昨日ベネッセの情報漏洩を書きました、そんなに大騒ぎなの?と書きました。各紙朝刊にあれこれ教えてくれてるのですが、ううむ、ではあります。非難調です全ては。不安に陥れた責任は重大、これは読売の社説の見出しですが、この調子です。不安ねぇ。でも読んでみてもダイレクトメールが送りつけられるくらいのことのようですよ。確かに覚えも何もない所から送りつけられるのは不審ですし不愉快ではありますが、そのままゴミ箱に投げれば済むことですよね。私のところにも何?というような代物が届きますが、まぁ、あちこちの名簿に名前載せてれば仕方ないかなと思ってます。業界や同窓会や、あなたも一つや二つはあるでしょう?記事は教えてくれます、子供の個人情報は宝の山なんだそうです。生年月日を知れば受験に至るまでだけではなく、就職、結婚、果ては墓の世話まで一生食いついていける、んだそうです。なるほどねぇ、そういうことよねぇ、と感心はしますが、でも、所詮はダイレクトメールどまりでしょう?訪問販売するんでしょうか、押し売りの類も?そこまで行くなら面倒ではありますし、書類上ネット上のなりすましが可能であるなら(その程度の個人情報で)大問題ですが、そんなことは書いてないのですよ。15円だそうです一件について。それこそ何万何十万件のデータじゃないと美味しい話じゃありませんが、どこかの同窓会名簿持ち込めば何百人で何万円ですか、まぁいい小遣いですわね。ベネッセから一太郎やATOKで有名なジャストシステムという、まぁ一流どころから一流どころへの漏洩だから、昨夜の古館さんは甚くご立腹でしたよ、大上段の正論しか言わない隣の童顔の朝日解説委員と一緒に。不安に陥れる、ねぇ。ダイレクトメールが来るくらい、大した不安じゃないですよね。どこで知ったの?くらいのことで。クーリングオフとか何とか、そういう契約モノのトラブルでもないし。個人情報と名付けて構えてしまって、それを犯罪にしてしまってるから事を大きく考えてしまうという、いわばマスコミのマッチポンプじゃないんですかねぇ。企業を叩くはどうぞ、あなた方の集団暴力の常でしょうから。でも徒らにこっちの不安も掻き立てるはいかがなものかと、思ってしまいますが。
睡眠薬入りの酒を飲ませて金品を盗む、昏睡強盗とやらの声優のアイコ、御用ですが、あの金網付きの収容車内でのピースサインには勝てません。生活保護金を受け取りに行って御用とはらしいというのか懲りぬと言うべきか。いずれにせよこの手の輩には勝てませぬ。度し難きは縁なき衆生です。
ベネッセの顧客データの漏洩、大事件の様相です。でも、どうしてそんなに?ではあります。悪用されると書き立てます、子どものデータだからなおさらに声高です。子供のほうが実害少ないんじゃないんでしょうかね、無垢の子供に!のいつもの偽善でしょうけれど。どう悪用されるんでしょうか。全く覚えもないダイレクトメールが舞い込むくらいのこと、勧誘電話がかかるくらいのことでしょうに。なりすましですか。金引き出されたり、勝手に何かの契約されたり?本人確認ってこの時代、そんな簡単じゃないでしょうに。それともこの漏出したデータは微細に亘っているものなのでしょうか。こんな時にいつも出てくる単語がコンプライアンスですが、これは規則の遵守という意味合いですね、今後はコンプライアンスを徹底するとの言葉遣いです。規則破りされた後にこんなこと言うても・・といつも思ってますが、名簿を欲しがる奴がいて、金になると知れば盗むの奴がいておかしくないわけですね。でも例えば古館の番組などは、セキュリティーの甘さだと非難するわけです、それはすり替えでしょう?そんないたちごっこを煽ってどうするんだ?そして社長は自社員ではなく外部の人間の仕業だと匂わせます、これもどういう意図なのかよくわかりませんが。こんなことのないようにと個人情報保護法なる天下の悪法が出来上がった筈ですが、法律違反ばかり強調されると、どうしてもっと安全対策しなかった?という方向に批判は向けられます。キー叩くだけで大量のデータを操作できる時代においては、この手の犯罪は(小悪ですけどねぇ)本人への咎めよりもシステムの問題に非難が移ります。時代なのでしょうね。カメラの前で責任者たちが頭を下げる風景はすっかり見慣れましたが、やはりその時々の態度や言葉遣いによって印象は違うもんだのうとこちらにも感心することです。
