2020/3/30放送
世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
月の最後の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日も小さな存在を支え続けた大原孫三郎について学んでみましょう。
かつては放蕩の限りを尽くしていた孫三郎でしたが、日本初の孤児院の創設者でクリスチャン石井十次との出会い、彼を通してキリストにある救い受け取ります。自らクリスチャンとなった孫三郎は自分にできる限りの愛を小さな存在に注ぎ、父から受け継いだ倉敷紡績の社員たちの労働・居住・医療環境を改善し続けました。そして会社の利益のほとんどを日露戦争などで増えた孤児を救うための支援に使ったのです。彼の口癖は、「わしの目は10年先が見える。」だったそうです。彼はキリストの愛を基盤として10年先、いや、さらに先を見て神の愛を表し続けたのです。それに先立ち彼は、工場内に尋常小学校を設立。さらに現在の倉敷商業高校をも設立し、働きながら学ぶ行員の教育を支援します。さらに学びたくても資金がない子弟のために大原奨学会を開設します。将来を見据えての人への投資も彼は大胆でした。
後に大原美術管の礎となるコレクションを集めた洋画家・児島虎次郎もこの奨学金で学びました。児島虎次郎はベルギーの美術学校を首席で卒業。そのあとヨーロッパの各地で名画を見て回る中、スペインの画家・エルグレコ作の『受胎告知』という絵と出会い、感銘を受けます。法外な値段でしたが、孫三郎はその購入を助けるのです。美しいその絵には神の御子が人となられた恵みを語る御使い。そして母として用いられるマリヤの神への献身の眼差しが描かれています。この絵は後に大原美術館の代表的コレクションとなります。
キリストの愛を通し倉敷を東洋の聖地にしたい、と考えていた孫三郎は、神の有り方を捨てたキリスト、その愛に応答する責任としての献身をその絵に見たのかもしれませんね。その絵の存在が倉敷への空爆を避けさせたとも言われています。
聖書のことば
「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。」
新約聖書 マルコの福音書 10章45節
私たちもまた自分に与えられているものを他の人のために用いていきたいと願います。
(PBA制作「世の光」 2020.3.30放送でのお話より )
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