☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

ブルーベリー

2005年07月31日 | 季節・自然・植物
 15年前、家を建てた時に、妻がブルーベリーの木を植えていた。長い間、家を空けていた間に、何もしなかったにもかかわらず、ひとりで大きく成長した。

 今日、改めて観察してみると、7本の株立ちで高さは2mを超え、幹の太さは一番大きなもので直径6~7cm位ある。

 その木に今年も多くの実がなり、少しずつ熟れ始めている。同じ枝でも実によって熟れ具合は随分異なる。

 木の傍に立って日本野鳥の会よろしく、実の数をざっと数えてみた。数えるといっても、100個まで数えただけで後は推量した。それによると、4~5000個といったところのようだ。

 いちご・もも・夏みかんと、何でもジャムにしてしまう妻は、今年も先日ブルーベリージャムを作ってくれた。

 朝の食卓で、こんがり焼いたトーストにこのジャムを乗せると、濃い藍色の蜜がゆっくりと広がっていく。

 パンもジャムも自給自足の朝食だ。ペットとしてニワトリを飼えば、目玉焼きも自家製となる。考えてみてもいいが、どうも朝が早くなりそうだ。これはやっぱり止めておこう。

 ブルーベリーは、目に良いという。といって毎日食べても、視力が良くなるわけではない。疲れた目の回復を助けるだけだ。

 今日から、ネットサーフィンをした後、毎日一粒食べてみよう。口に入れると思わず「ベリー グッド」と言いそうだ。
   (写真は、我が家自慢の「ブルーベリー」)
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トレモロ

2005年07月30日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画
 梅雨も明け、朝から真夏日の様な日差しであった。一日中、家から一歩も出られず、気だるく過ごした。

 ようやく陽が傾き始めた頃、ハートリーに水遊びをさせようと河口に近い堰へ行った。幼い子供たちが水遊びに興じている。

 傍の堤防には、天然記念物指定の楠の木の巨樹群がある。その大きな緑陰にある古びたベンチに、やせた老人がひとり佇んでいた。

 前を通り過ぎた時、ハーモニカの懐かしく控えめなトレモロが追っかけてきた。

 子供の頃、木造の小学校の教室で聞いて以来、何十年振りに聞く震音だったろうか。

 振り返ってその老人と目を合わせると、「七十年も昔の、ぶち古いもんじゃ」と言って、ハーモニカを片手で持ってこちらに向けた。

 私が笑顔でうなずくと、老人の欠けた 歯もニカッ と自慢げに笑った。
 (写真は、懐かしく思い早速買い求めたドイツ製の「HOHNER」)
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ハイエナ

2005年07月28日 | 車・ペット
 一週間も続く長い雨が上がり、梅雨の中休みと思ったら、二日後にはまた、しとしとと雨が降り始めた時のことである。

 ハートリーは、散歩に出られず床に転がってばかり。恨めしそうに時々外に目をやっていた。

 毛が長いせいか、雨降りに外に出ることを大変嫌がる。そういえば、前回トリミングをしてから、もう一ヶ月以上経っている。

 夏向きに短く刈ってもらった毛も、大分長くなった。いつも刈ってくれる近所のお嬢さんが、長期間の旅行で不在のため、毛は伸びたままになっている。
 
 「よしっ、それなら俺がやってみよう」と、子供が小さい頃に買った安物の電気バリカンを物置の奥から取り出した。
 
 まだ動くことを確かめて、奥さんに手足を持ってもらい、まず背中からバリカンを入れた。初めのひと刈はうまく行った。

 しかし次からは柔らかい毛が刃に咬みこまず、ひっかっかりながら進む。何とか背中の部分だけは刈り終えた。

 手足の長い毛は、はさみでつまみ切りした。後半は嫌がり始め、刈っている私の手を本気で咬みはじめる。

 難産のあと、何とかトリミングらしきことを終えた。仕上がった作品は、さっぱりはしているが、ハイエナに似たとら刈りになった。

 それでもハートリーは涼しくなり嬉しそうな顔をしている。外で放してやると、身軽になったせいかいつもより速く走り回った。思わず私はつぶやいた、「ハエーナ」と。
 (写真は、とら刈りで終わった「ハートリー」)
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21歳の礎

2005年07月27日 | 生活・ニュース
 炎暑のある日、一度訪ねてみたいと思っていた周防灘の大津島に行った。周南市の10km沖に浮かぶ「回天」の島である。

 回天とは、小さな潜水艦に爆薬を搭載して人が乗り、自らが操縦して敵艦に体当たりするという海の有人魚雷のことである。

 太平洋戦争末期の戦況不利な情勢下、「天を回らし、戦況を逆転させる」という切なる願いを込めて誕生したという。

 大津島はその隊員訓練の基地であり、また、ここから多くの若い命が大命を受け、回天と共に戦地へ赴いて行った。

 フェリーから降りると、「ようこそ回天の島大津島へ」との大きな看板がまず眼に入る。

 小さな小学校と漁港、それに数件の民家が点在するごく普通の瀬戸内の小島に見える。

 しかし、今は平和な島を突き抜けて掘られた長いトンネルの向こうには、魚雷調整工場・発射場・危険物貯蔵庫など、回天の風化しかけた多くの遺跡があった。

 訓練を受けていた隊員の平均年齢は二十一歳だったという。

 最後に立ち寄った海を見下ろす小高い丘の上の記念館には、若すぎる特攻隊員の数々の遺書・遺品が展示してある。

 そのひとつに「自分たちが礎となって日本は立派になるのです。自分たちの死は決して無駄ではありません」と、墨で力強くしたためてある。

 今を生きている我々は、この国を果たして彼が言う「立派な国」にしてきただろうかと、ガラスケースに収められた無言の遺書を前に、私はふと立ち止まって考えてみた。
(写真は、回天記念館前の石碑、05.7.31毎日新聞「男の気持ち」掲載)
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高校野球

2005年07月26日 | 生活・ニュース
 夏の全国高校野球が、今たけなわである。自分の子供の世代を通り越した年頃の、高校球児の熱闘が見たく、私は今年も球場へと足を運ぶ。

 ネット裏の観客の中には、毎年やってくる常連の顔をここかしこに見ることが出来、数人と会釈を交わす。

 タオル・冷たいお茶・うちわ・麦藁帽子・日焼け止めクリームの応援グッズを持って、私もその中に座る。

 真っ黒く乾いた灼熱のグラウンドに、鍛えに鍛えられた球児が、ばね仕掛けの人形のようにきびきびと弾ける。

 血縁でも何でもないのに、母校の試合では、妙に肩に力が入る。

 しかし、勝っても負けてもいい。燃えるものを見つけて、無心になって自分の力を出し切る姿を見るのが好きだ。それを見るために、私は今日も球場に出かけて行った。

 やるだけやって負けた球児たちの悔しそうな顔の中にさえ、清々しさが読み取れる。それを見るのがまたいい。
(写真は、熱かった「高校野球見物」柳井球場:05.7KRYで放送)
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