駒子の備忘録

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アン・モーガン『私はヘレン』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

2017年09月01日 | 乱読記/書名や・ら・わ行
 七歳の夏、ヘレンはあるゲームを思いつく。服装や髪形を双子の妹エリーと交換して、お互いになりすますのだ。やってみるとお母さんも友達も気づかなかった。だが楽しかったのは最初だけ。のろまなエリーとして扱われ、入れ替わりのことを話しても相手にしてもらえないヘレンは次第に心を病んでいく…

 病んだ親によって育てられると子供はたいてい病む。しかしどこかでなんとか悪いループから脱出できることもある、希望は捨てきれない…そんな話かな、と思いました。ふたつの筋が併走するような構成はまあまあよくあるものですが、スリリングで、楽しく読みました。
 エリーは出生時のトラブルである種の知恵遅れのように周りからは思われていたけれど、実際にはむしろ父親の自殺を目撃してしまったことによる自閉みたいなものの方が大きかったのかもしれませんね。だからヘレンと入れ替わることで違う自分を手に入れたときに、回復する。一方のヘレンはエリーとして扱われることで混乱し、アイデンティティを失い、病んでいく。自分になりかわったエリーをヘレンとは呼べずヘリーと呼び、しかし自分のことも二人称で考えるようになり、離人症みたいになっていく…哀れで、怖くて、先の展開がまったく読めませんでした。
 ヘレンになったエリーは社会的に成功を収め、結婚し子宝にも恵まれましたが、やがて夫の心は離れ、交通事故に遭う…ヘレンとエリーとの最後の邂逅が幻覚だったのかどうかはなんとも、ですが、安らかな死だったのならよかった、と思います。娘のエロイーズは健やかに育っていることが救いです。
 夫の自殺を受け入れられず娘たちをゆがませてしまった母親の方は生きているのがまたなんとも…ですが、人生とはそうしたものなのかもしれません。ともあれヘレンはやっとそうしたもろもろの呪縛からやっと最後に解き放たれ、再出発するところで物語は終わります。才能に恵まれていたことは救いですが、それもまた病んだことから培養されたものだとすれば皮肉です。悲しい、美しいお話でした。



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