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連合・芳野会長が自民党大会に出席へ

連合・芳野会長が自民党大会に出席へ 

26日開催予定の自民党大会に、連合の芳野友子会長が出席する意向を固めた。

リンカーンの有名な演説に「人民の人民による人民のための政治」がある。これが民主主義の根本だと思う。民主主義政治を実現するのに選挙がある。人民は人民のための政治をする政治家を選挙で選ぶ。
注目するべきは人民のほとんどは労働者であることだ。
自民党が与党であることは多くの労働者が自民党を支持し投票したからだ。自民党は労働者のための政治をやっているのである。だから過半数の議席を確保して与党になっているのだ。もし、自民党が労働者を搾取し貧困に追い詰める政治をしたなら労働者の支持を失い、議席は減り与党から転落するだろう。
共産党や旧社会党の左翼が労働者の味方であるというのは嘘である労働者の味方であったら選挙に勝ち政権を握っているはずである。選挙に負けているということは労働者が支持していないからである。共産党、左翼は労働者の味方ではない。

連合会長が連合参加の労働組合だけではなく日本の労働者のための広い視点に立つなら自民党大会に参加するべきである。

2001年に現役総理大臣の小泉純一郎氏は連合大会に参加した。連合と自民党の壁を乗り越える行為として画期的であったが、自民党の首相が参加したのは小泉首相だけであった。
連合会長が自民党大会に参加し、自民党の首相が連合大会に参加するということは国民の意思に沿うことである。国民の意思を尊重して連合と自民党のイデオロギーの壁を越えてもらいたい。故翁長知事の名言である「イデオロギーよりアイデンティティー」の関係を築いてほしい。というより日本の政治はそんな時代になってきた。
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維新・松井氏 共産党は「言論の自由奪うおそろしい政党」 

維新・松井氏 共産党は「言論の自由奪うおそろしい政党」 

 共産党は、党内部の「民主的」手続きを経た決定については、全党で一致して統一行動をとる「民主集中制」を組織原則としていると説明し、共産党は民主主義であると主張してきた。「党内部」のことは秘密であり誰も知らなかった。マスメディアが調査することもできなかった。外から知ることができなかった「民主集中制」の実態は民主的ではないことを松竹氏が内側から暴露したのである。松竹氏は党首公選によって共産党の民主化を主張した。すると共産党は松竹氏を除名した。共産党の非民主主義が明らかになると他の政党が共産党批判を始めた。

日本維新の会の松井一郎前代表(顧問・大阪市長)は共産党が松竹氏を除名処分にしたことを「(共産は)言論の自由を奪うおそろしい政党だ」と批判した。
 松井氏は、松竹氏の主張は支持率低下や議員数減に苦しむ党を憂慮しての発言だったとの見解を示し、「党のために問題提起したのに、除名されるというのは民主主義じゃない。党の体質がみえた」と述べた。国民民主党の玉木代表は「民主主義の政党ではなく全体主義の政党と思われても致し方ない」と語った。
 マスメディアだけではなく政党が共産党を「民主主義ではない」「全体主義」と批判した。政党に「民主主義ではない」「全体主義」と突き放されたのは共産党にとって大きな衝撃である。民主主義は日本政治の根本である。民主主義ではないと言われた共産党は政党としての資格がないと判断されたに等しい。
 共産党は立憲民主との共闘を目指しているが、立憲民主は共闘をきっぱりと断るだろう。

 共産党は今まで以上に孤立していく。共産党の孤立は止まらない。議会制民主主義を否定している共産党が議会制民主主義国日本で孤立していくのは当然である。
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強烈な爆弾松竹氏を除名 しかし、共産党の衰退は進む

強烈な爆弾松竹氏を除名 しかし、共産党の衰退は進む

 共産党は、党員の直接投票で党首を選ぶ「党首公選制」導入を求めている現役党員でジャーナリスト・編集者、松竹伸幸氏(68)を党規約上最も重い「除名」処分とする調整に入った。
松竹氏が主席公選を要求したのは党首を党員の選挙で選ぶことである。要求した原因は「2つの国政選挙で共産党が後退した」ことへの危機感である。松竹氏は共産党の復活を目指して主席公選を要求したのである。共産党は復活を目指している松竹氏を除名するのである。除名の理由は「『党の内部問題は、党内で解決する』という党の規約を踏み破るもの」だからである。主席公選の効果についてはなにも述べていない。

 志位委員長は共産党内で公正な手続きで委員長は選ばれると述べ、選挙に匹敵する手続きで党首は決まるイメージを記者に述べてきた。今回の松竹氏の発言で共産党は公選をしないで党首を決めていることが明らかになった。共産党のイメージダウンは避けられない。
 共産党支持者は離れ、選挙の時に投票していた無党派も投票しなくなるだろう。
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75年間 沖縄は一度も攻撃されなかった その理由を解明してから攻撃されることを主張しろ

75年間 沖縄は一度も攻撃されなかった その理由を解明してから攻撃されることを主張しろ

戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボシア戦争、イラク戦争、アフガン戦争で沖縄の米軍は戦った。アジアの国々と戦争をしたが一度も沖縄が攻撃されたことはなかった。沖縄駐留の米軍はアジアで多くの国と戦争しのに一度も攻撃されなかったのだ。
沖縄を基地強化すれば攻撃される。攻撃されないために日米政府は基地強化をしないで平和交渉をするべきであると主張する学者やジャーナリストは多い。戦争をしないために基地強化をするなと主張する学者とジャーナリストたちよ。沖縄が75年間攻撃されなかった原因を説明しろ。説明して初めて基地強化すれば攻撃されることが納得させることができる。
説明できるはずがない。沖縄が攻撃されなかったのは米軍が強かったからだ。それが一番の理由だ。
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米国統治時代から米国が民主主義であることを知っていた

米国統治時代から米国が民主主義であることを知っていた

 「基地のない平和沖縄」という反戦平和の思想に高校生の時から反対だった。いや、中学生の時からだ。沖縄の平和を維持するためには米軍基地は必要であると考えていた。「沖縄に内なる民主主義はあるか」に掲載した。
琉大生の反戦・平和主義に反発する
一九六五年、高校二年生の時に読谷飛行場でパラシュート降下訓練のジープに少女が圧殺される事故が起こった。圧殺事故への抗議集会が喜名小学校であり、読谷高校生であった私は他の生徒と一緒に抗議集会に参加した。
集会が終わると多くの人がバス停留所に集まったので、バスに乗るのにかなりの時間を待たなければならなかった。私はバスに乗らないで歩いて帰ることにした。多くの人がぞろぞろと喜名から嘉手納方向に1号線(現在の国道58号線)を歩いていたが、私の隣を歩いていた琉大生が私に話しかけてきた。彼と私は討論になった。学生は平和憲法の話をやり平和のために日本は軍隊を持つべきではないといい、沖縄の米軍基地は撤去するべきであると話した。
私たちが歩いている1号線の左側には嘉手納弾薬庫の丘が黒く横たわり、正面には嘉手納飛行場の明かりが煌々と輝いていた。嘉手納弾薬庫には核爆弾が貯蔵されているという噂は子どもの頃から聞いていた。第三次世界大戦が起こったら核爆弾を貯蔵している沖縄は真っ先に攻撃されて沖縄の人間は一瞬のうちにみんな死んでしまうという話は何度も聞かされた。もし、明日第三次世界大戦が起こるとしたら死ぬ前になにをしたいかなどと子ども同士で話し合ったこともあった。
だから、私は子どもの頃から戦争には敏感になっていた。中学生の時にキューバ危機があった。ソ連がキューバにミサイル基地を造ろうとしたのに対してケネディ大統領はもしキューバにミサイル基地をつくるならソ連と戦争するのも辞さないと宣言し、ミサイル基地をつくろうとソ連の輸送船がキューバに向かった時、ケネディ大統領の命令で核爆弾を積んだ多くの爆撃機が飛び立ち、ソ連と一触触発の事態になった。このニュースを聞いた時、私はいよいよ第三次世界大戦が始まるかも知れないとびくびくした。幸いなことにキューバ危機は回避され、世界大戦に発展することはなかった。キューバ危機の回避は勇気あるケネディ大統領のお陰だと思った私にとってケネディ大統領はヒーローだった。
高校生のときはベトナム戦争が激しくなっている時期であった。毎日嘉手納飛行場からB52重爆撃機がベトナムへ飛び立ち爆弾を落として帰ってきた。エンジン調整の爆音は一晩中続いた。テレビの音も話し声も聞こえないくらいに爆音はひどかった。あの頃が嘉手納飛行場の爆音が一番ひどい時期であった。
毎日ベトナム戦争の悲惨な状況が報道されていた。しかし、私は沖縄の米軍基地を撤去してほしいという考えはなかった。むしろ、米軍基地をすべて撤去すれば、他の国が沖縄を攻めてくるかもしれないという恐怖のほうが強かった。
私は、アメリカ軍がベトナム戦争に敗北した時、南ベトナムを占領した北ベトナムやベトコンはアメリカ軍基地がある沖縄を攻撃するかどうかについて考えたこともある。
アメリカがベトナム戦争でなかなか勝てないのは核兵器を使わないからである。もし、アメリカが戦争に勝利することだけを目的にして北ベトナムやベトコンの居る場所に核爆弾を落とせばアメリカが勝利するのは簡単である。しかし、アメリカは核爆弾を使わなかった。アメリカは南ベトナムを守るのが目的であり、なにがんでもベトナム戦争に勝つのだという考えがアメリカにはなかったからだ。それに核爆弾を使えばアメリカは世界から非難されただろう。アメリカは核爆弾を使うわけにはいかなかった。
南ベトナムを支配した北ベトナムとベトコンが沖縄を攻撃した時にアメリカ軍はどうしただろうか。その時は、ベトナムに核爆弾を投下してベトナムを廃墟にしてしまうことも辞さなかっただろう。そのことを知っている北ベトナムやベトコンが沖縄を攻撃するのはありえないというのが私の考えだった。アメリカ軍が沖縄に駐留している間はベトコンだけでなくどの国も沖縄を攻撃することはないと私は考えていた。

私は、「命どぅ宝」と「物喰ゆすどぅ我が主」の格言への反発や子どもの頃から戦争に対して敏感になっていたから、琉大生の憲法9条の平和論や米軍基地の撤去論に納得できなかった。自衛隊を廃止し、米軍が撤去した日本・沖縄は戦いに弱い国になる。弱い国が他の国に侵略された歴史は数多くあった。米軍基地がなくなれば平和で豊かになるという考えは非現実的であると高校生の私は考えていた。日本が無防備になれば日本を植民地にしようと侵略してくる国は絶対あるはずである。どこかの軍隊が侵略してくれば武器を持たない日本・沖縄は簡単に占領されてしまう。沖縄の人々は抵抗することもなく奴隷にされてしまうだろう。
私は琉大生の話に反発した。内心では、「お前のようなきれいごとを言っても冷酷な世界には通用しない」と思いながら、「外国が攻撃したら日本・沖縄はどうすればいいのか」と私は琉大生に質問した。話の腰を折られた琉大生は一瞬言葉に詰まったが、軍隊がいなくても大丈夫であると色々説明をした。琉大生の話した内容は記憶に残っていないが彼の説明に私は納得できなかったことを覚えている。軍隊がいなければ敵に支配されるのは明らかであり、単純明快な理屈である。琉大生の説明に納得しない私は、「外国が攻めてきたらどうするのか」という質問をしつこく繰り返した。
私のしつこい質問に困り果てた琉大生は人民軍を結成して敵と戦うと言った。私は人民軍も軍隊ではないかと琉大生に言うと、彼は自衛隊やアメリカ軍は軍隊であるが人民軍は軍隊ではないと言った。
琉大生は、自衛隊やアメリカ軍は国家がつくった軍隊であり支配者の利益のための軍隊である。しかし、人民軍は人民がつくる軍隊であり人民のための軍隊であるから自衛隊やアメリカ軍とは違うというような説明をしたと思う。学生は中国の人民解放軍をイメージして話したのだろう。
民主主義国家の軍隊はシビリアンコントロールされているから人民軍と同じであるという考えが私にはあったが、高校生の私は筋道をたてて説明することはできなかった。琉大生と私は話がかみ合わないまま終わった。

 敵が攻めてきたら自分たちを守るために戦うのは当然である。沖縄戦の時、民間人が日本軍と一緒に戦ったのを私は当然の行為だと思った。中学生が鉄血勤皇隊として勇敢に戦ったのを私は賞賛するほうだった。戦後生まれの私は軍国主義少年ではない。天皇のために戦う考えはなかった。しかし、敵が沖縄を攻めてきたら家族、親戚、仲間や沖縄の人々を守るために戦うのは当然であると考えていた。占領されれば奴隷になる。奴隷にならないためには戦うしかない。そのように私は考えていた。
 「命どぅ宝」の思想は命が惜しいから侵略してきた敵軍と戦わないで降伏し、敵の奴隷になる思想である。沖縄の「命どぅ宝」と「物食ゆすどぅ我が主」の格言は奴隷の精神である。二つの格言は沖縄の農民の奴隷精神の表れだと考えるようになった私はふたつの格言を誇らしげに話す教師にむかついた。
     沖縄に内なる民主主義はあるか
少女の死によって米軍は読谷飛行場でのパラシュート訓練を止めた。

沖縄が米国の植民地ではないこと、米国が帝国主義ではなく民主主義国家であることを米国が統治していた沖縄で育ちながら分かった。
米国はベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争と多くの戦争をし、支配していった。だから、帝国主義と見られてきたが、私は米国が民主主義のために戦争をしていると理解していた。米国が民主主義のために戦っていることが分かった戦争がウクライナ戦争である。ウクライナの自由と民主主義を守る戦いに米国は莫大な支援金と武器を援助している。民主主義の台湾を独裁中国の侵攻から守ろうとしている。
米国は武器で民主主義を守ろうとしている。高校生の時に知った米国の民主主義は今も健在である。民主主義が拡大していくことを望む。
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デヴィ夫人は素晴らしい 森、宗男最低

デヴィ夫人は素晴らしい 森、宗男最低

 デヴィ夫人がウクライナに行き、支援物資を届けた。



「ウクライナを民主主義の墓場にしてはならない」


 デヴィ夫人の言葉である。日本人でウクライナ戦争がウクライナの民主主義を守る戦いであることを発言したのはネットで見る限りデヴィ夫人が最初である。
ウクライナの民主主義を守る戦いであると明言したマスメディア、ジャーナリストは居ない。

 全然予想していなかったデヴィ夫人の行動に驚き、感動した。もう一つ驚いたのがある。
「デヴィ夫人の名指し「老害」に宗男氏猛反発「老害はあなた」「文句あるなら言ってこい」ウクライナめぐり批判の応酬」のニュースが映像と一緒に掲載されていた。その映像がユーチューブに刑されると14時間で1281件のコメントがあった。ほとんどのコメントはデヴィ夫人支持である。森、宗男氏支持派ほとんどいない。市民の意見が公に発表される。ネットは発言がマスコミに占有されていたのを市民に開放した。これこそ表現の民主主義化である。

