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マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

ジョグ中止・・・『骨密度低下』 そして 『愛神愛隣』・・・『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。そして隣人を自分のように愛しなさい。』 

2020-08-21 15:00:00 | 私のこと
8月21日。金曜日。曇り。33度。

  今日は朝から30度。
   とりあえず
 朝ジョグを中止しました。

    
     暑さの中で・・・     『朝顔』
 
            見ているだけで夏の暑さが和らぎます

        朝から気温が上がっていく・・・出かける気にはなれない。
             ジョグも中止。 買い物も中止。
   そんな中。
        先日の健康診断が届いた・・・骨密度が昨年より下がっていました。
        骨太の私の今年の結果・・・最高骨量の96% 同年齢骨量の118%


   『健康バロメータ-』
人は、自分なりの「健康バロメータ-」を持ってるのではないでしょうか?
体重の変化とか。血圧の変化とか。コレステロール数とか。なんとか。
   私のバロメーターは『骨密度数』です。

   『平均寿命』 と 『健康寿命』
何歳まで生きられるかを統計から予測した「平均寿命」
日常生活を制限されることなく健康的に生活を送ることのできる期間の「健康寿命」
   両者の『差』が縮まるのが理想ですよね。         

      いくつまで生きられるのか? いくつまで健康を保てるのか?
         それの決定権は神様の領域でしょう。
            神様にお任せしつつも、   
   両者の『差』を埋めるために、自分ができることで、努力をしたいものです。


平均寿命と健康寿命とのを埋めるためにできること  
健康でアクティブに過ごす
自分らしい豊かな生活を維持する
   高齢者だから、体力が衰えてきたから、 
と、多くのことを制限してしまうのは、もったいないことです。
いくつになっても、はつらつと、できることを楽しみたいですね。


       以上。 頭では、『理屈』を、よ~くわかっています。
     でも現実は、 ジョグも中止。買い物も中止。 外出自粛。
           コロナ禍と猛暑のダブルパンチ
            すべての勉強会なども中止。
             どうすりゃ良いのか?
              仕方ないですね。
         更に『骨密度』は下がりそうです。
             まいった。まいった。


そして。

今日は8月21日。年間第二十金曜日。

『今日の入祭唱』

   『主は、ピネハスと平和の契約を結び、彼を聖所と民の頭とされた。
    こうして彼とその子孫は、永遠に大祭司の職を継ぐ者となった。』

           シラ書 45章24節

そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

  『そのとき、    ファリサイ派の人々は、
      イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、  一緒に集まった。
 

    そのうちの一人、 律法の専門家が、 イエスを試そうとして尋ねた。
      「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」

イエスは言われた。
『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
           これが最も重要な第一の掟である。
    
             『愛神愛隣』      某女子校の講堂入り口。『学院標語』です。

          第二も、これと同じように重要である。
          『隣人を自分のように愛しなさい。』

  律法全体と預言者は、 この二つの掟に基づいている。』
           マタイ福音書 22章34-40節


        『愛神愛隣』

 旧約時代。   『聞けイスラエルよ、我らの神、主は唯一の主である。
           あなたは心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、
             あなたの神である主を愛しなさい。』

               申命記 6章4節

        ユダヤ人が、律法の中で、最も重視した『条項』です。
         後に。 『黄金律』 と呼ばれるようになりました。

 新訳時代。    神を愛すること と 隣人を愛すること、 が同じ意味であり、
そして、『すべての律法は「愛神愛隣」に結集する』 のだと言われるようになりました。


言い換えればこういうことでしょう。

イエス様はおっしゃいました。
     『わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、
   
          わたし(神)にしてくれたことなのである。』

             マタイ福音書 25章31-46節

パウロも言いました。
『律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされる。』
          ガラテヤの信徒への手紙 5章14節

ヤコブも言いました。
『魂のない肉体が死んだものであるように、行いを伴わない信仰は死んだものです。』                    
         ヤコブの手紙 2章26節

ヨハネも言われました。
   『愛する者たち、互いに愛し合いましょう。
 愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。』

          ヨハネの手紙Ⅰ 4章7節
   『子たちよ、言葉や口先だけでなく、行いを持って誠実に愛し合おう。』
              ヨハネの手紙Ⅰ 3章18節


       神様は、私たちを無条件に愛してくださるお方です。
          私たちは、『神様の愛』を信じるなら、
            『神の愛』に応えるために、
        『隣人を愛する力』 がわき出てくるのです。


『今日の祈願』

   『いつくしみ深い父よ、
 わたしたちが、不動の信仰に生き、愛の一致を保つことができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人は健康を願いつつ、それでも、老いていき、病に出会い、寿命を全うするときがきます。
その日まで、寿命は神様にお任せしながら、穏やかな日々を重ねたいですね。 お元気で!

創造的宿題・・・『本の装丁』 そして 『聖ベルナルド修道院長教会博士 記念日』・・・『わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。』

2020-08-20 13:00:00 | 娘と娘家族
8月20日。木曜日。晴れ。33度。真夏日。

孫娘の夏休み宿題
『本カバーと帯』作り

     まずは下書き・・・   『本カバー と 帯』
   
                                 できあがりが楽しみです

       宿題課題:好きな本を選び、その『本の装丁と帯』を作る

    ①まず、 孫娘は、本を10冊決めて、 全10冊を読破した。
    ②次に、 『内容』に一番共感する、 本一冊を決めた。
    ③次に、 一冊の本の中の、最も共感する『最重要点』を探しだし、『一言』に言い換えてみた。
    ④次に、 最も大事な『一言』を、 『絵』でイメージした。
    ⑤最後に、 最も大事な『一言』を、 『色』でイメージした。

 孫娘の総合結論:『一言』を、 『友情』から学ぶ、 『人間の多様性の素晴らしさ』 に決定して、
        それを『絵』にして、 『本のカバーと帯』 を作るとしたようです。


   『本のカバーと帯』
本の『カバーと帯』の『装丁の目的』は、
立ち寄った本屋で『カバー』を目にして、
デザインが気に入り、つい手にしたくなること。
本を手にした方が本の内容をイメージできること。
    ではないでしょうか?
 孫娘の『装丁本』は売れるかな?


    おばあちゃんの私は、最近の学校の『教育』の『変革』 に驚くのです。
       私の頃は・・・数学の問題を100題 とか 白地図を埋めてくる
          等の、 『結論ありきの宿題』 でした。
       今の時代は・・・無から何かを考え出す とか 人の多様性を認める 等の、 
          『想像力フル回転 & 結論はそれぞれで良しの宿題』 なのです。 
           個性的というか、面白い。

 おばあちゃんの私は、最近の学校の『教育』の『素晴らしさ』 に感動するのです。     
         素晴しい!!  時代は進んでいますね!!
  


