♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし-116 偽証してはならない / 大嶋重徳

2019年09月05日 | Weblog
2019/8/1放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒をはじめとした聖書のこばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。

 十戒の第九戒は「隣人に対し、偽証してはならない。」(申命記 5章20節 新改訳第三版、参照出エジプト記20章16節)です。第九戒は「隣人に対して」という枠があります。いつもそこには自分のそばにいる人への愛が鍵となるのです。自分のそばにいる大切な人が苦しんでいる。その時にその人の苦痛を共に背負う人間関係をつくっていこうという思いへと向かっていくのです。

 偽りの証言をしない、真理を言おう、という姿勢は時にその表現が尖りすぎることがあります。幾ら主張が正しくとも、その語り方が聞く人に受け取りにくいものであるならば、それは隣人に対してという十戒第9戒の愛の眼差しから外れていることとなるのです。「あなたのためを思って言っているのよ」ということばが人を傷つけることがあります。愛が束縛のことばとなるのです。その時、その愛は偽りのことばになってしまいます。私たちは私たちの語ることばの成熟が必要になります。真理を言う時も、相手の立場に立つのです。どんなふうに聞こえるだろうか、どんなふうに受けとめられるだろうか、更には、自分の動機を深く探るのです。自分の自己正当化のために言ってはいないか。このことばを伝える自分の動機は愛からきているだろうか。十戒第9戒が願うのは、私たちが隣人の事情を深く配慮し、知恵のある決断がなされるように導くことです。私たちが真理を伝えようとするその人の人生が罪の中に陥ることのないように徹底的に守られるよう祈るのです。

 私が大切にしている事があります。手首に巻くリストバンドに書かれていたりして流行りました WWJD ということばです。ファット・ウッド・ジーザス・ドー? イエス・キリストだったらどうされただろうか? という意味です。今イエス・キリストだったらどうされただろうか、私たちの頭が正義感に満ちて正論を語っているときにこそ、この一瞬の問いを自分に問いかけてみたいのです。今言っていることがらは間違いではない、でもこの言い方をキリストはされただろうか、こんな話し方で語られただろうか。カーッとなっている頭を一旦静めて愛のことばになるように変わる不思議なことばです。

 今日も皆さんの発することばが愛のことばでありますように、お祈りをしています。
 
    ( PBA制作「世の光」2019.8.1放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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