デヴィ夫人の名指し「老害」に宗男氏猛反発「老害はあなた」「文句あるなら言ってこい」ウクライナめぐり批判の応酬
 https://www.youtube.com/watch?v=KS7PGOXmZuE

 維新の会は宗男発言を問題にするべきだ。プーチン独裁がウクライナを支配する目的で侵攻したのがウクライナ戦争であることはほとんどの国民が知っている。ユーチューブのコメントを見れば分かる。ところが宗男氏は独裁者プーチンを支持している。宗男氏は維新の会に所属している。維新の会が宗男氏の発言になにもしなければ維新の会が宗男氏と同じ考えである思われる。宗男氏は維新の会の支持率を下げこそすれ上げることは絶対にない。
 維新の会は宗男氏と徹底討論をするべきである。宗男氏がプーチン支持を反省しないのなら維新の会から除外するべきだ。
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10年前の「オール沖縄」はすでに破綻している

10年前の「オール沖縄」はすでに破綻している

 10年前の1月27日に沖縄の41市町村長と議会議長が参加したデモが東京であった。このことを琉球新報と沖縄タイムスは報道した。
琉球新報
「オール沖縄につながる建白書から10年 地元の民意、無視する形変わらず 辺野古断念の署名も呼びかけ」「『日本から出て行け』 沖縄からの要請団に10年前、銀座の沿道から投げられた言葉 今の空気は」
沖縄タイムス
「再び銀座を行進、沖縄の過重な基地負担を訴え 保革を超えた上京行動から10年」「沖縄知事が辺野古埋め立て承認、普天間合意から17年」
の記事を掲載した。
10年前の東京デモはオスプレイの普天間飛行場配備に反対、米軍普天間飛行場の県内移設断念を求めるものであった。東京デモの後に翁長那覇市長を中心とした保守と共産党・社大党・社民党の左翼系が合流してオール沖縄を結成した。

琉球新報は、デモ隊に対して「売国奴」「日本から出て行け」と沿道から憎しみに満ちた言葉が飛んだことを取り上げている。そのことはデモ隊にや大きなショックを与えたが、それよりもショックであったのはで沿道の無関心さであったという。このことを新報は次のように書いている。
「先頭を歩いた那覇市長(当時)の翁長雄志さん(享年67)は、帰沖後、妻の樹子さんに「汚い言葉より沿道の無関心さがショックだった」と打ち明けた。後に市議会で当時の心境を問われ「(多くの国民は)何事も起きていないかのように目と耳をふさぎ、思考停止状態に陥っている」と振り返った・・・・。
新報は10年前の無関心よりも今の方が無関心がひどくなっていると指摘している。

あれから10年。当時の参列者は国内世論が「さらにひどくなった」と感じる。ロシアのウクライナ侵攻、強調される台湾有事。自衛隊強化も進み、沖縄の負担は増すばかり。インターネット上にはあの時と同じ沖縄憎悪の言葉が並ぶ。もっと多くの無関心が潜む」
と新報は述べている。政府は聞き耳を持たず、裁判所は政府よりの判決を出した。本土の無関心との戦いは今も続いていると指摘している。
 
 東京デモは2013年である。私はデモの一年前の2012年に「沖縄に内なる民主主義はあるか」を出版した。その本に「普天間飛行場の移設は辺野古しかない」を掲載した。
2005年に稲嶺恵一元知事は知事は小泉首相に米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古崎への移設案は「容認できない」と述べ、県外移転を求めた。小泉首相は稲嶺知事の要求に応じて県外移設地を探した。
私は県外移設ができないことを知っていた。普天間飛行場を移設する原因は1995年(平成7年)に米兵たちが少女暴行したからである。
米兵は殺人訓練を受けている。米兵は殺人、婦女暴行をやるという噂が全国的に広まった。だから、普天間飛行場を受け入れる自治体は存在しないと考えていた。それに移設するには普天間飛行場に加えて兵士の家族住む住宅と娯楽施設が必要である。普天間飛行場の2倍の敷地が必要である。そんな場所を探すのは困難である。
普天間飛行場は海兵隊基地である。戦場に真っ先に駆け付けるのが海兵隊である。だから、国外のグアムなどに移設するのはできない。
 普天間飛行場の県外移設、国外移設は不可能であることを知っていた。このことを「沖縄二内なる民主主義はあるか」に書いた。

目次
第五章 普天間飛行場の移設は辺野古しかない 103
沖縄県の人口の推移 104/戦前の沖縄の人口は60万人が限度だった 105/
農業中心の沖縄の人口を推計する 105/沖縄の人口増加は基地経済が原因 108/
宜野湾市の戦後の経済発展の要因 108/沖縄に米軍基地が存在している理由 111/沖縄の米軍基地強化と密接な関係がある旧ソ連圏の脅威的な拡大 114/沖縄の米軍基地強化と密接な関係がある中国の勢力拡大 116/沖縄の米軍基地強化と密接な関係があるアジアの冷戦 116/沖縄の米軍基地強化と密接な関係があった朝鮮戦争 117/普天間飛行場強化は共産主義勢力の封じ込み戦略のひとつであった 119/普天間飛行場の歴史 120/普天間第二小学校 126/普天間第二小学校の移転問題 128普天間飛行場のクリアゾーンに人が住んでいるのは誰の責任か 131/普天間飛行場の移設問題 133/国外移設運動の歴史 135/県外移設運動の歴史 136/沖縄の構造的差別は本当か 137/構造的差別論は反戦・平和主義ではない 140/普天間飛行場の国外移設=グアム移設は可能か 141/普天間飛行場の「県外移設」は可能か 143/県外移設論者たちのずるさ 145/辺野古移設は可能か 147/辺野古は米軍基地を受け入れて繁栄した過去がある 148/今も中国・北朝鮮と周辺国との緊張状態は続いている 150/米軍基地があるから戦争に巻き込まれない 153/沖縄にヘリコプター基地は必要 154

2013年に辺野古移設に関することで起こったことははオール沖縄の東京デモだけではない。仲井真知事が辺野古埋め立てを合意したのも同じ年の2013年である。仲井真知事が辺野古埋め立てに合意する前に私は普天間飛行場の移設は辺野古しかないことを指摘していた。理由は県外移設、国外移設が不可能であるからだ。「沖縄に・・・」で不可能であることを説明した上で辺野古移設しかないと指摘したのである。仲井真知事は私の予測通りに辺野古埋め立てに合意した。
 
東京デモの10年後に「止めよう!  辺野古埋め立て」国会包囲実行委員会は10年前と同じ会場で集会を開いた。当時は41市町村の首長や議会などが結束した集会であったが、今回は主催者発表で約800人参加の小さい集会だった。市町村長は参加していない。沖縄でも集会があった。参加したのは主催者発表で500人だった。10年前とは違って小さい集会になった。10年の歳月が辺野古移設反対のオール沖縄を衰退させていったのである。

県庁前の県民広場で開いたオール沖縄会議主催「民意実現を求める沖縄県民集会」で10年前の41市町村の首長や議会などが結束して安倍晋三首相(当時)に提出した『建白書』は「過去のものではない」と主張した。いやいや過去のものである。
オスプレイは普天間飛行場に配備された。今ではオスプレイ撤去の声は聞こえなくなった。辺野古の移設工事は着々と進んでいる。「建白書」はすでに過去のものとなっている。破綻した10年前の建白書にしがみついているのがオール沖縄である。
タイムス、新報は10年前の建白書提出を報道しているが同じ年に仲井真知事は辺野古埋め立てを政府と合意している。知事は県民の選挙で選ばれているし県民の代表である。県民の代表が政府と辺野古埋め立てを合意したのである。建白書提出よりも埋め立て合意の方が政治としては重い。ところがタイムス、新報は建白書提出だけを報道して、埋め立て合意は報道していない。
2013年には県知事、名護市、宜野湾市が辺野古移設に合意していたのである。3者の合意があったから辺野古移設工事は進んでいる。一方、オール沖縄から保守は離脱し左翼だけになった。辺野古移設反対のオール沖縄は衰退しているのが沖縄の現実である。