ベネッセの顧客データの漏洩、大事件の様相です。でも、どうしてそんなに?ではあります。悪用されると書き立てます、子どものデータだからなおさらに声高です。子供のほうが実害少ないんじゃないんでしょうかね、無垢の子供に!のいつもの偽善でしょうけれど。どう悪用されるんでしょうか。全く覚えもないダイレクトメールが舞い込むくらいのこと、勧誘電話がかかるくらいのことでしょうに。なりすましですか。金引き出されたり、勝手に何かの契約されたり?本人確認ってこの時代、そんな簡単じゃないでしょうに。それともこの漏出したデータは微細に亘っているものなのでしょうか。こんな時にいつも出てくる単語がコンプライアンスですが、これは規則の遵守という意味合いですね、今後はコンプライアンスを徹底するとの言葉遣いです。規則破りされた後にこんなこと言うても・・といつも思ってますが、名簿を欲しがる奴がいて、金になると知れば盗むの奴がいておかしくないわけですね。でも例えば古館の番組などは、セキュリティーの甘さだと非難するわけです、それはすり替えでしょう?そんないたちごっこを煽ってどうするんだ?そして社長は自社員ではなく外部の人間の仕業だと匂わせます、これもどういう意図なのかよくわかりませんが。こんなことのないようにと個人情報保護法なる天下の悪法が出来上がった筈ですが、法律違反ばかり強調されると、どうしてもっと安全対策しなかった?という方向に批判は向けられます。キー叩くだけで大量のデータを操作できる時代においては、この手の犯罪は(小悪ですけどねぇ)本人への咎めよりもシステムの問題に非難が移ります。時代なのでしょうね。カメラの前で責任者たちが頭を下げる風景はすっかり見慣れましたが、やはりその時々の態度や言葉遣いによって印象は違うもんだのうとこちらにも感心することです。
安倍さん、今度はニュージーランドからオーストラリアです。外遊の合間に国会出ているんじゃないのかと思うくらい、熱心さは半端じゃないことですね。これだけ危機感が強いということです、そこを理解せねばならぬと思いますね。これはもちろん特定秘密法案や集団的自衛権に向かう意思とリンクしてます。今まで保ってきたと思いこんでいる(思い込まされている)一国平和主義ではとても自国を守れない、正式な軍隊を持たない、戦闘態勢の全く整っていない現状をリアルに考えて、悪評高い憲法の前文じゃありませんが、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」てもダメだと切実に危機管理の必要を態度に表していることなのです。石原慎太郎を筆頭にこの憲法前文への批判非難は多いことですが、石原さんが言う日本語として醜いという批判はさて措いても、内容がいかにも空理空論で、中学校の生徒会の今年の目標みたいです。それに差して憲法9条です。両手両足縛られて、いえ解こうと思えばほどけたものを自縄自縛のままで70年過ぎた来たのですからいかな批判も天唾モノではあります。だから今安倍さんは世界中を渡り歩いて支持を求めている。中国に呑みこまれそうなんですから。そういう危機感です。近々に米中会談が中国で行なわれます。太平洋を米中で分けようなんて大国意識です。アメリカに覇権意識が薄れてます、一方で中国はその真逆です、100年前の仕返しです、帝国主義で今度は食い散らかす側に回る。それを見てロシアも仕返しにかかっている。クリミア騒動でその牙が明らかになりました。こんな時に自衛する為の軍隊を持たぬ丸腰のままなんてどう考えてもおかしことですし、公正と信義なんてのは中韓に通用する筈もないことです。そこのところの危なさを安倍さんは肌で感じているからこういう行動です。私たちは支持こそすれ、反対する理由などどこにもない筈です。自衛せねばなりません。先の戦争もひとえに自衛自存の目的のものであったのでしたが、戦争を繰り返さないために厳とした構えが要るんでしょう。どう思われますか。
承前。昨日書ききれなかった、都議会セクハラ野次事件に対する男の意見(もちろんこれが全てではいないですが、週刊誌に見つけた限り)はこうです。女議員の対応も無粋だった、ヤジが飛んできた当初はその方向を見て笑っていて、後になって泣き始め、議会終了後にけしからんと怒りだす。さらにはそれをツイッターで拡散する。そもそも議会で泣くのは政治家として最も忌むべき行為である。女性蔑視だと言いながら涙という女の武器を利用する、そういうやり方で生き延びてきた女なのだろう(週刊新潮、東京情報、7/10号)。一番気持ちが悪いのは「女性差別だ」「人権侵害だ」といった大義があれば、それに便乗して安全な場所からヤジを飛ばし、薄汚い正義感を満足させてる連中だ(週刊文春、適菜収、7/10号)。やはり女と男とでは捉え方が違うんですねぇ。