平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
横内川通船一件控え帳 7 - 駿河古文書会
昨日の続きである。
廿二日、曇天、夕方小雨降る
御城水落より上土まで、水盛杭改め置き候
廿三日、曇天
御普請役大塚唯一郎様、御壱人にて、水落より上土まで、水行きの御見分成られ候、当村御案内源吾、沓谷村御休みにて仰せ聞けられ候は、村々高反別、家数、人別、取り調べ、掘り坪の積み立ても致し、差し出すべき旨、仰せ付けられ候に付、昼後沓谷村へ出会仕り候
廿四日、天気
御勘定御組頭、佐藤重兵衛様、御普請役、大塚唯一郎様、昨日の通り、水落より上土まで、水行きの御見分成られ候、右出役先へ上土にて、書付差し出し申し候、書付左の通り
土坪(どつぼ)掘り勘定
深さ三尺、掘り壱坪 賃銭壱貫文掛り
深さ四尺より六尺まで、掘り壱坪 賃銭壱貫五百文掛り
右の通り、積み立て差し上げ申し候
六月廿八日、天気
御勘定御奉行、跡部能登守様、難波屋へ御着、最寄り村々一同、御機嫌伺いに罷り出候、丹平方に出会
廿九日、天気
御普請役、渡辺宇一郎様より急廻状到来に付、拝見仕り候処、明朔日、御勘定奉行、跡部能登守殿其外一同、御見分のため、罷り越し候に付、井筋見合い置きたく、早々村役人罷り出案内致すべき様これ有り候に付、村役人一同、早速罷り出、御案内仕り、古川、新川相分かり候様、笹竹を立て、紙を付け置き候、その上、先だって水盛り致し候杭相改め、審(つまび)らかに致し置き候
七月朔日、天気
跡部様その外、御勘定、御普請役様方一同、御代官様並び御手代、相沢様、石黒様、町与力同心御一同、御越し御見分遊ばされ候、横内下、あらやより御立ち帰り成られ、水落の左右、御分見成られ候、それより上土まで御見分遊ばされ、上土、御昼弁当、昼過ぎ、浅畑沼まで、御入らせ遊ばされ、八つ過ぎ御帰り、耕地境まで御見送り仕り候、夕方、久左衛門、御陣屋、相沢様、石黒様へ御肴持参、御伺いに罷り出候処、相沢様より仰せ聞けられ候は、明日一同、巴川通りへ、罷り越し候に付、その段、道筋へ通達致すべく候処、触れ落ちに相成り候間、手前より通達致すべき旨、仰せ付けられ候に付、帰り掛け横内町へも、その段申し置き、下足洗、沓谷へも手紙差し出し置き候
二日
御勘定奉行様外、御一同、明六つ時、御通り遊ばされ候に付、横内下より、久左衛門、三右衛門、義兵衛、三人にて、御案内仕り候
同日、大塚様、石川様御出にて、横内上、御積り替えの処、御分見成られ候に付、急に呼び立てられ、人足弐人、召し連れ、昼前相掛け、左右共水落よりあらやまで分見相済み候、来迎院門前間数、拾間、それよりあらや井川取り付けまで、百四拾一間、人足、豊八、勘四郎、半日
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