2006年(平成11年)に政府と島袋市長は辺野古移設を合意した。合意した理由を述べたPDFである。



普天間飛行場代替移設に係る基本合意書について

普天間飛行場代替施設について、名護市は、平成8年4月、橋本龍太郎首相とモンデール米国駐日大使館との会談で、普天間飛行場の全面返還が合意され、その後、比嘉鉄也元市長、岸本建男前市長、そして私と三代にわたり、この問題に向き合ってまいりました。
平成11年11月沖縄県から普天間飛行場代替施設の移設候補地としての協力依頼を受け、同年12月岸本建男市長が基本条件を付して受け入れを容認し、「普天間飛行場の移設に係る政府方針」が閣議決定されました。その後、同閣議決定に基づき、国・県・名護市を含む関係地方団体で構成する代替施設協議会で、原稿案が合意されました。
この沿岸案は、それまで一度も協議が行われたことはなく、滑走路延長線上に民間住宅が位置し、学校が近在するなど住民生活への影響が鑑みても、全く受け入れることはできないと考えてきました。
 私は、日米安全保障体制を容認する立場でありますが、国が一方的に沿岸案を押し付けるという行為は、断じて行うべきではないと考えておりました。
県内外には、県外移設や国外移設、即時返還を望む声があります。私もできるならば、県外移設が望ましいと考えております。
私はこの問題について、これまでの敬意を踏まえ、何度も何度も自ら問い質し、熟慮に熟慮を重ねてきました。その結果、岸本建男前市長が主張した、原稿案のバリエーションの範囲であれば、久辺三区をはじめ関係機関、団体等の
意向を踏まえ、政府との協議に応じるというという考え方を踏襲することにいたしました。
そして、辺野古地区、豊原地区及び安倍地区の上空の飛行ルートを回避することが、地域住民の生活の安全を確保する上で、譲ることのできないラインだと考えるにいたりました。
 私はこうした基本的な考え方のもとに防衛庁と話し合いを重ねてまいりました。その結果、昨日、防衛庁が提案した内容は、これまで名護市及び宜野座村の要求にある民間築の上空を飛行しないということが示されたことにより、別紙の基本合意を交わすことといたしました。
 今後は、基本合意書をもとに、普天間飛行場の代替施設建設について、継続的に協議を続けることになります。住民生活や自然環境に著しい影響を与えない施設計画となるよう取り組む必要があると考えており、地元、関係機関、団体等の移行を踏まえ、適切に対応していきたいと考えているところであります。
 市民の皆様をはじめ、地元、関係機関、団体等の方々のご理解をよろしくお願いします。

      平成18年4月8日
        名護市長 島袋吉和
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雪でソーラーシステム発電0 テレビでは絶対に報道されないことがネットで公表された

雪でソーラーシステム発電0 テレビでは絶対に報道されないことがネットで公表された

「ソーラーパネルが雪に覆われる!太陽光発電せず重みで倒壊も!原発再稼働か否かで電気代に格差発生」で雪に覆われたソーラーパメルの写真が公開された。(詳しくはブログ「正しい歴史認識」に掲載しています)。

ブログ「正しい歴史認識」



写真を見れば発電できないことが分かる。


個人が写真を撮ってネットに掲載して、拡散した写真である。
「こんな雪が降ったぐらいで使えなくなるソーラーパネル設置を推進してふざけている。
まともな思考が備わっていたら、再エネ賦課金廃止や電気代そのものを抑える政策をやるだろう。
死人が出ないとわからないのだろうな。
国民はATMではない。」
 「これはテレビでは絶対に報道されないことだ」
 
東京都は太陽光パネルの設置を義務化するための制度が2025年4月から始まる。政府もソーラーパネルを推進している。
国、東京都、販売会社などの圧力がテレビやマスコミにはあるだろう。こんな重要なことが今まで報道されていない。ネットがなければほとんどの国民はこの事実を知らなかっただろう。
ネットがあるからテレビが放映しない事実を国民に報せることができるのである。国民への情報を個人がネットで発信できるようになった。情報を報道機関が独占する時代は終わったのである。
キャンプ・シュワブの座り込み看板に対してひろゆき氏が座り込みしている人が居ないのに座り込み日数を書くのはおかしい。座り込みのない日は0にするべきであるとツイートしたので30万人の市民がひろゆき氏の主張を支持した。ひろゆき氏の支持がタイムスや新報の主張をはるかに超えたのがネットであった。
ネットが報道の民主化を拡大したのである。

雪のためにソーラーシステムが発電しないこと、そして、雪の重さで崩壊するのをネットがマスコミ並みに拡散させたこともネットによる報道の民主化である。
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辺野古埋め立ての真実を描いた短編小説「江美とジュゴンとおばあちゃん」

2015年に出版した「ジュゴンを食べた話」の中短編小説「江美とジュゴンとおばあちゃん」である。
大好きなあーおばあちろやんから辺野古埋め立てで海は汚染され、魚、ジュゴン、サンゴが死んでしまうと
教えられた少女は悩む。悩んで末に海が汚染されない真実を知る。

辺野古埋め立ての真実を知ってもらいたいので書いた。

辺野古埋め立ての真実を描いた
江美とジュゴンとおばあちゃん
                   
江美は小学六年生。家は那覇市の郊外にある。家族はお父さんとお母さんと小学三年生の弟の良樹と幼稚園生の妹の亜実の五人である。江美の家の隣には一人暮らしをしているおばあちゃんの家がある。
江美はおばあちゃん子だ。江美が生まれた頃はお母さんも働いていたから、江美の面倒はおばあちゃんがみた。
江美は小学一年生になってからずっとおばあちゃんの家で勉強をしている。おばあちゃんは小学校の先生をしていたから、江美の分からないところを教えてくれたし、ノートの書き方や勉強のやり方なども教えてくれた。おばあちゃんのお蔭で、学習塾に通わなくても江美の成績は優秀だ。

