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凝縮された人生

『そこのみにて光り輝く』『きみの鳥はうたえる』の著者である佐藤泰志さんは、41歳で自ら死を選んだ人である。

彼の経歴を見ると、多くの作品が有名な文学賞の候補となっており、『きみの鳥はうたえる』は芥川賞候補、『そこのみにて光り輝く』は三島賞候補だったようだ。

以前は、賞を取れなかったから絶望してしまったのではないかと勝手に思っていたが、「草の響き」(『きみの鳥はうたえる』収録作品)を読み、それは違うと感じた

佐藤さんは、27歳のときに精神不調に陥り、それ以降は、薬を飲み、ランニングをしながら、必死に生き、小説を書いていたことがわかったからである。

彼の人生観、世界観、感性が凝縮された作品からは、懸命に生きることのたいせつさが伝わってくる。短かい一生だったかもしれないが、凝縮された人生だったのではないか、と思った。
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『きみの鳥はうたえる』(読書メモ)

佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』河出文庫

この本には、表題作の他に「草の響き」という作品が収録されているのだが、これが絶品である。映画にもなった『そこのみにて光り輝く』よりも良かった。
(ちなみに、どの作品もタイトルが美しい)

何が良いかというとなかなか説明できないけれども、小説の空気感が独特なのだ。

印刷工として働いているうちに自律神経失調症となり、医師のすすめで朝晩ランニングを始めた「彼」。主人公が感じる世界が読み手にも伝わってくる。たとえば、次の文章。

「埃の匂いにかわって、雨のすがすがしい香りだけが身体を取り巻き夜の底で彼も地面も草も生きて輝くようだった」(p.205)

精神の均衡を崩しそうになった主人公は、走ることでこの世界とのつながりを取り戻していく。

28歳のときに精神の不調に陥り、41歳で自殺するまで精神安定剤を服用していた著者の経験がベースとなっているだけに、描かれている世界がリアルである。彼も、治療の一環として1日10キロ以上走っていたらしい。

生きることのしんどさと手ごたえを感じさせる書である。

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気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの

気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの
(コヘレトの言葉7章9節)

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食うことと、飛ぶこと

『かもめのジョナサン』を訳した五木寛之氏は、解説で次のように語っている。

「この物語主人公であるジョナサンというカモメ君は、実際、相当の頑張り屋さんなのである。しかも頭もよく、向上心もつよい。おまけに「愛」することの意味までもちゃんと知っている大したカモメなのだ。そのジョナサンが、他の仲間のカモメたちを見る目に、どこか私はひっかかったのだった。ジョナサンにとっては、食うことよりも飛ぶことの方が大切なのである」(p.135)

僕も、ほぼ同じ違和感を覚えた。

食うこと」と「飛ぶこと」、どちらが大事なのか。

もちろん、世の中には、飛んでいる人もいる。芸能人、スポーツ選手、芸術家、小説家。みな、自由に飛んでいる(ように見える)人たちである。それに対して、毎日食うために働いている人がいる。

『かもめのジョナサン』を読むと、食うために働いている人を馬鹿にして、飛んでいる人を賞賛しているような気がしてくるのだ。

この小説を読み、食うために働く中で、いかに飛ぶかを考えることが大切なのではないか、と感じた。

出所:リチャード・バック(五木寛之訳)『かもめのジョナサン』新潮文庫

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『かもめのジョナサン』(読書メモ)

リチャード・バック(五木寛之訳)『かもめのジョナサン』新潮文庫

大学時代に読んだ本を読み返してみた。以前読んだのは1985年8月18日だから30年ぶりである。ちなみに、内容はまったく忘れていた。

かもめのジョナサン・リビングストンは、普通のかもめとは違い、速く飛ぶことの研究に熱中している変わり者。あまりにも飛行訓練ばかりやっているので、日々の生活を重視する群れから村八分にされてしまう

孤独の中で速さを極めていくジョナサンは、いつしか異次元(天国?)にたどり着き、そこで同じ価値観を持った仲間と出会い、修行を重ねる。

しばらく経って、師匠からつぎのようなアドバイスを受ける。

「ジョナサンよ。もっと他人を愛することを学ぶことだ」(p.80)

この言葉に押されて故郷に戻ったジョナサンは、同じように仲間はずれになっていた若者を鍛えていく、という物語である。

少し説教くさい本だが、「自分の技を極める」という段階から「その技を弟子に伝承する」という段階へと移行する成長プロセスに共感できた。

特に、翼を怪我して自信を失っているかもめを、ジョナサンが勇気づけるところが印象的だった。


「ぼくが飛べるとおっしゃるんですね?」
きみは自由だと言っている
(中略)
「飛べるぞう!おーい!ぼくは空を飛べるぞう!

