prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「否定と肯定」

2018年01月13日 | 映画
原題はDenial=否定だけで、肯定と並べるのは両論併記的であたかもアウシュビッツはなかった論にも根拠があるかのように見えるという批判をかなり見たし、実際そうだと思う。

もう一つ、セリフの中でself denial=自己否定という表現が出てくる。リップシュタット教授が直接裁判で発言するのを弁護士チームが決めた法廷戦術で禁じられるのに絡めてのことだし、教授だけでなく収容所の生き残りの発言も禁じるのともつながってくる。
挑発に乗らないこと、当たり前のことが通らないことに苛立ちすぎないことも重要で、相手の低みに合わせてはいけないということだう。

どちらが正しいかを決める裁判ではない。天動説と地動説のように明白にどれが正しいか立証されている問題を問い直すというムダな行為を排除するというのは、一つには英米法自体が法のルール内で勝敗を競うゲーム的要素が強く真偽を問うたり真相究明を目指す傾向が強い上から成立するようなとこがある。ど

トム・ウィルキンソンの弁護士がぷかぷかタバコをふかし酒を飲みながら仕事するのにちょっとびっくり。ちょっと「情婦」のチャールズ・ロートンのような味がある。
レイチェル・ワイズが知的であると共にあまり大きく表情を動かさない中で内心怒りで腸が煮えくり返っているのをまざまざと感じさせ、ティモシー・スポールが平板な人物の平板さ正確に表現している。
(☆☆☆★★★)

基本的に歴史改竄主義者の手口は世界的に驚くほど似ている。
1 不適切でしばしば歪曲を伴う史料の引用
2 自分たちがやっていることを仮想敵の学者やメディアに投影してしきりと捏造や歪曲だと先回りして非難する
3 メディアに乗るようあえて非常識でセンセーショナルな発言をして注目を集め、注目度の高さ賛同者の数があたかも正しさの後ろ盾になっているかのように見せかける
4 何度まともな議論で否定されても知らぬ顔で同じことを繰り返し論破されていないように見せかける、
5 枝葉末節の情報の真偽を問い、すぐには(当然)答えられないのを知識があやふやで根拠に乏しいようにすり替える
など。

「否定と肯定」 公式ホームページ

「否定と肯定」 - 映画.com



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1月12日(金)のつぶやき

2018年01月13日 | Weblog