駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『恋のすべて』

2022年02月24日 | 観劇記/タイトルか行
 東京建物Brillia HALL、2022年2月22日18時。

 ニック・テイラー(稲垣吾郎)は探偵。過去に大切な探偵仲間のシドを亡くしていて、シドの未亡人に送金しているためいつもお金がない。クラーク・キャンピオン(羽場裕一)は手広く事業を行う経営者。コニー(花乃まりあ)という箱入り娘がいるが、最近、テディ・モーリー(松田凌)という若者が周りをうろついていることを苦々しく思っている。ただ、富豪の未亡人でテディの母カミラ(北村岳子)に投資を頼んでいる手前、テディを追い払うことはできない。テディはどうやらコニーにプロポーズしようとしているらしいが、投資の契約が終了するまでコニーをテディから遠ざけたいクラークは、ニックに「娘を君との恋に落としてくれ」と依頼する…
 脚本・演出/鈴木聡、作曲・音楽監督/青柳誠。『恋と音楽』から始まった上質でコンパクトなオリジナルミュージカル・シリーズ第5作。全1幕。

 このシリーズは初回がまとぶんで、ヤンさんが出たものもあったし、もしやヒロインが毎回宝塚OGなのかしらん? というわけでインスタはフォローしているのですがテレビのリポーター仕事なんかは全然見ていないので、卒業後初の花乃ちゃんとなりました。いやぁ上手い! 可愛い! 絶品でした。私は現役時代の彼女に歌の人のイメージはまったく持ってなかったけれど、めっちゃ上手くて驚きました。素敵なミュージカル女優さんになりましたねえ…!
 キャストは他にクラークの秘書兼愛人でテディを誘惑する任務を負うザラが石田ニコルという、男女6人のロマンチック・スウィング・ラブコメディで、まあハコはもう少し小さいクリエか博品館あたりでもよかった気もしましたが、ウェルメイドで素敵な作品でした。でも博品館だとあのバンドの入れ方はできなかったかな? とてもお洒落で粋でした。
 1930年代後半のアメリカが舞台で、缶ビール開発やラジオドラマなんてトピックの使い方もおもしろい。探偵事務所、ホテルの宴会場、プールサイド、そしてコネクトルームの客室での一晩二日の物語、というのも演劇らしくて、とても素敵でした。途中のドライブ場面もよかったし、ミュージカルとしてもなかなか素敵に演出されていたと思います。タイトルはむしろラジオ絡みの、何かもっと洒落たものをつけてもよかったのでは?とも思いました。 
 では何がもったいなかったかって、吾郎ちゃんですよね…もちろん彼ありきの、というか彼が発案している企画なんだろうとは思いますが、だったらたとえばプロデューサーに徹してもらって別の主演で観たかった気が私はしちゃいました。
 だってまず歌が弱い。彼ひとりだけがミュージカル役者じゃないから、というのもありますが、他は全員しっかり上手いんですよ。緩急も硬軟も自在なの。そこを主演のあの歌では、いかにこれが味だ雰囲気だっつったってごまかされませんよ…
 そして、役に見えない。だってただの吾郎ちゃんなんですもん。この作品が求めるニック像って、一見冴えない中年男だけど実は甘さも苦みもあるモテそうなイケメン…みたいなもので、それは当て書きでもあるし「稲垣吾郎」イメージまんまなのかもしれませんけれど、私は特にファンじゃないしそこまで稲垣吾郎なるものに思い入れがないので、彼の姿からはがんばらないとそういうふうには読み取れません。でもそれじゃダメじゃん、演技で、芝居でニック像を立ててくださいよ。演劇ってそういうものでしょ? 素でやるコントと違うんだから。
 この作品、ちゃんとした役者がちゃんとした演技でニックをやったら、もっと密でおもしろいものになったと思うんです。そんなみっちりしっかりやりたくない、というコンセプトだったのかもしれないけれど、そもそもたわいのないと言っていいくらいのしょうもない話でもあるわけだし、それを全力でやって初めて、ちょっと抜け感のあるコンパクトで上品で上質なハートフル・ラブコメに仕上がるのではないかしらん。今ちょっとスカスカすぎて、休憩なし2時間10分がやや間延びして感じられるときがありました。それこそハコがデカいし、観客の集中力か途切れるのを感じる瞬間もままありましたよ。もったいないです。
 ニックはクラークに、コニーを恋に落とせ、しかし手は出すな、恋にも落ちるな、と言われます。でも落ちかけちゃう、そこがいいお話なんじゃないですか。コニーは若く美しく、しかしクラークが思っているほど幼くはなく、むしろ社会や未来に対して深い知見を持った凜々しい女性です。この描写といいカミラのスピーチといい、めっちゃフェミニズム台詞で感心しました。しかも嫌みでも、行きすぎた女闘士みたいな描かれ方もされていない。なんならお話には不必要ではあるんだけれどがっつり挿入されていて、このキャラクターたちの魅力の描写になっている。それは台詞より行動で示すザラもそうですね。秘書兼愛人なんかやっているけれど、そしてそれをどちらもきちんとこなす技量がある女性なんだけれど、本当になりたいのはシンガーでその力量もあって、だからクラークの最後の問いにどうぞどうぞと手を振って関係をすっぱり解消し、次のステージへ行く。お金より愛が大事、なのは確かにそうなんだけれど、さらに愛より夢が大事、ってのもまた真実でもあるのです。実にあざやかでした。こういう女性像はいずれもなかなか描けないものです。それからしたら男性陣はややステロタイプではあるけれど、チャーミングなのでちょうどいい感じです。そして何よりみんなまったくマッチョではない。これも大事なことだと思いました。こういうセンスがずっとこの制作陣にあるのなら、そこは評価したいです。
 だからこそニックがもったいなかった…吾郎ちゃんまんまだと、実年齢とか知りませんが、39歳の男が19歳の女に…キモ!とかまで思っちゃうんですよ。それじゃダメじゃん…もっとちゃんと、良き中年男としてのキャラを立てて、その上でちゃんとラブコメしてほしかったです。ちょっとやさぐれくたびれた探偵なんて、ホント男のロマンじゃん…!
 あと、「デートをしよう、彼の話は抜きで。」というのはとてもお洒落だと思いましたし、コニー相手に言いそうな台詞と見せて実はシドの妻に言う、というのも粋なんだけれど、でもよくよく考えるとここも、死んだ相棒の未亡人をずっと想ってたってのも微妙では…って気が私はしました。これは男性特有のセンチメンタルなんでしょうか。むしろニックが想っているのはシドだったってことにしてほしかったくらいですけれどね私はね、だから事務所の名前を変えなかったんですよ…

 プログラムはデカくて邪魔だけどとてもお洒落でした。サントラCDが欲しくなるくらい曲もよかった。というか初めてブリリアの一階最後列に座ったのですが、中通路から後ろは列に段差があってとても観やすいですね。そして2階客席が被っているわりには音が良くて台詞も歌詞もクリアに聞こえてよかったです。なんかちょっと音量は小さいな、とは感じたのですが…
 この公演も関係者にコロナ陽性が出て初日が遅れましたよね。なんとか千秋楽までどうぞご安全に、完走をお祈りしています。でもリピーターチケットが販売されていたから完売していないってことなのかな、厳しいなあ…






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