駒子の備忘録

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萩尾望都『トーマの心臓』

2010年03月10日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名は行
 小学館フラワーコミックス全3巻

 「――ぼくはほぼ半年のあいだずっと考え続けていた ぼくの生と死と それからひとりの友人について――」で始まる冒頭の手紙を暗誦できる方も多いことでしょう。学園のアイドル、トーマ・ヴェルナーが死に、そっくりの顔をしたエークリ・フリューリンクが転校してくるところから始まる、ドイツのギムナジウムを舞台にした少年たちのお話。
 私はもともとこの部分の要約やあらすじ紹介が自分でも下手だなと思っていますが、本当にどう書いたらいいかわからないものです、こういう作品は。

 高慢なユーリが対等に喧嘩してくれないので悔し泣きしちゃうヘルベルト、いいですよね。
 あと、エーリクを叱る弁護士さん。
「きみはまだ一ペニヒだって自分で働いて得たこともないくせに人の作ったものをたんなる気まぐれでぶちこわすなぞもってのほかだ!」
 こういう台詞をきちんと言う大人をきちんと描いた作品って最近少なくなっていて、だから読者の子供の心もきちんと育たないのかもしれない、なんて思います。

 そのエーリクの一番いいなと思うシーンは、校長先生が倒れたとき、オスカーのそばについててあげてくれとユーリにしゃくしひったくって言うくだり。しゃくしがいいんだ、しゃくしが。こんな小道具にすらうっとりできる作品です。
 それとこの頃の絵は思いの外繊細で、ユーリの瞳なんかもすごくナイーブに描かれているのに心揺さぶられます。

 これも、以前はラストに承服しかねるものがありました。なんで神学校なんじゃい、だから宗教って嫌いだよ、もっと普通に生きていけばいいじゃない、とね。でもやはり、これはヨーロッパのお話であり、キリスト教文化圏のお話なんですよね。サイフリートがしようとしたことも、ためにユーリが感じた感情も、トーマがしたことも全部、「父と子と精霊の御名において」の世界のお話なんです。
 八百万の神と暮らしていたり、太陽を崇めたりしているような国ではこういうことにはならないでしょう。なんせイエスは人々の贖罪のために自らの命を賭した、そういうところに立脚した宗教なんですからね。だからユーリがもう一度神様のことをちゃんと考えてみようと思ったのはやはり正しいのでしょう。そんなお話を、多分クリスチャンではないのにこう描けるんだから、この作家はやっぱりすごいと思うのです。
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