落語の“文七元結(ぶんひちもつとい)”は泣かされる人情話です。
落語百選 麻生芳伸 編 ちくま文庫より
左官職人 長兵衛の博奕狂いに愛想を尽かした娘のお久は、吉原の佐野槌(さのづち)へ駆け込みます。娘をかたに、五十両手に入れた長兵衛は、佐野槌からの帰りに鼈甲(べっこう)問屋の手代 文七の身投げに遭遇します。訳を聞くと、集金の五十両を盗られてしまった、とのこと。命には変えられないとその五十両を、長兵衛は渡します。
「おうッ、おおおっ・・・おれだってやりたかねえ、やりたかねえよ。いいか、てめえは怪しい野郎だと思うだろうが、これでもおれは、堅気の職人だ。商売(しょうべえ)は左官だがなあ、つまらねえことで博奕(ばくち)に凝っちゃって、にっちもさっちもいかねえ、首のまわらねえほど借財(しゃくぜえ)ができちゃった。一人娘のお久ってえのが、吉原の佐野槌という旦那場へ駈け込んでこせえてくれた、この五十両だ。女将さんとの約束でね、来年の大晦日までに持ってって返さねえと、娘は女郎になっちまう・・・。おれァいま、おまえにここで五十両やっちまって、来年いっぱいどう稼いだって、職人の痩せ腕じゃ五十両は揉みだせねえ。おれはもう、返さねえときめちゃったがね。こうしてくんねえか、おめえもこの金でもって命が助かった、ありがてえと思ったら、お店(たな)者だァ、たいしたことはできめえが、店の隅へ棚ァ吊ってね・・・不動様でも金毘羅様でもいいから、おめえの信心する神仏を拝んでやってくんねえ。な、吉原の佐野槌に勤め奉公をしておりまする、お久という女でございますが、どうぞ悪い病を引き受けませんように、商売繁盛いたしますように・・・、おまえ、拝んでやってくれ、なぁ頼むよ。えッ、さ、さ、事がわかったら持ってきねえ、持ってきねえッ」
ところが、文七が店へ戻ると、盗られたはずの五十両は、置き忘れてあったという事で、集金先から届けられていました。
このことを聞かされた鼈甲問屋の近江屋卯兵衛は、すっかり長兵衛を気に入り、文七とお久を夫婦にさせて、麹町貝坂で元結屋の店を開いた・・・というお話です。メデタシ・・メデタシ・・・。