goo

生き方を切り替える

数学は若者の学問と言われ、数学史上で50歳以降に大発見がなされたことはほぼ皆無であるという。

そのためか、数学者の世界には更年期障害にかかる人が多いという。藤原正彦氏は次のように説明している。

「若い頃より真理の探究こそ至上の価値と信じ、一心不乱に研究してきた者が、五十代になってかかりやすい、一過性の精神不調である。この年齢になると、仕事が思うように進まなくなる。独創力が落ちるというより、肉体的ねばりがきかなくなる。数学の難問を解決するためには、何週間も何ヶ月もそれだけに集中しなければならない。目の覚めている間はもちろん、睡眠中でも考え続けるほどでなければ、なかなか本質に迫れない。(中略)仕事が以前に比べ進まなくなると、まず焦燥感にとらわれ、ついで至上の価値と信じてきたものを生み出せなくなった自分に、嫌悪を感ずるようになる」(p.32)

あのニュートンも50歳になった頃に強度の鬱病にかかってしまったらしい。しかし、53歳のときには立ち直ることができた。

なぜか?

それは、大学における学究生活に見切りをつけたからである。53歳で造幣局監事、56歳で長官となり、60歳で王立協会長に選ばれ、84歳で死ぬまで高給をもらいながら科学界に君臨したという。

ニュートンは、「生き方の切り替え」が上手かったのだろう。

自分もそろそろ50歳なので、何らかの切り替えが求められている、と感じた。

出所:藤原正彦『天才の栄光と挫折』文春文庫



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『天才の栄光と挫折』(読書メモ)

藤原正彦『天才の栄光と挫折:数学者列伝』文春文庫

ベストセラーとなった『国家の品格』で有名な、数学者・藤原正彦先生が、世界の数学的天才について綴ったエッセイ風の評伝である。

ニュートン、関孝和、ガロワなど、総勢9名の天才数学者たちが紹介されているのだが、藤原先生が現地で取材をしているので、育った土地や学んだ大学の息づかいが聞こえてきそうだ

読み終えて感じたのは「天才に幸せな人はいないな」ということ。ニュートンは別として、決闘で殺されたり、若く病死したり、自殺したりしている人が多い。天才として生まれても、あまり良いことはないかもしれない。

9名の天才の中で最もインパクトがあったのは、インドのシュリニヴァーサ・ラマヌジャン

ラマヌジャンは、15歳のときに『純粋数学要覧』(大学初年級までに習う6000近い定理が証明なしに並べられている本)と出会う。

彼は、この本に没頭し、膨大な定理を自分の力で証明していきながら、新しい公式を発見するたびにそれをノートに書き込んでいた。数学以外に興味を示さないラマヌジャンは、大学を落第してしまうのだが、ケンブリッジ大学に送った手紙を見た数学者たちは衝撃を受ける。

ラマヌジャンは何が凄かったのか?

それは、直感力と洞察力である。藤原先生は次のように評している。

「ラマヌジャンは「我々の百倍も頭がよい」という天才ではない。「なぜそんな公式を思いついたのか見当がつかない」という天才なのである。アインシュタインの特殊相対性理論は、アインシュタインがいなくとも、二年以内に誰かが発見しただろうと言われる。数学や自然科学における発見のほとんどすべてには、ある種の論理的必然、歴史的必然がある。(中略)ところがラマヌジャンの公式群に限ると、その大半において必然性が見えない。ということはとりもなおさず、ラマヌジャンがいなかったら、それらは百年近くたった今日でも発見されていない、ということである。」((p.191-192)

天才にも、「普通の天才」と「とんでもない大天才」がいることがわかった。

しかし、その大天才のラマヌジャンも、イギリスになじめず不治の病に倒れ32歳で世を去ってしまう

やはり天才は悲劇的である。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

あなたの未来には希望がある、と主は言われる

あなたの未来には希望がある、と主は言われる
(エレミヤ書31章17節)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

もののあわれ

川端康成の『雪国』の中に「日本の美」を感じてしまったが、理由が自分でもわからなかった。

しかし、後でよく考えてみると、これが「哀れさ」なのか、と思った。

かなうはずのない恋にすがる駒子や葉子の姿に、「なんでそんな男にこだわるのか」と感じてしまうが、そこになんともいえない「人間らしさ」があるような気がした。

演歌に通じるものがあるかもしれない。

合理的な考えでは割り切れない感情の中の美しさを描き出した川端康成。さすがである。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『雪国』(読書メモ)

川端康成『雪国』新潮文庫

『雪国』って、こんな作品だったんだ、と思った。

親の財産でブラブラ生活しているこぶとりのオヤジ(所帯持ち)の島村が、越後の温泉町で芸者をしている駒子と関係を持つようになる。優柔不断な態度で、のらりくらりと駒子とつきあう島村なのだが、そんな島村に惹かれる駒子。

ストーリーだけ書くとイライラしてくるのだが、なぜか美しい小説である。

なぜ美しいのかよくわからない。「こんな生き方絶対にしたくない」と思うのに、なんともいえない読後感である。これが「日本の美」なのだろうか。

解釈するのはやめにして、この感覚を味わおうと思った。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい

暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい
(ヨハネによる福音書12章35節)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

リーダーシップと人間的魅力

『大統領でたどるアメリカの歴史』を読み、44人のアメリカ大統領の中で最も魅力を感じたのは、フランクリン・ルーズベルトである。

大恐慌が深刻化していた1933年に大統領に就任したルーズベルトは、100日の間に一連の緊急策を打ち出し、危機に瀕したアメリカを救う。いわゆるニューディール政策である。

単にスピーディというだけでなく、アメリカ経済を根本から再生させる戦略を持っていたという点が重要である。彼の政策によって雇用が創出され、アメリカの中間層が厚くなったという。

また、就任から1週間後、当時ラジオが家庭に普及していたため、不安におののく国民に直接語りかけ、自信に満ちた声によって安心させている。ポジティブさもリーダーにとって大切な条件である。

驚いたのは、彼が30歳のときに小児マヒにかかり、車いす生活であったこと。テレビがなかったのは幸運だったかもしれない。ルーズベルトは、演説のときには足を固定させたりしながら、障害があることを国民に知らせなかった。

偉かったのは、当時のジャーナリストである。決して車いす姿の大統領を写真に撮らなかったらしい。すぐに揚げ足を取る今のジャーナリストとは大違いである。 

能力も大事だが、リーダーシップの決め手は人間的魅力だな、と感じた。

出所:明石和康『大統領でたどるアメリカの歴史』岩波ジュニア新書

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『大統領でたどるアメリカの歴史』

明石和康『大統領でたどるアメリカの歴史』岩波ジュニア新書

1776年に英国から独立したアメリカでは、これまで44人の大統領が生まれている。この大統領の観点からアメリカの歴史を見ていこうとするのが本書である。

二百数十年の間、アメリカはさまざまな危機に直面するが、それを乗り越えてきたのは大統領のリーダーシップである。不思議なのは、その時代にフィットした大統領が選ばれていること。

経営学者であるノエル・ティッシーは、組織が置かれた環境に合った適切なリーダーが生み出されていく仕組みを「リーダーシップ・エンジン」と呼んでいるが、アメリカはまさにこのリーダーシップ・エンジンを備えているように感じた。

では、何がリーダーシップ・エンジンの源になっているのか?

アメリカは実力のある人間が認められる構造を持っているからではないか。もちろん、差別もあるし、貧富の差も拡大しているのだが、中産階級以上の人間には上昇するチャンスがあるように思う。

これは、会社組織についてもいえるような気がする。実力のある人材がリーダーとして認められる組織は、時代にあったリーダーが選ばれ、長期間にわたり繁栄することができる。これに対し、生まれ、性別、家柄、派閥など実力以外の要因が重視される組織は長続きしない

ただ、最近のアメリカでは、富が上層部に集中しすぎていて、中産階級の力が低下していると聞く。そうなると、今まで機能してきたリーダーシップ・エンジンが働かなくなるかもしれない。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

苦難の襲うとき、わたしは主を求めます

苦難の襲うとき、わたしは主を求めます
(詩編72章3節)


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

OJT、OJD、OJE

OJTは、On-the-Job Training(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=職場における訓練)の略である。

OJTは、「新人や若手の育成」という狭い意味で使われることが多い。しかし、OJTはマネジャーにとっても重要である。なぜなら、マネジャーの成長の大半は、職場における経験によって決まるからである。

OJTという言葉のかわりに「OJD(On-the-Job Development)」「OJE(On-the-job Experience)」という言葉を使っている会社もあるが、これはとても良いことだ。OJTのイメージが変わり、若手だけでなく、中堅やマネジャーの育成を含む概念になるからである。

OJTを職場に浸透させる上で、言葉の使い方も大切になる、と思う。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