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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

「王侯将相いくんぞ種あらんや」の意味は?

2017年01月28日 | 思考の断片
 吳廣素愛人,士卒多為用者。將尉醉,廣故數言欲亡,忿恚尉,令辱之,以激怒其眾。尉果笞廣。尉劍挺,廣起,奪而殺尉。陳勝佐之,并殺兩尉。召令徒屬曰:「公等遇雨,皆已失期,失期當斬。藉弟令毋斬,而戍死者固十六七。且壯士不死即已,死即舉大名耳,王侯將相寧有種乎!」 (『史記』「陳涉世家」テキストはこちらから)

 呉広(と陳勝)は、どういうつもりで「王侯將相寧有種乎」と言ったのか。やはりすくなくとも結果の平等ではあるまい。

参考
 ①平等_词语「平等」解释_平等 的解释 - 汉语大词典 - 国学大师
 ②本ブログ2015年12月26日「『一寸の虫にも五分の魂』と『匹夫不可奪其志』の差

杜牧「江南春」の“多少”の語について

2016年12月03日 | 思考の断片
 杜牧  江南春

 千里鶯啼綠映紅
 水村山郭酒旗風
 南朝四百八十寺
 多少樓臺煙雨中


 この絶句をいま白文で卒然と読んで、最後の“多少”は疑問詞ではないのかと疑った。
 高校で習った以来の訓読では、「多少の楼台煙雨の中(うち)」、すなわち平叙文として、「多少」を「多くの」という意味に取っている。
 そこで、先日購って積読にしていた松浦友久・植木久行両先生編注の『杜牧詩選』(岩波書店 2004年11月)をさてこそと披いてみた。
 「江南春」は劈頭の第一首である。同首のくだんの第四句結句は、「多少の楼台煙雨の中」と、訓読こそ同じながら、現代日本語訳では、「どれほどの数の楼台がおぼろに霞んでいることか」と、疑問文に解してある。ただしその後の語釈では、この「多少」について、

 疑問詞『どれくらいの』が基本義であるが、ここでは派生義としての『多くの』のニュアンスをあわせもつ。

 とあって、そうかと教えられた次第。少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

研究者と運動家の棲む世界の違いについて

2016年11月24日 | 思考の断片
 運動家は、おのれの理想を実現するために行動を行う人である。その行動によって働きかける対象たる現実の現状(=事実)認識は一過程にすぎない。認識を決定したうえで本来の活動に取りかかるわけである。現実や事実は、彼らの行動の基礎であるけれども、それは同時に、土台にすぎないと言ってもいい。当然その認識作業は一定の時と処で止まる。行動へと移るに十分と判断された段階でである。あるいはあらかじめ定められた理想、もしくは行動決定の結論を裏付けるに必要にして十分との認識が得られた時点でである。
 だがそれは必ずしも客観的な現実や事実とは一致しない。
 こう考えれば、たとえば、私の領域から例を引けば、アムドを青い梅と書くというのもその現れと解釈できる。青い海であろうが青い梅であろうが、そんなことはたいした問題ではないだろう。あるいはウイグルという民族名を地名に使おうと、あるいは東トルメキスタンとか東トルクメニスタンとか果てはウルグアイとかと呼ぼうと、それはたんにシニフィアンの間違いであって、シニフィエを正しく指しているのであるからなんの問題もないのである。かの人々にいわせればじつに些末な問題であろう。私も彼らの立場に身を置けば、それが実体として何を指しているかが明らかならば、名称の言い間違い憶え間違いなど、まさに重箱の隅をつつく類いの、大局とは関係のない、つまらない揚げ足取りだと思うであろう。
 ただここで、個人的に同時に、少しく思うのである。そのシニフィエとレフェランの同一不同一を考えるべきではないかと。だがこれは研究者が思索する問題あるいは担当する領域であって、運動家のそれではなく、彼らの責でもない。

陽明学の“良知”は、ロシア語のблагоразумие、英語のprudenceと訳すことができるかもしれない

2016年08月26日 | 思考の断片
 Благоразумие — Википедия

  Благоразу́мие — качество личности, группы, позволяющее выбирать правильные средства и действовать сообразно c целью достижени собственного блага, счастья. (下線は引用者、以下同じ)

 Prudence - Wikipedia

 Prudence (Latin: prudentia, contracted from providentia meaning "seeing ahead, sagacity") is the ability to govern and discipline oneself by the use of reason.