男性誌、文春も新潮もそう分類されるのでしょうが、の特性、過去暴き、もっともこれは全ての週刊誌に当てはまることですが、特に女性に対するこれでもかの暴露、これを女教授さんは二次被害と表現してましたが、この辺りに男女差ですか。もっとも女性誌を読みませんから具体的には比べられぬのですが、こういう時に「この女も大きなこと言えないよ~」調の足引っ張りはしないのでしょうか。林真理子は文章の中に、この女議員が壇上に立つとき「うふっ」と笑って髪を耳のうしろにかき上げた、その女の子っぽいしぐさにちょっと違和感を覚えた、と書いてます(文春、7/10号)。なかなかに見方一つにして男と女じゃこれだけ違って。男なら違和感じゃなくて身を乗り出す方でしょうしね。おおっ!大上段に蔑視の人権のという話、この女~!との見方、クソオヤジども!との非難。構造的な違いと括るしかないですか今は。
都議会のセクハラ野次に始まっての議員不祥事の数々、兵庫の絶叫県議が特異に過ぎて話題をかっさらってますが、セクハラ問題は週刊誌に熱いです。見事に男と女とで見方が違うんですよ、これ感心しました。私はここであの野次を擁護するつもりは全くないですが、ありがちなことだと書きました、産む産まぬはその人が決めることで周りから強制されることではないけれども、産めないと産まないとを一緒くたにしてないのか、等々書きました。そういうことが女性蔑視、女性の人権侵害といういきなり話を大きく、抽象化するのはどうかな、どこが蔑視なのか?と書きました。まず女房に強く反論されました。女子供が・・とバカにする、相手にしようとしない考え方が大元にあるからそういう発言になるんだ、そういう構えを女性蔑視と言うんだと。ああ。やはり言葉が大きすぎて誤解を生んでるということでしたが、じゃぁ他にどんな表現かと考えてもやはりこれしかないですか。男女差別。ううむ、これでは少しニュアンスが違いますか。やはり蔑視か。でも、男にはないんですよ蔑視してるという思いが。いえ、だからオヤジどもはああいう与太を平気で口にするんだというのもわかります。そしてもう一つは週刊誌が書き立てる被害者の女議員の過去。私もここで書きました。そんなこと何の関係もないことだ!と女房は即座に言いました。で、その週刊誌に大阪大の女教授(これは朝日新聞です)や林真理子や川上未映子が意見載せてます、これが皆同じなんですよ女房と。へぇ。男どもは女性に対して下品な発想したり物言いすること自体、全然大したことじゃないのだ。男が女に頭を下げることに嫌悪感があるのだ。男の方は女より偉いと本心では思っているから(川上未映子)とか、この女議員が過去どうしてようと関係ないこと、それは痴漢にあうのは露出の多い服を着ていたからという論理と同じだ(林真理子)、女教授さんは過去暴きを二次加害と表現して、この加害男性の鈍感さ・無神経さは個人的なものであるだけでなく、地位のある中高年男性に構造的にビルトインされたものだとバッサリです。全く気付かぬどころか、それどころか相手の困った表情を見て、相手も喜んでいるとさえ思っていると抉ります。うう。グサリと刺される思いです。でも、なるほどとここで感心してしまうところ、私は結構気をつけてるつもりですが、まだまだ思いが届いてないわけです。幼少時から刷りこまれた(許されてきた)構造的な蔑視。ううむ、やはりこう書き続けても蔑視という言葉の固さ大きさに戸惑いますが、これが現実です。心せねばならぬと思います。書ききれなかったですが、でも、男が書いてる論には女の武器って観点があります。一方的なセクハラ攻撃はどうかい?というものもあります。これも構造的なすれ違いでしょうけれど。
どのスポーツもトーナメント制のゲームで一番面白いのは準々決勝だとよく言われます、数も四つあるし甲子園がいい例ですが(甲子園は昔は一日で4試合やってましたから余計に釘づけでしたがね)。サッカーが本当に面白いですね。ダイジェスト見るだけでもそのレベルの違いが歴然です(どことの比較?日本とですよ!)。勝つべき国が勝ち上がる。逆向きの評論は誰でも出来ますが、シューターのパワー、守備の固さ、そしてキーパーの力量。どうしても日本と比べますが、決定力の差、つまりシューターの力不足が大昔から言われ続けていることですが、いいえ、守備の力も全然違います。強いチームの集散力の見事さです。相手のパスコースを断つ臭覚も凄いことですが、何より皆が自陣に帰ってきます、ボーっと見てる者がいません、これです。日本のゴール前は隙だらけですものねいつも。ワールドカップのファンが多いのにも頷けます。違いますよ、全然。どこと?日本と!
