prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ブラックアウト」プロローグ

2005年10月03日 | ブラックアウト(小説)
 目の前に鉄の格子の扉が立ちはだかっていた。
 乗り越えようとすれば簡単な、鍵がかかっているわけでもない小さな門だったが、その前で立ちすくんで動けなくなった。
 門に閉じ込められているのではなく、入って行こうとしているのだったが、すでに自分が捕われの身になっていて、その捕らえているものが更に奥の閉ざされた所に自分を引っ立てている、そう思えた。
 門を開けて、中に入り、背中で閉めてそのまましばらく寄りかかってじっとしていた。それまで忘れていた顔の痛みを思い出し、手で切れた唇に手をやった。まだ血が固まり切っていない。人が見たら、口の横ばかりでなく、目のふちや頬骨のあたりにも痣ができているのが見えただろう。
 このまま行かなかったら、とは考えられなかった。考えないようにしていた。ポケットに手を突っ込んで、中の紙幣を確かめる。家の財布から抜いてきたものだ。
 植え込みの間を通り抜け、校舎の裏に出た。建物にそって、狭い道が伸びている。そこを通って行けば、彼らが待っている屋上に続く階段に辿り着くはずだ。
 だが、またそこで動けなくなった。足が地面に貼りつき、手の指一つも動かせない。脂汗だけが流れている。
 その時、意識が飛んだ。身体から離れ、上空に飛び立った。
 …目の前には、校舎の白い壁だけがある。だが、頭の中で見えているのは、檻だ。屋上にある、鳥を飼うための檻だ。
 ぼくではない誰かが、左手で矢尻の先を触っている。右手には、弓が…ボウガンがある。片手で操れるような小型のものだ。それで、檻の中の鳥を狙っている。屋上で待っている、奴だ。
(またか)
 奴の見ているものが見え、聞こえるものが聞こえ、感じるものが感じる。
手先の感覚だけでなく、人を痛めつけている時の頭がかっと熱くなるような歓びまで感じる。奴の後ろに二人、仲間が控えているのは見えないが、いるのはわかっている。
 奴らに殴られた傷がまた疼いた。
 そして、奴は鳥に矢を向けて、今にもボウガンの引き金を引こうとしている。ただ、ぼくが金を持ってくるのを待っているのにも飽きたのか。
(よせ)
 ぼくは叫ぼうとした。白い壁が迫ってくるように思えたが…また鳥が激しく羽ばたいている。
 暗い歓びが、頭を占領してきた。指に力が入る。
(よせ)
 弓が弾けた。目の前が白くなる。
 檻の中で、鳥の羽根が飛び散っていた。
 その瞬間は見ないで済んだ。が、かえって檻の下に横たわっている…ものが、なお恐怖と苦痛を訴えているようだ。
 檻の中に入っていく。奴は、それを拾い上げ、目の前で羽を広げて見た…見せた。さっきまで生きていたものが、雑巾のようにぐんにゃりした塊になっている。矢は胸に刺さったままだ。唇の横が歪んでいるのを感じる。おそらく、笑っているのだろう。手を放した。檻を出れば空を飛び回れたはずの小鳥の体は、あっさりどすんと下に落ちた。
 ぼくは、今度こそ叫びをあげた。

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