Yijie Tang, Zhen Li, George F. McLean, eds., "Man and Nature: The Chinese Tradition and the Future"

2016年07月31日 | 思考の断片
 ここで全巻読めるが、いつもながら何か根本的な違和感を覚える。これは現代史と地域研究を除く英語のシノロジー全般について感じることだ。
 少なくとも私が平素より見知っている、あるいはいま取りあえず原文を確認できるかぎりの紹介史料の英訳が、私の解釈とはそのニュアンスが――ときに論旨においてさえ――、異なっているからだ。それらが英語として正しいのは彼ら英語圏のシノロジストにとって当然である。しかしそのアルファベット表記の名前から判断して、この論集には漢語を母語とするはずの中国系の研究者も参加・寄稿しているのに、この差異を依然感じる。とすれば、問題は、研究者各人のテキスト読解の巧拙深浅の次元にではなく、ある言語を、それとは文化も思考様式もことなる別の言語に完全に翻訳するという、この段階における、その持つ根本的な困難もしくは不可能性というところにあるのではないか。

(Council for Research in Values & Philosphy, July 1989)

『国学大師』 「盡性_詞語「盡性」解釈_盡性 的解釈 - 『漢語大詞典』 」を見て

2016年07月29日 | 思考の断片
 「盡性_词语「盡性」解释_盡性 的解释 - 汉语大词典- 国学大师」http://www.guoxuedashi.com/hydcd/328897h

 わりあい最近出版された東アジア研究(主として中国・日本の歴史・概念史の横断的研究)の大著(論集)で、この「盡性」を「ものごとの本質を究明すること」と、現代日本語に翻訳している例(一論考)を見た。だが本当にそれで良いだろうかと、やや疑問に思った。
 具体的には龔自珍「江子屏所箸書序」の一節である。

 聖人之道,有製度名物以為之表,有窮理盡性以為之裏,〔後略〕 (テキストはWikisourceから)

 龔は清人であり、明清時代ならば、そして人によっては、この意味で使うことはあり得るとは、私個人にはある考えがあって、そう思う。だから龔自珍はあるいはそうかもしれない。しかし、テキストの解釈と翻訳においては、まず踏まえるべきは、その語彙本来の意味であろう。「盡性」は本来、『漢語大詞典』にも挙げられているように、“《禮記•中庸》「唯天下至誠為能盡其性,能盡其性,則能盡人之性,能盡人之性,則能盡物之性」”である。鄭玄はここに、「盡性者,謂順理之使不失其所也。」と注するが、べつに鄭注に頼らずともよい。この“性”が、各人のもつ取り柄・実際的な能力や、世間のものごとのあるべき状態というほどの意味であるらしいことは、テキストそのものの文脈から窺える。つまり具象であり現象である。本質ではない。

『説文解字』の「从」の字の訓読について

2016年07月17日 | 思考の断片
 同書の「説解」にある「从(従)」という語を、普通は「従う」と依順の意味に取る。だがこれを「従(よ)りす」と由来を示す用法と見て、そう読んだらいけないのだろうか。例えば「照」という字を、許慎は「从火昭聲」と解釈するが、これを、「火よりす。昭の聲なり」と訓じるのはだ。

「一寸の虫にも五分の魂」と「匹夫不可奪其志」の差

2015年12月26日 | 思考の断片
 「一寸の虫にも五分の魂」の中国語(漢語)における同様の含意をもった諺(成語)はあるかとネットで検索してみた。「匹夫不可奪其志(匹夫もその志を奪うべからず)」(『論語』「子罕」篇)を見出した。これはそうかもしれぬと思った。
 だが、この言葉はどうやら人間個人個人の尊厳を述べたもので、「一寸の虫にも...」にはやや含まれているように思える、人間の平等を言ったものではなさそうである。
 この点に関しては、「王侯将相寧有種乎(王侯将相寧んぞ種有らんや)」のほうが、比べれてみればまだ近いかもしれない。だがこの言葉は、万人の平等を求めるのではなく、自分(達)とそれ以外の人間の不平等を好しとする主張である。己は特別・例外なのである。ここにおいて、その考え方は自身が敵として倒そうとする相手となんらかわらない。同じ人物が言ったとされる「燕雀安知鴻鵠之志哉(燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや)」からも、そのことは推察できる。

『論語』の中、二つのくだりの「思」という語について

2015年11月01日 | 思考の断片
(一)

