駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇星組『ザ・ジェントル・ライアー』

2022年02月25日 | 観劇記/タイトルさ行
 KAAT神奈川芸術劇場、2022年2月に3日15時半。

 19世紀末、ロンドン。プレイボーイのアーサー・ゴーリング卿(瀬央ゆりあ)は社交シーズンともなれば毎夜パーティーに繰り出し、幾多の女性と浮き名を流す自由気ままな独身貴族。そんな息子に父親のキャヴァシャム卿(美稀千種)は苦言を呈し、早く身を固めるように迫る。ある日アーサーは、友人である新進気鋭の政治家ロバート・チルターン(綺城ひか理)の屋敷で開かれた夜会を訪れる。そこには、かつて想いを寄せていたが今はロバートの貞淑な妻となったガートルード(小桜ほのか)、顔を合わせればいつも喧嘩になるロバートの勝ち気な妹メイベル(詩ちづる)、そして財産目当てでアーサーに近づき、さらに良い条件の相手と結婚するために3日で婚約を破棄して去っていったローラ(音波みのりの代役で紫りら)という、アーサーと関わりの深い三人の女性がいた。今やウィーン社交界の花形となったローラは、政界一高潔な紳士と名高いロバートに、とある「切り札」を突きつけて自分の不正な株取引に加担する議会演説をさせようとしていた。苦悩するロバートからすべてを打ち明けられたアーサーは親友の窮地を救うべく奔走するが…
 原作/オスカー・ワイルド、脚本・演出/田渕大輔、作曲・編曲/青木朝子、植田浩徳。ワイルドの戯曲『理想の夫』をもとにしたミュージカル・コメディ。全2幕。

