駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

トーヴェ・アルステルダール『海岸の女たち』(創元推理文庫)

2017年07月25日 | 乱読記/書名か行
 「あなた、父親になるのよ」それを伝えたくて、私は単身ニューヨークからパリへ飛んだ。取材に行ったフリージャーナリストの夫の連絡が途絶えて十日あまり。夫からの手紙には、謎めいた写真が保存されたディスクが。ただの舞台美術家だった私は異邦の地でひとり、底知れぬ闇と対峙することになる…北欧の新ミステリの女王のデビュー作。

 北欧ミステリー、流行っていますよね。でもスウェーデンの作家だそうですがこの作品にはスウェーデンはほとんど出てきません。むしろ女の女による女のためのハードボイルド社会派ダークロマン…みたいなジャンルの作品なのかなと思いました。なんにせよ、けっこうつっこみどころが満載でした。
 まず、ヒロインが夫に失踪されたところから物語が始まるのですが、読者はヒロインに感情移入するつもりはあっても、夫のキャラクターは他人なのでピンときづらいと思うんですよ。一応、ふたりがつきあい始めたなれそめとかも語られるんだけれどいかにも短いし、夫はジャーナリストだそうですが危険で面倒そうな取材に勝手に没頭して勝手にいなくなっている気もしてしまって、親身に心配になれないのです。結果、捜索に必死になっているヒロインにも同調しづらくなる、という悪循環。
 さらに、ヒロインが舞台芸術家でかつ妊娠中という設定なのですが、それがほとんど生かされていないので、なんだったの?という気分になります。夫の捜索のためにヨーロッパに渡ってもしょっちゅう仕事のことを考えてしまうとか、ついつい仕事に生かせるものを探してしまうとか、仕事で養った感覚が捜索に生かされる…とかがあれはよかったんでしょうけれど、まるでないので設定以上のものになっていないのです。
 妊娠にしても、急に母性が湧くのはヘンかもしれないけれど、ほとんど頓着していないのはどうなんだろう、という気がしました。精神的には変化がなくても肉体的には負担になっていたりするものなのではないの? でもこのヒロイン、めっちゃワイルドにバイオレンスに動き回るんですよ。ほとんど不自然な気がしました。
 捜索の途中でレイプされてもそれに対する反応がほとんど描かれないし、夫の死が確定してもあまり感情を揺さぶられている様子がないし、黒幕の実業家を復讐の対象としてめっちゃ冷酷に殺害するんですけどとても素人とは思えない手際だし、躊躇したり後悔したりもほとんどしません。リアリティ皆無。
 ヒロインとは別視点で男の死体を発見する少女が語られ、それがタイトルの「女たち」の「たち」の部分でもあるのかなとも思うのですが、彼女がこの事件を通して成長するとかもない。せめて変化くらい描かれるべきではないかと思うのだけれど…?
 さらに、彼女が発見し不法移民だと思った黒人男性の死体が実はヒロインの夫だったわけで、そこには白人女性であるヒロインの夫は当然白人男性でこの黒人男性のはずはない…という思い込みを利用したギミックがあるんだけれど、日本人が読むと不発ですよね。その意外性とかが本当の意味では上手く理解できないからです。アメリカ人もフランス人も同じ白人だし東欧も西洋も同じだしなんなら黒人も白人も外人さんということでは同じだし…という感覚なんだと思うんですよ、少なくとも私はそうです。邦訳に向かない作品だったのではないかしらん?
 ヒロインが復讐をした気になってはいても、もちろん夫は帰りません。夫が追っていた、不法移民を奴隷のように売買している社会問題に関しては解決もされないし、世間的に企業の悪事として暴露もされない、なんにもなっていない。それでいいの? で、ヒロインは嫌っていたであろう故国に逃げ帰るように潜伏して、子供が生まれるのを待つエンディング…って、全然爽快感も達成感もカタルシスもなくないですか? ホントにこれでいいの? 何が描きたかった話なの?とけっこうボーゼンとしました…
 解説によれば事件を通じて自分のルーツと向かい合うヒロインを描いたものだそうですが…私には読み取れませんでした。残念。





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アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』(ハヤカワ文庫)全2巻

2017年01月26日 | 乱読記/書名か行
 凶暴な父によって崩壊した家庭で育ったレオ、フェリックス、ヴィンセントの三人兄弟。独立した彼らは軍の倉庫からひそかに大量の武器を入手し、史上例のない銀行強盗計画を決行する。市警のブロンクス警部は事件解決に執念を燃やすが…スウェーデンを震撼させた、実際の事件をモデルにした迫真のミステリ。

 暴力は連鎖する、とはよく言われますが、痛ましく、でも同じ家庭に育っても生来の性質やいろんな条件での成育が違って、その連鎖から逃れられることもあるし、でも家族であることからは逃れきれない部分もあってまた痛ましくもあり…と、終始眉を寄せながら読みました。みんな幸せになってほしいんだけどなあ…
 実際の事件は大晦日にあったものが、小説ではクリスマスに変更されていて、欧米でのクリスマスというものの存在や意味の大きさにも心打たれました。
 ちょっと突き放したような幕切れもいい。刑事の側に、刑事の家族にどんなドラマがあったのかも全部見せないところもいい。男女のすれ違いの描き方もいい。
 北欧ミステリ、元気ですね。他の作品も読んでみたいと思います。

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村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋)

