駒子の備忘録

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『ウェイトレス』

2021年03月31日 | 観劇記/タイトルあ行
 日生劇場、2021年3月29日18時。

 アメリカ南部の田舎町。そこに、とびきりのパイを出すと評判のダイナーがある。ウェイトレスのジェナ(高畑充希)はダメ男の夫アール(渡辺大輔)の束縛とつらい生活から現実逃避するかのように、自分の頭にひらめくパイを作り続けていた。ウェイトレス仲間のドーン(宮澤エマ)はオタクな自分を受け入れてくれる男性がこの世にいるのかと恋に臆病で、姉御肌のベッキー(この日は浦嶋りんこ)は病気の夫の看病に疲れている。そんなある日、ジェナはアールの子を妊娠していることに気づき、産婦人科のポマター医師(宮野真守)に身の上を打ち明けるが…
 脚本/ジェシー・ネルソン、音楽・歌詞/サラ・バレリス、原作映画製作/エイドリアン・シェリー、オリジナルブロードウェイ振付/ロリン・ラッターロ、オリジナルブロードウェイ演出/ダイアン・パウルス、翻訳・訳詞/高橋知伽江、日本版演出補/上田一豪。2007年の同名映画を原作に、主要スタッフ部門を女性クリエイターたちが占めた史上初のブロードウェイ・ミュージカルとして16年に初演。全2幕。

 なんか話題になってるなー、高畑充希ってホント上手いよねテレビでは私はくどくて見てられないくらいなのでやっぱり舞台で観たいわー、くらいのノリでチケットを取ったのですが、S席14000円はさすがに二度見して決済でちょっと悩みましたよね…それこそ高畑充希は演劇のチケットは高いしそれだけで来ない客もいる、みたいなことを先日どこかで言っていましたが、この演目に関しての発言だったのでしょうか。ブロードウェイのスタッフ招聘分、なのかもしれないけれど、正直やはり高価に感じます。もちろんこれが正価で他が安すぎるのだ、という考え方もあるのでしょう。それだと帝劇なんかで盆もセリもガンガン動かして電飾も映像もすごくて衣装もギンギラなグランド・ミュージカルは18000円とかの値付けをしていくべきなのかもしれません。オペラやバレエに近づいていきますね、でもそちらももっと値上がりしていくものなのかもしれませんね…なんせ世はインフレってますからね。宝塚歌劇の良心的値段設定がはたして本当に正しい「良心」なのか、という問題ももちろんあります。ともあれこの公演は、すでに全席販売でちゃんと客は入っていたようなので、興業として成立し成功しているならもちろんそれはよかったです。
 それから、もともとの座組がオールフィーメール(正確にはメインのみですが)という企画だったのは知りませんでした。日本版でもそうすればよかったのに…いるでしょう任せられる女性演出家が他にも! でも一応、衣裳補にヘアメイク補、通訳、演出助手、振付助手などはすべて女性のようなので、他の座組よりは女性スタッフを多く起用しているのかもしれません。意識的にやっていることならいいなあ、評価したいなあ。あたりまえですが世の半分は女性なので、いろんなことをまず男女半々でやっていくべきなんですよ? その他の性別、ないし性がない人々に関してももちろん配慮が必要ですが、まずはデカいところから達成したいものですよね。
 …と、のっけからあれこれ言い立てましたが、そんなわけでわりと気楽に観に行ったしノー知識だったので「おおぉ、こういう題材、こういうお話だったの!?」となかなかにワクテカして観ましたが、ザッツ・アメリカ~ンな作品で、でもとても上質で、とてもいい舞台だったかと思います。私はすごーく楽しんじゃいました。なんせ上手い人しか出てこない! 楽曲も良くて、ちょっと歌の上手さが先行しすぎて歌詞が聴き取りにくいなとか心情が伝わりづらいなと感じる部分もなくはなかったのですが、バンドの入り方もお洒落だし、とにかく全体にキュートで洗練されていて、舞台マジックにあふれたミュージカルに仕上がっていたと思います。
 もちろん、お話は大人のお伽話、ある種のファンタジーだとは思います。ジョー(佐藤正宏)が本当にこの手術で亡くなってしまったのか、それともその後の余生を楽しめたのか、最後の場面に出ていなかったのは(出ていませんでしたよね?)天寿をまっとうして世を去ったあとだからなのかは全然説明されませんが、ジェナ的にはいい話でも彼には彼の人生があったはずなので、ラッキー!みたいに片づけていいのかいな、という問題はある。ベッキーとカル(勝矢)の関係が続いているのか、という問題もあって、割り切ってるならいいじゃんとか火遊びでリフレッシュできるならいいじゃん、という考え方もある一方で、ベッキーの夫やカルの妻が本当に何も気づいていないのか、気づいていないなら傷つけられていないからいいのだと考えていいのか、という問題もあります。ベッキーは本当に夫を愛しているんだと思うし、でもその介護に疲れているのも本当で、慰めを欲しがっている人には何かしらが与えられるべきだとも思う。でも浮気、不倫、不貞は、婚姻に対してはルール違反な事柄です。ドーンはおめでたなようで、それは本当にめでたい。でもルル(この日は金子莉彩)含めて、子供がきちんと幸せに育てていってもらえるかは、今の世の中では賭けでしかないという現実があるわけです。
 ジェナとポマター医師が綺麗に別れたのは立派なことですよね。だからってアールはともかく、ポマター医師の妻に対するふたりの罪というものは残ります。そしてジェナについても、「アールとの子供なんて欲しくない」と思っていたのが、産まれた子供の顔を見たとたんに豹変して、アールに離婚を切り出す強さを身につけるという「母性」の描き方がもう、そりゃ実際にはそういうこともあるんだろうけれどでもそういう展開させるんだ?って絶望しちゃう層だってあるよ、と思うと、なかなかしんどい展開でした。でも確かにここで、産んでもやっぱり可愛く思えずモラハラ夫との暮らしはつらいままででも経済的に独立していないので別れられず、日々のチップを稼ぐ働き方をし続けなければならないのが現実だよね…みたいなことをフィクションで、ましてミュージカルで描いても仕方がないので、作品としてはそりゃこうするよね、とは思います。そしてこの作品は、誰もがジェナのようであり、ジェナのように好きなこと、こだわり、才能を何かしらは持っていて、そこから運命は変えられるんだ、ということを信じたい、信じてあとちょっとだけがんばろうと訴えたい、励まし合いたい、連帯したい…という想いで作られたものだろうと思うのです。だから、そこは素直に、感動し、新しい店名にニヤリとし、気持ち良くスタオベして拍手して見終えられました。
 役者もみんなチャーミングで素晴らしかったです。特に男性陣はポマターもアールもカルもオギー(おばたのお兄さん)もジョーもみんな一癖あってなかなかに難しい役だったと思うのですが、絶妙な塩梅だったと思います。そして歌もダンスもみんな上手い。
 ベッキーのダブルキャストのLiLiCoは初舞台だったそうだけれど、出来はどうだったのかな…浦嶋りんこはそりゃパワフルで他のふたりとのバランスも良くて、素敵でした。宮澤エマもホント上手いよね、こういう役をウザくなりすぎないよう演じるのって難しいと思うんだけれど、すごく良かったです。そしてホントちいちゃいな、でもホント上手いな!な高畑充希、いい座長っぷりでした。
 アンサンブルも在り方が粋で、美術もすごくセンスが良かったです。このところのミュージカルはそのあたりのレベルが本当にハイクオリティになっていると思います。楽しい舞台でした。梅田のみならず御園座や博多座公演があるんですね、無事に進んでいきますように!



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