若い人の潜在能力に期待して、励ますことの大切さを感じた。


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主の御心が行われますように

主の御心が行われますように
(使徒言行録21章14節)

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感動を伝える

『五感でわかる名画鑑賞術』の中で印象に残ったことがひとつある。

それは、オルセー美術館の案内役のご婦人の話。案内人というからには、専門家であるはずなのだが、彼女には「教える」という雰囲気がまるでなかったという。

「ゆっくりと絵に歩みより、じっくりと画面を眺めてから見学者を振り返り、「素敵でしょう、この絵」という感じで、ため息をもらさんばかりに話しはじめる。まるで、自宅の家具か骨董品を、客に自慢しているようである。仕事がら、さんざん見ているはずの絵を、まるではじめて見た時のような感動をまじえて解説しているのである」(p.204)

教える内容に自分が感動し、その感動を伝える。ここに「教える」ことの真髄がある、と感じた。

出所:西岡文彦『五感でわかる名画鑑賞術』ちくま文庫


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『五感でわかる名画鑑賞術』(読書メモ)

西岡文彦『五感でわかる名画鑑賞術』ちくま文庫

多摩美術大学の西岡先生が、「どのように絵を鑑賞すべきか」を語ったのが本書。

一言でいうと、「美術館に行ったら、自分の好きな順番で、好きな絵だけを見なさい。自分の感覚を信じなさい」ということ。

この本を読んで最も感銘を受けたのは、「自分の好きな絵を見つけて、なぜ好きなのか理由を考えると、自分自身が理解できる」という点だ。

西岡先生は言う。

「いずれにしても、好きな絵は、どこかで自分の鏡になってくれている。こうした鏡をいくどもいくども眺めるうちに、私たちは、じょじょに私たち自身のことがわかってくるのである」(p.72)

これは絵に限らない。好きな本、好きな映画、好きな車、好きな場所、好きなスポーツ選手。自分がなぜそれを好きなのかを考えることで、自分の持っている価値観、夢、希望がわかってくる。

いろいろな鏡を通して自分を理解したい、と思った。
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心とはらわたを調べる方 神は正しくいます

心とはらわたを調べる方 神は正しくいます
(詩編7章10節)

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自分で自分を教育する

1812年にイギリス南部のポーツマスに生まれたチャールズ・ディケンズは、海軍で事務官をしていた父親の浪費癖がたたり、12歳で靴墨工場に働きにだされてしまう

勉強したいのに勉強できない屈辱の中、彼は工場の行き帰りに、ロンドンの町をつぶさに観察したようだ。この経験がのちのちの作品に生かされていく。

その後、家計が持ち直して学校に戻ったが、再び父親の浪費のために、法律事務所で働くようになる。『クリスマスキャロル』を訳した中川敏さんは、次のように言う。

「ディケンズは芝居を見るのが好きで、この事務所にいたときに小さな劇場に通い、みずから舞台に出たこともあった。ここでかなりの人生体験を積んだと見てよい。学校教育を受けた期間は短いが、彼は自分自身で自分を教育したのである。法律の仕事が好きでなく、世に出て成功するには議会の討論を報道する仕事から始めるのがよさそうだと考え苦労して独学で速記を習い、同時に大英博物館付属図書館に通って勉強した。彼の勉強ぶりは中途半端でなく実に徹底していた」(p.186)

自分自身で自分を教育した、という点にグッときた。

置かれた環境の中で、さまざまな機会を利用して成長していったディケンズ。独自の学びの方法を持っているがゆえに、オリジナルな作品を生み出すことができたのだろう。

出所:ディケンズ(中川敏訳)『クリスマス・キャロル』集英社文庫
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