語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】中国で宗教が流行しているが ~『立花隆の書棚』(5)~

2018年02月11日 | 神話・民話・伝説
 (1)中国で儒教やキリスト教が流行している。拝金主義の蔓延、所得格差の拡大といった状況の中で、中国の庶民は「こころ」に目を向け始めた、とNHKスペシャルは伝える。胡錦濤総書記も、宗教を社会システムの一部として公認した。【注1】
 だが、一斉に親の肩を揉み、一斉にその足を子が洗う儒教グループの儀式や、キリスト教会における乱暴と見えるほど粗っぽい洗礼、アジ演説を連想させる説教の模様には、異様な印象を受ける。

 (2)キリスト教とは何か、キリスト教徒とは誰か、ある人が神の前でキリスト教徒と認められるか否かは、教会に毎日曜日に行って、ある一連の典礼(儀式)に参加するか否かとか、洗礼を受けたことがあるか否かとかいった形式的なことによって決まるのではない。その人の信仰内容をもってのみ決まる。その人が何を信じるか、という信仰内容によってのみ決まる、というのがキリスト教の基本的考え方だ。
 キリスト教徒とそうでない人々とを分ける箇条書きの信仰内容を、ひとまとまりの告白分の形(各文の頭が「我信ず・・・・」で始まる)にしてまとめたものが「信条(creed)」だ。
 信条の内容は、時代や信者集団によって微妙に変化していくが、ときどき大変化することがある。大きく変化すると、これまで真理だと信じられていたことが、突然、まったくの偽りと見なされるようになったりする。信仰内容のパラダイム・チェンジがそこで起きたわけだ。その結果、その変化についていける人と、ついていけないで、これまでの信仰内容のほうが正しく、新しい教えは偽りないし悪魔の教えだ、と見る人々が出て、両者が分裂してしまう。分裂のたびに正統と異端が分かれていく。<例>16世紀の宗教改革。

 (3)キリスト教には、もともと三つの神概念がある。「父なる神」「子なる神」「聖霊なる神」だ。
 その三つの神が、三つにして一つ、三つの神の本質部分はまったく同一であり、違いがあるのは「位格」だけ・・・・というのが三位一体論だ。
 「位格」の原語(ギリシア語)はペルソナだ。ペルソナとは、ギリシア演劇で役者がかぶる仮面のことだ。役者は、いろんな仮面をかぶることで、いろんな劇中人物になる。それと同じで、神は人間界に出てくるときは、いろんな仮面をかぶって出てくる。どの仮面をかぶっているときも、神の本質は同じだが、人間が認識できる姿、現れ方が違う。これを位格(ペルソナ)というわけだ。
 同じ樹に根があり、幹があり、実があるが、そのすべてが統一の樹木であり、違いは現れ方の違いにすぎない。・・・・これは三位一体のたとえとして、よく用いられる。
 しかし、そのたとえでは一人三役の三位一体にしかならない、という批判もある。一人三役割だと、子なる神(キリスト)の受難死も実は天父が死んだことになり、天父受難説という異端思想になってしまう、という批判だ。
 アリウスが唱えていたのはまさにそれで、アリウスは神はあくまで一人である、とする唯一神の立場に立った。神だけが神であり、神の子であろうと、子は神ではなく、子と神とは異質である、とした。子は天父の意志によって、無から創造された被造物である、とした。
 それに対して正統派は、天なる神も子なる神(キリスト)もまったく同質で、神の子は被造物ではなく、この世のありとあらゆるものを創り出した創造神であり、存在の始まりを持たない永遠の存在である、としている。
 クリスチャン以外には、このあたりがちょっと分かりにくいところだ。キリストはマリアから生まれたのだから、そのときをもって存在し始めたのであり、それ以前(生まれる以前)から実はキリストが存在していたのだ、という主張は常識的には分かりにくい。しかし、聖書に従えば、この常識に反する主張のほうが正しい。【注2】

 (4)キリスト教が今日知られている教理に落ち着くまでには、教会規律や儀式典礼のあり方、戒律などに関して、いろいろな異論が出てきて、何が正しいのか、混乱が生じたことが一度ならずあった。こうしたとき、カソリック世界の有力な教会の代表者を集めて議論を十二分に闘わせた上、後は投票で決めよう・・・・という趣旨で行われたのが公会議(プロテスタントでは総会議という)だ。多数の支持を集めたほうが正統となり、少数の支持しか集まらず、排斥されたほうが異端となる。
 第1回のニカイア公会議(325年)では、三位一体説に反対して、父なる神だけが真の神であり、子なる神のキリストは神ではない、としたアリウス派が異端とされた。ニカイア公会議で定められたキリスト教の基本的教義をニカイア信条という。
 三位一体を正統とする教義がここで確立された・・・・かというと、必ずしもそうではない。三位一体説には分かりにくい部分がある。単純に父なる神だけが神で、子なる神のイエス・キリストは本当は人間である、と考えるアリウス派のほうがすっきりした分かりやすい主張だったこともあって、実はアリウス派的主張はその後も繰り返し現れる。
 そもそも、ニカイア公会議を召集したコンスタンティヌス・東ローマ皇帝自身が、ニカイア公会議が終わると、本当はアリウス派のほうが正しい気がする、などと言い出したのだ。
 今日、米国で特にインテリ層を中心に少なからぬ支持を集めているユニテリア教会も、イエスは人である、という主張をしている。
 イエスには人性と神性の二つの性格がある、とするのがキリスト両性論だが、キリストは神ではなくて人である、とするのがキリスト単性説だ。キリスト単性説は、すなわちユニテリアンだ。