2017年01月14日 | 乱読記/書名か行
 36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後就職せず、コンビニのバイトは18年目。彼氏なし、日々食べるのはコンビニ食。コンビニこそが彼女を世界の正常な部品にしてくれる…第155回芥川賞受賞作。

 おもしろくて一気読みしました。おもしろい、という言葉はちょっと違うのかもしれないけれど。でも興味深い、とかだとなんか他人行儀というか。
 私にもこういうところはあるし、おそらく作者にもそういう部分はあって、それをこういう作品にきちんと仕立て上げられるから作家なのだろうな、とか考えました。というかみんな、意識的にせよそうでないにせよ、世界とチューニングを合わせて生きている。スムーズに世界の部品になれる人とそうでない人とがいる。部品になる、という言い方がアレなら、世界の一部になる、とか言い直してもいいけれど。
 ヒロインが白羽さんと安易につがいになるような展開でなくてよかったです。そういうことではないと思うので。みんななんとか世界の部品になれたとしても、縄文時代のムラの人間のオスとかメスとかになれるかどうかとかなるべきかどうかとは全然別のことだと思うので。こうして人類が、そして世界が死滅していくのだと思うので。
 ヒロインは簡単に言えばある種の障害が診断されるようなものなのかもしれないけれど、顕在化しているだけではなくてやはり数が増えているのではないかと思います。社会がもっと豊かで贅沢なうちにそこまで寛容が広げられなかったのは、やはりそのころはまだそこまでこの種の少数派がごくごく少数しか存在しなかったからなのではないでしょうか。そして社会が貧しく不寛容になるのと並行して、少数者の顕在化、あるいは拡大化が起きる…
 けれどその数が逆転することはない。サッカーをやる子供の数が野球をやる子供の数を超えました、みたいなものではないから。多数者は多数者であり続ける。でもそれは本当に純粋にたまたま数が多いというだけのことで、それが「普通」であるとか「正常」であるとかとは一切関係がないのです。常に混同されがちだけれどね。
 ヒロインは家族のために「治りたい」「普通を学びたい」と思っていて、コンビニがあればそれが現状ではできている。それでいい、というだけのことが文学作品になってしまうこの世界が恐ろしい。
 でもそれが、私たちの生きている世界なのでした。

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ピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(文春文庫)

2017年01月11日 | 乱読記/書名か行
 カミーユ警部の恋人が強盗に襲われ、瀕死の重傷を負った。一命をとりとめた彼女を執拗に狙う犯人。もう二度と愛する者を失いたくないと、カミーユは彼女との関係を警察に隠して残忍な強盗の正体を追うが…『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』のカミーユ・ヴェルーヴェン三部作、完結編。

 『この女~』がこのミスで話題になって読んで、そこから訳出された順に読んできました。
 三作品ともミステリーとしての趣が少しずつ違っていますよね。今回の作品はある種の著述トリックという意味では『この女~』に近いかもしれません。でもやはりミステリーとしてというより小説として、せつなく、おもしろく読みました。
 私はカミーユが最後まで警察官として行動してくれたことがうれしかったですし、自殺とかして終わるエンディングじゃなくてうれしかったです。まあこのあとどうかはわからないんだけどさ。カミーユはアフネルの妻子を逃がし、アンヌも逃げさせました。アフネルのことはマレヴァルに殺させたけれど、マレヴァルのことは殺さず逮捕しました。それが彼のけじめのつけ方なのだろうなあ、と。女を、愛を知った男はそういう生き方をするのに、そうでない男は…という物語でもあるのかもしれません。
 それぞれ原題は全然違うもののようだけれど、期せずして女名前が揃ったように見えるシリーズ、というのもたいしたものですね。アレックスというのは男女どっちつかずの名前だけれど、いい邦題で印象づけましたからね。
 ほかに中編がいくつかあるだけで、長編としてはこれで完結、というシリーズだそうです。私はルイが大好きなんですけど! 彼の話はないの!?
 …静かに新作を待ちたいと思います。

 

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須賀しのぶ『神の棘』(早川書房)全2巻

2016年12月30日 | 乱読記/書名か行
 1935年、ドイツ。若く優秀な保安情報部員アルベルトは、党規に従い神を棄てた。そして上官からヒトラー政権に反発する国内カトリック教会の摘発を命じられる。一方、アルベルトの幼馴染マティアスは、大恐慌で家族を亡くし、修道士として静かに暮らしていた。道を分かたれたはずのふたりが再び出会ったとき、友情と裏切りに満ちた相克のドラマが幕を開ける…歴史ロマン大作。

 …という裏表紙のリードからも、カバー装画からも、これは精神的BLとして読む物語なんだろうな…と思って臨んだのですが、どうにもメインキャラクターのふたりに愛嬌が欠けていて親近感が持てず、ドラマとしてもそこまで盛り上がらず、ストーリー展開も歴史を追う部分が多くてちょっと教科書チックで、中盤はかなり退屈しました。
 最後の最後である種のギミックが明かされ、やっぱりこのふたりのドラマが描きたかったんじゃん、とは思ったのですが、それがうまく表れていなかったような…そんな印象でした。
 ふたりを通して、愛とか祈りとか許しとか罪とか、神とか政治とか国家とか民族とかのねじれやぶつかりを描きたかったんでしょうが、残念ながら力足らずというような…そんな印象でした。
 でも人気がある作家さんですよね。いくつか読んではいますが、他の作品も機会があれば読んでみたいです。

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