いわゆる耐震強度偽装問題ですが、最近の札幌の事例では二級建築士とえらく強調していましたねぇ。姉歯さんが一級でこの人が二級。世の中には、一級でも危ないのに、二級にかかったら当然か・・という不安というか憤りというかそういう感想が広がったのではないでしょうか。姉歯さんの時に世の一級建築士達から「一緒にするな!」と大合唱が起こったように、今回も二級建築士会(こんな会があるのなら)辺りからコメントでも出るかも知れませんが、今回の本人の会見を聞いている限りでは、ちとお粗末な思考過程でしたね。単純な思いこみ、つまり独善でしかないようです。姉歯さんの事件の時から不明に思っていたのですが、何をもって偽装と言うているのでしょうか。あの事件は、本来10本鉄筋を入れなければならぬ所へ、設計図上は10本と記載されているのを3本しか入れなかったのか、それとも設計図に3本と記載してあったのか。前者なら設計図の問題ではなく実際に建てた業者の問題(もっとも、施主から設計者から建築業者から全員がつるんで(謀議して)のことなら、話は別です)、後者なら設計図通りに作った業者の責任は軽い(明らかに常識を外れた設計なら業者も疑義を呈すべきでしょうから)でしょうし、それをそのまま認可した検査機関(私的機関と公的機関)の咎が大きいはずと、形式的には判断できますが、姉歯さんばかりでなくあれだけヒューザーの社長や検査機関がつるしあげられているということは、後者であったのでしょうか。ならば、それは偽装ではなくて、ただの欠陥設計、設計図上に誤り(コスト減らそうとする悪企み)が明々白々なものをそのまま許可して建設したという、マンション購入者に対する大掛かりな詐欺ですよね。偽装という表現は正しくないように思いますが、いかがですか。で、あの二級建築士は「自分は正しいと思って、数字を変えて設計図に記載した」そうですから、こちらの方がどちらかといえば偽装なのでしょうねぇ、あたかも耐震構造であるように偽装したと言う意味では。そして今一つ聞きたいのは、一級と二級の差です。力量の差を示すものなのか(剣道の段位のような)、それとも世の中によくある公的役職に就くためだけの差(例えば公務員試験、看護婦の正准のような)なのか。少なくとも、普通のマンションの設計建築に関しては両者に差はないようですね。ううむ。一級だからといってその人が優れているわけでは決してないし、つまらぬ上級者(上司、有資格者)がそこかしこにいることを誰でも知っていることで、資格のない人や資格の低い人に優れ者がいることもよく経験することですが、しかし悲しいことに、私達はまず資格で人を見ています。そういう判断はいけないことだと言うのは簡単ですが、それが世の中でしょう。ですから、今回の事件の軽重はさておき、資格を持っている者は相当に世の中の評価を受けているのですから、それに応えるべく身を心を律せねばならぬのです。上級者の失着は咎められるが宿命ですが、そうでない者の失着に対しての世の中の仕打ちは・・。諸兄、心いたしましょうぞ。
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