花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

公園通りアーケードの謎

2017年08月15日 | レモン色の町

当時の公園通りの写真を時系列でならべてみます。

□昭和33年3月15日、辻さんは、現公園通りの中央、ラッキーパチンコ前から南方向(諏訪駅跡地方面)に向かって写真を撮った。この時はまだアーケードは出来ていない。

□昭和33年10月5日 諏訪公園南大通りのアーケード完成(辻 俊文氏撮影)

□月日を経て、昭和37年 諏訪公園南大通りの様子。左にラッキーパチンコが建つ(樹林舎発行 四日市市の今昔より)

樹林舎さんから「四日市の今昔」編集段階で、ご質問をいただいた。33年にあったアーケードが37年には無くなっている、どうしてか?

□そして、昭和39年6月 1番街アーケード起工式(辻 俊文氏撮影)

アーケードが消えたのは、完成翌年の昭和34年9月に来襲した伊勢湾台風による倒壊と考えられる。私も無残に倒れたアーケードを見た記憶がある。

商店街のそうそうたるメンバーが集まり、1番街アーケードの起工式が行われた。

拡大写真

向こうに見える公園通り。未完成なのか?この時のアーケードは庇状になっている。通りが広いため公園通りはアーケードで苦労している、そんな歴史がある。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする