お元気でいらっしゃいますか? 世の光の榊原 寛(ひろし)です。
今日は読売新聞の子どもの歌のコーナーに寄せられた学校という題の詩を紹介しましょう。茨城県
阿見町本郷小学校3年生、浅野ともゆき君です。
学校が好き。
学校の給食が好き。笑顔が好き。
友だちが好き。みんなが好き。先生が好き。
学校がやっぱり一番好き。
この、ともゆき君の詩にですね、川崎ひろしさんは、世の中をパッと明るくする詩です、とコメントを寄せていらっしゃいました。私もこの詩を読んで、思わずニコッとしてしまいました。そして考えました。私たちはともゆき君と違って、嫌い嫌いと言って生活しているんじゃないかなあと、そんな風に思ったんですねえ。
物事もそうですが、人間関係もそぅ。嫌いです嫌いです。嫌です嫌ですと、こう言っていたら、いい仕事もできませんし、いい友だちもできませんよね。すべての人間関係は壊れてしまいます。しかし、好きです好きですと、前向きに取り組めば、きっと向こうから楽しさや幸せがやってくるに違いありません。
初めの内はですね、好きです、やっぱり嫌いですなんて、行ったり来たりするかもししれませんね。初めの内は、ぎこちないかもしれません。でも、どうでしょうか。芝居の台詞を言うつもりでですね、頑張ってみたら。するとごく自然体で相手や物事に、好きです好きです、と向かうことができるんじゃないかなって思うんです。
旧約聖書のイザヤ書43章の4節というところには、神様の私たちへのお心が示されています。「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
私たちはどこから見られても、どう考えられても、嫌いです嫌いです、と言われるような存在の一人のように思えてなりません。しかし神様は、ここでですね、好きです好きです、と私たちのことをおっしゃっておられるんですね。しかも、「あなたは高価で尊い」と言うんです。確かにあなたは能力を持っていて、役に立つ人物のお一人に違いないでしょう。しかし神から見て私たちはどう映っているんでしょうか。わがままがあり、自分勝手があり、互いに憎しみや妬みを持ち、時には嘘もつき、騙しもする、嫌われる存在ではないかなあって思います。そんな私を神様は百も承知でですねえ、好きです好きですとおっしゃって、私たちを愛してくださっているんですよねえ。
ですから、この神様の愛を、キリストによって経験します時にですねえ、私たちも好きです好きですと神様を愛し、キリストを愛し、また人に向かっても、好きです好きですって人を愛することが始まるんじゃないだろうかと思うんです。いかがでしょうか。はじめは台詞だとおもって、あなたの身近な人に、あなたは私の目に高価で尊い!、なんて言ってみたらどうでしょう。あなたは私になくてはならない人なのよ!、と言ってみたらどうでしょう。
(PBA制作「世の光」2004.11.18放送でのお話しより)
今日は読売新聞の子どもの歌のコーナーに寄せられた学校という題の詩を紹介しましょう。茨城県
阿見町本郷小学校3年生、浅野ともゆき君です。
学校が好き。
学校の給食が好き。笑顔が好き。
友だちが好き。みんなが好き。先生が好き。
学校がやっぱり一番好き。
この、ともゆき君の詩にですね、川崎ひろしさんは、世の中をパッと明るくする詩です、とコメントを寄せていらっしゃいました。私もこの詩を読んで、思わずニコッとしてしまいました。そして考えました。私たちはともゆき君と違って、嫌い嫌いと言って生活しているんじゃないかなあと、そんな風に思ったんですねえ。
物事もそうですが、人間関係もそぅ。嫌いです嫌いです。嫌です嫌ですと、こう言っていたら、いい仕事もできませんし、いい友だちもできませんよね。すべての人間関係は壊れてしまいます。しかし、好きです好きですと、前向きに取り組めば、きっと向こうから楽しさや幸せがやってくるに違いありません。
初めの内はですね、好きです、やっぱり嫌いですなんて、行ったり来たりするかもししれませんね。初めの内は、ぎこちないかもしれません。でも、どうでしょうか。芝居の台詞を言うつもりでですね、頑張ってみたら。するとごく自然体で相手や物事に、好きです好きです、と向かうことができるんじゃないかなって思うんです。
旧約聖書のイザヤ書43章の4節というところには、神様の私たちへのお心が示されています。「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
私たちはどこから見られても、どう考えられても、嫌いです嫌いです、と言われるような存在の一人のように思えてなりません。しかし神様は、ここでですね、好きです好きです、と私たちのことをおっしゃっておられるんですね。しかも、「あなたは高価で尊い」と言うんです。確かにあなたは能力を持っていて、役に立つ人物のお一人に違いないでしょう。しかし神から見て私たちはどう映っているんでしょうか。わがままがあり、自分勝手があり、互いに憎しみや妬みを持ち、時には嘘もつき、騙しもする、嫌われる存在ではないかなあって思います。そんな私を神様は百も承知でですねえ、好きです好きですとおっしゃって、私たちを愛してくださっているんですよねえ。
ですから、この神様の愛を、キリストによって経験します時にですねえ、私たちも好きです好きですと神様を愛し、キリストを愛し、また人に向かっても、好きです好きですって人を愛することが始まるんじゃないだろうかと思うんです。いかがでしょうか。はじめは台詞だとおもって、あなたの身近な人に、あなたは私の目に高価で尊い!、なんて言ってみたらどうでしょう。あなたは私になくてはならない人なのよ!、と言ってみたらどうでしょう。
(PBA制作「世の光」2004.11.18放送でのお話しより)