8月5日。水曜日。快晴。
今日も真夏日。
当地33度の外出はきつい。
用心してSTAY HOMEを続けます。
勿論、涼しい間の、朝ウォークは欠かしませんよ。
飲みました・・・ 『7月のお家ワイン』

奥様が、一人で、7月に飲んだ『お家ワイン』です。
御主人様は 益々、 『冷え冷えビール と 焼酎オンザロック』 です。
”季節感てものがあるでしょう!” と、御主人様。
”No wine No life " と、奥様です。
17時です・・・ 『今日のカクテルアワー』

真夏日には、
『しめ鯖 と スモークサーモン』 がぴったり。
手作りの、 キュウリと味噌、ミニトマト、紫蘇、 を添えて
『レッドチェダー・チーズ』 で決まりです。
今日も、 『カクテルアワ-』を目指して、 『カーテン大洗濯』を頑張りました。
頑張った一日の後の 『ホッと至福の時間』 感謝!感謝!
そして。
今日は8月5日。年間第十八水曜日。
『今日の入祭唱』
『主の聖なる人々よ、 主を畏れ敬え。
主を畏れる人には何も欠けることがない。 主に求める人には良いものの欠けることがない。』
詩編 34章10&11節
そして。
『今日の福音 イエスの御言葉』
イエスから、『異邦人の救い』 を導き出した
異邦人の女性の『信仰』が描かれます。
『そのとき、 イエスは ティルスとシドンの地方に行かれた。
すると、 この地に生まれた カナンの女 が出て来て、

「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。
娘が悪霊にひどく苦しめられています」 と叫んだ。
しかし、 イエスは何もお答えにならなかった。
そこで、 弟子たちが近寄って来て願った。
「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
イエスは、
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」 とお答えになった。
しかし、 女は来て、 イエスの前にひれ伏し、

『キリストとカナンの女』 Pieter Lastman 作品
「主よ、どうかお助けください」 と言った。
イエスが、 、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」 とお答えになると、
女は言った。 「主よ、ごもっともです。
しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」
そこで、イエスはお答えになった。
「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」
そのとき、娘の病気はいやされた。』
マタイ福音書 15章21-28節
今日、イエスが、立ち寄った地方は、『ティルス と シドン』 です
ヨルダン川上流の地中海に面した異邦人の地方です。
イエスは、そこで、異邦人・カナンの女に出会います。
カナンの女の願いを聞いて、
イエスは『答』えました。
『わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところ にしか遣わされていない』と。
カナンの女の 『願いは聞き入れることができない。』と、イエス様は言い放ったのでしょうか?
イエスは、 全人類を救うために、 この世に来られたのです。
それなら、すぐに、異邦人のカナンの女を救わないのは、なぜでしょう?
『福音』が異邦人に宣べられるのは、イエスの復活後であるはずだったのです。
当時、ユダヤ人たちは、自分たちを『神の子』といい、異邦人を『犬』といっていたのです。
ユダヤ人は『選民』として、『神の恵み』を受けますが、
異邦人は、それには参加できない、 と考えられていました。
イエスの、更に厳しい『答』が、 女に言われます。
『子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない』 と。
神の子たちのユダヤ人に『福音』は宣べ伝えるが、
犬である異邦人には『福音・救い・信仰』を宣べ伝える時ではない。とおっしゃるのです。
ここで、カナンの女の 『信仰』 が際立ちます。
『しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。』
と、イエス様に、はっきりと、 自分の『信仰』を、 申し上げたのです。
私は考えてみました。
弟子たちの行動が気になりますよね。
『すべての人を憐れむ』ことを、 イエスから学び、教えられていたはずです。
ところが、 ユダヤ人の『異邦人は神の恵みの対象外』との『慣習』、 にとらわれていたのでしょうか?
カナンの女を、 憐れむというより、 ”面倒だ!” という感じがします。
イエス様はさすがです。
イエス様には、 『神の恵み』を与える 『基準』は、 『慣習』ではなく、 『信仰』 なのです。
イエス様は、 カナンの女の願いを聞いて、 一瞬の沈黙の後に、
『私は、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない』 のだと、
『女性の信仰』を、 『質問』で、 試されたのではないでしょうか。
イエスの『質問』に対して、
『小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです』 との女の『答』に、
イエス様は、カナンの女の 『深い信仰』 を読み取りました。
イエス様は、ユダヤ人も異邦人も差別することなく、
イエスに対する『信仰』を認めたときに、
『救い』を実現されるのです。
イエス様は、異邦人であるカナンの女の『信仰』を認めて、異邦人カナンの女の『望み』をかなえました。
『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。 あなたの願いどおりになるように。』
イエスのその『言葉』が発せられた その時に
『イエスの救い』 は実現したのです。
『娘の病気はいやされた。』 のです。
弟子たちは、
『イエスの福音』を、異邦人に伝えても良いのかどうか、 迷っていたのでしょう。
”本当に異邦人にも信仰は生まれるのだろうか?”
今回のイエス様のカナンの女への『対応』から、 多くを学びました。
異邦人にも『信仰』が生まれる、 ことを信じました。
『救い』は、普遍であり、万人に及ぶ、 ことを信じました。
世界中の人が、信仰によって、『神の子』となるのです。
異邦人である私も、『神の言葉』を聞いて そして 信じて、信仰が与えられたのです。
感謝です。 有り難いことです。
『今日の祈願』
『恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてを超えてあなたを愛し、約束された永遠のいのちを受けることができますように。』
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑の中・・・体を無理しないで、水分補給を忘れず・・・自分のペースを見つけたいですね。
一日にメリハリを付けて、お過ごしください。 お元気で!
今日も真夏日。
当地33度の外出はきつい。
用心してSTAY HOMEを続けます。
勿論、涼しい間の、朝ウォークは欠かしませんよ。
飲みました・・・ 『7月のお家ワイン』

