書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

『科学の名著』 2 「中国天文学・数学集」

2011年01月31日 | 自然科学
 収録文献は「劉徽注九章算術」(川原秀城訳)、「周髀算経」(橋本敬造訳)、「霊憲」(橋本敬造訳)、「渾天儀」(橋本敬造訳)、「晋書天文志」(橋本敬造訳)。

 中国では論証的な幾何学がまったく発達しなかった。論証幾何学はギリシア数学の大きな成果であって、西暦前三世紀のユークリッドの『幾何原論』に展開された。定義、公理、公準より出発し、その基礎の上に立って定理の証明が行なわれる。一九五三年のころアインシュタインは次のような手紙を書き送った。
 「西洋科学の発展は二つの大きな成果に本づいている。すなわちギリシア哲学者による形式論理の体系の発明(ユークリッド幾何学に見られる)と系統的な実験による原因・結果の関係をみつける可能性の発見(ルネサンス期における)である。私の考えでは中国の賢人たちがこの順序を踏まなかったことに驚く必要はない。驚くべきことは、これらの発明がすこしもなされなかったことである。」
 中国で近代科学が発達しなかった理由の一つとして、アインシュタインは論証幾何学が存在しなかったことを挙げている。
 (藪内清氏の解説「中国の数学と天文学」本書19頁)

 太字は引用者による。この太字部分は、林思雲氏が『新・中国人と日本人 ホンネの対話』(日中出版 2010年11月)で引用されたアインシュタインの発言と同じ箇所であろう。ただ、林氏の引かれた中国語訳からの引用文は、最後の部分が異なって、「驚くべきなのは、近代科学が西洋で誕生しえたことこそなのだ」となっている。

 「西洋科学の発展は、ふたつの偉大な達成の上に築かれている。それは、ギリシャ哲学家の発明した形式論理体系(ユークリッドの幾何学における)と、系統的な実験を通して見いだされた因果関係の発見(ルネサンス時期)である。中国の賢人たちは、この二つの道を歩まなかった。中国に近代科学が生まれなかったのは驚くに当たらない。驚くべきなのは、近代科学が西洋で誕生しえたことこそなのだ」(『アインシュタイン文集』、中国語版、商務印書館、一九七六年から)
 (林思雲「総論 中国人の思考様式」、同書257頁、金谷譲日本語訳。太字は引用者)

 どちらか、あるいは両方が間違っている。「双方意訳」で収まる範囲内ではない。

(朝日新聞社 1980年11月)