江美がおばあちゃんの家で勉強をしている時、おばあちゃんはテレビを消しているが、ニュースの時間だけはテレビをつけた。その日もいつものようにおばあちゃんはニュースの時間になったのでテレビをつけた。勉強している江美の耳に普天間飛行場という言葉が聞こえたので、算数の問題を解いていた手を休めて江美はテレビを見た。普天間飛行場に江美は敏感に反応する。アナウンサーは、普天間飛行場の移設先である辺野古の海の埋め立てを仲井真知事が承認したと話した。
普天間飛行場は宜野湾市の真ん中にあり、周囲は住宅が密集している。世界一危険な飛行場と言われている。飛行機が墜落するとたくさんの人が死ぬ。何回も墜落したという飛行機オスプレイが普天間飛行場に配備されたからますます普天間飛行場は危険になった。辺野古の海の埋め立て承認のニュースを聞いて、江美はほっとした。
「おばあちゃん。よかったね」
おばあちゃんはテレビをじっと見ていた。
「これで宜野湾市の人が死なないで済むんだ。ああ、よかった」
「なにがいいもんか」
おばあちゃんは不機嫌になっていた。江美はおばあちゃんが喜ぶと思っていた。でも、おばあちゃんは不機嫌だ。なぜだろう。
「だってさ、オスプレイが墜落したら普天間飛行場の周りのたくさんの人が死ぬんでしょう。辺野古に移ったら人が死ななくて済むよ。おばあちゃんはうれしくないの」
「うれしくないね」
「どうして」
おばあちゃんは答えないで、
「ヨーカンを早くお食べ。ジュースも飲んでいないじゃないか」
と言った。イライラしているおばあちゃんは辺野古の海の埋め立てについて江美と話したくないのか、ヨーカンを食べるように江美をせかした。江美はおばあちゃんにせかされて、ヨーカンを食べてジュースを飲んでからおばあちゃんに訊いた。
「どうして、おばあちゃんは辺野古の海の埋め立てがうれしくないの」
「辺野古の海を埋めたら、ジュゴンが死ぬ、魚が死ぬ、サンゴが死ぬ。辺野古の海が死ぬ。辺野古の海を埋め立ててはいけない」
江美は納得できなかった。
「普天間飛行場があると周囲の人が死ぬとおばあちゃんは言ったんだよ。ジュゴンや魚やサンゴの命より人の命が大事だよ」
「江美はいつから自然の命を大事にしない薄情な人間になったのか」
江美にはおばあちゃんの言っていることが分からなかった。おばあちゃんは人の命が一番大事、命どぅ宝と何度も江美に教えた。だから江美は人の命が一番大事だと信じている。
「だって、人の命が一番大事だっておばあちゃんは江美に教えたんだよ」
「人の命も大事。ジュゴンや魚の命も大事。サンゴの命も大事」
江美は人の命が一番大事だとずっとおばあちゃんに教えられてきた。急にジュゴンや魚やサンゴの命も大事だと言われても納得することはできなかった。江美は混乱した。
「でも」
やっぱり人の命のほうが大事だよと言いたい江美だった。しかし、おばあちゃんの声は鋭く、怖い顔をしていた。おばあちゃんの権幕に押されて江美はなにも言えなかった。
「さっさと勉強をしなさい」
そう言うとおばあちゃんはお茶を飲んだ。 
江美は勉強を始めようとしたが、意味不明のおばあちゃんの怒りに動揺し、勉強をすることができなかった。江美の目から急に涙が出てきた。涙は一つ二つとノートに落ちた。涙は止まりそうもない。もう、勉強どころではない。泣いているのをおばあちゃんにばれたくない江美は立ち上がり、教科書とノートを抱えて玄関に向かった。急に立ちあがった江美におばあちゃんは驚いた。
「あれ、江美、どうしたのか。勉強は終わったのか。ヨーカンはまだ残っているよ」
江美は振り返らないで出て行った。

 二階の勉強部屋に入ると、声が外に洩れないように口を押えて江美は泣いた。江美は泣き虫だ。算数の問題が解けないと泣くし、おばあちゃんに叱られるとすぐ泣いてしまう。
「江美は泣き虫だねえ」
とおばあちゃんはあきれる。
 江美はおばあちゃんの前でよく泣いた。でも、今日は泣いているのをおばあちゃんに見られたくなかった。だから、おばあちゃんの家を出た。こんなことは生まれて初めてだ。
 おばあちゃんが厳しい顔で「江美はいつから自然の命を大事にしない薄情な人間になったのか」と言った時、江美の頭の中は真っ白になった。頭の中が真っ白になりながら、「だって、人の命が一番大事だっておばあちゃんは江美に教えたんだよ」と言ったのはおばあちゃんに反発したからではなかった。江美はおばあちゃんの教えをちゃんと守っているんだよと訴えたかったのだ。「ああ、そうだったねえ。江美はおばあちゃんが教えたことをちゃんと守っているんだ。ごめんごめん」という返事がおばあちゃんの口から出るのを江美は期待した。でも、おばあちゃんの口から出たのは違っていた。「人の命も大事。ジュゴンや魚の命も大事。サンゴの命も大事」と今まで聞いたことがないおばあちゃんの言葉だった。江美の考えは間違っているとおばあちゃんに言われた気持ちになった。
大好きなおばあちゃんの教えを守ってきたのに、江美の訴えをおばあちゃんは分かってくれなかった。江美の気持ちを理解されなかったことがくやしくて悲しかった。

 おばあちゃんは江美をひめゆりの塔や摩文仁の丘などの戦跡地によく連れて行った。そして、人の命は一番大事だと教えた。人の命を奪う戦争は絶対やってはいけないと教えた。江美はおばあちゃんの話は難しくてよくわからなかったが「うんうん」と素直に聞いた。
おばあちゃんと一緒に戦跡地に行くとアイスクリームやお菓子を買ってくれるしレストランにも連れて行ってくれるから江美はピクニック気分で行っただけだった。しかし、少しずつおばあちゃんの教えが分かるようになってきた。二年前のオスプレイ配備反対の県民大会に江美はおばあちゃんに連れられて行った。いつ墜落するかもしれない恐ろしい飛行機オスプレイ。灰色の不気味な姿の写真を見るだけで江美は怖くて体が震えた。そのオスプレイが普天間飛行場に配備されるという。おばあちゃんは絶対反対だと言い、江美も反対だった。県民大会でおばあちゃんも江美も「はんたーい」の拳を突き上げた。でも、オスプレイは配備された。

 普天間飛行場の周囲には住宅が密集している。オスプレイが墜落したらたくさんの人が死んでしまう。普天間飛行場は一日も早く移さなければならない。だから、仲井真知事が辺野古埋め立てを承認するというニュースが流れた時、普天間飛行場が辺野古に移るから宜野湾市の人たちの命が助かると思って江美はうれしかった。おばあちゃんと一緒に喜ぼうと思った。でも、おばあちゃんは不機嫌になった。
人の命が一番大事だとおばあちゃんは江美に教えてきたのに、おばあちゃんはジュゴンや魚の命も大事だと意味の分からないことを言って江美を突き放した。おばあちゃんの教えを守ってきたつもりの江美だったからおばあちゃんの話に納得できなかったし、突き放されたことがすごく悲しかった。
夕食の時、お母さんが呼びにきたが、江美はおばあちゃんと顔を合わせるのが嫌だったから、宿題をやってから食べると言って、下りていかなかった。暫くしてお腹がぐーぐーと鳴った。江美は部屋を出てゆっくりと階段を下りた。するとおばあちゃんの声が聞こえた。江美は勉強部屋に戻った。それから三十分ほど過ぎて、とてもお腹が減った江美は部屋を出て、階段をゆっくりと下りた。おばあちゃんの声は聞こえない。それでも用心しながら階段を下りた。おばあちゃんは居なかった。江美は一階に下りて行きご飯を食べた。

 翌日、江美はおばあちゃんの家に行かなかった。心配したおばあちゃんは江美の部屋にきたが、ドアの鍵を掛けた江美はおばあちゃんの呼びかけに「今日は一人で勉強する」と言っておばあちゃんの家に行くのを断った。
夕食の時、お母さんが呼びに来た。おばあちゃんに会いたくない江美は宿題があるから後で食べると言った。でも、お母さんは後で食べるのを今日は許さなかった。
「駄目。夕食はみんなで食べるものよ。さっさと下りてきなさい。いいね」
江美は仕方なく一階に下りて行った。
江美はいつものようにおばあちゃんの側に座った。
「今日も一人で勉強かい」
江美は黙ってうなずいた。
「明日はおばあちゃんの家においでよ」
江美は行きたくなかった。でも、断ることもできない。江美はじっと黙っていた。
「江美。ちゃんと返事をしなさい。おばあちゃんに失礼ですよ」
「いいよいいよ、順子さん。江美も小学六年生になったんだ。思春期なんだよ。色々悩み事があるんだよ。口を利きたくない日だってあるさ」
お母さんはおばあちゃんに「躾はちゃんとしないといけないですから」と断ってから、
「江美、ちゃんと返事をしなさい。明日はおばあちゃんの家に行くわね」
と言った。長女である江美にお母さんはいつも厳しい。江美はお母さんには逆らえない。江美は仕方なくうなずいた。
「うなずくだけでは駄目。ちゃんと返事をしなさい。明日はおばあちゃんの家に行くわね」
「はい」
江美は返事した。
「順子さん。無理強いしてはいけないよ」
と言いながら、おばあちゃんはニコニコしていた。江美が明日家に来るのでおばあちゃんはうれしいのだ。

 その夜、江美は夢を見た。ジュゴンが辺野古の海を泳いでいる。すると突然上から黒い雲のような物が落ちてきてジュゴンを覆った。落ちてきたのは土砂だった。非情な土砂はどんどんジュゴンに落ちてきた。ジュゴンはもがき苦しんだ。土砂に包まれたジュゴンは暗い海底に沈んでいった。
「ジュゴンを殺さないでー」
江美は起き上がった。ジュゴンがとても可哀そうで、江美は肩を震わせて泣いた。

 辺野古の海を埋め立てたらジュゴンが死ぬ。魚も死ぬ。サンゴも死ぬ。ジュゴンが死ぬのは嫌だ。魚が死ぬのも嫌だ。サンゴが死ぬのも嫌だ・・・でも・・・オスプレイが墜落したらたくさんの人が死ぬ。ジュゴンや魚が死ぬより人が死ぬのが嫌だ・・・・でも・・・ジュゴンの夢を見た江美はジュゴンや魚やサンゴが死ぬのも嫌だと思うようになった。
 どちらが死ぬのもかわいそうだ。どちらも死なない方がいい。でも・・・。人の命とジュゴンの命を比べればやっぱり人の命が大事だと江美は思う。やっぱり辺野古の海を埋め立てたほうがいい。でも、オスプレイはまだ墜落していない。もしかするとオスプレイはずっと墜落しないかも知れない。辺野古の海を埋め立てたらジュゴンは必ず死んじゃう。やっぱり辺野古の海は埋め立てない方がいい。しかし、オスプレイが墜落しないとは絶対に言えない。いつかは墜落するだろう。一〇年前には沖縄国際大学にヘリコプターが墜落したのだからきっと墜落する。明日墜落するかもしれない。来月か、来年か、五年後か、十年後か。オスプレイはいつか墜落する。オスプレイが墜落したらたくさんの人が死んじゃう。やっぱり、辺野古は埋め立てたほうがいい。でも、ジュゴンが死ぬのは嫌だ。
人が死ぬのも嫌、ジュゴンや魚やサンゴが死ぬのも嫌。おばあちゃんのいう通りだ。でもやっぱり人の命が一番大事。人の命が助かるためにはジュゴンや魚やサンゴが死ぬのは仕方がない。仕方がないけど・・・・・。 ジュゴンや魚やサンゴが死ぬのを認めてしまう江美は悪魔の心になってしまった気持ちになる。江美は悪魔の心にはなれない。やっぱりジュゴンや魚やサンゴが死ぬのは嫌だ。
普天間飛行場のことや辺野古の海のジュゴンや魚やサンゴのことを考え、悩んでいるうちに悲しくなってきて江美の目から涙がこぼれてきた。江美がこんなに悩み苦しむのは生まれて初めてだった。

江美はおばあちゃんの家に行く決心がつかなかった。お母さんと約束したから行かないといけない。でも、気が重い。江美は溜息をついた。
コンコンとドアを叩く音がした。振り返るとドアがバーッと開いて、お母さんが、
「江美。江美の大好きなシュークリームがあるってよ。おばあちゃんが食べにおいでって」
おばあちゃんはわざわざ江美の大好きなシュークリームを買ってくれた。大好きなおばあちゃんが江美に会いたがっている。でも・・・。以前だったら走っておばあちゃんの家に行ったが、今日の江美は違っていた。おばあちゃんに会うのは気が重かった。
「さあ、早く行って」
江美の悩みを知らないお母さんは江美をせかした。でも、江美は行くかどうか迷った。
「なに、もたもたしているの。早く行って」
短気なお母さんは怒った。お母さんに怒られるのが一番怖い江美は教科書とノートを持つと急いで部屋を出た。

 江美はおばあちゃんの家の玄関の前で立ち止まった。
「江美かい。お入り」
おばあちゃんの声が聞こえた。江美はゆっくり玄関の戸を開けた。江美の姿を見たおばあちゃんは立ち上がり、冷蔵庫に行った。
「ほら、シュークリームだよ。早くお食べ」
おばあちゃんはにこにこしていた。
「昨日は、なんでおばあちゃんのところに来なかったのかい。宿題が多かったのかい。だったらおばあちゃんが宿題を手伝ってあげたのに。ああ、そうか。宿題は自分でするもんだと教えたのはおばあちゃんだった。うっかり忘れていたよ」
シュークリームのとろけるようなおいしさとおばあちゃんのとぼけた話を聞いて江美の心がほぐれた。江美は笑った。いつものおばあちゃんと江美に戻った。
勉強をしながらおばあちゃんと話している内に、普天間飛行場や辺野古の難しい悩みは江美の頭からすーっと消えていった。

 おばあちゃんが風邪を引いた。風邪は重く、三日間入院した。
退院した日、江美は学校から帰るとすぐにおばあちゃんの家の玄関を開け、
「おばあちゃーん」
と大きな声でおばあちゃんを呼び、
「なんだい江美」
とおばあちゃんの声が聞こえると、
「ランドセルを置いてくるねえ」
と言って、家に走って行き、タッタッタッと階段を上ってランドセルを置くと、教科書とノートを持ってタッタッタッと階段を下りておばあちゃんの家に行った。
 おばあちゃんは体がだるいと言って横になっていた。
「おばあちゃん、大丈夫」
「大丈夫だ。少し体がだるいだけだ。二、三日すれば元気になるよ」
江美は勉強を始めた。時々おばあちゃんは咳をした。その度に江美は手を止めて、「おばあちゃん大丈夫か」と言いながらおばあちゃんの様子を見た。「大丈夫だ。勉強を続けて」とおばあちゃんは言った。
暫くして、おばあちゃんは起き上がろうとした。
「どうしたの」
「ちょっとトイレに」
おばあちゃんは起き上がるのにしんどそうだった。江美はおばあちゃんが立ち上がるのを手伝った。
「おばあちゃん。江美が連れて行ってあげる」
江美はおばあちゃんの腕を肩に回した。その時、あれっと思った。以前は、つま先立ちをしないとおばあちゃんの肩を担ぐことができなかったのに、今は逆に膝を曲げなければならなかった。まっすぐ立てばおばあちゃんの肩をはずしそうだ。・・・おばあちゃんの身長はこんなに低かったかな・・・。江美はおばあちゃんの身長が低くなったかしらと思った。
でも、それは江美の勘違いだった。江美の身長が伸びたのだ。江美の身長が伸びたのでおばあちゃんの身長が低くなったように感じたのだ。体が大きくなった江美にはおばあちゃんの体重も軽くなったように感じた。前みたいにおばあちゃんの体の重みでふらつくことはなかった。
「おばあちゃんは軽くなったみたい」
「それは江美が大きくなって力が強くなったせいだよ。おばあちゃんより江美のほうが身長は高くなっている。これからは江美の身長がどんどん伸びていって、おばあちゃんが江美を見上げるようになるねえ」
おばあちゃんはうれしそうに言った。
江美はうれしさ半分さびしさ半分だった。江美は今までずっとおばあちゃんに包まれているような気持ちで生きてきた。おばあちゃんはいつまでも江美より大きいと思っていた。おばあちゃんが大きいから江美はおばあちゃんといると安心感があった。江美が大きくなったということはうれしい。でも、もうおばあちゃんは江美を包むことができなくなった。それは少しさびしい気がする。
 おばあちゃんより大きくなった江美には、おばあちゃんに頼るだけではなくおばあちゃんを守っていこうという気持ちが芽生えてきた。なんだか、おばあちゃんとは今までよりも身近な関係になったような気がした。