そして。

今日は8月20日。年間第二十木曜日。

      『聖ベルナルド修道院長教会博士 記念日』


     聖ベルナルドは、12世紀のフランス出身の神学者。
       カトリック教会の聖人であり、35人の教会博士のうちの一人でもある。
          すぐれた説教家としても有名である。



1091年。    フランスのブルゴーニュの貴族の家に生まれる。
1112年。21歳。 4人の兄弟と27人の友人を誘って、シトーのベネディクト会に入った。
            この修道会は労働と禁欲を厳守し、
            当時の修道院改革の中心をなしていた。

1114年。23歳。 クレルヴォーに新しい分院を建てるために派遣され、
             そこで亡くなるまで院長を務めた。
 
    クレルヴォー修道院の名声は高まり、ヨーロッパに68の修道院が設立され、
    また彼の指導と模範によって、 修道士たちを完徳に進ませた。 
         弟子の中から、多くの偉大な人物が出た。
    彼は、修道院内のことにとどまらず、教会の組織上の諸問題の解決に尽力し、
        神の栄光と人びとの救いのために生涯をささげた。
    教会の分裂が生じると、 平和と一致を回復するために、
        ヨーロッパ中を巡り歩いて、努力した。

1153年。62歳。 神学と霊的生活に関する多くの著作を残し、 死去。
            『毎日の読書』より


『今日の入祭唱』

   『主に従う人は、 口に知恵の言葉があり、 その舌は正義を語る。
       神の教えを心の抱き、 よろめくことなく歩む。』

            詩編 37章&31節

そして。

     『今日の第一朗読  エゼキエルの預言』
  
            『エゼキエルの幻視』       ラファエロ作品

   『主なる神は言われる。

         「わたしは、 お前たちが国々で汚したため、
 
           『イスラエルのバビロン捕囚』  紀元前598年~538年。60年間。


   彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。

  わたしが彼らの目の前で、お前たちを通して聖なるものとされるとき、
     諸国民は、わたしが主であることを知るようになる。

   わたしはお前たちを国々の間から取り、すべての地から集め、
       お前たちの土地に導き入れる。

       わたしが 清い水 をお前たちの上に振りかけるとき、
 
             『聖水のふりかけ』      
      友の洗礼式の時、      司式司祭によって、参列者全員に振りかけられました。
      『聖水』は、司祭によって祝別された水で、これを使うすべての人に神様の祝福を呼び求めるのです。
         これは、洗礼の約束を新たにし、神に清めていただくためです。


          お前たちは清められる。
  わたしはお前たちを、 すべての汚れとすべての偶像から清める。

     わたしはお前たちに新しい心を与え、
        お前たちの中に新しい霊を置く。


  わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。
       また、わたしの霊をお前たちの中に置き、
   わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。

    お前たちは、わたしが先祖に与えた地に住むようになる。
    お前たちはわたしの民となりわたしはお前たちの神となる。」』
         エゼキエル書 36章23-28節


   神は、 エルサレム陥落後に、 バビロン王国の捕囚民となるイスラエルの民に、
         慰め や 祖国への帰還の約束、 等を預言されたのです。



「わたしはお前たちのために、おまえたちのもとへと向かう。
お前たちは耕され、種をまかれる。
イスラエル全家の人口をことごとく増やす。
町々には人が住むようになり、廃墟は建て直される。
人と獣とをふやす。彼らは子を産んで増える。
わたしはお前たちを昔のように人の住むところとし、
初めの時よりも更に栄えさせる。
その時、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。』

   エゼキエル書 36章8ー11節参照


     神は、 『新しいイスラエル』 と 『新しい契約』 を結ばれるのです。
       お前たちはわたしの民となり、わたしはあなた方の神となる。
     わたしは、お前たちが行った国々で汚した我が聖なる名のために行う。

   イスラエルは、『選民』でありながら、罪を重ね、そのためエルサレムを崩壊へと向かわせます。
    神は、汚れたエルサレムの神殿を離れて、『神の民』の暮らす捕囚の地へ行くのです。
            イスラエルは、神への反逆と背信の中で、
      自分たちを『選民』としてくださった『神の愛』を知るようになるのです。




『今日の祈願』

 『いつくしみ深い父よ、 聖ベルナルドの教えと模範に従うわたしたちのうちに、
     人となられたみことばへの愛を燃え上がらせてください。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
学校の生徒への教育。 神様の選民・イスラエルへの教育。
そして 聖ベルナルドの修道士たちの教育。
子どもたちは考えることにより、大人になっていくのですね。 お元気で!

カクテル・タイム・・・『日本エール・ビール・富士山』 そして 『天の国・ぶどう園』・・・『気前のよい主人』

2020-08-19 17:00:00 | ワイン。おいしいもの。お勧めスポット。
8月19日。水曜日。快晴。32度。真夏日。

  お気に入りブログさんの
   昨夜?のお楽しみ。
  見るからにおいしそうな
ビールの写真がUpされていました。


    早速に。
      私も手に入れてきました・・・    『富士山』
 
             今日の 『カクテル・タイム』 です。
  
      複雑な香りとコク、フルーティーな味、 『ジャパニーズ エール・ビール』             
   金沢の『極上佃煮:鰙(わかさぎ) 久留美(くるみ)←頂き物 と 手作り『きゅうりと味噌』    
                 グッド・マッチング !! 
       昨夏の富士山登頂を思い出しながら・・・今宵も『至福の時間』です。
                                 感謝!感謝!


        訪問させていただくブログさんから学ぶことが多いのです。    
      カメラアングル。 DIF。 献立ヒント。 そして 酒情報。 等々。 
           ブログは、書き手さんの『個性』が表われます。
              その内容は100人100色 
       『個性』から、 ブログさんの『お人柄』 も見えるようです。 
         お一人お一人は、私が想像する『お姿』でしょうか?

     ブログは読むのが楽しい。 ブログ者さんを想像するのも楽しいのです。
                            感謝!感謝!
                
 

そして。

今日は8月19日。年間第二十水曜日。

『今日の入祭唱』

  『主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え、 主の戒めは清らかで、目に光を与える。
   主への畏れは清く、いつまでも続き、  主の裁きはまことで、ことごとく正しい。』

             詩編 19章9&10節



『今日の福音 イエスの御言葉』

    『そのとき、  イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。
 

       「天の国 は次のようにたとえられる。
    ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、

夜明けに出かけて行った。
    主人は、 一日につき一デナリオンの約束で、

        労働者をぶどう園に送った。

また、九時ごろ行ってみると、
      何もしないで広場に立っている人々がいたので、
   『あなたたちもぶどう園に行きなさい。 ふさわしい賃金を払ってやろう』  と言った。
      それで、その人たちは出かけて行った。
主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、
            同じようにした。
五時ごろにも行ってみると、
        ほかの人々が立っていたので、
     『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』  と尋ねると、
       彼らは、『だれも雇ってくれないのです』   と言った。
    主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』  と言った。

夕方になって、
ぶどう園の主人は監督に、
     『労働者たちを呼んで、
        最後に来た者から始めて、
  最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい
   と言った。

そこで、
五時ごろに雇われた人たちが来て、
         一デナリオンずつ受け取った。

 最初に雇われた人たちが来て、   
        もっと多くもらえるだろうと思っていた。
        しかし、彼らも一デナリオンずつであった。
        それで、受け取ると、主人に不平を言った。
      『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。
        まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、
         この連中とを同じ扱いにするとは。』

主人はその一人に答えた。
       『友よ、あなたに不当なことはしていない。
       あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。
          自分の分を受け取って帰りなさい。


    わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。
     自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。
   それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』


     このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」』
            マタイ福音書 20章1-16節

まずは。
ちょっと『余談』です。
  
           『神の恵み 2019年度ワイン用葡萄園』
 

      私も、『友人のワイナリー』 に雇われました。 葡萄摘みを経験しました。

 
         『神の恵み ワイン用ぶどう園で葡萄取りを楽しむ私』     9月です。
 房を痛めないように気を付けながら、 一房づづチェック、 痛んだ実を一つづつ取り除きます。
 Wine Loverとして、 『ワイン用葡萄造り』の大変さ、ご苦労を、 知っておかねばなりません。
          ワインが倍おいしくなります。 感謝!感謝!

