29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

個々の子どもは努力させつつ、教育制度にはあまり期待するな、と

2015-07-17 11:29:09 | 読書ノート
中室牧子『「学力」の経済学』Discover21, 2015.

  さまざまな教育方法の効果を統計を使って検証した入門者向けの書籍。データを根拠とした、エビデンスに基づいた教育政策を主張するもので、その背景には「思い込み」に基づいた教育言説によって日本の教育政策が振り回されることへの著者の危惧がある。ただし、紹介される検証結果の多くは、米国で行われた実験によるものである。

  まず第1章で因果関係の解釈について説明し、そのあとの第2章と第3章は家庭でできそうなことの話である。ご褒美で釣って勉強させても問題ない、努力をほめよ、子どもの勉強には親も付き合え、悪友を避けるには引越を厭うな、テレビやゲームに悪い影響はない、幼児教育に投資したほうが効果的、自制心や最後までやりぬく力が重要、などと説得される。ここは、この分野に関心を持っている人ならばすでに聞いたことのある話がほとんどだろう。

  続く第4章と第5章は政策的な話で、少人数教育には学力向上に対する大きな効果はない(けれども貧困家庭の子どもだけは別)、学力は遺伝的能力や家庭環境によってかなり決まってしまうものなのでそもそも教育政策の効果を過大に見積もってはいけない、ただし個々の教師の力量は遺伝や家庭がもたらす格差を覆すものでその学力への影響は大きい、しかしながら教師間競争を煽ったり研修を受けさせたりしても力量は向上しないと説かれる。最後の補論はランダム化比較実験の説明である。

  以上。近年の動向をコンパクトにまとめた良書で、「教育経済学」への興味とは無関係に、効果のある教育方法や政策について興味がある向きを満足させる内容だろう。きちんと参考文献リストも付されている。

  個人的には、本書の内容に従うと、マクロとミクロでは異なる態度を採らなければならなくなるという点は気になった。教育政策によって学力差を大きくコントロールすることは難しいということを認識する──すなわち教育への多大な投資は社会的に見て効率的ではない可能性もあることを認識すべきという──一方で、個々の子どもに対しては生まれによってではなく努力によって人生が決まるのだと諭して勉強させる必要があるということだ。これが親や教師に求められる芸当なのか。ちょっと難しいよな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする