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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

月本洋 『日本語は論理的である』

2018年01月31日 | 人文科学
 出版社による紹介

 「日本語にも形式論理と同じ、あるいはそれに近似・類似する論理の形式を見出すことができる」ではなく、「日本語の論理の基本は形式論理である」という主張。もちろん独自の点がみとめられるという但し書きを付けて。
 江戸時代末期から明治後「低レベルな英文法」に日本語文法が範を取ったという、その英語の論理が主体の論理(述語の部分の論理)であるのにたいして、日本語のそれは命題論理であるという、比較と指摘も。

(講談社 2009年7月)

ヴェーバー著 内田芳明訳 『古代ユダヤ教』

2018年01月28日 | 人文科学
 これは、どうなのだろう。只今の研究水準からして。発表・出版されてからほとんど1世紀が経過している。
 たとえばの話だが、石田友雄『ユダヤ教史 聖書の民の歴史』(山川出版社 2013年5月)では、その副題が示すように、前者の(比較)宗教社会学にたいし後者は(宗教)史学という、専門の違いもあろうが、“基本的・代表的な書籍(の一部)”とする「参考文献」欄にさえヴェーバーのこの著の名は挙げられていない。

(みすず書房 1985年9月新装版)

市川伸一 『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』

2018年01月20日 | 人文科学
 出版社による紹介

 推論のうちの帰納では、そのメカニズムにおいてその個人のもつカテゴリー構造に関する知識が重要な役割を果たすという指摘がなされている(「第3章の2 帰納的推論とカテゴリー構造」)。同じカテゴリー内のひとつの事例に関して認められる事実もしくは法則が、では同じ構造内のべつの事例にも適用できるのではないか、あるいは適用できるだろう、というふうに、帰納は働く。そしてその前提となる事例群のカテゴリー構造内における“典型性”の程度(被覆度)が、結論への確信度の程度へと繋がるとする。
 ではカテゴリー構造が異なれば、帰納の働き方は異なってくることになる。もし鳥と獣とを同一カテゴリーに括る考え方もしくは文化があるとすれば(古代の中国ではそういう考え方があった)、帰納の前提となる事例群と、そして帰納の結果見出される法則は、現在の鳥と獣両方にまたがることになる。

(中央公論新社 1997年2月)

ウィキペディア「概念メタファー」項

2018年01月19日 | 人文科学
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E5%BF%B5%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC

 自分のわかる英語版ロシア語版もあわせて覧てみたが(その前に参考文献欄の文献は2件を除きすべて目を通している)、私に言わせれば英語圏以外でのこの理論は核心部に鬆が入っている。これではconceptual metaphorの翻訳概念にすぎない。
 中文版がないのが残念だ。あって、もし内容が日・露語版と同じだったら、「それでは『史記』項羽本紀の「夫搏牛之虻不可以破蟣虱」の比喩のメカニズムは解明できまい」と言うところだ。

箱田裕司/都築誉史/川畑秀明/萩原滋 『認知心理学』

2018年01月18日 | 人文科学
 出版社による紹介

 1昨年院生対象に行った講義・演習テーマの続きで閲読。
 認知心理学自体、disciplineとしては若い分野らしいが、そのせいもあってか、自身および心理学全体としてのschemeやpremiseに疑問を呈しているところが、共著のせいもあろうが相互の齟齬というかたちで現れていて、非常に興味深い。

(有斐閣 2010年6月)

コトバンク 「文選読み」(其の二)

2018年01月12日 | 人文科学
 2017年12月15日「コトバンク 「文選読み」」より続き。

 金文京先生の『漢文と東アジア訓読の文化圏』(岩波書店 2010年8月)によれば、文選読みに類した漢文の訓読方法(自国語で漢語を解釈しつつ読み下す)は、韓国にもあり、たとえば『千字文』の読み方がそうである由。ただし我が国のそれとは訓・音の順が基本逆で、ハングルによる訓→漢字音となる。同書「第2章ー1 朝鮮半島の訓読」、98頁。
 朝鮮における訓読は新羅時代からあり、その事実を踏まえて金先生は、日本の訓読という漢文の読解形式は新羅から仏教とその経典とともに伝わったものである可能性を、同書において指摘しておられる。

漢語「一步一个脚印儿」 weblio

2018年01月12日 | 人文科学
 https://cjjc.weblio.jp/content/%e4%b8%80%e6%ad%a5%e4%b8%80%e4%b8%aa%e8%84%9a%e5%8d%b0%e5%84%bf

 ロシア語訳で"один след на каждый шаг (обр. в знач.: твёрдым шагом, уверенно, твёрдо, решительно)"と2段階(カッコの前と後)に分けて訳してあるのが面白い。カッコの前は漢語の直訳もしくは漢字のほぼ逐語訳であり、後は、その旨明示してあるように、ロシア語において該当する語彙表現への翻訳である。4種類ある。それを看ていると意訳とはなんぞやということを考えさせられて愉快である。
 このロシア語訳は、一条兼良の『和秘抄』における『源氏物語』に対する注釈と相似している。
 『和秘抄』の注釈は、その内容から、凡そ以下の3種に分けることができる。

 ①兼良の時代には使われない古語を兼良当時の現代語で解釈し言い直す
 ②同じく古代の事物を現代語で説明する
 ③同じく古代の事物を相当する当時の事物に言い換えることで説明に替える。
 (拠ったテクストは中野幸一編『源氏物語古註釈叢刊』2(武蔵野書院1978/12)収録のそれ)

 ①漢語をロシア語で解釈し言い直す(これが直訳に相当):один след на каждый шаг
 ②漢語をロシア語にある語彙(と概念)で説明する:уверенно, твёрдо, решительно
 ③漢語世界の事物の概念をロシア語世界で相当する事物のそれに言い換えることで説明に替える:твёрдым шагом