小松左京氏の才能と想像力・創造力がいかんなく発揮された日本SF小説史上の傑作!・・・なのだろう。比較的単純なタイムスリップもの、あるいは何らかの時を超えた物語と想像して読み始め、凄い小説だなあと思いながら読み進めたのだが、途中からは著者の気宇壮大なアイデアとストーリーについていけなかった。究極のパラレル・ワールドものでもあるし、理解できない個所が色々あった。ビックリ度では90点超クラスなのだが、私の理解力不足もあって惜しくも80点しか付けられず。それにしてもこの小説が1965年に書かれたとは!絶句である。
********* Amazonより(出版社/著者からの内容紹介)*********
N大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、研究所の大泉教授とその友人・番匠谷教授から一つの砂時計を見せられる。それは永遠に砂の落ち続ける砂時計だった! 白堊紀の地層から出土されたというその砂時計のなぞを解明すべく発掘現場へと向かう一行だったが、彼らは知る由もなかった──その背後で十億年もの時空を超えた壮大な戦いが展開されていようとは。「宇宙」とは、「時の流れ」とは何かを問うSFの傑作。(解説・大原まり子)
********************************************************
【注意:以下、ネタバレあり】
地球滅亡の危機、(大)脱出計画など、ちょっと後年の(?)「さよならジュピター」に似たところもあった。----これも感想が書けていませんm(_ _)m。しかし、突然、宇宙人(実は未来人!?)が出てくるとは!これにはビックリしました。究極のパラレル・ワールドものとしての表現、「しかし、あれは、君の地球ではない」や「系統樹のような地球の歴史を一挙に理解できる----ある枝は、途中でぷっつり切り取られ、地球の歴史はそこで終わっていた。・・・また、ある枝は、ねじまがって、輪状になってもとの方につながり、ある枝は、はるか未来の方向へのびていた」も凄い。
野々村-N
松浦 -マツラ
二人の対決、時空を超えた追跡行の凄まじさ。
実は松浦の息子が野々村だった!?(宇宙艇の中で松浦の子を宿したエルマ)
結局、宇宙に支配者はいるのか? クロニウムの真の正体とは? 人類の進化は全て未来人が過去に持ち込んだもの? 時空を超えた戦いの意味は?----征服者・支配者とそれに反抗する者たちとの果てしない戦い? 階梯・・・
第十章の「果しなき流れの果」。めくるめくようなマツラの上昇と墜落。その過程で、マツラがかい間見た宇宙の真理(?)。最後の方はもう頭クラクラで、何だか訳が分からない状態だった。
数十年もの間、野々村の帰りを待ち続けた佐世子の生き方が印象的。
第二章の後ろのエピローグ(その2)が日本の小説らしくて感動的だった。
その老婆の姿に、いつのまにか連れができたのは、二十一世紀にはいってだいぶ
たってからだった。-老婆と同じくらい年をとった老人で、老婆と同じようにおだやかな
顔つきをしていた。-お佐世ばあさんも、話し友だちができたし、心丈夫やろな-。
第十章の後にエピローグ(その1)を持ってきた構成も味わい深い。それまでの超ハイスピードから急転直下、ラストのゆったり、しみじみとした描き方に哀感あり。日本人ですなあ。
大阪人なので、金剛・生駒、葛城山といったなじみのある地名が出てきたのは嬉しかった。また、織田、徳川、武田、真田といった戦国武将の名が出てきたのにも驚いた。更には明智光秀とおぼしき人物のことが出てきたが・・・。小松左京氏の日本人ならではのエピソードのまぶし方、発想のしなやかさにも唸った。