次に。
ここから『本題』です。

今日のイエス様の話は『たとえ話』です。

『たとえ話』といえ・・
朝の9時~夕方5時まで働く人の給料が、
昼の12時や3時~夕方5時まで働く人の給料と同じ。
とは、不思議な話ですよね。
まして夕方5時に雇われても同じ給料
なんてことは
朝9時から働く人は、納得できないですよね。

人間は、『神様の目線』で物事を判断することは、
とても難しいことです。
全くの、『価値観』 の転換が必要のです。

イエス様は、『神の御心』 を話されるのです。
神様の『はかり』
人間の価値観では理解できないそれが『真実』なのです。
『天の国』の『現実』なのです。

   ということで。
   『たとえ話』は・・・

            『ぶどう園』 は 『天の国』 です。
           主人は『神』、 労働者は『人間』 なのです。


   主人様=神様は、
   最優先事項は、『慈悲』 です。 『正義』はその次です。
   ぶどう園で働くようにと、すべての人に、『呼びかけられている』 お方です。
   『先に呼ばれる人』もいますし、 『後に呼ばれる人』 もいます。
   働く時間による人間の考える『賃金』支払いではなく、
          神の気前よい『賃金』 支払いです。
   人間の『働き』を見るのでなく、 人間の『神の呼びかけへの応答』を見るのです。

       神様の『賃金支払い』の条件は『神の呼びかけに応えること』なのです。
            神様を信頼して、神様に従って行くことなのです。


   労働者=人間は、
   最優先事項は、 『正義』 です。 『慈悲』はその後です。
   労働時間に見合った『賃金』、『正義』を求めるのです。 
   『正義』が行われないときは、つまづき、『文句』を述べるのです。


          『賃金』 は 『神の恵み』、『神の救い』 です。

   神様が、もし『正義』だけのお方なら・・・
       私たち人間が、神から受ける『賃金』:『恵み』は、少しでしょう。なしかもね!?
   神様は、 『正義』だけでなく、『慈悲深い』お方なので・・・
       私たち人間は、『恵み』を受けるにふさわしくない者にもかかわらず、
        言い換えれば、 人間は皆、 午後5時から数分間だけ働いた労働者に過ぎないのですが、
       一番多額な『賃金』、 全員平等の『恵み』:『永遠の命』を、 頂けるのです。

   私たち人間は、他の人が自分より恵まれていると、ねたんではいけないのです。
       神様は、すべての人に、平等、正義の方なのです。
   私たち人間は、自分を人と、比較してはいけないのです。
       神様に感謝あるのみ、 の私たち人間なのです。


       神様は、すべての人に平等に、すべての人に合った、
        『使命』、『個性』を 与えるお方なのです。
   
       私たち人間は、人を自分と比較して、うらやんではいけないのです。
       神様から与えられた自分の『使命』と『恵み』と『個性』に感謝し、
         それらを十分に楽しみましょう。 励みましょう。


『今日の祈願』

    『何よりもまず、神の国と神の正義を求めなさい。
   そうすれば、あなた方に必要なものはみな加えて与えられる。』

          マタイ福音書 6章33節


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑が続く毎日です。涼しくしてお過ごしください。
小さな楽しみを見つけながら・・・。 お元気で!

オンライン家庭教師・・・その② そして 『それは人間にできることではないが、神は何でもできる。』

2020-08-18 13:00:00 | 娘と娘家族
8月18日。火曜日。快晴。33度。真夏日。

    午後1時。

                『オンライン家庭教師』
 
       『読書感想文を書く孫娘』        My走り描きスケッチ


以前に続いて2回目。    『オンライン家庭教師』 の臨時雇いです。

              孫娘から、『オンライン』 への呼び出し。
        「夏休み宿題の読書感想文下書きができたので、読むね。聞いてね。
             おばあちゃんの感想を聞かせて。」

      『下書きの感想文』を『原稿用紙一枚』の800字以内に仕上げる孫娘
       「私が書き直しする間、オンラインで時々おしゃべりしようね。
          又、おばあちゃんは私の顔の似顔絵を描いてみて。」

               ということで
          オンラインで,『宿題仕上げ と スケッチ』です。
           一重の切れ長の目。広い額。細長い顔。
      日本的顔の孫娘を、13歳相応の童顔に仕上げるのは難しい。


      「夏休みの間中、コロナのために、どこにも遊びに行かなかったよ。
          私は、一度、海で泳ぎたかったんだけどね。
              弟なんか寝てばかりいるよ。」 


   今年の夏休みは、子どもたちもその親御さんたちも、大変な毎日だったことでしょう。    
      世界中の 親御さんたち、こどもたち、そして 学校の先生方、
        新学期も、コロナ禍に負けずに、頑張って下さい。
           皆さんのためにお祈りしています。


そして。

今日は8月18日。年間第二十火曜日。

『今日の入祭唱』

     『わたしの神よ、 御旨を行うことをわたしは望む。
      あなたの教えは、わたしの胸に刻まれている。』

          詩編 40章9節

そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、   イエス弟子たち に言われた。
 

      「はっきり言っておく。
           金持ちが天の国に入るのは難しい。
 
  重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」


弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、
        「それでは、だれが救われるのだろうか」  と言った。
イエスは彼らを見つめて、
  「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」   と言われた。

すると、ペトロがイエスに言った。
      「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。
         では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか。」

イエスは一同に言われた。
           「はっきり言っておく。
        新しい世界になり、 人の子が栄光の座に座るとき、
          あなたがたも、わたしに従って来たのだから、
       十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。


     わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、
         その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。


    しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」』
              マタイ福音書 19章23-30節


     イエスは、 『はっきり言っておく』 と言われるのです。

   金持ちが『神の国』に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。
 『永遠の命』を受け継ぐためには、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てなさい。

   『神の国』も『永遠の命』も、 人間の力だけでは不可能なことが求められるのです。
                  それでは、だれが救われるのだろうか? ですよね。
    

     イエスは、更に、言われるのです。

   
  『それは人間にできることではないが、神は何でもできる。』

           イエス・キリストの受難、死、復活により、
 
       『救いの神秘』 が実現したのです。

   イエス・キリストによって、神と人類は、『新しい契約』 を結んだのです。
   イエス・キリストは、『天と地の一切の権能をあずかっている』マタイ28ー18 のです。

    『神にできないことは何一つない』 ルカ1ー37 のです。

       私達は、『旧約』を乗り越え、『新約』へと、心の転換が求められるのです。
              イエスを信じ『救い』を得る『信仰』 
               その価値を理解できますように。


『今日の祈願』

  『命の源である父よ、わたしたちのうちに救いのわざが全うされますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
40度になる地域まで出る日本列島の猛暑です。
熱中症対策とコロナ対策に十分に気をつけましょう。 お元気で!

