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生え抜きを育てる

前回に引き続き、転職がらみの人材育成についての論文を読んだ。ハーバードビジネススクールのグロイスバーグらの調査によると「スタープレーヤーを中途採用するよりも、生え抜きを育成するほうが、企業にとってメリットがある」という。

彼らは、1988年から1996年まで、米国の投資銀行78社に勤務していた花形アナリスト1052人を調査した。その結果、スター・プレイヤーが引き抜きによって別の組織に移ると、本人の業績が低下するとともに、一緒に働くグループやチームの業績も低下する傾向があることを発見している。

なぜか?

第1に、個人の能力で働いている代表格のような金融アナリストでさえ、彼らのパフォーマンスの大半は勤務している組織の力によるところが大きいためである。組織の力とは、コーポレート・ブランド、調査システム、ITシステム、協力的な上司、営業チームのサポート、研修プログラム、同僚の能力水準などである。ある調査によると、投資信託の業績のうち、個人能力で説明できるのは30%であり、70%は組織能力によるという。

第2に、組織を移ったスター・プレイヤーの大半が、新しい組織のルールを覚えたり、その組織に合うように自分の慣れ親しんだ仕事のやり方を捨てることができないためである。自分からすすんで組織に溶け込もうとする人も少なく、新しい会社で、市民権を得られずに別の組織に移る例も多いようだ。詳しく調査した24の投資銀行のうち、スタープレイヤーを自社の組織文化に溶け込ませるのに成功したのは3行だけだった。

第3に、高給取りのスタープレーヤーがやってくると、既存のメンバーはおもしろくない。自分たちが期待されていない、と思ってしまう。また、個人間で衝突が起こり、グループ内のコミュニケーションが断絶されるという。ある投資銀行のマネジャーは「スター・プレーヤーを採用することは、臓器移植のようなもの。移植後に、他の臓器が拒絶反応を起こす。」と語っている。

ただ、リサーチ・アナリストや営業職、トレーダーといった、一緒に働いていたチームごと移る場合には、1人で移るアナリストよりも業績は高いらしい。料理人や医師が転職するときに、職場チームごと移るのはよく聞く話だが、これだと以前のパフォーマンスを保てるようだ。

グロイスバーグらの研究によると、業績の高い信託銀行では、根気良く人材を選び、骨身を惜しまずトレーニングして、生え抜きスターを育成しているという。外部からスター人材を雇い入れる際には、人格を重視し、既存メンバーの意見を取り入れ、事前に同僚たちが協力しやすくする、といった環境整備を怠らない。

人材の流動性が激しい欧米では、「時間をかけて育成よりも、手っ取り早く優秀な人材を採用したほうがよい」というのが常識だと思っていたが、意外だった。この記事を読んで、(昔の)日本企業の強さを再認識した。この論文は、「人材育成力」が企業の競争力の源泉であることに気づかせてくれる。しかし、今の日本が、逆の方向に進んでいるように思われる点が気がかりだ。

出所:グロイスバーグ、ナンダ、ノーリア「スター・プレーヤーの中途採用は危険である」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス2004(October)
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