 (5)その後も、公会議はいろいろな大問題(<例>十字軍問題やプロテスタント問題)が起きるごとに開かれ、これまでに21回開催された。
 キリスト教の基本的な教義は、初期の8回で決まった、とされるが、その中でも大きな分岐点になったのが、第3回のエフェソス会議(431年、聖母マリア問題)だった。ここで、マリアを神の母(テオトコス)と認めた。【注3】
 これに最後まで反対したネストリウス派は異端とされ、キリスト教の主流から放逐された。ネストリウス派は、その後も中東地方で根強い支持を集め続けたが、第4回のカルケドン公会議(451年)でも敗北し、最終的に教会から追い出された。しかし、ネストリウス派は、その後ペルシアを経て中国にまで教えを広め、唐の太宗の時代に長安に寺院を建て、大秦景教を名乗る。この教えは日本にも伝わり、広隆寺(京都)はこの流れを汲む寺院とされる。

 【注1】このくだりは、2013年10月13日放映のNHKスペシャル「中国激動 "さまよえる"人民のこころ」に拠る。
 【注2】以下、「【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~」の(4)を参照。
【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~
 【注3】以下、「【本】土着の宗教と結びついたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~」の(1)を参照。

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第2章、第7章

 【参考】
【本】イスラム世界におけるペルシアの独特な立ち位置 ~『立花隆の書棚』(4)~
【本】旧約聖書には天地創造神話が2つある ~『立花隆の書棚』(3)~
【本】土着の宗教と結びついたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~
【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~
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【本】イスラム世界におけるペルシアの独特な立ち位置 ~『立花隆の書棚』(4)~

2018年02月11日 | 神話・民話・伝説
 (1)イスラム世界には、アラビア語の世界に加えてペルシア語の世界がある。
 イスラム圏の中でもペルシア語の世界は独特だ。ペルシアは世界史においても政治史においても文化史においても、特筆されるべき存在だ。
 西洋史は、すべて古典古代のギリシアの歴史から始まる。古代ギリシア史は、覇権をいかにペルシア帝国と競ってきたか、という話に終始する。ペルシアは、古代世界の大帝国だ。ペルシアが大軍をもってせめてきたとき、弱小国のギリシアがいかに立ち向かって撃退したか、という英雄物語がその歴史だ。<例>マラトンの戦い、サラミスの海戦。こういうパターンに終始するのは、ペルシアが圧倒的に強かったからだ。ギリシア世界が最終的にペルシアに勝つのは、アレクサンダー大王がペルシアを滅ぼし、ペルシア皇帝に就いたときだ。

 (2)ペルシア人は、言語的にはインド・アーリア語族に属する。よって、言語学的、文化的伝説においてヨーロッパ世界と大きな共通点を持つ。ペルシア語は、書き文字としてはアラビア語と同じ表記法なので一見アラビア語(セム語)のように見えるが、まったく違う言語だ。構造的には、インドのサンスクリット、ギリシア・ラテンの古典語、西欧近代語に近い。だから、イラン人は英語、仏語を難なく話す。
 ペルシア語がそういう独特の存在だったので、ペルシア人は世界の文化史に非常に大きな貢献をした。
 西欧文化はギリシア・ラテンの古典時代に一つの頂点をきわめるが、その後のヨーロッパは軍事的、政治経済的にゲルマン大移動によって押し寄せたゲルマン民族によって完全に支配された。当時のゲルマン民族は、未開の野蛮な存在だから、文化水準は一挙に下降した。ヨーロッパは、しばらくの間、暗黒時代(中世)を迎える。ヨーロッパでもう一度、思想文化の花が開くのはルネッサンス(再生)の時代だ。
 暗黒時代に古典古代の高度に発達した文化を保持し、後世に伝える役割を果たしたのはペルシアだった。
 西ローマ帝国滅亡後、古典文化はまず東ローマ帝国によって支えられた。ビザンチン衰退後、世界の覇権がイスラムに移る中、古典文化の担い手になったのがペルシアだった。ペルシア人はギリシア・ラテンの古典を網羅的に、はじめにペルシア語、ついでアラビア語に翻訳していき、古典文化をサラセン文化に接ぎ木した。これでサラセン文化の水準が一気に上がった。11世紀から12世紀にかけての西欧世界で、アリストテレス哲学者として一番有名だたのはアヴィケンナとアヴェロスだが、この2人はアラビア人で、アラビア名はそれぞれイブン・シーナとイブン・ルシェドだ。
 ペルシャ・アラビア世界に伝えられたギリシア哲学は、ギリシア文明末期の新プラトン主義哲学が中心だった。これは著しく神秘主義に傾いたものだ。
 詩と哲学において、ペルシア語は特別に神秘主義に傾いた。それがイスラム教の中に、スーフィズムという特別な神秘主義の流れを作った。

 (3)『コーラン』の最も有名なフレーズは、最終巻の最後に書かれている。
 「妖霊(ジン)もささやく、人もささやく、そのささやきの悪を逃れて」
 ジン(妖霊/悪霊)の概念の意味やニュアンス、存在感を掴んでいる人と、読むことは読んだにしても『コーラン』の翻訳をさらっとあたっただけの人では、イスラム世界に対する理解の深みがまったく違う。

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第3章

 【参考】
【本】旧約聖書には天地創造神話が2つある ~『立花隆の書棚』(3)~
【本】土着の宗教と結びいたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~
【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~
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【本】旧約聖書には天地創造神話が2つある ~『立花隆の書棚』(3)~

2018年02月11日 | 神話・民話・伝説
 (1)旧約聖書には、じつは天地創造神話が2つある。
 第1章第1節の「初めに神(エロヒム)が天地を創造された」。ここでは神をエロヒムとされているので、E資料と呼ばれる。
 第2章4節以下の、エデンの園とアダムとエバが出てくるくだりは、神の名をヤハウェ(YHWH)としているので、Y資料と呼ばれる。
 旧約聖書は、E資料、J資料に加えてP資料(プリースト=神官のP)の3資料が編集されてできたものだ。この3つの資料はまったく異質だ。歴史的に古いのはJ資料で、バベルの塔、ノアの箱舟などよく知られた神話伝説はほとんどJ資料にある。
 ちなみに、エロヒムはエルの複数形で、エルは中東のセム族(ヘブライ、アッカドなど)の間で広く用いられていた神の名だ。
 なお、「初めに神は・・・・」ではじまっていることをもって、「これは天地に先立って神が存在していたという『神の先在説』の正しさを証明する」としている人がいるが、それはヘブライ語原典を知らないがゆえの誤りだ。ヘブライ語原典では、「ベロシス・バーラー・エロヒム・・・・」つまり「はじめに創造した、神は、天と地を・・・・」という語順になり、創造という行為そのものが先だ。はじめの瞬間には、まだ何が創造されたかは分からない。だから、第2節が、「地は混沌であって、闇が深遠の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」と続く。
 最近の宇宙論でも、ビッグバンの後、すぐに物質が生まれるわけではなく、それが形をとって存在するまでに、微少な時間がかかり、「宇宙の晴れ上がり」まで待たないと、番部tが存在を開始しても、何も見えない不可視の時間帯があるとしている。

 (2)ヘブライ語の聖書を読めると、ユダヤ人と親しくなれる。
 ユダヤ人は、独特に強い民族的紐帯を持つ人々で、欧米社会では格別に強い存在感を、特に金融界、ジャーナリズム界、言論界、政界、芸術文化の世界で発している。その民族的紐帯の中核にあるのがユダヤ教であり、ユダヤ教・ユダヤ文化の心棒になっているのが旧約聖書だ。
 この世界の現実を知るための基礎知識の一つが旧約聖書であることは知っておくべきだ。
 そして、ユダヤ教徒にとっては、旧約聖書はユダヤ教の最高教典であるけれども、新約聖書は必ずしもそうではないことも知っておくべきだ。
 ユダヤ教にとって、神はあくまでヤハウェであって、キリストは神ではない。ユダヤ人にとってキリストとは、「紀元ゼロ年前後に、自分は神の子であると称する人がガラリヤから出てエルサレムで十字架にかけられて死んだらしい」という程度の認識だ。歴史的事実であるとは必ずしも認定していないし、まして、それが神の子だとか神自身であるといった神話はまったく信じていない。、

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第3章

 【参考】
【本】土着の宗教と結びいたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~
【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~
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【本】土着の宗教と結びついたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~

2018年02月11日 | 神話・民話・伝説
 (1)エフェソス公会議でマリアを「テオトコス(神の母)」とする決定が行われたとき、エフェソスは町全体が歓呼の声をあげた。この町には、大昔から古代世界で「世界の7不思議」とされていた地母神アルテミスの大神殿があり、そこに超巨大な(高さ15mと伝えられる)女神像があって、拝みに遠方から集まって来る人々でにぎわっていたからだ。
 この女神像は、胸に無数の乳房をつけ、豊穣と多産のシンボルとして古代世界で最も信仰を集めた女神の像だった。
 新約聖書の使徒言行録によれば、パウロがエフェソスに出かけ、アルテミス神信仰をやめるべきだ、と説いたとき、ほとんど暴動まがいのことが起こり、パウロは殺されかけた。
 これほど信者を集めたが、中東にキリスト教の教えが広まるにつれ、やがてアルテミス神信仰は本当に消えたかのようになる。東ローマ皇帝がキリスト教に帰依し、アルテミス信仰を禁止したせいもある。
 ところが、エフェソス公会議がマリアをテオトコスと認定すると、エフェソスからマリア信仰が盛り上がり、昔のアルテミス信仰以上となった。キリスト教の土着宗教との結びつきの一例だ。

 (2)キリスト教は、紙の上に書かれた教義を抽象的に理解するだけでは、まったく分からない世界だ。その土地の人々の日常生活と密着した、地域のすべての文化的伝統、日常的共同行動と切り離せない。
 そのことを立花が最初に気付いたのは、エルサレムの聖墳墓教会に行ったときのことだ。あ、これは土着宗教なんだ、と直感した。
 次にそれを強く感じたのは、スペインのセビリアの大聖堂でミサの一部始終を観察したときだ。地元のおばさんたちの一挙手一投足を細かく追っているうちに、「あ、やはり、これは土着宗教なんだ」と思った。その土地に根づいている昔ながらの宗教儀式という感じだ。それは何とも泥くさい、古い密儀宗教的要素を色濃く持っていた。僧たちが、煙をモクモク出し続けている香炉を長い鎖の先にぶら下げ、それを打ち振りながら、会堂の中をグルグル歩く。呪文のような言葉をブツブツ唱え続けている。真言密教の護摩焚きそっくりだった。
 これはキリスト教を考える上で絶対外せない要素だ。土着宗教であるキリスト教がラテンアメリカでどのように布教されていったか。これを考えないことには、ラテンアメリカを理解することなどできない。

 (3)ちなみに、真言宗は、新しく入ってきた仏教と日本土着の宗教がつながって成立した。特に密教部分の核を形成しているのは、土着宗教の要素だ。だから、真言密教では、護摩木を焚いたり、念仏を唱えたりといった、合理性では説明できない「怪しげな儀式的要素」が大きな意味を持ったり、ありがたがられたりする。
 密教と似た土着の民衆宗教的な側面が、カソリックにもある。
 実は、東方教会には、その性格がより強く、土着宗教の要素がさらに濃い。
 今でも一般大衆は、そうした要素を信じ込んでいる。これは、たいていその地域の文化の最古層に昔からあった要素なのだ。
 宗教は、あるところで生まれて、それが周辺の文化圏に広がり伝播していく過程で、必ずその土地に古くからある別の宗教思想と激しくぶつかり合い、その衝突過程で、互いに影響し合い、相手を変えるとともに、自分も変わっていく(「接触と変容」)。

 (4)土着宗教であるキリスト教は、ラテンアメリカにどのような影響を与えたか。
 メキシコには、「グアダルーペの聖母」と呼ばれる国民的な信仰が広く寄せられている褐色の聖母像がある。
 1531年、メキシコ市郊外のテペヤックの丘で、聖母が地元民の前に出現した、とされる。そのいきさつはここでは省くとして、その出現前後を細かく調べたローマ法王庁は、これを真正の聖母出現と公式に認めた。ローマ法王庁が公式に奇跡の聖母出現だと認めたものは全部で3例。その最初のものがグアダルーペの聖母だ(他の2例は、フランスはルルドに出現した聖母、ポルトガルはファティマにあらわれた聖母)。
 世界中の信者たちがここを訪れ、今も当時のまま保管展示されている奇跡の聖母像を拝観していく。

 (5)ところが実は、この聖母像について全く違う見方がある。キリスト教が布教の過程で土着宗教との融合を起こした例だと。聖母が褐色なのは、聖母マリアが救いの手をラテンアメリカの原住民たちに差しのべるために、自ら原住民と同じ肌色に身を変えてこの地に出現したのだと。
 当初、ローマ法王庁はこの奇跡の聖母をもってメキシコの守護聖母と位置づけていたが、今ではラテンアメリカ全体の守護聖母という位置づけに変えている。
 テペヤックの丘は、そもそも別の意味で聖なる場所だった。この地メキシコは、アステカ文明の中心地だった。テペヤックの丘は、アステカの地母神ともいうべきトナンツィン(「我が母なる神」)の霊物だったと言われる。
 アステカ文明は、基本は太陽信仰で、太陽を狂いなく運行させるために、定期的に太陽に若い乙女を人身御供をして捧げていた。その心臓を取り出し、その血液を地に流すことが必要だった。
 スペイン人がこの地に入ってきて、アステカ王国を滅ぼすとともに、かかる風習を止めさせた。
 トナンツィンは豊穣と多産の女神で4あり、幼児の生死をつかさどる神でもあった。この女神は生け贄を要求する神ではなかったが、恐ろしい風習が蔓延していた土地柄、スペイン人からは、地母神トナンツィンも怪しい神と見られ、悪魔に類するものとみなしたカソリックの指導者もいた。
 グアダルーペの聖母の出現は、スペイン人がアステカを滅ぼし、アステカの多神教信仰をすべて禁じてから役0年後に起きた。法王庁の認可前は、一部の司教から悪魔扱いされた。
 スペイン人がアステカの伝統的な宗教を禁じたことで、原住民に大きな欲求不満を起こしていた。
 原住民が聖母マリアの顕現をテペヤックの丘で見た背景として、心理の深層において、2つの神(トナンツィン神と聖母マリア)が二重写し的にあらわれたのではないか。それが融合し、いわばトナンツィンが聖母マリアに生まれ変わったかのようなイメージの転換が人々の心の奥底で起きたのではないか。
 さらに進んで、次のような仮説も出ている。当時、原住民を武力で制圧することは簡単にできたものの、その後、彼らのハートを捕らえて、キリスト教信仰に導くことは、必ずしもうまくいかなかった。トナンツィン信仰と聖母マリア信仰を上手く結びつけるために、聖母マリアの顕現神話を、カトリックの側が、密かに作り上げてこれを流布したところ、見事に成功をおさめて、人々が熱心なカトリック教徒になった・・・・これも十分にあり得る説だ。

 (6)2つの有力な宗教が衝突したとき、2つの神が実は同じ神の別のあらわれとして、両方の宗教を合理化する現象(「習合」)は、宗教の歴史において珍しくない。わが国では、本地垂迹説がある。
 キリスト教が広く伝えられていく過程で、それぞれの土地で古くから信じられてきた宗教と接触し、一種の習合現象が起きるのは珍しくない。グアダルーペの聖母はその典型例だが、実はもっとスケールの大きな融合・一体化が、聖母マリア信仰を生んだ、とする考えもある。

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第2章

 【参考】
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【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~

2018年02月11日 | 神話・民話・伝説

   

 (1)立花隆は、三大宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の文献を原語(ヘブライ語・ギリシア語(コイネー)・ペルシア語・アラビア語)で読み込んだ。
 まずキリスト教。あるいは旧約聖書と新約聖書。これを理解しないと欧米が上っ面しかわからない。無神論者の多い日本人の盲点だ。
 キリスト教と一言でいっても、プロテスタントとカトリックでは、聖書の解釈にしても、信者に求めることにしても、まったく違う。もう別の宗教といっていいほどだ。プロテスタントの中でも、教派ごとに、考え方がものすごく違う。大陸のプロテスタントと米湖気宇のプロテスタントでは、これまた別の宗教といっていいほど違う。
 例えば、三位一体論。

 (2)キリスト教には3つの神概念(父なる神・子なる神・聖霊なる神)がある。3つの神が三にして一つ、3つの神の本質部分はまったく同一であり、違いがあるのは位格(ペルソナ)だけ、というのが「三位一体論」だ。
 ペルソナは、ギリシア演劇で、役者がかぶる仮面のことをいう。役者はいろんな仮面をかぶるつことで、いろんな劇中人物になる。それと同じで、神は人間界に出てくるとき、いろんな仮面をかぶって出てくる。どの仮面をかぶっているときも神の本質は同じだが、人間が認識できる姿(現れ方)が違う。これを位格(ペルソナ)という。

 (3)マリアと神の間には、位格の違いではなく、本質的な違いがある。マリアは神ではなく人間だが、イエス・キリストを産んだ特別の存在だ。だから「テオトコス(神の母)」と言われる。
 マリアの死においても、死後その遺体が腐敗したのでは幻滅だから、カトリックの正式の教義では、死の床にキリストがあらわれて、マリアは肉体を持ったままの状態で天に引き上げられたとされる(「聖母被昇天」、1950年)。
 ただし、神と人との間にある独特の存在類型(「テオトコス」)を認めるのは、ギリシア正教とカトリックだけだ。プロテスタントは認めていない。
 公会議はこれまでに21回開催されているが、第1回のニカイア公会議(325年)で、アリウス派(父なる神だけが真の神であり、子なる神キリストは神ではない、とする)が異端とされた。しかし、三位一体を正統とする教義は、ここではまだ確立されていない。
 第3回のエフェソス公会議(431年) で、マリアをテオトコスと認めた。ネストリウス派(最後まで反対した)は異端とされ、キリスト教の主流から放逐された。
 ネストリウス派は、その後も中東地方で根強い支持を集め続けたが、第4回のカルケドン公会議(451年)でも敗北し、最終的に教会から追い出された。しかし、ネストリウス派はその後、ペルシアを経て唐の太宗の時代に、長安に寺院を建てて大秦景教を名乗る。この教えは日本にも伝わり、広隆寺がその流れをくむ。

 (4)「初めにロゴスがあった。ロゴスは神と共にあった。ロゴスは神であった。このロゴスは、初めに神と共にあった。万物はロゴスによって成った。成ったもので、ロゴスによらずに成ったものは何一つなかった。ロゴスの内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」
 これは、新約聖書ヨハネ伝第1章第1~6節だ。ただし、「言(ことば)」をロゴスに置き換えた。
 ロゴスがキリストなのだ。はじめにことばがあって、ことばは神とともにあり、ことばは神なのだ。そして、すべてのものはこれによってできた。
 旧約聖書によれば、神の最初の行為である「天地創造」は、「光あれ」の一言で始まる。その一言によってすべてが始まる。その一言がロゴスなのだ。すべてのものはこれによってでき、できたものは一つとしてこれによらないものはなかった。だから、ロゴスがすべてた。ロゴスは神の被造物ではなく、はじめから存在しているものだ。それがキリストだから、キリストは神の創造物ではなく、神と同格の存在ということになる。
 これをロゴス・キリスト教論といい、三位一体論の重要な柱となる。 

 (5)三位一体論はわかりにくい部分がある。むしろ、アリウス派(父なる神だけが真の神であり、子なる神キリストは神ではない、とする)のほうがスッキリした分かりやすい主張だ。だからアリウス派的主張はその後も止むことはなかった。現代において、米国で特にインテリ層を中心に少なからぬ支持を集めているユニテリア教会も、イエスは人である、という主張をしている。イエスには人性と神性の2つの性格があるとするのがキリスト両性論で、キリストは神ではなく人とするのがキリスト単性論(ユニテリアン)だ。

 (6)米国人の大半は、今でも神の存在を本気で信じている。「信じている」と言っても、原理主義的に聖書に書かれていることをそのまま字句どおりに信じる人と、その内容をひねりにひねって解釈したり、現代的に合理化した上で信じる理神論者がいる。それ以外に、不可知論者は少数派で、無神論者は実はきわめて少ない。
 聖書をテキストとして評価しながら読む人は、きわめて少数だ。米国人のほとんどは、もっと素朴に聖書を読む。素朴に読んで、その言葉を本当にそのまま信じている人が圧倒的に多い。

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第2章
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【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方

2018年02月11日 | ●佐藤優
   

 (1)目次
   はじめに--世界を一周しながら変化の本質を読む(宮家邦彦)
   第1章 ポスト冷戦の終わり、甦るナショナリズム
   第2章 ISを排除しても中東情勢は安定しない
   第3章 中央アジアは「第四グレートゲーム」の主戦場
   第4章 「国境のない欧州」という理想はテロで崩れるか
   第5章 トランプ現象に襲われたアメリカの光と闇
   第6章 中国こそが「戦後レジームへの挑戦者」だ
   終章  「ダークサイド」に墜ちるなかれ、日本 
   おわりに--第一級の分析家との仕事に感謝する(佐藤優)

 (2)はじめに
 <彼と定期的に会うようになって気づいたことがある。われわれ二人の知的関心対象が重なる一方で、お互いの得意分野があまり重複していないらしいということだ。私の専門は中東と日米安保、中国のことも少しはわかる。一方、彼の得意手は欧州・ロシアと歴史、哲学、思想史・・・・。要するに、残りすべてだ>

 <折しも世界はいま、何十年に一度かの巨大な地殻変動を迎えつつある。そして、こうした構造的変化の本質を知るには、報道される日々の現象を追うだけでは到底、不十分であり、どうしても歴史的大局観が必要になる。
 この対談でわれわれは、そうした歴史的大局観を意識しつつ、現在の国際情勢に関するいくつかの仮説を語り尽くしている>

 (3)第1章 ポスト冷戦の終わり、甦るナショナリズム
 <宮家: ポスト冷戦の時代、欧州はロシアという「大きな熊」のナショナリズム復活を押しとどめ、どうすれば国際秩序の檻に閉じ込めておけるか、ということにあらゆる知恵を絞ってきました。その結果が、NATO(北大西洋条約機構)とEU(欧州連合)の拡大、通貨ユーロの導入です。しかし、これらの努力は水泡に帰し、復活したロシアの帝国主義的なナショナリズムに対する反作用として、欧州各国でナショナリズム的な動きが急速に台頭しています。
 一方で、2014年あたりから欧州では、反EU・反移民を唱える偏狭な民族主義政党が躍進している。同年の欧州議会(EUの議会)選挙では、イギリスで英国独立党が、フランスで国民戦線(フロン・ナショナル)が、いずれも第一党に躍り出ました。スウェーデン、オランダ、ポルトガルでも極右・極左政党が存在感を増しつつあり、ハンガリーやポーランドなどでは政権を担っています。移民に寛容なドイツですら、「ペギータ(西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人)」という極右団体が活動を本格化させ、すでに欧州のほぼ全土に関連団体が結成されつつある状況です。
 佐藤: 私には、新しい運動が起こったというよりも、眠っていたものが起き上がった、という感じがしますね。排外主義と結びつくナショナリズム、人種主義は、第二次世界大戦後に克服された、と教科書的にはいわれていますが、欧州、とりわけイギリスを除く欧州大陸諸国の「地金」は、自由主義でも、民主主義でもないことを忘れてはならない。イタリアのベルルスコーニ元首相は、大統領選挙運動中のオバマ上院議員(当時)について、「若く、ハンサムでよく日焼けしている」とコメントしました。アメリカの政治家が同じ発言をしたら、その時点で政治声明は終わりでしょう。
 (中略)
 佐藤: ここで「ナショナリズム」という言葉について、もう少し正確な定義をしておきましょう。私が政治的に民族を論じる場合、アーネスト・ゲルナーの『民族とナショナリズム』(岩波書店)やベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(リブロポート)で展開されているように、民族を近代以後の現象として理解することを大前提としています。もちろんナショナリズムの核になるような、エトニやエトノスと呼ばれる「共通の祖先・歴史・文化をもち、ある特定の領域と結びつきをもち、内部での連帯感をもつ、名前をもった人間集団」は、それ以前からありました。ただ、エトニが必ずしも近代的な民族になるわけではない。この集団はある状況によって、一つの民族になったり、ならなかったりする。歴史のさまざまな要因によって左右され、結びつきを変えていくわけです。
 たしかにポスト冷戦後の世界はナショナリズムの時代と呼べるでしょう。グローバリゼーションの進展によって近代国民国家(ネーションステート)の枠組みが揺らぐ一方、そのなかで入れ子構造になっていた小さいエスニック集団がネーションに変容しつつある。沖縄(琉球)人はエトニから「国民国家化」の初期段階であるネーションへの移行過程に入っているとみるべきだし、イギリスではスコットランドが独立志向を強めています。一方で宮家さんがいわれるナショナリズムの意味は、ロシアの帝国主義的対応、中国の膨張主義などを指しているわけですね。
 宮家: ナショナリズムをマクロ的にみるか、ミクロ的にみるかということでしょうか。私は両方考えうると思っています。エトニから直接、ネーションに移行するといった動きは中東でもクルド人などにみられる現象です。ナショナリズムが近代の産物というのはご指摘のとおりですね。私もとくに欧州諸国のナショナリズムを論じる際には、それを念頭に置いた議論をしています。欧州の政治的統合を進めるためには、EU諸国のナショナリズムを制限しなければならなかった。ところが加盟各国の政治家も、EUのエリート層も、偏狭な民族主義をコントロールできず、欧州の力の凋落を食い止められない。現在は、反EUの不健全なナショナリズムが表出している状態でしょう>

 (4)第2章 ISを排除しても中東情勢は安定しない
 <宮家: 本格的な民主化運動がチェニジアで始まったのは偶然ではありません。チェニジア、モロッコは地中海文明に属し、南欧との地理的、文化的共通性が顕著なアラブ国家です。少なくとも欧州型の世俗主義的民主政治と親和性がある。(中略)
 そのチェニジアですら、民主化の道は平坦ではありませんでした。ジャスミン革命から3年経った、2014年1月に制憲国民議会で新憲法を可決し、同年11~12月、革命後初となる直接大統領選挙の実施にこぎつけ、テロに悩まされながらも現在に至ります。
 佐藤: これはラインホルト・ゼーベルグという神学者の説ですが、純粋なキリスト教は存在しない。土着の伝統文化と接触・融合しながら、「ヘブライ類型」「ギリシャ類型」「ラテン類型」「アングロサクソ類型」などの文化圏に分かれていく。そう考えるとイスラムの世界でも、ペルシャ帝国の遺産・記憶を受け継ぐイラン、トルコの部族社会や、自治権を広く認めるモンゴル帝国の影響が強いかつてのオスマン帝国領地域、そしてアラブの場合は、メソポタミアとアラビア半島、北アフリカの各地域に独自の文化圏が形成されている、とみるべきでしょうか>

 (5)第4章 「国境のない欧州」という理想はテロで崩れるか
 <佐藤: たとえばフランスが二度にわたって狙われたのは、フランスがもつ「弱み」に原因があります。フランスの人口学者・歴史学者であるエマニュエル・トッドが『移民の運命』(藤原書店)で指摘していますが、フランスは基本的に同化主義を国家原理に据えています。出自がどこであろうとフランスの言語と文化を受け入れるなら、国家のフルメンバーとして認める。「自由・平等・友愛」のもと、どこの出身だろうが、どんな宗教を信じていようが、拒絶しないというのがフランス共和国の理念です。
 宮家 フランスの「ブルカ」をめぐる問題も根本はそこですね。第3章でも触れましたが、ブルカ禁止法の起源は1905年に遡ります。「自由・平等」とは、もともとアンシャン・レジーム(旧体制)の第一身分「カトリック聖職者」からの自由と平等を意味している。革命の精神に基づいて、カトリック聖職者が支配していた学校を世俗化するため、学生と教師が宗教的シンボルを身につけることを法律で禁止したのが始まりです。さらに、2004年にはフランス公立学校でのブルカ着用を禁ずる「ヴェール禁止法」が、2010年には新たに「公共の場で人の顔を隠すこと禁ずる法律」が制定されました。
 フランスの「禁止法」は、「人間の理性」が「宗教的権威」に勝利した結果を維持するためのものであり、先に述べた中国の「禁止法」と同列に論じることはできません>

 <宮家: (前略)それにしても、ドイツ人にグルメはいないのですか?
 佐藤 ドイツでもカトリックのバイエルン地方には食事を楽しむ習慣があります。私の仮説ですが、フォルクスワーゲンの排ガス偽装は、バイエルンが本社のBMWなら起きなかったのではないか。フォルクスワーゲンの風土は、ナチスを生み出したプロイセンそのものです。偽装装置を開発する計画性をもち、巧みな偽装隠しをして販路拡大という至上命題を合理的に実現する。
 さらに「アメリカ人におれたちのしていることが見抜けるはずはない」という悪質さも同居しています。偽装計画の指令書すら出てこず、悪事は口頭の指示で行い、決して痕跡は残さない。ナチスとやり方が一緒です。こういうドイツ人の体質は変わらない。
 宮家: 南欧のカトリック国のほうこそ、そうとういい加減ではないですか。
 佐藤: いい加減だからこそ、生真面目に悪事をしないのです(笑)。ヒトラーはオーストリアという南方出身ですが、ナチスドイツの中枢はプロイセン出身者が固めていました。彼らは悪事にも真面目に取り組む。東ドイツはプロイセン国家ですよ。だから東西ドイツ統一の結果、プロイセン的な文化が西ドイツに入ってきて、全国に広がった。
 宮家: プロイセン的な美徳は、勤勉、潔癖、服従、そして祖国への愛、とされています。たしかにラテンの南欧にあのような不正はできないですね。
 佐藤: たとえばドイツに駐在する商社員の奥さんたちが何に困っているかといえば、ゴミの分別です。ゴミを17種類に分別して捨てないといけないし、分別法を間違えてゴミ出しすると、近所の人から文句が出る。同じビンのゴミでも、利用度に応じて適宜分別する。再利用できる状態のビンと焼却するビンに分ける。
 いまはそれが「ゴミ」に向かっているからいいのですが、いつまた「人間」の分別に向かわないとも限りません>

 (6)第6章 中国こそが「戦後レジームへの挑戦者」だ
 <佐藤: 中国共産党は革命後に簡体字を採用しますね。中央アジアの「民族境界線画定」でも明らかなように、表記法は国民国家形成において非常に重要な問題です。
 中国共産党がなぜ画数が少ない簡体字にしたのか。表向きは識字率を上げるためですが、その本質は、国民からそれ以前の知識を遠ざけるためでした。簡体字教育が普及すると、それ以前に使われていた繁体字が読めなくなり、共産党支配以降に認められた言説だけが流通するようになる。歴史を断絶するための情報統制を行ったのです。
 ロシアも同じことをしました。たとえばロシア語では、1917年のロシア革命後、三つの文字表記を排除した。そのため特殊な訓練を受けないと革命前のロシア語が読めなくなってしまった。ボルシェヴィキ政権、ソ連政権は、革命前の知的遺産のうち、国民に知らしめたほうがいいと思うものだけを選んで、新しい文字表記で出すことにしたわけです。
 中国の簡体字改革にも同じ意味があります。敗戦後の日本でも、それと似たようなこと(当用漢字の導入、新漢字・新かなづかいの制定)が起きました>

□『世界史の大転換 常識が通じない時代の読み方』(PHP新書、2016)/共著:宮家邦彦
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【佐藤優】日露首脳会談をめぐる外務省内の暗闘 ~北方領土返還の可能性~
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「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
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【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
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【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
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【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

【南雲つぐみ】人工関節の手術 ~その進歩~

2018年02月11日 | 医療・保健・福祉・介護
 60代のNさんは子どもの頃から膝が悪く、ステロイドやヒアルロン酸の関節注射などを続けてきた。年齢とともに膝の裏側も痛むようになり、寝返りも打てない状況に悩まされた。しかし、「膝の裏の痛みは別物なので人工関節にしても治らない」と医師からいわれてきたという。
 数年前、帝京大学医学部付属病院(東京)で「治る可能性がある」と聞かされ、手術に踏み切った。現在では、ジョギングやしゃがんでの草むしりなどもできるようになり、日常生活ではほぼ不便を感じないという。
 関節疾患は、日本人が要介護となる原因の第1位(厚生労働省)。同大学病院整形外科の中川匠医師は「近年、人工関節置換術の技術と術後のケアはかなり進歩しており、ほとんどの人が術後数日で歩けるようになっている。その事実が患者さんやその周辺の人に十分伝わっていないのではないか」という。
 医療機器メーカーである日本ストライカー(本社・東京)の調査では、手術を受けた患者の82%が改善効果を「期待通り」「期待以上」と回答している。

□南雲つぐみ(医学ライター)「人工関節の手術 ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2018年2月8日)を引用
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