲しい生き物である。知恵があり自分が判るだけに心配がある。明日を思うがゆえに悩み、苦しみ、そして予見して悲しむ。

 それでも毎日毎日を、生きてゆかなければならない。無知無想で生きることができれば、毎日毎日を思い悩むことなく生きることが出来るのに。

 漠然としたゴールに向って、同じ速度で毎日歩いていく。それに至る距離感が明確でないことが嬉しい。

 例え、直近にゴールがあっても、目に定かに見えない毎日が良い。私が生きてきたこの半世紀、それほど食うに困ることもなく、着るに困ることもなく、ただ明るく生きることが出来た。

 しかしそんな中、周辺の身近な人に少しづつ変化が起きはじめている。自分にも若干の変化が認められ始めた。

 みな、その変化・異常とうまく共存しながらゆっくりと生きている。かけがいのない人生に悔いを残さないよう、近い人に気を配りながら、助け合って生きていこう。思いやりを忘れずに、みな弱い生き物なのだから」。

 それから1ヵ月後、裏庭に紫陽花がひっそりと咲く頃、新幹線で急ぎ帰ってきた私を横に、ひとつ大きく息を吐き父は逝った。

 それまでの数ヶ月間、父から最期を思わせるような話しは何もなかった。無想で生きていたのかもしれない。それで良かったと思っている。
  (写真は、白く咲き始めた「柏葉紫陽花」)

ワル知恵

2006年05月28日 | 生活・ニュース
 このたび社保庁の年金不正免除・猶予という問題があからさまになった。各地の社保事務所で、年金の納付率を引き上げるために不正な手続きが行われたという。

 社保庁はかつて数々の不祥事に揺れ、2年前、民間から迎えたトップのもとで出直しを図ってきていたはずである。

 この社保庁からの納付率アップの厳しい指示に対して、各社保事務局はノルマ達成に向けて見事な1計を企てた。

 普通の民間会社であれば、このようなときには素直に、納付率である分数の分子を大きくするにはどうしたら良いかを必死に考えるに違いない。

 ところが社保事務局は違った。私のような一般人が考えも及ばない妙案を思いついた。

 額に汗して分子を増やして歩くことを初めからあきらめて、なんと机上で不正に分母を小さくすることにより、みかけの納付率という数字のアップを図ったのである。

 お見事というしかない。昔見た、勧善懲悪時代劇の「お主もワルよのう」の悪代官さながらの手さばきである。

 新聞紙上では「組織の保身」「成果を焦る」「安易に走る」などの非難の言葉が踊っている。当然である。

 これでは納付率という数字がアップしただけで、実質は何も変わってはいない。単に分母を小さくして数字的に納付率を上げることくらいなら誰でも出来る。

 こんなワル知恵を考える暇があったら、少しでも実質的なことに汗を流してほしい。職員は家に帰り、わが子にことの顛末をどう説明するのだろうか。

 何ごとも、上から指示があり努力をしさえすれば、それが達成できるとは限らないことは分かっている。

 指示を出す人受ける人、よく議論して、真に国民のためになる行動をとるために行政職員はある。本質から目を逸らさずにがんばってほしい。

 分子である納付された国民年金は、国民の大切なブンシンともいえる。分母が全額分子となるよう、言われなくとも自らやるのが我々国民の義務である。

 このところ、納付率分子・靖国分祀・盗用文士とブンシの話題が多い。「世の中に蚊ほどうるさきものはなし ブンシブンシといふて夜も寝られず」か。
(写真は、分数の分子に見える鎌倉・瑞泉寺で求めた「土人形」)

カヌー川下り体験

2006年05月27日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び
 2週間前、広告新聞の片隅の小さな記事に目を凝らした。市が主催で「5月20日、中高年のための教室・錦川カヌー川下り体験」と書いてある。

 対象はおおむね45歳以上で健康な人。定員は10人。先着順。中高年の初心者に合わせ、午前は川原で座学と練習、午後は川下に挑戦するという内容だ。

 10年も前の現役の頃から、リタイアーしたら是非カヌーをやってみたいと思っていた。私の書棚には、カヌーの本とカタログが捨てるほど並んでいる。
 
 スポーツ用品店に行っては、何度もカヌーの実物を見て研究を重ねていた。しかし実際にリタイアーしてから、1歩を踏み出す機会がなく今日に至っていた。

 そんな時にこの記事を見つけた。早速電話で申し込んだ。すでに5人が申し込んでいる。60歳以上も1人いるという。それを聞き少し安どした。

 ここ数年、錦川をさかのぼってのドライブをしていても、カヌーで川下りをしているのを何度も目にすることがあった。

 水面から仰ぎ見る景色はまた格別だと聞く。是非挑戦してみたいとずっと思っていたことが間もなく現実になる。楽しみに準備を進めていた。

 体験日の数日前、かなりまとまった雨が降った。いよいよ翌日だという日の午後、電話がかかってきた。増水のため1週間後に順延するという。

 その日私は、所用のため参加することが出来ない。折角のチャンス、残念の1語に尽きた。次は、秋に企画されるという。

 「天気の良い5月初めとか夏に、どうして企画しないのですか?」と、余計なことを訊いてみた。

 「早い時期だと水温が低い。6月以降は、鮎釣りややなが架けられるから」という。そうか、その通りである。

 長年の夢であった、カヌー川下り体験・秋の陣に向け、まずは体力の増進に努めることにした。

 もし、この体験で味をしめたら、2人用の組み立て式カヌーを手に入れ、テントを積み込み、ハートリーを舟先に乗せて、錦川を川下りすることを夢見ている。

 カヌーといえば、「チン」は付きもの。横転して沈むことがある。「長い人生浮き沈み」とは言え、この手の「チン」は命が危ない。

 今までの、私の人生は沈みっぱなし。そろそろ水面に顔を出す頃だ。いざという時には、誰かのように公的資金はもらえないので、救命胴衣だけは着けておこう。
   (写真は、「カヌー川下り体験」案内状)