「おばあちゃん。江美がお湯を沸かしてあげる」
「玄関を掃除するね」
テーブルを拭いたり、お茶を入れたり、洗濯物をたたんだり、肩を叩いたり、足をもんだり、江美はおばあちゃんのために色んなことをやるようになった。
「江美は大人になったねえ」
おばあちゃんは江美を誉めた。それが江美には嬉しかった。

辺野古のジュゴンの夢のことは江美の頭から消え、思い出すことはなかった。ところが人間とは不思議なもので消えていた記憶がなにかのきっかけでふと蘇ることがある。
学校の帰り道で、仲良しの多恵ちゃんが本部町にある美ら海水族館に行ったことを話した。江美も何回か美ら海水族館に行ったので、二人は美ら海水族館の話をした。イルカショー、ウミガメ、マナティーのことを話したが、ジュゴンに似ているマナティーではなく、水族館のジンベエザメの話をした時、なぜか夢に見たジュゴンが江美の頭に浮かんだ。多恵ちゃんと別れて、歩きながら、なぜジンベエザメのことを話した時ジュゴンの夢を思い出したのかを考えた。すると夢の中のジュゴンが水族館のジンベエザメと同じ斜め上の角度に見えたことに気が付いた。そうか、水族館で見たジンベエザメが夢の中のジュゴンになっていたのだ。だから、ジュゴンはジンベエザメのように斜め上に見えたのだ。
江美は立ち止まった。夢が変だ。なにかおかしい。なんだろう。江美は歩き始めた。夢のなにが変なんだろう。なにがおかしいのだろう。そうか、土砂だ。土砂が変だ。夢の中のジュゴンは土砂に包まれて海底に沈んでいった。土砂がジュゴンを包むのはおかしい。土砂は布とは違う。布だったらジュゴンを包むが、土砂は水の中ではバラバラに広がっていくはずだ。土砂が布のようにジュゴンを包んで海底に沈んでいくのはおかしい。江美が見た夢の中の土砂はまるで意思を持っているようにジュゴンを包んでいった。それはおかしい。土砂に意思はないはずだ。土砂は水の中では散っていくはずだ。江美が見た夢の土砂の動きは間違っている。
江美は忘れていた辺野古のジュゴンのことを再び考えるようになった。

ジュゴンや魚はサンゴと違って自由に泳げる。
「そうだ。ジュゴンは泳げるのだから土砂が落ちてくれば急いで逃げればいい。土砂は散らばるから逃げることができるはずだ。たくさんの土砂が落ちてきても土砂に包まれることはないからジュゴンは逃げることができる。辺野古の埋め立て工事が始まればジュゴンや魚は辺野古の海から逃げればいい。そうしたら埋められない」
埋め立てがあってもジュゴンは埋められない。だから、サンゴは死ぬけどジュゴンは死なない。ジュゴンは逃げて生き延びる。江美は大発見をした。
「ジュゴンが死なないことをおばあちゃんに教えよう。江美が発見したことを話せばおばあちゃんは喜ぶはずだ」
と江美は思った。しかし、そう思った後におばあちゃんの厳しい顔が浮かんだ。江美の考えを話したら、もしかするとおばあちゃんはまた怒るかも知れない。おばあちゃんの怒った顔を思い出すと江美の心は萎えた。
 江美はおばあちゃんに話す勇気がなくなった。もしかするとなんらかの理由でジュゴンは逃げられないかも知れない。辺野古の海に沈められていくかもしれない。だから、おばあちゃんはジュゴンが死ぬといったかもしれない。でも、どうしてジュゴンや魚は死ぬのだろう。
辺野古の海が埋め立てられたらジュゴンは生き延びることができるのだろうか、それともできないのだろうか。江美は再び辺野古のジュゴンについて悩むようになった。ジュゴンは死ぬのかそれとも・・・・・・・。

 悩んでいる内に、江美は辺野古の海のことを知らないことに気が付いた。そういえばジュゴンのこともほとんど知らない。ジュゴンの大きさや棲んでいる所やジュゴンが泳ぐ速さなどを江美は知らない。辺野古の埋め立てにしてもどんな方法で埋めるのか全然知らない。あれもこれも知らないのだから江美には手に負えない問題だ。これはジュゴンや辺野古の海や埋め立てについて知っている人しか解けない問題だ。江美があれこれ考えても正しい答えを出すことはできないだろう。ジュゴンがどうなるかはジュゴンや辺野古の海のことをよく知っている人に訊くしかない
。おばあちゃんに訊くのは駄目。おかあさんはきっと知らないだろう。お父さんは知っているだろうか。でもお父さんに訊けばおばあちゃんにばれるかもしれない。それは嫌だ。辺野古のジュゴンのことを調べていることをおばあちゃんには知られたくない。
 江美は色々考えた末に、担任の玉城朱里先生に訊くことにした。朱里先生は先生だからなんでも知っているはずだ。でも、朱里先生は学校の勉強以外のことを教えてくれるだろうか。江美は不安になったが、朱里先生に訊く以外に方法はなかった。江美は朱里先生に訊くことにした。

「朱里せんせー」
三時限目の終わり、江美は廊下に出た朱里先生を追いかけた。
「どうしたの江美さん」
「朱里先生。教えてください。お願いします」
「江美さんが質問するなんて珍しいわね。なにを訊きたいの」
「朱里先生。辺野古の海を埋め立てるとどうしてジュゴンや魚は死ぬんですか」
「え、なんのこと」
江美の質問に朱里先生は面食らった。
「サンゴは逃げることができないから死ぬと思います。でもジュゴンや魚は泳げるから逃げることができると思います。逃げることができるのにどうして死ぬんですか」
江美の質問を朱里先生は理解できなかった。
「なんの話をしているの。先生には江美さんの話の意味が分からないわ。落ち着いて、先生に分かるように説明して」
江美は辺野古の海を埋め立てるとジュゴンや魚やサンゴが死ぬとおばあちゃんに言われたことを話した。そして、ジュゴンが土砂に包まれて海の底に沈んでいく夢を見たことも話した。
「ふうん、そんな夢を見たの。それが本当ならジュゴンが可哀そうだね。江美さんが訊きたいのは辺野古飛行場埋め立てのことね。最近は毎日のように新聞に載っているし、先生の知っている人が辺野古に行ったという話も聞いたわ。先生も江美さんの話と似たようなことを聞いたことがある。でも、先生は詳しくは知らないの」
江美はがっかりした。江美がうつむいて黙ったので、
「ジュゴンや魚が埋め立てで死ぬということはありえないと思うわ。でも江美さんはちゃんとしたことを知りたいのよね」
江美はうなずいた。
「二、三日待ってくれない。先生が調べてみるわ。それでいい」
「はい」

