柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

フェアプレイ

2006-03-15 08:37:59 | Weblog
フェアプレイとは精神論だ、と聞いたことがあります。つまり、ルールを守ることだけでは足りないというわけです。どういうことか?ずるいことをしない、卑怯なマネをしない、人を騙さないなどなど、それぞれのルールよりひと回りもふた回りも大きい、いわば人と人が物事を為す際の基本的規範を守るということです。明文化されたルール以外にも、守ることを皆が前提としているより大きな決まりがあることを示しているというわけです。ふむ、容易に理解できるところですね。見苦しいことをするな、人に迷惑を掛けるな、と多々派生していくわけです。これらはきっと同じ民族の根元的な心根というべきもので、これに反する行為には皆同じように嫌悪や反発を感ずるのでしょう。ホリエモンのあの上げ下げは、マスコミの常套手段ですが、やはり日本人の心根に合わぬ行為であったということなのです。そして、まだ記憶に新しい'99年の光市の母子殺人事件の最高裁弁論に弁護士がすっぽかしたという事例。あんな犯人が歴然としている事件をどうしてこんなにだらだらと長く引っ張るのかとそっちにも憤るのですが、この弁護士の行為はいわく「人倫に悖る」わけです。そう、人倫なんてのは人が社会で生きていく上での基本的規範の筆頭項目の一つなんです。この事例を殆どの人は腹が立つでしょう。期日通りに現れなかったというのはルール違反だけではすまないと、皆感じているわけです。あの若い旦那さんの、裁判費用も少なくなかろうに、気丈な姿には皆打たれるわけです。ルールだけでは世の中は回っていないのです。法律では許されても、それは善悪正邪を保障するものではないのです。ですから感情を無視すると、相当のしっぺ返しを受けるのです。フェアプレイ精神に則り、正々堂々戦うことには、実は深い真理を含んでいるのであります。ううむ。
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