リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

音楽知

2017年07月28日 09時44分38秒 | 音楽系
音楽は脳のどこで受容されるのでしょう。音楽が受容されたということはどのようなことを以てして判断されるのでしょう。これらの問いの答えはとても難しいみたいで、まだまだ完全に解明されているわけではないようです。

ナントカという曲を覚えた、と言ってもそれは人さまざまで、具体的な内容は異なるようです。私の経験から言えば、主にメロディだけを覚えて、それを以てして曲を覚えたということが大半のような感じがします。ひとつの曲は、いくつかのメロディのライン、伴奏の動き、バスのライン、ハーモニーの動的な流れ、などいくつかの要素がひとつになったものなのですが、それらを聴いてあるいは演奏して覚えた(と思った)とき必ずしもそのすべてを受容できているわけではない、というのがおおかたのケースです。

このことは別に何十もパートがある交響曲の場合に限ったことではなく、ごく単純なギターの初歩的練習曲においてもあてはまるようです。私はギターもときどき教えることがありますが、生徒さんに暗譜した曲を何も見ないでもちろん楽器も持たず五線譜に書いてみてくださいというと、ほとんどの人ができません。暗譜したリュート曲を同じようにタブにかいてください、という場合も同様です。ただタブは五線譜とはちょっと事情が異なるかもしれませんが。

これには読譜力(記譜力)が介在しているので、このことを以て音楽全体を受容できていないとはいいきれませんが、実のところ私の経験からは、暗譜=指の動きの連続運動を冒頭から覚えた、というケースが多いみたいです。この場合、暗譜といっても冒頭からしか演奏できず、途中から弾くことはできません。これはたぶん運動の記憶であって音楽の記憶ではないと思います。暗譜は運動の記憶だけでなく音楽の記憶の両方が必要だと思いますが、そもそも音楽の受容度が低い場合は音楽の記憶はしようがありません。

ここで音楽を受容する力のことを音楽知ということにしますと、音楽知がどのくらいであるのかは定量的にとらえるのはなかなか難しいことです。全貌はとらえられなくともその一部でもとらえることができるととても興味深いとは思います。学力はその全貌ではないにしてもある程度は知能テストや学力テストで推し量ることができるのですが、同様のシステムが音楽知においても開発されると、音楽の受容力を高めるための方策が見えてくるのではないでしょうか。

ところで学力を学校知と言うことにしますと、(確かそういうのをどっかで聞いたことがありますが)学校知と音楽知は全く別物です。多分使われる脳の部位も違うところだと思います。よくあるのは学校知でもって音楽を理解しようとするケースです。

以前新聞の連載で、音楽関係の連載を書いている記者さんが、自分はまず音楽の解説をしっかり読んでからでないと音楽は聴かない主義だ、と書いてあるのを読んだことがあります。例えば、ここにはこういう主題があって、これにはこんな意味があって盛り上がり、運命の厳しさを表しているところである云々というのをしっかり読んで頭に入れてから聴くとおっしゃるのです。

新聞記者さんは頭がいいでしょうから、学校知を土台にして音楽知をあげるということになんでしょうけど、解説を読む時間があったら、ただひたすら何も考えずに音楽に耳を傾けた方がいいのではと思います。クラシックの「小難しい」曲だと、これはいったいどういう情景を表しているのか、どういうことを表しているのかがわからないとおっしゃる方が多いですが、実際音楽が表していることは目で見た情景とか具体的な考え方といったものではありません。非言語、非物質、非具象の世界なのです。

日本はとても文化度の高い国ですから、特にクラシックと呼ばれているジャンルにおいては頭で以て音楽をとらえようとする傾向が強いように思えます。リュートとか古楽においてはさらにその傾向が強くなる感じがします。とても学校知が高い方の演奏ですが、その奏でる音楽は知性のかけらもない(音は汚く、ぷつぷつにきれる、調弦もきちんとできていない)なんていうこともあります。こういう方はたぶん学校知をもとにいろんなことを頭に入れた結果、音楽知が高くなったと錯覚しているのかもしれません。

大切なことは予断なく音楽を聴くことです。CDや書籍による解説書を先に読まずまず音楽を聴きましょう。これではまるでとっかかりがないのではとおっしゃるかも知れませんが音楽にはとっかかりは必要ありません。音楽がどうもピンとこなければもう一回聴きましょう。何度聴いても心地よくなってこなければ、自分にあっていない音楽かもしれません。何も無理して聴く必要はありません。楽器も演奏される方であれば、自分の音にしっかりと耳を傾け、演奏家の演奏をたくさん聴き、もし表現の方法がわからなければ専門家の門を叩くといった真摯な態度も必要でしょう。

音楽の受容についてはわからないことだらけのようですが、解明が進むことで音楽の聴き方も変わってくるのかも知れません。

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