駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『ロッキー・ホラー・ショー』

2022年02月20日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 PARCO劇場、2022年2月17日18時。

 友人の結婚式の勢いに乗せられて、婚約してしまったブラッド(小池徹平)とジャネット(昆夏美)。恩師に報告しようと嵐の夜に車を走らせていると、突然パンク。助けを求めて古い城にたどり着くと、現れたのは不気味な執事リフラフ(ISSA)と使用人のマジェンタ(フランク莉奈)、コロンビア(峯岸みなみ)。さらにボンテージに網タイツの城の主フランク・フルター(古田新太)が登場し…
 脚本・作詞・作曲/リチャード・オブライエン、演出/河原雅彦、翻訳/高橋ヨシキ、訳詞・音楽監督/ROLLY、振付/MIKEY(from東京ゲゲゲイ)、TACCHI、東京ゲゲゲイ(MARIE、MIKU、YUYU)。1973年ロンドン初演、78年には『ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー』として映画化もされたミュージカル。日本初演は86年。2011年にいのうえひでのり演出、古田新太主演で上演、17年に河原雅彦による新演出で上演。5年ぶり三度目にしてフランク・古田ー最終公演。

 映画は未見。タイトルだけ知っていていつか観てみたいなと思っていましたが、メンツが良いのでノー知識でチケットを取りました。前回公演はミュージシャン揃いだったようですが、今回はミュージカル俳優揃いでしたもんね。
 映画は「世界初のカルト映画」なんと言われてもいるもののようで、いわゆる応援上映みたいなムーブメントがずっと続いているんだそうです。それを模して、演劇というよりはライブ、むしろ「催しもの」というコンセプトで作られている作品だそうです。まあ、別にそれはいいです。私はノリが悪い人間ですが、必要があれば合わせられるタイプのつもりですからね。
 ただ、劇場ロビーの物販でペンライトとか、歓声NGなので代わりに録音された歓声を鳴らせるグッズとかが売られていて、前回や前々回公演からのリピーターも多いのかもしれませんが客層が若く男性もとても多く、そして開演前も幕間も客席にはずっとロックが流れていてうるさくて、客はハイになってみんな連れとわあわあしゃべってるんですよ…このご時世にこれはほとんど恐怖です。というかこれこそがホラーですよ…しかもスタンディング奨励場面があるので、それを見越してか不精してかコートや荷物を椅子の背側においてその前に座る観客の多いこと多いこと。この劇場の中通路から後ろは角度があって視界はそれほど遮られないため、なんとか容認しましたがこれもちょっとしんどかったです。そして振付講座まである…右向いたり左向いたりして隣とぶつかるっつーの、絶対クラスター出ないわけないじゃんって感じなんですけど。高齢の出演者が多いから公演が延期できないとか中止、中断ばかりしていたら劇場がつぶれちゃうとか、振付講座で冗談めかして言っていましたが、人命より大事なものはないと思うので笑いづらかったです。
 そんなこんななロー・テンションで観ましたが、なんせ役者のスキルがハンパないので歌って踊っても一音も狂わずとても耳福。ただし歌詞が一言も聞き取れないのでした。バンド(バンドマスター/ROLLY)の音量のせいなのか音響(音響/大木裕介)のせいなのかよくわかりませんでしたが…まあものの見事に何も聞き取れない、なかなかない経験でした。プログラムにこと細かくキーワード解説したページがありましたが、何も聞き取れないんだからまったく意味ないですよねえ…でも歌が上手いのはわかるんだからホントたいしたものです。楽曲もポップでわかりやすいのでそれは楽しい。そしてたいした話じゃないので(笑)ストーリー展開にはついていけるから、それはそれでいいのです。しかし不思議な舞台であることよ…
 しかし、二幕になって私はさらにおもしろいことに気づきました。プログラムにも細かいあらすじが書いてあるわけではないのでよくはわからないのですが、ブラッドとジャネットの恩師スコット博士(岡本健一。ところでこのネーミングはもしかして韻が踏んであるのかな…)はUFOの研究者ということで、後半のお話は急にSFめいて?きます。私は古田新太が映画より先に『はいからさんが通る』の欄外コメントで知ったというのと同じでジギーもトランシルヴァニア星雲もそれで知っていたので、フランクが開こうとする「フロアショウ」というのもUFO召還儀式みたいなものに当たるのかな、などとニヤニヤ楽しく観ていたのですよ。簡単かつ乱暴に言うとLGBTQの生きづらさ、ここではないどこかで生きたいみたいな思いが、こういう宇宙人設定なんかに投影されていると思うので、そういう話でもあるのかな、と観ていたんですね。でも逆に、どうもこのあたりで観客の多くは話の道筋を見失い、集中力が切れて退屈したのか、静かになるのがわかりました。曲になってもペンラも全然振られないし録音歓声も流れないのです。舞台は最後に、謎のままに、あるいはご都合主義的に、フランクが消えて静かに終わるのですが、そのあとカテコ絡みでフィナーレがあって、客席は再度スタンディングになって盛り上がって終わりました。で、それで騒いでああおもしろかったね、ってなったみたいですけど、みんなそれで本当にいいのかな?とちょっと思っちゃいましたよね。でも結局やっぱり「物語」がないと駄目なんじゃん、ってことなんじゃないの…?
 さらに帰宅してプログラムを読むと、これは「通過儀礼」の話でありアメリカの「純潔の消失」の物語で「アメリカン・ドリーム」の終焉を描いた作品だ、と原作者が言っているんですが、はっきり言ってミリも伝わっていないと思いました。というかブラッドとジャネットはアダムとイブにあたり、蛇がフランク博士ほかみんな、となるのでしょうが、「どんな人だって思春期を経るのですから、これが分からないという人は『ひとりも』いません。つい昨日まで子どもだったのに、今日はもう性的な存在になってしまう」というのは残念ながら現代日本人には全然伝わらない感覚だな、と痛感しましたね。だって二幕冒頭、フランクがジャネットのベッドに、次いでブラッドのベッドに行くくだりがあるんですが、客席の空気が固まるのが如実に感じられたんですよね。こういうセックス・ファンタジーを楽しむ、おもしろがる素養がない、というか準備が現代日本人は全然できていないのです(過去どうだったかは知りません。江戸時代とかはもっと奔放で成熟していたのかもしれません)。エッチなことはいけないこと、気恥ずかしいこと、隠さなくちゃいけないこと、淫靡なものだと思い込まされて育っているので、健全な性欲を認めることもできないしこうしたファンタジーを正視することもできないし、ジョークを笑うオトナの余裕もてんでないわけです。カップルで来ていても同性同士で来ていても、連れがある人は連れに自分の反応がどう伝わるかが怖くて固まっているのだろう空気を感じました。たとえ風俗に一緒に行くような仲の男性同士で来ていてもダメだと思いますね、とにかくそういうふうには成熟していないのです。私は誰はばかることなく笑いましたし、特にジャネット相手の時は毛布の動き方が生ぬるくてそれじゃ全然わかんないよとか考えたりしていましたけど、一方で気恥ずかしいはもちろん気恥ずかしかったです。昆ちゃんも小池くんもめっちゃ弾けてやっててすごくおもしかったですけど、全然伝わっていませんでしたね。そこから客席のトーンはどんどん落ちていったのです。
 コレ、ムリですよ。イヤ、難しいことはいいんだ、まぐれ当たりの奇跡なだけで名作とかでは全然ない作品なんだし楽しんでもらえればいいんだ、ってコンセプトはわかるけれど、でも観客があまりに幼稚で楽しみ方が稚拙で、そのひとりとして、役者やバンドや振付などのスタッフ含めて作品の持つポテンシャルの高さに私は謝りたくなるくらいだったのです。 私はロックもサイケもよくわからないし優しい人間ではないけれど、この作品が「汎銀河的な優しさ」を本質としている、というのはすごくわかる気がしました。SF者なので「汎銀河的なものの見方や考え方に慣れてい」るからです。翻訳者は「慣れていない」人でもこの作品でその優しさに触れられるのだ、とプログラムで語っていましたが、大半はわあわあ騒いで踊ってあーおもしろかったねでおしまいなだけで、汎も銀河もなんもなく帰っちゃっていたと思うんですよね…もったいないなあ。別に「自分だけはわかった」と通ぶりたいのではありません。でもなんかとにかくもったいないねじれ、ズレを感じたのです。別にもっと真面目にちゃんとやればよかったと言いたいわけではないんだけれど、とにかく二幕のあの微妙な空気は作品にとって不本意だったろうと思えるのです。
 まあ見るよりやりたい作品、みたいな言い方もされているし、それでいいならいいんですけれどね。実際みんなはっちゃけててすごく楽しそうでしたし。前々回公演でリフラフだった岡本健一がエディやスコット博士になるとか(そしてカテコでリフラフになって出てくる)、前回エディだった武田真治がロッキー・ホラーになるとか、古田新太の前に長くフランク・ローリーを演じたROLLYがバンドマスターで参加しているとか、そういうのってすごく素敵だと思いますし、笹本玲奈、ソニンと来ていたジャネットになった昆ちゃんとか、トップアイドルだったことは間違いないけどミュージカル女優としても断然イケるね推せるねってみーちゃんとか、ホント素晴らしかったです。今回お初の三人娘のバランスは完璧だったと思います。一見コドモに見えかねないコンパクトさの昆ちゃんと、長身でスレンダーでモデルばりのスタイルのフランク莉奈と、意外と肉感的なダイナマイトボディの持ち主のみーちゃん。ことにみーちゃんは薄っぺらいアイドル体型じゃないところがよかったし、それで歌えて踊れるんだからホント強いと思いました。ガンガン舞台の仕事するといいと思う。応援する、観に行く! まあそんなわけで、大人が本気がバカやるのがカッコいい、というのは一応伝わっていたかとは思うので、それならそれでいいのかもしれません。
 しかし改めて『怪物くん』ってよくできていたんだなあ、と思うな…異形の者として吸血鬼と狼男とフランケンシュタイン(の怪物)のどれに行くかどれが刺さるか、ってのは嗜好の方向性を計るいい設問なのかもしれません。
 ところでプログラムはめっちゃキッチュでお洒落でしたが、この材質のピンクの紙に青いインクの小さな文字は老眼にはかなりキツかったです…印刷が凸版で笑ったわ。珍しくないですかね?
 神奈川公演は結局中止になったんでしたっけ? 大阪、広島、北九州と回ってファイナル東京が月末まで。どうぞご安全に…!








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