谷脇理史氏の「西鶴と西鶴以後」。野間光辰氏の説を「通説」とし、同氏と暉峻康隆氏の諸研究とを紹介している。中村幸彦氏と森銑三氏の説および関連研究には両氏の名も含めて触れていない。評価を伺いたかったので個人的には残念に思った。
我が国の、漢語あるいは漢字に引きずられた日本語と漢語的世界観で編む類書は、伝統中国における類書の分類を基本そのままにつかう一方で(下部分類で修正や追加はあるものの)、和名を掲げ和文(漢語を使おうとおそらく書き手の意識においては)で編まれた類書類では分類が「い、ろ、は」(それぞれ下部分類は漢語類書のそれになるとはいえ)となるのは何故か、誰か研究された先達はおられるのだろうか。
https://en.wikipedia.org/wiki/Chinese_character_classification#Simple_ideograms
「指事」の説明。
Ideograms (指事 zhǐ shì, "indication") express an abstract idea through an iconic form, including iconic modification of pictographic characters. In the examples below, low numerals are represented by the appropriate number of strokes, directions by an iconic indication above and below a line, and the parts of a tree by marking the appropriate part of a pictogram of a tree. ('1.2 Simple ideograms')
なるほど。日本語でも「『指事』文字は抽象的な概念を示す」という説明をときに目にするが、例えば「上」と「下」は方向もしくは位置関係で、そのものを指でさせるから、まだ具体的な実体がある。完全な抽象とはいえない。生乾きiconicの抽象である。さらに言えば「本」は木の幹あるいは根、「末」は木の秀つ枝が原義だというが、それなら抽象名詞ではなく、すくなくとももともとは「本体」「末端・表層部分」を示すための比喩ではないか。表現する対象は抽象的概念であるかもしれないが、表現に用いた語自体の意味は具象的である。
「指事」の説明。
Ideograms (指事 zhǐ shì, "indication") express an abstract idea through an iconic form, including iconic modification of pictographic characters. In the examples below, low numerals are represented by the appropriate number of strokes, directions by an iconic indication above and below a line, and the parts of a tree by marking the appropriate part of a pictogram of a tree. ('1.2 Simple ideograms')
なるほど。日本語でも「『指事』文字は抽象的な概念を示す」という説明をときに目にするが、例えば「上」と「下」は方向もしくは位置関係で、そのものを指でさせるから、まだ具体的な実体がある。完全な抽象とはいえない。生乾きiconicの抽象である。さらに言えば「本」は木の幹あるいは根、「末」は木の秀つ枝が原義だというが、それなら抽象名詞ではなく、すくなくとももともとは「本体」「末端・表層部分」を示すための比喩ではないか。表現する対象は抽象的概念であるかもしれないが、表現に用いた語自体の意味は具象的である。
『孟子』の「告子篇」に「凡て類を同じくする者は挙げて相い似たり」とあるが、これは今の観念でいえばトートロジーで、相い似た者を類を同じくすると称するのだから当たり前である。それにしても同篇には詭弁強弁にしか思えない論法が目立つが、これらは当時の人にはどう受け取られていたのだろう。
2017年8月7日05時00分。
はつらつと白球を追う球児の姿は、全国どこであっても、人々を勇気づける。高校野球のもつそんな不思議な力を、大会を通じてかみしめたい。
社会のいろいろな局面で、建前と本音(実際の言動)が異なるどころか、場面によって、ことによったら同一人物(自然人・法人どちらも)においてさえ、それぞれ言と言、動と動とが、たがいに平気で矛盾しはじめしているように見える。decompositionと名づくべきか。
