駒子の備忘録

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『パレード』

2021年01月22日 | 観劇記/タイトルは行
 東京芸術劇場、2021年1月20日18時半。

 1913年、南部アメリカの中心ジョージア州アトランタ。南北戦争終結から半世紀が過ぎたが、南軍戦没者追悼記念日には南軍の生き残りの老兵たちが誇り高い表情でパレードを行っていた。同じ日、13歳の白人少女メアリー・フェイガン(熊谷彩春)が強姦のあげくに殺された。容疑者として逮捕されたのはレオ・フランク (石丸幹二)、実直なユダヤ人で少女が働いていた鉛筆工場の工場長だ。事件の早期解決を図りたい州検事ヒュー・ドーシー(石川禅)は、市民の差別感情を利用してレオを犯人に仕立て上げていくが…
 作/アルフレッド・ウーリー、作詞・作曲/ジェイソン・ロバート・ブラウン、共同構想およびブロードウェイ版演出/ハロルド・プリンス、演出/森新太郎、翻訳/常田景子、訳詞/高橋亜子、振付/森山開次、音楽監督/前嶋康明。
 1998年ブロードウェイ初演、2017年日本初演から一部キャストを替えての再演版。実際の冤罪事件をもとにしたミュージカル、全2幕。

 初演の発表の記憶もうっすらとあるのですが、そのときはそこまで食指が動かなかったのかもしれません。題材とキャストに今回改めて惹かれてチケットを取りましたが、しかしこの題材でこのタイトル? かつミュージカル? と半信半疑な気持ちで劇場に出かけました。
 ハマコやソンちゃんも出演していました。てかキャストがみんなものすごいミュージカル俳優ばかりで、みんな本当に歌が上手い! 全員掛け値なしに上手い!! ミュージカルなんだからあたりまえでしょ、と言われちゃうかもしれませんが、そうじゃない舞台なんて山ほどあるじゃないですか。この歌唱力はすごかった。軽妙だけれど複雑で難しい楽曲も多かった気がしましたが、なんの問題もなく、歌詞も聴き取りやすくて意味が汲み取りやすかったです。訳詞がいいのかな? 意味が的確に取れる単語、音階に合った言葉が選べていた気がして、ストレスがまったくありませんでした。なかなかないことです、べた褒めしておきたいです。
 しかしてこの重い題材にミュージカルという手法は正しく効いている気がして、流れるような展開に、流されるのではなくしかし重いストレート・プレイを観せられたときのように深く考えこんでしまうことなく、物語の本質を捉えて観ていけるような気がしました。そしてそれがまた恐ろしいところでもあるのでした。
 史実だからしょうがないんだけれど、正義は貫かれず、作品の中では真犯人や真実が明かされることもなく、フランキー(内藤大希)は高らかに歌うけれどメアリーが帰ってくることもなく、ルシール(堀内敬子)はこれからも南部で生きていくと高らかに宣言するけれど夫が暴力的に奪われたことに代わりはなく、物語はアンハッピーエンドというかほぼ救いなく終わります。ただバレードに旗を振る人々の明るいさんざめきが眩しいばかり、舞い散る色鮮やかな紙吹雪がキラキラ輝くばかり…
 恐ろしい。怖い。でもあるだろう、そうだったろうと思えてしまう。悲しい。ユダヤ人差別とか黒人差別とか階級差別とか南北アメリカの対立とか、そういうことに関して本当のところはわからない現代日本人であっても、でもこういうことってあるんだろうな、というか実際にあったんだし今も似たことは起きていてこれからも根絶されることはないのだろうなと思えてしまう、そのことが本当に怖いです。そしてこれはそういうことを訴える舞台なんですよね。つまりは人間の愚かさと凶暴さが怖い、悲しい。
 それでも、スレイトン知事(岡本健一)のような人はいたし、レオとルシールの夫婦仲もこの事件があったからこそ深まり進化した面は否めない。何もかもが悪かったわけではない、しかし失われた命は決して帰らない…それは、「それが人生だ」なんてまとめることなどできない、でも絶望とも諦念とも違う、何か静かな悲しみを感じさせました。初演で、暗転で物語が終わったあと客席がシンと静まりかえった、というのもさもありなん、です。感動して拍手する、なんてタイプの物語ではないからです。でも、素晴らしい作品でした。だからそのことに拍手はしました、もちろん。でも、泣きたくなったのも事実です。人間って怖い。でも人間であることはやめられない。生きていくしかない。
 プログラムの裏表紙に書かれているのは「THIS IS NOT OVER YET」。人間の世のある限り、残念ながらこうしたことは怒り続ける。それでも、優しく賢くなろうと努力し続けられるか、より正しく生きていけるか…そんなことを、わたしたちは突きつけられているのかもしれません。

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