朝日の日曜コラム、「草食の国柄」を捨て去る軽挙、との見出しです。集団的自衛権についての憲法解釈変更への反対論です。アメリカに守られて来ただけなのに、アメリカの言いなりに、再び敵対しないような処理(平和憲法ってやつです)下に諾々と過ごしてきた、それをわかっていながら反米の振りを続けて、さりとてアメリカにそっぽ向かれそうになると慌てて尻尾振って見せるそんな態度とってきた勢力が「戦後日本は、他国との関係において肉食よりも草食、さらにいえば植物的な生き方を選んだ。静かに誇り高く、周りと仲良く、世界のために・・・」です。・・・です。さらに「不戦の誓いの「歴然たる存在感」は、経済復興の後ろ盾ともなった」と来て、「幾多の命と引き換えに得た9条、たかが強権国家の挑発と相殺するのは忍びない。一国の政治史ではなく、人類史に刻まれる軽挙である」と締めます。おいおい。どんな高見に上がってるつもりなんだ?草食とは品のないというのか幼稚な喩えで、いつまでも羊の群れでいろ、狼には逆らうなと言いたいのでしょうね。「たかが強権国家の挑発」だ?中国と北朝鮮を脅威と安倍さんがリアルに感じてるからこその処置です。空想平和主義の夢から覚めようとしない、アメリカに守られているだけで、そのアメリカが弱くなって来ているという現実を見ようとしない勢力は、事ここに至っても同じ調子です。もっとリアルに考えなさいな。妙に散文調の文学青年気取りの・・・に嫌味を感じることでした。
朝日の日曜コラム、「草食の国柄」を捨て去る軽挙、との見出しです。集団的自衛権についての憲法解釈変更への反対論です。アメリカに守られて来ただけなのに、アメリカの言いなりに、再び敵対しないような処理(平和憲法ってやつです)下に諾々と過ごしてきた、それをわかっていながら反米の振りを続けて、さりとてアメリカにそっぽ向かれそうになると慌てて尻尾振って見せるそんな態度とってきた勢力が「戦後日本は、他国との関係において肉食よりも草食、さらにいえば植物的な生き方を選んだ。静かに誇り高く、周りと仲良く、世界のために・・・」です。・・・です。さらに「不戦の誓いの「歴然たる存在感」は、経済復興の後ろ盾ともなった」と来て、「幾多の命と引き換えに得た9条、たかが強権国家の挑発と相殺するのは忍びない。一国の政治史ではなく、人類史に刻まれる軽挙である」と締めます。おいおい。どんな高見に上がってるつもりなんだ?草食とは品のないというのか幼稚な喩えで、いつまでも羊の群れでいろ、狼には逆らうなと言いたいのでしょうね。「たかが強権国家の挑発」だ?中国と北朝鮮を脅威と安倍さんがリアルに感じてるからこその処置です。空想平和主義の夢から覚めようとしない、アメリカに守られているだけで、そのアメリカが弱くなって来ているという現実を見ようとしない勢力は、事ここに至っても同じ調子です。もっとリアルに考えなさいな。妙に散文調の文学青年気取りの・・・に嫌味を感じることでした。
山口市の万引きで捕まったオヤジ市議、実は覚醒剤野郎でした。万引きだけならチンケなタコで済んだのでしょうが、今度は写真入りで立派な新聞沙汰です。まぁ悪い顔だこと。いつも同じコメントですみませんが、誰が選んだの?国会でのセクハラ野次「自分が産めよ」は早々に自民党のヤジ将軍とやらが自首したそうです。少子化や妊婦の問題を女議員が話すとこういうヤジが飛ぶ。ありがちですがねぇ。3人も4人も産んで家事育児にてんてこ舞いの母親がいる一方で産めないのではないのに産まない女がいる、そこはどうよ?という疑問はずっとついて回る筈です。そこをセクハラと斬って捨てる、問答無用に吐き捨てる。女性蔑視、人権侵害とくる。どうしてそれが蔑視なんでしょうね。産まねばならぬと聞こえるんですかね、仕方ないんじゃないのですかねしかしそれは。産む産まぬは個人の自由(権利)です、が、あなたが女である限りどうして産まないの?はついて回りましょう。放っときなさいよと言い放てばいいし、でもそれは何人も産んでいる母親、家事と育児に全時間を費やしている母親への差別になっていることにも気づくべきですね。言葉狩りの様相にはうんざりします。