柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

公安警察

2006-03-26 11:29:19 | Weblog
公安警察という単語を初めて知りました。治安維持法下の特高か憲兵かという嫌~な感じですが、それに近いものであるようです。具体的には、最近こちらの活動が活発になって、政治的なビラ配りをするだけでひっぱられる(拘束、取り調べされる)そうなのです。いや、ものの本に寄れば警察の本来の機能のうちにはこういう働きもあるとされています、保安警察作用というらしく、言論・集会・結社・選挙・危険物の取り締まりなどに関わる機能です。それに対する概念は行政警察作用(公共の安全と秩序を維持するために国民への強制、自由の制限を為す)と司法警察作用(犯罪の捜査等の刑事司法権発動)というそうです。ふむふむ、わからぬことでもないですね。保安作用、公安作用はそれはそれで平静な日常生活のためには必要な機能でしょう。でも、どれも、国民の安寧を保つためにと言う大義名分の元に許された、権力による国民への強制、国民の自由の制限ですから、すぐに度を超えがちになるもので、我々もその窮屈さには幸い敏感ですから、市民運動家達の如くイデオロギッシュに過敏ならずとも、行き過ぎには気づくものですが、敵もさるもので、ゆっくりそーっと範囲を拡げて来るというわけです。で、識者は、マスコミは、こういうことに感受性の強い人々は、政治的なビラの摘発という言論弾圧に繋がり行こうかという事態に、先に施行されている個人情報保護法により公的機関が例えば犯罪者の実名を公表しなくなったという現実などがオーバーラップしていき、すっかり隠された内側で権力の横暴無体が許されていく危険を嗅ぎつけているわけです。また先の判決で、情報取得先の秘匿が、相手が公務員であれば違法だという判決が出て、マスコミは一斉に反論しましたね、これが通ると誰も真実を喋ってくれなくなる、つまりは権力の嘘は全くの闇の中に葬られていくという危惧でした(もっとも、すぐ後の別の裁判ではその逆の判決が出ていましたが)。実際にこういう流れの中にいて、冒頭の情報を目にするに、ううむ、気味の悪いことと思うわけです。そしてさらに悪いことに、こういう変化は気づこうとしなければ気づきません、普通の市井人には直接今日の暮らしには影響のないことですから。ですから、市民活動家と自称する反政府、反国家を掲げるイデオロギッシュな連中のことだけなら、どうぞしっかりやってくれ、なのですが、その範囲がそうでない人々、我々のほうに拡がってくる危惧はやはり私達も感じていなければならないと思いますねぇ。個人情報保護法も、確かに一人歩きしすぎている観は強いですが、元々マスコミの行き過ぎた報道が法制定のきっかけであったはずです。そしてその裏には、いたずらに強い人権至上主義、主客趣意転倒した弱者の論理が控えていることも知らねばなりますまい。マスコミのマッチポンプという側面は確かにあり、どんなに政治的に偏向している者でも市民と称してその権利の侵害ばかりを糾弾するという、その論調自体が偏向している放送局もあり、我々は情報の真偽や偏りの有無を眉に唾しながら確かめねばならぬのでしょう。で、政治的ビラの話ですが、赤旗やら聖教新聞やらは範疇外なのでしょうか、内なのでしょうか。ううむ、後者は政府与党でありますから・・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする