花の四日市スワマエ商店街

四日市諏訪商店街振興組合専務理事の横道ブログ

火災で焼失した映画館

2012-09-26 | レモン色の町
火災にあった映画館に「塩浜劇場」がある。建て方が“四日市劇場“に似ている。
     
塩浜劇場は、昭和38年2月16日午後6時過ぎ日活「キューポラのある町」を上映中、暖房ボイラー付近から出火。観客300人は無事だった。当時は盛況だったんだ!
私は塩浜劇場には入ったことがない。火事にあった後もポルノ系の3本立て映画を上映していたと記憶している。
昭和30年代、塩浜には「近畿劇場」と「塩浜劇場」があった。「近畿劇場」は近畿東映と改名したが40年代になってパチンコ屋になった。とある。
塩浜駅周辺に映画館が二館もあったとは驚きである。コンビナートを背景に繁華な町であったことが偲ばれる。
     
繁華な町と言えば、陣屋があった四日市宿中心の辻から東、四日市港へ向かう通りが賑わっていた。
大正初期の四日市の繁華街と言えば竪町・中町通りの「中町銀座」の商店街と、新町の「盛り場通り」であった。ここに映画館が生まれたのは当然のことであろう。
明治40年頃あった中町の「旭座」(おそらく演芸中心)は大正4年5月1日「世界館」という常設映画館となった。
新町の「湊座」は、大正3年4月9日新築落慶して関西歌舞伎の一座が上演している。新町周辺は“湊小路”と呼ばれる市内第一の歓楽街となり、映画の普及とともに、繁栄してきた。
「湊座」は。昭和17年東宝直営館の「四日市東宝劇場」となり、戦災で焼失するも再建、昭和38年10月の閉館を迎えるまで東宝系映画を上映していた。

私は「四日市東宝劇場」の存在を全く知らなかった。
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