奥様が、一人で、7月に飲んだ『お家ワイン』です。
御主人様は 益々、 『冷え冷えビール と 焼酎オンザロック』 です。
”季節感てものがあるでしょう!” と、御主人様。
”No wine No life " と、奥様です。
17時です・・・ 『今日のカクテルアワー』

真夏日には、
『しめ鯖 と スモークサーモン』 がぴったり。
手作りの、 キュウリと味噌、ミニトマト、紫蘇、 を添えて
『レッドチェダー・チーズ』 で決まりです。
今日も、 『カクテルアワ-』を目指して、 『カーテン大洗濯』を頑張りました。
頑張った一日の後の 『ホッと至福の時間』 感謝!感謝!
そして。
今日は8月5日。年間第十八水曜日。
『今日の入祭唱』
『主の聖なる人々よ、 主を畏れ敬え。
主を畏れる人には何も欠けることがない。 主に求める人には良いものの欠けることがない。』
詩編 34章10&11節
そして。
『今日の福音 イエスの御言葉』
イエスから、『異邦人の救い』 を導き出した
異邦人の女性の『信仰』が描かれます。
『そのとき、 イエスは ティルスとシドンの地方に行かれた。
すると、 この地に生まれた カナンの女 が出て来て、

「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。
娘が悪霊にひどく苦しめられています」 と叫んだ。
しかし、 イエスは何もお答えにならなかった。
そこで、 弟子たちが近寄って来て願った。
「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
イエスは、
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」 とお答えになった。
しかし、 女は来て、 イエスの前にひれ伏し、

『キリストとカナンの女』 Pieter Lastman 作品
「主よ、どうかお助けください」 と言った。
イエスが、 、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」 とお答えになると、
女は言った。 「主よ、ごもっともです。
しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」
そこで、イエスはお答えになった。
「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」
そのとき、娘の病気はいやされた。』
マタイ福音書 15章21-28節
今日、イエスが、立ち寄った地方は、『ティルス と シドン』 です
ヨルダン川上流の地中海に面した異邦人の地方です。
イエスは、そこで、異邦人・カナンの女に出会います。
カナンの女の願いを聞いて、
イエスは『答』えました。
『わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところ にしか遣わされていない』と。
カナンの女の 『願いは聞き入れることができない。』と、イエス様は言い放ったのでしょうか?
イエスは、 全人類を救うために、 この世に来られたのです。
それなら、すぐに、異邦人のカナンの女を救わないのは、なぜでしょう?
『福音』が異邦人に宣べられるのは、イエスの復活後であるはずだったのです。
当時、ユダヤ人たちは、自分たちを『神の子』といい、異邦人を『犬』といっていたのです。
ユダヤ人は『選民』として、『神の恵み』を受けますが、
異邦人は、それには参加できない、 と考えられていました。
イエスの、更に厳しい『答』が、 女に言われます。
『子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない』 と。
神の子たちのユダヤ人に『福音』は宣べ伝えるが、
犬である異邦人には『福音・救い・信仰』を宣べ伝える時ではない。とおっしゃるのです。
ここで、カナンの女の 『信仰』 が際立ちます。
『しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。』
と、イエス様に、はっきりと、 自分の『信仰』を、 申し上げたのです。
私は考えてみました。
弟子たちの行動が気になりますよね。
『すべての人を憐れむ』ことを、 イエスから学び、教えられていたはずです。
ところが、 ユダヤ人の『異邦人は神の恵みの対象外』との『慣習』、 にとらわれていたのでしょうか?
カナンの女を、 憐れむというより、 ”面倒だ!” という感じがします。
イエス様はさすがです。
イエス様には、 『神の恵み』を与える 『基準』は、 『慣習』ではなく、 『信仰』 なのです。
イエス様は、 カナンの女の願いを聞いて、 一瞬の沈黙の後に、
『私は、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない』 のだと、
『女性の信仰』を、 『質問』で、 試されたのではないでしょうか。
イエスの『質問』に対して、
『小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです』 との女の『答』に、
イエス様は、カナンの女の 『深い信仰』 を読み取りました。
イエス様は、ユダヤ人も異邦人も差別することなく、
イエスに対する『信仰』を認めたときに、
『救い』を実現されるのです。
イエス様は、異邦人であるカナンの女の『信仰』を認めて、異邦人カナンの女の『望み』をかなえました。
『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。 あなたの願いどおりになるように。』
イエスのその『言葉』が発せられた その時に
『イエスの救い』 は実現したのです。
『娘の病気はいやされた。』 のです。
弟子たちは、
『イエスの福音』を、異邦人に伝えても良いのかどうか、 迷っていたのでしょう。
”本当に異邦人にも信仰は生まれるのだろうか?”
今回のイエス様のカナンの女への『対応』から、 多くを学びました。
異邦人にも『信仰』が生まれる、 ことを信じました。
『救い』は、普遍であり、万人に及ぶ、 ことを信じました。
世界中の人が、信仰によって、『神の子』となるのです。
異邦人である私も、『神の言葉』を聞いて そして 信じて、信仰が与えられたのです。
感謝です。 有り難いことです。
『今日の祈願』
『恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてを超えてあなたを愛し、約束された永遠のいのちを受けることができますように。』
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑の中・・・体を無理しないで、水分補給を忘れず・・・自分のペースを見つけたいですね。
一日にメリハリを付けて、お過ごしください。 お元気で!