たしかカレル・チャペックの短編に、人は状況や局面によって性格(人格)が変化し(入れ替わり)、それが人間の常態であるさまを描いてゆく作品があった。そうかもしれず、だとすれば私の感じる情況は、人々がそれを隠そうとしなくなったというだけのことかもしれない。人格の統一こそが建前だと。
はつらつと白球を追う球児の姿は、全国どこであっても、人々を勇気づける。高校野球のもつそんな不思議な力を、大会を通じてかみしめたい。
社会のいろいろな局面で、建前と本音(実際の言動)が異なるどころか、場面によって、ことによったら同一人物(自然人・法人どちらも)においてさえ、それぞれ言と言、動と動とが、たがいに平気で矛盾しはじめしているように見える。decompositionと名づくべきか。
たしかカレル・チャペックの短編に、人は状況や局面によって性格(人格)が変化し(入れ替わり)、それが人間の常態であるさまを描いてゆく作品があった。そうかもしれず、だとすれば私の感じる情況は、人々がそれを隠そうとしなくなったというだけのことかもしれない。人格の統一こそが建前だと。
同項の「孟子曰、天下之言性也、則故而已矣。故者以利爲本。所惡於智者、爲其鑿也」の条の解釈は面白い。
はっきり言ってこのくだりをそう解釈するのは無理と思う。だがそれよりも、紀元前4-3世紀の孟子の言を約1500年隔てた後の世の朱子がそう解釈したというのが面白いのである。
性者、人物所得以生之理也。故者、其已然之跡。若所謂天下之故者也。利、猶順也。語其自然之勢也。言事物之理、雖若無形而難知、然其發見之已然、則必有跡而易見。故天下之言性者、但言其故而理自明。猶所謂善言天者、必有驗於人也。然其所謂故者、又必本其自然之勢。如人之善、水之下、非有所矯揉造作而然者也。若人之爲惡、水之在山、則非自然之故矣。
そして20世紀の武内義雄御大は『孟子』原文のここの「利」(故者以利爲本)は「智」と改めるべしと言い、継いで金谷治師は同じくここの「故」を、「過去の事実」ではなく、『淮南子』(紀元前2世紀成立)に見える用例をもとに、「理性」であるとした。折々の解釈の変遷と、そして解釈そのものが、逆に、解釈する側を映し出す鏡となっているかのようで、じつに興味深い。さらに山田慶児先生は、孟子が「鑿」と表し朱子が「穿鑿」と敷衍したなにごとかを、「理性」を用いて分析し推論することとされるのである(「中国の文化と思考様式」『混沌の海へ』筑摩書房1975/10所収)。
はっきり言ってこのくだりをそう解釈するのは無理と思う。だがそれよりも、紀元前4-3世紀の孟子の言を約1500年隔てた後の世の朱子がそう解釈したというのが面白いのである。
性者、人物所得以生之理也。故者、其已然之跡。若所謂天下之故者也。利、猶順也。語其自然之勢也。言事物之理、雖若無形而難知、然其發見之已然、則必有跡而易見。故天下之言性者、但言其故而理自明。猶所謂善言天者、必有驗於人也。然其所謂故者、又必本其自然之勢。如人之善、水之下、非有所矯揉造作而然者也。若人之爲惡、水之在山、則非自然之故矣。
そして20世紀の武内義雄御大は『孟子』原文のここの「利」(故者以利爲本)は「智」と改めるべしと言い、継いで金谷治師は同じくここの「故」を、「過去の事実」ではなく、『淮南子』(紀元前2世紀成立)に見える用例をもとに、「理性」であるとした。折々の解釈の変遷と、そして解釈そのものが、逆に、解釈する側を映し出す鏡となっているかのようで、じつに興味深い。さらに山田慶児先生は、孟子が「鑿」と表し朱子が「穿鑿」と敷衍したなにごとかを、「理性」を用いて分析し推論することとされるのである(「中国の文化と思考様式」『混沌の海へ』筑摩書房1975/10所収)。
『比喩論』といったふうの題名の本を借りてきた。題は普遍的だが中は日本語の比喩についてである。しかし冒頭示される問題意識も章立てで示される方法も、言語は共通の性質を有する存在で、たまたま今回は対象が日本語であっただけという感じである。もしかしてこの著書自体が提喩か換喩としての実例展示なのであろうか。まさか。
或曰:“天道无亲,常与善人。”若伯夷、叔齐,可谓善人者非邪?积仁絜行如此而饿死!且七十子之徒,仲尼独荐颜渊为好学。然回也屡空,糟糠不厌,而卒蚤夭。天之报施善人,其何如哉?盗蹠日杀不辜,肝人之肉,暴戾恣睢,聚党数千人横行天下,竟以寿终。是遵何德哉?此其尤大彰明较著者也。若至近世,操行不轨,专犯忌讳,而终身逸乐,富厚累世不绝。或择地而蹈之,时然后出言,行不由径,非公正不发愤,而遇祸灾者,不可胜数也。余甚惑焉,傥所谓天道,是邪非邪? (テキストはこちらから)
司馬遷は、何をもってか「公正」と謂った?
参考:
公正_词语「公正」解释_公正 的解释 - 汉语大词典 - 国学大师
司馬遷は、何をもってか「公正」と謂った?
参考:
公正_词语「公正」解释_公正 的解释 - 汉语大词典 - 国学大师