 1)子曰:「學而不思則罔,思而不學則殆。」「為政」篇2-15
 2)子曰:「吾嘗終日不食,終夜不寢,以思,無益,不如學也。」「衛霊公」篇15-31

 この「思」はどういう意味だろう。『十三経注疏』では、どちらの箇所も、ここの「思」の語に関して特に注釈はない。
 『爾雅』「釋詁」には、

 悠,傷,憂,思也,懷,惟,慮,願,念,惄,思也。

とある。この説明は、「思」は「悠,傷,憂」、また「懷,惟,慮,願,念,惄」の諸語において共通する概念(内包)は「思」という意味であるのか、それとも後者「思」の類義語(いわば外延)がこれら諸語という意味であるのか。
 『説文解字』の「思部」には、  
 
 思:容(䜭)也。从心囟聲。凡思之屬皆从思。

と解釈してある。 では「䜭」は何かというと、段注は、同書「谷部」の

 䜭:深通川也。从谷从𣦵。𣦵,殘地;阬坎意也。

を根拠に、「凡ぞ深く通ずるは皆な䜭と曰う」と主張する。「之を思と謂うは其の能く深く通ずるを以て也」。つまり段玉裁は䜭を思の内包、思を䜭の外延と考えているわけだ。
 ということは、『説文解字注』の解釈と『爾雅』の本文が内容的に互いに齟齬を来すと考えない限り、『爾雅』において「思」の解釈として列挙される諸語彙は、「思」もふくめて、類義語ということになる。そして、『爾雅』とは字句の解釈や定義のない、完全なシソーラスであるということになる。だがそれで正しいのだろうか。(?)暫く自らの意見に疑いを存す。

(二)

 揚雄『方言』「第一」に、

 鬱、悠、懷、惄、惟、慮、願、念、靖、慎,思也。晉宋衛魯之間謂之鬱悠。惟,凡思也;慮,謀思也;願,欲思也;念,常思也。東齊海岱之間曰靖;秦晉或曰慎,凡思之貌亦曰慎,或曰惄。

とあるが、これはかなり分析化が進んでいる。「思」を類義語中の一ながらそれらの共通の基礎的概念として抽象化しているようでもある。その揚雄によって抽象化された「思」の内包と、まさに重なる内包をもつ具体的な語彙が、「惟」(また方言の「慎」と「惄」)であるらしい。
 『康煕字典』を引いてみる。「心部」五(劃)に、

《六書總要》念也,慮也,繹理爲思。又願也。

とある。『六書總要』とはどういう書物か調べてみたら、明代の字書らしい。呉元満撰。検してみるに、たしかにそう書いてある。
 この書は四庫全書にも入っている。『総目提要』では、「大抵出於杜撰、又往往自相矛盾」とあって、手厳しい。ちなみにこの、文言文での“(自相)矛盾”という言葉は「一つの事柄についてそれぞれの人や場合で言われることが異なってばらばらである」あるいは「事実と違う」というほどの意味で、後世の漢語が獲得した、矛盾原理(Aは非Aでない)におけるcontradictの意味ではない。

(つけたり)


 富平美波「明末の文字学者呉元満の著作と周辺の人々 [万暦〕『歙志』の呉元満伝から」(『山口大学文学会誌』42、1991/12、45-62頁)によれば、万暦37(1609)年刊の『歙志』や清道光7年(1827)刊の『徽州府志』に呉元満の詳細な伝がある由。富平論文では前者から全文が引用・翻訳されている。それによれば、彼は生まれつき隻眼(畸目)であったが、学問にひいで、とくに対象の緻密かつ根源的な追究が得意だったらしい。子供のとき塾に入ったが、そこの教師が古典の原文を伝来の注釈の句読どおりに音読することしか教えなかった、そこで呉は一字一字の意味とどうしてそう解釈できるのかを訊ねていったら先生は答えられなかった、それで塾をやめたとある。「元満以畸目而為畸人也」と、万暦『歙志』伝では、外には見えない伝の編者の評語が、最後に付される。同論文では彼の学問的業績についても言及があるが、小学に疎い私には残念ながらよくわからない。

『大学』「伝三章」を読んで

2015年06月15日 | 思考の断片
 ここにある「詩云、邦畿千里、惟民所止。詩云、緡蛮黄鳥、止于丘隅。子曰、於止、知其所止。可以人而不如鳥乎」の最後の句、「人を以てして鳥に如かざるべけんや」は、人と鳥とを区別し、のみならず人を鳥よりも優位に置くわけであるが、その線引きの基準はなにか。