夏休み・・・『日光いろは坂下り』 そして 『行って持ち物を売り払い、それから、私に従いなさい。』

2020-08-17 23:24:37 | 息子と息子家族
8月17日。月曜日。快晴。33度。真夏日。

お盆休み・夏休みも終わり。
今日から社会人は仕事の始まりです。


   夏休みも色々・・・    『日光いろは坂下り』
 
               超アスリートの息子夫婦
        夏休みは、コロナ禍で、外出も交通機関利用もままならないので
            東京から日光に出て、 『日光いろは坂下り』 をして
               楽しんできたそうです

               片道約161kmの往復322kmです
                この暑さの中の快挙です。
                すばらしい。若さですね。


      しみじみと、年を重ねた者と若い者との、『価値』の違いを知りました。
   年を重ねた私は、白髪を、静観を、微笑みを、価値あるものといたしましよう。


そして。

今日は8月17日。年間第二十月曜日。

『今日の入祭唱』

        『見よ、主は御目を注がれる。
     主を畏れる人、 主の慈しみを待ち望む人に。』

            詩編 33章18節


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

         
『そのとき、  一人の男イエスに近寄って来て言った。


   「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」
イエスは言われた。
       「なぜ、善いことについて、わたしに尋ねるのか。
            善い方はおひとりである。
         もしを得たいのなら、掟を守りなさい。」

      男が     「どの掟ですか」     と尋ねると、
イエスは言われた。
         「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、
        父母を敬え、また、隣人を自分のように愛しなさい。』」


そこで、この青年は言った。
    「そういうことはみな守ってきました。 まだ何か欠けているでしょうか。」
イエスは言われた。
           「もし完全になりたいのなら、
        行って持ち物を売り払い、 貧しい人々に施しなさい。


          そうすれば、天に富を積むことになる。
           それから、わたしに従いなさい。」


青年はこの言葉を聞き、
  悲しみながら立ち去った。



         たくさんの財産を持っていたからである。』
            マタイ福音書 19章16-22節


今日、私はこんな風に考えました。

       青年は、とてもまじめで、とても良い人だったのでしょう。
イエス様は、青年がとてもまじめで良い人だと分かって、ご自分の弟子になるのが良いとお考えになられたのでしょう。



      青年は、『永遠の命』を得たいと真剣に考え、
            『律法』を守る生活をしていたのです。
   更に『永遠の命』を確実にするために『完全になりたい』と思って、
               イエスを訪ねて、イエスに質問をしたのです。

      イエスは、 青年を弟子にと思って、 試したのでしょうか?
もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、 貧しい人々に施しなさい。
     それから、わたしに従いなさい。』 と答えました。


       このイエスの『言葉』:『わたしに従いなさい』は、
      弟子たちを呼ぶときにイエス様が言われる『言葉』です。
         ペテロや他の弟子たちの時もそうでした。

  『イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロとアンデレが
    湖で網を打っているのを御覧になった。 彼らは漁師だった。
    イエスは、「私について来なさい。人間を取る漁師にしよう」と言われた。
          二人は網を棄てて従った。

  そこから進んで、別の兄弟ヤコブとヨハネが、父親と一緒に船の中で網の手入れをしている
        のを御覧になると、彼らをお呼びになった。
     この二人もすぐに、船と父親を残してイエスに従った。』
           マタイ福音書 4章18-22節

    弟子たちは、 呼ばれたときに、
    『一番大事な財産』である、今までの生活と、仕事、家庭、 を捨てて、
           すぐに、イエスに従って行きました。
     イエスとの出会いは初めてではなかったかもしれませんが、
           『呼ばれた』ときに、すぐに、従ったのです。
     どんな『仕事』であるか分かりませんでしたが、
           イエスの『呼びかけ』を無視することができなかったのです。

一方。

    青年は、  イエスの『呼びかけ』 には応えることができませんでした。
青年には、 『財産』より『呼びかけ』を大切にすることは 難しいことであり、不可能なことでした。
       イエスの『呼びかけ』に応えることの『報い』は、
    青年の望む『永遠の命』だけでなく、『100倍もの価値あるもの』を受け取るのです。



イエスは、青年が立ち去った後、
弟子たちに言われました。

       『はっきり言っておく。 金持ちが天の国に入るのは難しい。 
     金持ちが天の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』

            マタイ福音書 19章23&24節

        イエスの弟子のように『素直な人』、又 心も物も『貧しい人』は、
          『信仰』の必要性を理解し、信仰に入るのです。
         律法学者のように『賢い人』、又 『お金持ち』は、
            自分の能力や自分のお金に頼って、
       『信仰』の必要性に気づくのは難しいのかもしれません。


       イエス様は、決して、「財産」が悪い物であるとは言っていません。
           「財産」は神様からの「恵み」なのです。
      ”あなたに財産を任せました。 それを貧しい人たちと分かち合ってください!” 
         更に。                      
      ”「信仰」と「神の命」は、 あなたのすべての財産、
             お金や家や船や家族よりも、価値のあるものなのです。”
                  ・・・とイエス様はおっしゃるのです。

      
      『信仰』は神からの『恵み』です。
       更に、神は私たちの『救い』を望んでおられます

    私達は、 弱い人間ですが、 信仰の価値を理解し、 
       神様から信仰と救いが頂けますように、願い、祈りたいですね。


『今日の祈願』

   『万物を治められる父よ、私たちの祈りに耳を傾けてください。
      神のいのちにあずかる者となりますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は今年の特別な夏休みはいかがでしたか?
私はSTAY HOMEという特別な夏休みでした。 お元気で!

主日の『御言葉』・・・『正義を守り、恵みの業を行え。』 & 『神の賜物と招きとは取り消されない』 & 『あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになる。』

2020-08-16 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
8月16日。日曜日。快晴。36度。猛暑日。

静岡県浜松市で
国内最高温度:40、9度を記録。

       猛暑の中の・・・   『一輪の花』
   
           暑さにもめげずに、けなげに咲く花

    私も、朝ジョグ中、イヤホンから流れる『アベマリア』を聴きながら
           主日にふさわしく心が整えられていく。
                      感謝!感謝!


そして。

今日は8月16日。年間第二十主日。

    今日は主日ですが、 コロナ禍のためにミサの参加はなしです。
  今朝は、皆様と、主日の聖書の三カ所を共に分かち合いたいと思います。 
                      よろしくお願いいたします。

   今日の、三箇所の聖書は、
万人の救いについて 異邦人の救いについて 信仰者の救いについて
                                  ・・・です。


『今日の入祭唱』

    『いかに幸いなことでしょう、 あなたの家に住むことができるなら
       まして、あなたを賛美することができるなら。
      あなたの庭で過ごす一日は千日にまさる恵みです。』

             詩編 85章5&11節


最初に。
万人の救いについて。


         『今日の第一朗読 イザヤの預言』

             『イザヤ』            ミケランジェロ作品


『主はこう言われる。
    正義を守り、恵みの業を行え。
  わたしの救いが実現し、 わたしの恵みの業が現れるのは間近い。

     主のもとに集って来た異邦人が主に仕え、
     主の名を愛し、その僕となり安息日を守り、
    それを汚すことなくわたしの契約を固く守るなら、
      わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き
    わたしの祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す。

    彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら
     わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。

   わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。』 
      イザヤ書 56章1&6-7節


旧約時代に、すでに
主は宣言されたのです。 

            『神はすべての人の主である』
      『エルサレムの神殿は、すべての人に開かれている、祈りの家である』
 

       『エルサレムの神殿  第一神殿』


 異邦人も、汚すことなく神の契約を固く守るなら、 神の祈りの家の喜びの祝いに連なる。
    主の家は、すべての人の祈りの家であり、異邦人も歓迎されるのです。

『神の恵み』は、 ただイスラエルだけに限られず、
      『神の民・イスラエル』 から・・・すべての人に及ぶのです。

   神は、ご自身が聖なる者であられるから、すべての民を聖なる者になさるのです。
          これこそが 『神の御心』 なのです。
     

次に。
異邦人の救いについて。


     『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』
 

  『皆さん、  あなたがた異邦人に言います。
 わたしは異邦人のための使徒であるので、 自分の務めを光栄に思います。
何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、 その幾人かでも救いたいのです。
   もし彼らの捨てられることが、 世界の和解となるならば、
   彼らが受け入れられることは、 死者の中からの命でなくて何でしょう。

  神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。

      あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、
      今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。


それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、
  それは、  彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。
      神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、
        それは、すべての人を憐れむためだったのです。』
              ローマの信徒への手紙 11章13-15&29-32節

    異邦人にも、イスラエルの不信仰の罪によって、救いがもたらさたのです。
          神は、イスラエルを見捨てることはない

    
      異邦人は、 『イスラエルという元の木に接ぎ木』 され、
      その根から豊かな栄養分を受けて、生かされるのです。

         『神の恵み』は、 ただイスラエルだけに限られず、
        『神の民・イスラエル』 からすべての人に及ぶのです。

     
     『神のあわれみ』は、すべての人に及ぶのです。
          これこそが 『神の御心』 なのです。


最後は。
信仰者の救いについて。

『今日の福音 イエスの御言葉』  

   『そのとき、 イエスは、ティルスとシドンの地方に行かれた。
      すると、  この地に生まれたカナンの女が出て来て、
       
        「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。
         娘が悪霊にひどく苦しめられています」
  と叫んだ。

しかし、イエスは何もお答えにならなかった。
そこで、弟子たちが近寄って来て願った。
「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」

 イエスは、 「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」
                                とお答えになった。
  しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、
             「主よ、どうかお助けください」  と言った。

イエスが、 「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」  とお答えになると、

          『キリストとカナンの女』        Pieter Lastman 作品

 女は言った。      「主よ、ごもっともです。
        しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」

そこで、イエスはお答えになった。
    「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。
           あなたの願いどおりになるように。」

           そのとき、娘の病気はいやされた。』
             マタイ福音書 15章21-28節


    信仰者・カナンの女イエス様との『会話』は、 緊張感が伝わってきますね。
見事に、 『イエスの奇跡』を導き出す、 信仰者の『信仰の深さ』が伝わってくる『会話』です。


   イエス様は、 信仰深い異邦人の女に 『子供のパン』 を与えるのです。
   『信仰の食卓』には、 信仰者の誰もが招かれている、 事実を示されました。

       イエス・キリストは、 主であり、 救い主です。

    イエスは、 アブラハムが受けた『祝福の約束』、 を成就していくのです。
    私たちは、 そのキリストに選ばれ、主に知られ、主に愛されているので、
 主を信じ、 カナンの異邦人の女のように、 自分のすべてを主にゆだねて生きるのです。

     地上のすべての民は、イエス・キリストによって、『祝福』に入るのです。
          これこそが 『神の御心』 なのです。


『今日の祈願』

  『いつくしみ深い父よ、 あなたを深く愛する心をお与えください。
全てにおいてあなたを愛し、人の思いをはるかに超えたしあわせにあずかることができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑はまだしばらく続くようです。
くれぐれも用心してまいりましょう。 お元気で!

友の洗礼式・・・『Welcome to our Boat』 そして 『聖母の被昇天 祭日』・・・『一人の女が太陽を身にまとい、月を足の下にし、頭には十二の星をかぶっていた。』

2020-08-15 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
8月15日。土曜日。快晴。

待ちに待った日が来ました。

              『友の洗礼式』
  

           お祝いの花束を抱える友人とその旦那様

洗礼式が終わった時。
奥様の所へ近づいた旦那様は
奥様に声をかけられました。

            『Welcome to our Boat。』 
             『教会という船に乗ったね。
            沢山の仲間ができたね。 おめでとう。』
  等々。全部英語でした。
                        

奥様は、黙って、微笑みながら、聞いていらっしゃいました。
長いアメリカ生活で、きっと、
色々の荒波を、お二人で支え合って、乗り越えてきた御夫妻でしょう。
そんなご夫婦の仲むづまじいお姿を拝見しながら、
『イエスの御言葉』を思い出していた私でした。


    『あなたがたがわたしを選んだのではない。 わたしがあなたがたを選んだ。
       あなたがたがでかけて行って実を結び、その実が残るようにと。
         互いに愛し合いなさい。 これが私の命令である。』

            ヨハネ福音書 15章16&17節


 神様が、お二人を選び、 長年の異国アメリカでの生活を支えてくださいました。
       そして。今日。
           神様が、 奥様を選び、『神の子』 となさり、
  御夫妻を、 最初に御主人様が乗っていた同じ『船』に乗せられたのでしょう。
               神様の計らいの素晴らしさです。

                おめでとうございました。
          友人の洗礼式で、嬉しい一日でした。感謝!感謝!


そして。

今日は8月15日。年間第十九土曜日。

           『聖母の被昇天 祭日』
 
                                   グイド・レーニ作品
  1950年。 ピオ十二世教皇は、
  マリアが霊肉ともに天にあげられたことを教義として宣言しました。
  教会は、キリストと最も深く結ばれていたマリアが、
  真っ先にキリストの復活と栄光にあずかっていることを祝っている。

         『毎日の読書』より


『今日の入祭唱』

   『天に大きなしるしが現われた。
 一人の女が太陽を身にまとい、月を足の下にし、
  頭には十二の星をかぶっていた。』

 
 
  『女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。
また、もう一つのしるしが天に現れた。
         見よ、火のように赤い大きな竜である。
 これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。
   竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。
    そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、
      産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。


           女は男の子を産んだ。
    この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。
       子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。

   女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、神の用意された場所があった。
     わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。

       「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。
           神のメシアの権威が現れた。」』

         『今日の第一朗読』 ヨハネの黙示録 12章参照


  マリア様のかぶる 『12の星』は『イスラエル、神の民』 を意味する数です。
        マリア様から生まれる子は、 『メシア』 です。
        最後に勝利をおさめる『神の子羊』の誕生により、
              すべてが新しくなり、
         『エデンの園』の調和が回復するのです。

火のように赤い大きな『竜』はサタンともいわれる神の働きに反対する『勢力』 です。
        彼らは『女』に対して激しく怒り、迫害するのです。
     どんな働きにも、それを抑え込もうとする力が表れるものなのでしょう。
         最後に勝利をおさめるのは『神様の御意思』です。
   

       今日も、イエス様とマリア様に感謝申し上げました。      
                        感謝!感謝!


『今日の祈願』

   『信じる者の喜びである神よ、
 天に上げられた聖母マリアの取り次ぎを聞き入れ、 
  わたしたちを復活の栄光に導いてください。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日は『終戦の日』。心から世界の恒久平和を祈ります。
猛暑の毎日です。十分に気を付けましょう。 お元気で!       