空っぽの正義の味方の烏合の大声には食傷です。よくこういう時に、仮にも議員ともあろう者が・・とか議員のくせに・・とかの非難がありますが、いえいえ、そういう馬鹿どもが議員になっちゃってるんです。もともとバカで品がなくて下衆で野卑な奴が議員になってるだけです。議員という定型があるわけではないのです、私たちが勝ってに理想像を作ってますけれど。これが公選制の最大の欠点だというわけです。どんなのが混じるか分からない。昔の貴族院のようにそれなりの人を選ぶべき人が選ぶ制度を懐かしむ理由です。議員とはこうこうこういう人であるべきで、人格高潔にして清廉な人であるべきだなんて、そりゃ無理です。公選制、普通選挙制、立候補制、議会民主主義制の本質的な構造的な欠点です。民主主義至上主義者さんたちの履き違えを許してる。バカでも何でも声のデカイ者の、数の多い方の言うことを聞け、これを民主主義と履き違えてる。時の為政者が自分達の気に沿わぬことを言ったりしたりするとすぐに民主主義に反する!なんて叫ぶ。もちろん為政者がバカだったらどうにもならぬことです、先の民主党政権の時のように。だから民主主義ってのは恐ろしい統治制度だと、大昔から世界の知性は警鐘を鳴らしてきたのです。チャーチルの言葉が有名です、民主主義が最上なのではない、他に適当なのがないだけだと。選良って言葉の虚しさです。私たちが嗤われてると知るべきなのです。ですよね。
下品なセクハラ都議(何でもかんでもセクハラと一括りするのはどうかと思いますが)に続いてオイオイ大丈夫か?兵庫県議、そして少しローカルですが万引き山口市議です。一気に噴出して面白いことですが、おかしいのがそれだけ多いってわけです議員先生達には。各紙コラムがそれぞれ正義の味方ぶりを発揮します。批判すればいいんですから今回は楽でしょう、いかに上手に上品に、の競い合いの態です。出たい人より出したい人を、なんて言い古された標語挙げてるのコラムもありましたが、まぁいいです、来週の週刊誌が楽しみです、この兵庫県議は曰く因縁のある奴らしいですから。しかしよく当選できた(させた)ことじゃなぁと感心しますね、つまり選挙民に対してです。他にいなかったの?です。あんな奴とは知らなかった、んでしょうねぇ。でも、でも、ですわ。わかるでしょうに、言葉の端々とか態度とかで。そう思うことですがねぇ。あの映像見る限りでは、あれは精神科医が見て病気じゃなければ少なくとも人格(性格)異常ってやつでしょうね。あの「爆発」以前の映像も流れてますが、言うてることがそもそもおかしいですからね。さて、選挙民達どうしますか、リコールすれば大したもんですが、そうなればそうなったできっとあやつの味方の人権屋たちがあちこちから集まって来てややこしくなって。議会はどうしますか?辞職勧告ですか?性格異常では要件に足らぬでしょうね。議会の尊厳を貶めた。これいいかも。でもやらんでしょうね。こういう時に「相互扶助」ですから連中は。おかしな奴も皆平等公平に。それが民主主義だって。違うでしょう?民主主義っていう大きな言葉のそういう履き違えが世の中をどんどん幼稚にして崩して行ってるんですがね。万引き市議はさすがに辞職勧告でしょうな、犯罪ですから。なかなかに連中やってくれますわい。選んでいるのは私たちですよ、そこで笑っている諸姉諸兄。
STAP騒動、いよいよ佳境ですか。もう忘れられつつある事件に成り下がってますが、ネイチャー誌が取り下げを決定して、あの話は正式になかったことになって、もう一度チャンスをあげようという表向きは世論に迎合した、温情テイストをまぶした対応に見せて、実はこれでできなかったら叩き潰すぞ、この小娘!の刃が衣の下に丸見えです、理研。他の女研究員がこの対応に批判唾棄してますが、なんだか昨夜の古館の言い方はこちらの方だ大変だとまた要らぬ所に火をつける風でしたが、まぁ、人の感想は色々ですからね。本流歩いてきた、キャリアも学歴も十分な者にとればこんなチンピラ!という嫌悪があっても何の不思議もありません。口に出しちゃあ品性の人格のと人品骨柄を問われますが、それこそ内心の自由です、吠えてる女研究員が小保方さんを嫌っていても何の問題もありません。もっと言えば理研の誰もが信じてないんでしょうし、先に捏造の大嘘だと決定して処分した筈なのに、どうして本人にやらせる?という憤りもわかります。でもワイドショーが好き勝手言うように、世論は四の五の分析や推定ばかりしてないで、本人にやらせてみればいいじゃないか衆人環視のもとで、と思ってましょう。私もそう思います。あの会見の場であれだけ啖呵切ったんですから彼女も。しかもああやって「のこのこ」理研にやってくるほどのタマですよ。毒も食らわば皿まで、です。嘘は大きい方がバレません。嘘通すには演技も必要です。ひるんではなりません、たじろいではなりません、嘘じゃないように振舞わねばなりません。その点は彼女は十分に才能を備えてます。でも嘘は嘘ですからね、次はどういう言い訳繰り出してくるかではあります。いえいえ、彼女専属のコツとレシピがあればこそのSTAP細胞である可能性はまだ消えていません、だから俺たちの目の前でやってみせろ、なのですが。さてさて、大嘘つきのとんでもない小娘だ!になるか、今一度世紀の大発見となって、誰がいじめたんだ?とマスコミの集団暴力がこっちに向くか、楽しみですねぇ。
昨夕6時過ぎに始まった安倍さんの会見、見ました。国民の命と平和な暮らしを守るは総理大臣たる者の務めだと始まりました。トンガリにはこういうのはピタリと来ます、見入りました。会見の間、安倍さんはずっと顔を上げて原稿読まずに(プロンプターが前に会ったのかもしれませんが)話しかけてました。おお、立派なことで。そうでなければ伝わらないのですから。でも、その後に記者達の質問を受けて答える時にはずっと目を落としてまるで原稿を読むような態でした。国会答弁のように、予定質問に準備稿を読むように。ああ、あの場はそういう手続きだったのね、と鼻白む気分でもありました。想定質問への回答原稿だったのでしょうか、それとも。それにしても会見ではずっと顔を上げていたのに、質問には自分の言葉で応えられぬはおかしいことですなぁ。残念というか、ああいうところに肚の据わりが見えぬというか、やっぱりプロンプターかぁと思うことでもありました。人を動かすのは言葉です。直の生の言葉です。文字ではなく肉声です。だからTVの前でああいう会見するのでしょうからもっと上手に使えばいいのにと思いました。各朝刊はやんやの主張です。TVもずっと街の声(に擬しての主張)を流します。新聞も合わせて、反対論は(昨日もいくつか書きましたがそれに加えるところの)何故今なんだ?どうしてそんなに急ぐんだ?が多いですね。どうしてもっと国民の議論を深めない?野党議員達は、与党だけの少数議員による密室会議で決める乱暴を指摘し、国会での熟議を要請します。閣議の後に国会で採決でしょう?国会で審議されるんでしょう?説明が足りない、これも多いですね。国民への十分な周知、論議ってのが不可能だから議会民主主義なんでしょう?国会議員達こそが叱られて然るべき事態ですのに、連中は不平を鳴らすばかり。多数決至上が身に沁みている同じ穴の狢達ですから、自分からは知ろうとしない、それでいて聞いてないよ!と叫ぶばかりの街の声に「説明が足りない」と言わせるは、数の力の前に初めから諦めて反対のポーズだけをとっている、これは公明党も同じことですよ、議員達にはこれが処世術なのです。それを知ってるから今回の安倍さんの剛腕であるのでしたが、今こそが危険が溢れているという判断があればこそなのでしょう。何故今なんだ?なん呑気なこと言うてる時じゃないという判断でしょうに。そこはその場(外交の場)にいない我々にはわからぬことですから。そして立憲主義に反すること、つまり明白な憲法違反だという論議。国民が国家権力を縛る目的の憲法なのだ、政治家が憲法を恣意に解釈することを、恣意に国民を支配することを防ぐのが憲法なのだ、と。国が滅びてからでは、国が壊されてからでは遅いのですがね。これはどうして今なんだ?に繋がりますが、今こそ必要だという判断なんです。そこは素人が混ぜくる事項ではない筈ですがね。いかがですか?