 予習として観に行った新国立劇場『理想の夫』の感想はこちら。これは私の偏見かもしれませんが、ワイルドは女性とか結婚制度に関してケッと思っているタイプの同性愛者だと見えて、喜劇と言われていますがどちらかと言うと冷笑的な作品だと感じました。相手に理想を押しつけ、自分をも縛り、それで苦労して、なのに結局自由になることなく体面や外聞ばかりを気にして右往左往する夫婦や、その周りのカップルたちに対して「そんなの愛じゃないよ」とぼそっと言う視線があったと思うのです。
 でも宝塚歌劇版ではそういう皮肉さやシニカルさは取っ払って、さりとてサブタイトルに「英国的、紳士と淑女のゲーム」とつけたほどには英国的な意地悪さもなく、恋愛遊戯的ないやらしさもなく、愛と友情のために優しくときに愚かな嘘をついちゃう主人公の物語、にしていました。というか主人公をもともとのタイトルロールたるロバートからアーサーに移したわりにはアーサーの描き込みはちょっと薄かったと思うので、彼の物語というよりはみんなのラブコメ、という仕上がりだったかなと思います。
 しかし二幕はともかく一幕は退屈したなー。プロローグとか、アーサーが催す不良の夜会(笑)とかでショーアップしているのはいいんですけれど、せっかく原作があるのになんであんなぼやぼやした台詞しか書けないんですかね? ワイルドのあの過剰で膨大な台詞を削ぎ落とす作業をするだけでもいいし、そうでなくてもキャラも設定ももっとさっさとくっきり立たせる方法がいくらでもあると思うんですけれど…なんか芯食ってない台詞がずっと続いていて、役者はそれなりに芝居しているんですけどなんかぼやぼやした印象を受けたままに進んだ気がしました。
 子爵でもあるアーサーと違って、また貴族院の重鎮であるキャヴァシャム卿と違って、ロバートは要するに平民出身なんですよね? で、世のため人のため社会のため未来のため政治家として働きたい、という志はあるし能力もある、でも金も地位もなくてとっかかりがない。だから一度だけ不正をした。それで稼いだ小金を足掛かりに政界に進出し、以後は一点の曇りもない経歴を築き上げた。過去の過ちは深く反省しているし後悔しているし、不正に稼いだ金の何倍もの大金を寄付もしていて、精算したつもりでいた。妻も自分の公正明大さ、清廉潔白さを愛してくれているし、彼女自身も清く正しく美しい人で、過ちなどしないし認められないし許せない人だ…というのがネックの話なのだ、ということがもっとわかりやすく濃く深く伝えられると、もっとおもしろくなるのになあ、とずっと感じながら観ていました。どうも生徒のニンや演技力におんぶに抱っこの脚本に思えて、私は観ていてけっこうイライラしたのでした。
 あと、なんか尺が余ってる感じがしたので、どこかでアーサーがメイベルを思って歌う歌とかを入れるとよかったのではないかしらん。彼がどこで彼女への想いを自覚したのかまったくナゾでしたが、ローラに迫られたあとにでも、冗談じゃないそんな結婚は嫌だ自分がずっと結婚しなかったのはこんなことのためじゃないそれは…とか言ってメイベルの面影がよぎる、でもなんでもいいんだけど、なんかそんな場面があるとよかったのではないかしらん。あとメイベルにももう一、二着お衣装を増やしてやってくれー。ローラは取っ替え引っ替え素敵なドレスもケープも着ているのにー。
 てかローラはやっぱりはるこで観たかったなー。りらちゃんも急な代役にもかかわらず素晴らしい仕上がりだったと思うのだけれど、やはりこの三ヒロインは路線娘役が演じることに意味があったのではと思うし(うたちは組替えしてきたばかりですが当然この先もそういう起用の予定があるからこその組替えだと私は信じていますし、次の『めぐ逢』新公ヒロインなんてどんぴしゃでもう決まっていると信じています)、はるこだと色気や可愛げと悪女っぷりのバランスがもうちょっと違っていたと思うんですよねー。
 原作からのいい改変だと思ったのがいずれもローラ絡みで、ブレスレットの窃盗ネタをカットしたところと、最後に彼女の出番を作り、自ら負けを認めて「切り札」の手紙を返し、さらにアーサーに一言残していったところです。このローラはちゃんとアーサーをまだ、あるいは今は、好きなんですよね。いじらしくてせつなくて、よかったです。ここをこそはるこで観たかった…!
 つまりこの作品は彼女を完全に悪人には描いていないのです。よくよく考えるに、かつてローラがアーサーを振って別の男に嫁いだのは、いうなればロバートの「過ち」と同じことなんですよね。財産も身分もない女が成り上がっていくためには、まず最初のとっかかりが必要だったのですから。ロバートが許されるなら彼女もまた許されていいのです。ただし愛の問題はまた別で、アーサーには会いに行かなければならない人が他にいたのでした…
 ロバートの秘書でメイベルにずっとプロポーズしているトミー(稀惺かずと)がおいしいお役でしたね。まだ体当たりでやっているだけにも見えましたが、さすがの華がありました。のびのび育てー。そして同じく華があるなーと注目したのがド・ナンジャック子爵(咲城けい)のさんちゃん。こちらも組替えを控えていますが、ホップステップジャンプしてねー。ちょっと浮かれたレディ・マークビー(水乃ゆり)のゆりちゃんとの見目麗しいカップル、素敵でしたしおもしろかったです。
 生徒の話でいくとアーサーの執事フィブス(大輝真琴)のまいける、ホントずるいくらい上手い。星91期無双! みきちぐのパパっぷりはもちろん、あかっしーがまたいいおじさん役者なのも素晴らしかったです。娘役ちゃんでは乙華菜乃ちゃんかな?顔が好みでした。フィナーレのはるこの代役は水乃ちゃんだったようで、さすがの麗しさでした。
 うたちの星組デビューもそつなく、むしろ上々でよかったです。娘役芸としてはまだまだかなとも思いますし、特にフィナーレやデュエダンは上級生娘役からこれからもどんどん学べ盗め!と思いましたが、舞台度胸もありそうだし歌えるし、とにかくカワイイ。そりゃロバート兄さんがあれこれ心配でおろおろしちゃうのもわかります(笑)。
 ホノカコザクラはそら手堅い。そしてあかちゃんはそらもう見た目がダンディでロバート役にぴったり! なのでプログラムはちゃんと二番手格としてせおっちの次にダーンとした大きさで載せてあげてもよかったと思うんですよねえ…ヒロインは三人いる形だしアーサーとくっつくからってうたちってわけにもいかないだろうからボカすだろうなとは思っていたのですが、まさかせおっちのあと学年順に並ぶとは思ってもいませんでした。しょっぱい…
 最後にせおっちですが、いいお役でいよいよ瀬央の女を増やしているようですが、やはり私はぴくりとも来ませんでしたすんません…席が遠かったのもあるのかもしれないし、アーサーの脚本・演出の書き込みが弱く感じられたせいもあるのかもしれませんが…うぅーむ。
 あ、アーサーがローラの次にガートルードに惚れて、でも彼女はロバートと出会い嫁いでしまった…という設定に改変したのもとてもよかったと思いました。それを踏まえてのアーサーとメイベルの会話のくだりはさすがにおもしろかったです。でもガートルードの思い込みの激しさとかある種の正しさの押しつけがましさといった部分も薄まっていたので、私はラスト、ロバートが議員辞職をするくだりはカットになるのかと思っていたんですけれど、そのままやりましたね…なんか整合性がないようにも感じました。あと、彼女が婦人参政権運動に注力しているのって、ワイルド的にはガートルードのキャラを下げるために入れた設定なんじゃないかと思うんですけれど、今回は宝塚歌劇として我々女性観客をエンパワーメントするような意味でああした変更がされていたのでしょうか…はっきり言って付け焼き刃感を私は感じました。最近『相棒』でもあったじゃん、抗議する女性をヒステリックに描いて批判されたこと…同じことしてましたよね、おたおたする男性市民をわざわざ入れていましたもんね? チータブ、フェミニズムとかわかってないだろう…てかこの描き方だとガートルードもキャラブレしているぞ、と感じました。ただしここのレディ・マークビーの扱いは正しいと私は思いました。彼女はフェミニズムとかどうでもよくてお友達につきあっているだけで、だからデートに誘われればすぐそっちに行っちゃうんですよね。彼女はそういうキャラで一貫しているんです。ま、最後のちゃんと彼を振って夫を取る、という部分の解釈は別れるところではありますが(笑)。

 先行画像もポスターも素敵でプログラムの写真もどれも素敵。明確なイメージがあることは素晴らしい。だから脚本・演出が全体にあともうひと練り、ふた練りできていればねえ…と思ったのでした。いっそうの精進を望みます。
 バウ公演全日程中止は残念でしたが、せおっち東上はおめでとう。星組人事もいろいろ読めませんが、次の本公演も楽しみにしています!







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