友の洗礼・・・『幼きイエズスの聖テレジア』 そして アウシュビッツの聖者・・・『聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者 記念日』

2020-08-14 22:43:31 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
8月14日。金曜日。快晴。34度。真夏日。

 明日は『聖母の被昇天祭』

   そして。
    
   明日は友の洗礼式・・・   『幼きイエズスの聖テレジア』
  
  
友人は、ご自分の 『洗礼名』を『幼きイエズスの聖テレジア』 と決めました。
                   偶然に、代母の私の『洗礼名』と同じです。

          聖テレジアは、
       カトリック教会の聖人にして、 教会博士の一人。
  若くして(24歳)世を去ったが、その著作は今日でも世界中で広く読まれ、
          日本でも人気のある聖人の一人です。

         コロナ禍で、洗礼式が、延び延びになっていました。
明日は、教会共同体の皆様の出席もお祝いもなしで、4人の洗礼式が執り行われます。
           神様の特別の祝福が頂けますことでしょう。
         私も心からのお祈りを友のために捧げたいと思います。

     
   友人は、若き頃、勤めていた日本の銀行からアメリカの支店に派遣されました。
   そのアメリカで夫様となる男性に巡り会い、アメリカの大学で教える夫様と共に、
           40年間のアメリカ生活でした。
        友人も、アメリカの銀行でエグゼクティブとして働きました。
       そして、お二人は、『終の棲家』を日本に決めて帰国なさいました。
      そして明日、友人は、カトリック信者の『夫の世界』に入られるのです。


     人の人生は、神様とともにあるのだと、友人の人生を知り、確信するのです。
         自由を許された『人の人生』は100人100色です。
      どのような『花』を咲かせるのも、個人に任せられています。
         
        神様の計らいに、明日の洗礼を思い、感動する私です。
                       感謝!感謝!


そして。

今日は8月14日。年間第十九金曜日。

     『聖マキシミリアノ・マリア・コルベ 司祭殉教者 記念日』
  

          ポーランド人のカトリック司祭。
  6人の修道院志願者と共に、「汚れなき聖母の騎士会」 を創立した。
       出版物:『無原罪の聖母の騎士』 を出版した。
    アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で、
       餓死刑に選ばれた男性の身代わりとなったことで知られ、
         「アウシュビッツの聖者」と呼ばれる。

              『毎日の読書』より


『今日の入祭唱』

  『私の父に祝福された人たち、
       天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。
わたしの兄弟であるこの最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

              マタイ福音書 25章34&40節


明日は『終戦記念日』です。
戦争の犠牲となり、お人のためにご自分の命を捧げた
コルベ神父様の『生涯』を
是非、ご一緒に、偲んでください。


1894年。 当時ロシア帝国の衛星国で、5人兄弟の次男として生まれた。出生名はライムンド・コルベ。 
        父は、在俗フランシスコ会のリーダーであった。
     そして、愛国心に富んだ父は、第一次世界大戦中にポーランド独立のための義勇軍に参加し、
           ロシア軍に捕らえられ、1914年に処刑された。
        母は、結婚前は修道生活を志したが、
    帝政ロシアの統治下にあった地域ではカトリックの修道院は許されていなかったため、
          修道生活は不可能であった。

1907年。13歳。 兄と共に、『コンベンツァル聖フランシスコ修道会』への入会を決め、
             同修道会の小神学校に入学。
            彼は数学の才能に恵まれ、この頃に彼はロケットで月に行けると考え、
             ロケットの図面を描いたという。
1911年。17歳。  『コンベンツァル聖フランシスコ修道会』で、初誓願をたてる。
            その時、 『マキシミリアン』 の名前を与えられた。
1915年。21歳。 ローマで哲学、神学、数学および物理学を学び、哲学の博士号取得。
1917年。23歳。 6人の志願者と共に、神学校聖堂の汚れなき聖母の祭壇の前で、聖母へ奉献を行い、
            『汚れなき聖母の騎士会』 と呼ばれる信心会を創立し、
             ポーランドをはじめ他の国々にも、 『汚れなき聖母の騎士会』 を広めた。
1918年。24歳。 ローマで司祭に叙階。
1919年。25歳。 更に、聖ボナベントゥラ大学で神学の博士号取得。

1922年。28歳。 コルベは、 出版による布教活動を志し、 初めて、
         『無原罪の聖母の騎士』 を一人で執筆し出版した。 部数は5,000部であった。

       グロドノの修道院に移り、当地での出版活動を開始した。
       この頃に、コルベと共に後に日本に宣教に来ることになる
          ゼノ・ゼブロフスキー修道士と出会う。

1927年。32歳。 『ニエポカラノフ修道院』:『無原罪の聖母の騎士修道院』を創立し、
            『無原罪の聖母の騎士』 等の出版による宣教に力を入れた。

1930年。35歳。3月7日。 コルベを含む5人の宣教師は、フランスのマルセイユから上海行きのアンジェ号に乗船。
        4月11日。 上海に到着した。上海では布教活動は成功しなかった。
        4月24日。 ゼノ修道士、ヒラリオ修道士ら3人で、 長崎に到着 すると、
               早坂司教に 『無原罪の聖母の騎士』の 出版許可を願った。
          司教はコルベ師が哲学ならびに神学博士号を持っていることを知ると、
          長崎大司教区、大浦神学校で哲学を教えることを条件に、出版を許可した。
1931年。36歳。5月。 長崎大浦の仮修道院で、日本語版の『無原罪の聖母の騎士』の出版を開始した。
1932年。37歳。    長崎に、 修道院:『聖母の騎士修道院』 を設立した。

1932年。37歳。5月。 インドで修道院を設立するために、神戸から船に乗り、エルナクーラムを訪れて、
           教区の司教から歓迎されて出版の許可も得たが、 その後の計画は進まなかった。

1933年。38歳。4月。 ポーランドでの管区会議に出席するために日本を離れる。
 そして再び。    日本に戻る。
1936年。41歳。   ニエポカラノフ修道院の院長に選ばれたために 故国ポーランドに帰国した。
 帰国後。   ニエポカラノフ修道院の院長を務め、出版やラジオなどを通じての活発な布教活動を行った

     コルベはこのころには既に将来の戦争と自分の運命を悟っていた。

1939年。44歳。9月1日。 ドイツ軍のポーランド侵攻による第二次世界大戦の勃発により、
              コルベは、活動の縮小や停止を余儀なくされた。
         ニエポカラノフ修道院も病院として接収され、 多くの修道者が修道院を去った。

1939年。44歳。9月19日。 コルベは修道院に残った修道者らと逮捕され、
               ドイツにあるアムティッツ強制収容所へと収容される。
   12月18日。  釈放された。
          病院となっていたニエポカラヌフ修道院に戻ったコルベたちは、
           ユダヤ人にもカトリック教徒にも分け隔てなく看護をした。
            この行為はナチスを刺激し、監視が強化された。
        どうにかポーランド語版のみ『無原罪の聖母の騎士』の再出版を許可された。
           修道院には再び多くの人が集まり、食料不足に悩まされた。

1941年。46歳。2月17日。 ゲシュタポにより、コルベは、4人の神父と共に逮捕された。
                   その理由としては、
  コルベ神父が発行していた『無原罪の聖母の騎士』や日刊紙がナチスに対して批判的なものであったからとも、
  当時のナチスはユダヤ人のみではなく、ポーランドにおける有力な人物をも逮捕の対象にしていたからともされる。

          コルベは、 パヴィアックの収容所に収容された後に、
         『アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所』 に送られた。
 
             囚人番号は16670であった。


1941年。46歳。7月末。  収容所から脱走者が出たことで、
             無作為に選ばれる10人が餓死刑に処せられることになった。
          その一人の、フランツェク・ガイオニチェク・ポーランド人軍曹が
              「私には妻子がいる」 と泣き叫びだした。
                 この声を聞いたコルベは
    「私が彼の身代わりになります、私はカトリック司祭で妻も子もいませんから」と申し出た。
         責任者であったルドルフ・フェルディナント・ヘスは、この申し出を許可した。
               コルベと9人の囚人が地下牢の『餓死室』に押し込められた。

       通常、『餓死刑』に処せられると、その牢内において受刑者たちは、
         飢えと渇きによって、 錯乱状態で死ぬのが普通であったが、
            コルベは全く毅然としており、
             他の囚人を励ましていた。

     時折牢内の様子を見に来た、通訳のブルーノ・ボルゴヴィツは、
   牢内から聞こえる祈りと歌声によって、 『餓死室』は『聖堂』 のように感じられた。
                       と証言している。

 2週間後。46歳。     当局は、 コルベを含む4人はまだ息があったため、
          病院付の元犯罪者であるボスを呼び寄せて、フェノールを注射して殺害した。

    通訳のボルゴヴィツはこのときのことを以下のように 『証言』 している。

      『マキシミリアノ神父は祈りながら、自分で腕を差し伸べました。
     私は見るに見かねて、 用事があると口実を設けて外へ飛び出しました。
        監視兵とボフが出て行くと、 もう一度地下に降りました。
 マキシミリアノ神父は、壁にもたれてすわり、目を開け、頭を左へ傾けていました。
          その顔は穏やかで、美しく輝いていました。』


       コルベ神父の亡骸は、木の棺桶に入れられ、
    翌日のカトリック教会の大祝日にあたる、『聖母被昇天の日』である8月15日に、
           火葬場で焼かれた。
    なお、コルベ神父は生前、『聖母の祝日』に死にたいと語っていたといわれている。

                            その願い通りになりました。


 人の人生は、神様とともにあるあるのだと、コルベ神父様の人生を知り、確信するのです。
     自由を許された『人の人生』は100人100色です。
   どのような『花』を咲かせるのも、個人に任せられています。
         
        神様の計らいに、沢山のお人の人生を重ねて、感動する私です。
                       

そして。

『今日のアレルヤ唱 使徒パウロの御言葉』

   アレルヤ、アレルヤ。  わたしたちは絶えず神に感謝しています。
 なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたはそれを人の言葉としてではなく、
        神の言葉として受け入れたからです。 アレルヤ、アレルヤ。

            テサロニケの信徒への手紙Ⅰ 2章13節


使徒パウロの宣教師としての生活は、
労苦と苦難に満ちていましたが、パウロは報いを求めることなく、
『神の言葉』 を宣べ伝えました。

    キリスト信徒たちは、
    神に選ばれ、神に愛されている者であるから、
    神に対する信仰、希望、愛に満ちた心を持って、日常を送り、
    『神の国』の完成に向かって主イエス・キリストが栄光に包まれて再び来られるのを、
    『神の言葉』として受け入れ、 待ち望むように、 と勧めました。

コルベ神父様も、
世界中の人に『神の言葉』を宣べ伝え、
世界中の人に『信じる者の模範』を示されたのです。


『今日の祈願』

     『全能の神よ、 聖コルベの模範に力づけられ、
  私達も自分のいのちをあなたにささげることができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
明日は終戦記念日です。祈りをささげ、世界の恒久平和を祈りましょう。
皆様の平和と平安をお祈り申し上げます。  お元気で!

百合の花・・・『聖母マリアのシンボル』 そして 『あなたに言っておく。兄弟があなたに対して罪を犯したなら、七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』

2020-08-13 05:30:00 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
8月13日。木曜日。晴れ。真夏日。


              『百合』
 
                                  ジョグ途中のお宅の『百合』

       聖母マリアに捧げられた「純潔のシンボル」の百合の花
         花言葉は、 「純粋」 「無垢」 「威厳」


     『百合』を見事に育てるお宅が私のジョグ道の途中にあります。
         拝見するだけで、 私の心が清められるようです。

       ”私も!” と、百合を育てる私ですが、 育たないのです。
        百合は、育てる人の心に応えるってことでしょうかね。 
       未熟者の私には、まだまだ修行がいるということですかね。


我が家にも。

     私が育てた           『満開の花々』
  
                                     それぞれに可愛く、美しい

               私と相性の良い花々ですね。
          ”必ず咲いてくれる!” と私が信じている花々です。
          花を育てるのは『信じる』ことがポイントですかね。

          真夏日の今日も、 あちこちで見る花々に癒されました。
                            感謝!感謝!


そして。

今日は8月13日。年間第十九木曜日。

『今日の入祭唱』

      『新しい歌を主に向かって歌え。
 
  主の右の手、 聖なる御腕によって、主は救いの御業を果たされた。』

       詩編 98章1節


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

       『そのとき、 ペトロが  イエスのところに来て言った。
   
「主よ、 兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、 何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
イエスは言われた。
「あなたに言っておく。 七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。

          そこで、天の国は次のようにたとえられる。
       ある王が、 家来たちに貸した金の決済をしようとした。
   決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
         しかし、返済できなかったので、
   主君はこの家来に、 自分も妻も子も、 また持ち物も全部売って返済するように命じた。

          家来はひれ伏し、
  
      『どうか待ってください。 きっと全部お返しします』   としきりに願った。
      その家来の主君は憐れに思って、 彼を赦し、 その借金を帳消しにしてやった。


ところが、この家来は外に出て、
      自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、
            『借金を返せ』と言った。
仲間はひれ伏して、 『どうか待ってくれ。 返すから』  としきりに頼んだ。
しかし、承知せず、 その仲間を引っぱって行き、 借金を返すまでと牢に入れた。


仲間たちは、 事の次第を見て非常に心を痛め、 主君の前に出て事件を残らず告げた。
  そこで、     主君はその家来を呼びつけて言った。
 
              『不届きな家来だ。
        お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。
わたしがお前を憐れんでやったように、 お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』

   そして、 
      主君は怒って、 借金をすっかり返済するまでと、 家来を牢役人に引き渡した。

      あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、
   わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」』

               マタイ福音書 18章21-35節

        
『今日の福音』は、人間の思いと姿があからさまに語られ、その事実に恐ろしさすら覚えますね。


    皆様は、どなたかがあなたに罪を重ねて犯す場合、何回までなら許せますか?

     ペトロは、7回までなら許せる、それ以上は我慢ができない、と思っていたようです。
         ペトロは、「何回許すべきか?」 とイエスに尋ねました。
イエス様の答は、 「7回の70倍までも赦しなさい。」 でした。 無限に赦しなさいということですね。


          『神様の許し』 を考えてみましょう。
 神様は、 私達・人間は神から許していただく資格もないのに、 私達を何回も無限に許してくださるのです。
 神様は、 私達・人間は『自分の罪』から『自分の力』で救われる見込みのない、ことをよくご存じです。
 神様は、 人間に力がない以上、『人間の罪』の許しを『神の力』で成就することを決めて、
         『人間の罪の贖い』 となるべく 『イエス・キリスト』 を人類に派遣したのです。
 

       神様は、 『神の憐れみと慈悲』 と 『人類の悔い改め』 により、 
            『人類の罪』を帳消しにしてくださるのです。 
             『罪の代価』を支払ってくださるのです。

           私達は、神に許された者として、
 『神の慈悲』を受けたことを忘れることなく、 人に対して『慈悲深い者』とならねばなりません。


        家来は、主君から借金を帳消しにしてもらった『恩』をれて、
             仲間の借金の返済をつことができずに、
          借金を返すまでと、 仲間を牢に入れてしまいました。
    主君は、その家来の行為を許すことはできずに、家来をも牢に入れてしまいました。


今日のイエス様の『たとえ話』は厳しいものです。

   主君が家来の『借金』を帳消しにする姿は、 神が人類皆の『罪』を赦す姿を、 現わしているのです。
   私達は、 『主君から借金を赦された家来同様』に、 神から哀れみを受け、 罪を赦されました。
      だから。
   私達は、 『主君が、家来の苦しみを知って、理解し・・・赦した』 ように、
            『人の苦しみや過ちを知って、理解し・・・赦す』 のです。
   神様は、 『あなたたちがすることと同じことを、あなたにもする』 のです。
        赦さなけば赦されない。 お人を牢に入れるならあなたも牢に入れられる。
        ・・・等々、イエス様はペトロに、『たとえ話』を話されたのです。


      今の私たちも、唯一、 
        神様から何回も許しを受けている『恵み』れなければ・・・
         お人を 『七の七十倍まで』 もすことができるのです。



  人は、『自分の力では人を赦せることはない』 という 『謙虚さ』なしでは、
        自分に罪を犯した人を許しはできません。
  人は、 信頼する神の『赦しの見本』からびながら、 を頂きながら・・・せるのです。

  人は、自分も人を許せない 『罪と弱さ』 を持っていることを知って・・・
    初めて、 人の『罪と弱さ』 を理解でき・・・せるのです。
       ・・・と、キリストは、私達を励まし、許して下さっているのです。

 
    『赦し』は、
  キリスト者に限らず、 人類の 『永遠の課題』、 神様からの『宿題』ですね。


   『家来の牢獄行きのように』・・・『神の許しの資格』を失うことのないように、祈りましょう。
          神様に喜んでいただく人になりたいものですね。


『今日の祈願』

 『全能永遠の神よ、あなたの恵みは限りなく、人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
       私達を罪の重荷から解放し、 まことの自由に導いてください。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
イエス様はすべての人を赦すために『十字架』にかかりました。
私達もお人を赦すのは、自分の『十字架』を覚悟することなのでしょう。
猛暑の夏休みです。水分補給と休養を忘れずにいましょう。 お元気で!

残暑お見舞い申し上げます。 そして 『言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。』 

2020-08-12 15:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。
8月12日。晴れ。31度。真夏日。

少し涼しい午前中に『仕事』を済ませ
真夏日の昼食後は動く元気なし。
冷房の部屋にこもって読書三昧でした。


   3時。
    すると・・・     『暑中お見舞い』
 
       
         一人の友人から、 『暑中見舞い 果物』 が届きました。
       もう一人の友人から、 『残暑見舞い 葉書』 が届きました。

    私は、お人への暑中お見舞いも忘れて、閉じこもって。  大いに反省させられました。
    自分がしんどければ、 お人のしんどさも推し量り、 まずやることは暑中お見舞いですよね。

         暑中見舞い(立秋前日まで)も忘れてしまいましたが
             まだまだ猛暑の毎日です。

          皆様、残暑お見舞い申し上げます。


そして。

今日は8月12日。年間第十九水曜日。

『今日の入祭唱』

     『主に感謝をささげ、 御名をたたえよ。
 主は恵み深く、 慈しみはとこしえに、 主の真実は代々に及ぶ。』

         詩編 100章4&5節


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

        『そのとき、  イエスは  弟子たちに言われた。
 

         「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、
          行って二人だけのところで忠告しなさい。
    言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。


      聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に、連れて行きなさい。
 
       イエスは二人ずつ・・・『弟子の派遣』 をなさいました。

   すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。


        それでも聞き入れなければ、 教会に申し出なさい。
  教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。

はっきり言っておく。
        あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、
         あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。

また、はっきり言っておくが、
             どんな願い事であれ、
        あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、
           わたしの天の父はそれをかなえてくださる。

  二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」』
            マタイ福音書 18章15-20節


         弟子たちの、イエス亡き後の 『仕事』は、
           『福音宣教』 だけでなく、 
        『信者のアフターケアー』 もありました。


イエス様は、今日は、
弟子たちに『信者のアフターケアー』の方法を教えます。


ちなみに・・・
私の恩師のフランス人宣教士・ルドールズ神父様も、
日本の信者の『アフターケアー』に力を入れました。

ルドールズ神父様は、
1948年。29歳。フランスから中国に派遣され、神学校教授として働きます。
1952年。43歳。14年間働いた中国から追放されます。
1955年。45歳。戦後の東京・上野教会で宣教活動をはじめます。
戦後で大きく価値観の変わった日本で、沢山の日本人が『洗礼』を受けました。
その新しい信者たちに、『真の信仰の喜び』 を知っていただくために、
神父様は『信者のアフターケアー』のために『全聖書通読』を始めました。
更に。 『全聖書通読・聖書100週間』を創設し、
  その生涯を、96歳まで『信者のアフターケアー』に捧げました。
    私も、ルドールズ神父様との出会い依頼、35年間、
我が信仰の『アフターケアー』のために、『聖書100週間』を続けています。
                   感謝!感謝!

   
キリストの時代。

   初代教会の信者さんたちは、
     イエスの教えがよく分からなく、 『信仰』が浅かったのです。
日々の生活においても、『イエスに従う生活』 がどのようなものか、よく分かっていなかったのです。

   イエスは、弟子たちに、
           過ちを繰り返す信者に、間違いを指摘し、戒めるように、 と教えました。
     まずは、 個人として、本人に忠告するのです。 
            本人が、納得し、過ちをやめれば・・・本人は救われるのです。         
     次には、本人が過ちを認めないなら、もう一人の兄弟を連れて、戒めに出かけるのです。
     最終は、それでも本人が戒めを断るなら、教会の指導者に任せるのです。
        どんな方法でも、本人が、納得し、過ちをやめれば・・・本人は救われるのです。     

次に。

   イエスは、弟子たちに、
      『あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、
       あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。』
 と話しました。
     弟子たちが、地上で繋ぐことも解くことも、 天上でもその通りになるのです。

        『キリストを信じる新しい団体』ができていくのです。
        ユダヤ教でも、異邦人でもない、新しい共同体で、
            全員が兄弟であると認め合い、
   いつの時も、互いに、裁くのではなく、救うために、努力しあいなさい。


 どんな時も、2~3人で集まるときには、イエスが共にいて、励まします。 恐れないで進みなさい。
           ・・・・と、教えました。



 私達も、お互いの信仰を守り 更に 信仰が深くなるように、お互いに助け合いたいものですね。


『今日の祈願』

  『すべてを一つに集めてくださる父よ、
信じる人々が、あなたにふさわしい礼拝をささげることができるのはあなたの恵みによるものです。
    私達が、約束された国に向かってともに歩むことができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
残暑厳しい毎日です。くれぐれもご自愛下さい。
水分補給と、涼しいところで一休み。 お元気で!