 三日後に、朱里先生は昼休みの時に職員室に来るように江美に言った。
昼休みに江美は職員室に入り、朱里先生を探した。
「江美さん。こっちよ」
職員室の奥のほうで朱里先生が手を振った。江美が来ると、朱里先生は沖縄地図帳を取り出し、北部の地図を開いた。
「江美さん。ここが辺野古のキャンプシュワブよ。そして、ここが辺野古の海で、ここが大浦湾よ。この突き出た岬があるでしょう。ここが辺野古崎といって辺野古飛行場ができるところなの」
朱里先生は辺野古崎の周りを赤鉛筆で記した。
「辺野古飛行場はこのくらいの大きさになるわ」
江美が想像していたのより辺野古飛行場は小さかった。
「埋め立てるといっても、辺野古崎の沿岸部だけよ」
「ここだけですか」
「そうよ。だから、辺野古の海や大浦湾を埋め立てるのではないわ」
「想像していたよりもずっと小さいです。ほっとしました」
「そうよね。先生も調べてみて驚いたわ。辺野古の海が埋め立てられる。大浦湾が埋め立てられると聞いていたから、もっと大きい飛行場だと思っていたわ」
朱里先生は江美を向いた。
「それからね、江美さんが見た夢のことだけど、埋め立てについて江美さんは勘違いしているわ。江美さんは海に土砂を入れると考えているようだけど、埋め立てをやるときは、コンクリートの壁で周囲を囲って海と遮断するの。それから埋め立てるのよ。だから、ジュゴンが泳いでいる上から土砂をかけるということはないわ」
「そうなんだあ」
ジュゴンは土砂に覆われることはない。江美はほっとした。
「埋め立て地域は辺野古崎沿岸だから、大浦湾のサンゴが死滅することもないと思うわ」
「サンゴも死なないんですか」
「そうよ」
「ああ、よかった」
江美はほっとした。ほっとした途端に涙が出た。朱里先生はハンカチを江美に渡した。
「江美さんは辺野古埋め立てのことでとっても悩んだのね。自然を愛する気持ちはとっても大事よ。江美さんの辺野古の埋め立てを心配する気持ちは素晴らしいわ。江美さん、ひとつだけ気になることがあるの、見て」
朱里先生はキャンプシュワブを流れている川を指した。
「この川の名前は美謝川というの。美謝川の上流は緑で覆われた森林地帯なの。森林地帯からは養分をたくさん含んだ水が湧き出るのよ。美謝川に養分豊富な水が流れて、ほら見て、美謝川は大浦湾に出ている。だから大浦湾の自然は豊かなのね。でも美謝川の河口付近は辺野古飛行場になってしまうの。美謝川の河口付近にジュゴンが食べる藻がたくさん生えているらしいけど、ジュゴンの食べる藻場は埋め立てられるわね」
江美はショックを受けた。
「それじゃあ、ジュゴンは飢え死にするんですか」
朱里先生は苦笑した。
「いいえ、そんなことはないわ。ジュゴンの食べる藻はここだけではないの。ジュゴンは別の場所の藻を食べると思うわ」
「その場所はどこにあるのですか」
「それは先生も分からない」
「やっぱりジュゴンは死んじゃうんですか」
泣きそうな江美を見て、朱里先生は困った。
「ジュゴンが藻を食べる場所は辺野古だけではないの。多分北の方に藻場はたくさんあると思う。ジュゴンは一年に五、六百キロも移動するの。ほら、アフリカの像やしま馬やキリンなど多くの草食動物が食べ物を求めて大移動するでしょう。ジュゴンも同じよ。ジュゴンも草食動物だから藻を求めて移動するの。ジュゴンは辺野古に棲んでいるわけではないわ。辺野古には藻を食べにやってきているの。今でもジュゴンは辺野古以外の色々な場所に行って藻を食べているのよ。辺野古の藻場がなくなってもジュゴンは大丈夫よ。元気に生きていくわ」
「本当ですか」
「本当よ。だから、ジュゴンの心配をしなくていいわ」
江美の顔が明るくなった。
「それにね、美謝川の河口は塞ぐのではなくて、辺野古飛行場の隣に河口を移すから、いつかは新しい河口近くに藻が生えてきて、ジュゴンがやってくると思うわ」
「そうなんだ。よかったあ」
江美の悩みは朱里先生の説明で解決した。江美の心のもやもやは消えた。
「朱里先生、ありがとうございました」
「私もとてもいい勉強になったわ。私が江美さんにお礼を言いたいくらいよ」
江美は笑顔で朱里先生にお辞儀をし、職員室を出た。
職員室を出た江美は朱里先生に教えてもらったことを学校から帰ったらすぐにおばあちゃんに話そうと思った。しかし、教室に着くころになるとおばあちゃんに話すかどうか迷った。
あの時のおばあちゃんを思い出した。
「辺野古の海を埋めたら、ジュゴンが死ぬ、魚たちが死ぬ、サンゴが死ぬ。辺野古の海が死ぬ。辺野古の海を埋めたらいけない」
おばあちゃんの顔は江美が見たことのない怖い顔だった。おばあちゃんがなぜあんなに怒ったのか江美には分からない。でも、おばあちゃんはとても怒っていた。
 朱里先生から訊いた話をするとおばあちゃんはどうするだろうか。
「へえ、先生から訊いたの。偉いわね。ああ、そうだったの。おばあちゃんが間違っていたねえ」
と、にこにこしながら江美の話に納得してくれるだろうか。それとも・・・・。朱里先生のように上手に説明できる自信が江美にはない。上手に説明できないと・・・・。おばあちゃんの怖い顔が浮かんだ。江美はおばあちゃんに話すのをあきらめた。

 江美は考えた。辺野古のジュゴンや魚たちのことで江美がとても悩んだことをおばあちゃんは知らない。今はいつもの仲のいい江美とおばあちゃんだ。江美が辺野古のことを心の中に仕舞ってしまえば仲のいい江美とおばあちゃんの関係は続いていく。
もし、江美の本当の考えを話したらおばあちゃんは怒るかもしれない。江美を嫌いになるかもしれない。おばあちゃんの家に行けなくなるかもしれない。それは嫌だ。おばあちゃんとはいつまでも仲良くしていきたい。
おばあちゃんに辺野古の話はしないほうがいい。それが江美のためであるしおばあちゃんのためだ。考えた末の江美の結論だった。
 
 江美にとって困ったことが起きた。おばあちゃんが辺野古に行こうと言いだしたのだ。八月二十三日に辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で大きな集会があるという。おばあちゃんはその集会に江美と一緒に行こうと言った。今までの江美だったら喜んで行った。帰りにおいしい料理やお菓子が食べられるからだ。しかし、江美は辺野古に行きたくなかった。こんな気持ちになったのは初めてだ。
「なぜ行きたくないのかい。帰りに恩納村にあるお菓子御殿に寄ろうと思っているよ。江美の大好きな紅芋タルトが食べられるよ。紅芋タルトの手作り体験もあるらしいよ」
紅芋タルトのことを聞いて江美は生唾をごっくんした。「うん、行こう、おばあちゃん」と言いそうになった。でも、辺野古に行きたくない気持ちのほうが強かった。
「ごめんね、おばあちゃん。江美は行きたくない」
「どうして」
行きたくない理由は言えない。
「どうしても」
おばあちゃんはがっくり肩を落とした。それからのおばあちゃんは元気がなくなった。体も小さくなったように感じた。 

「エミ。辺野古に行かないんだって。おばあちゃん寂しそうだよ。行ってあげたら」
数日後に、お母さんが言った。お母さんがそんなことを言うのは意外だった。小学四年生の時、おばあちゃんが江美をオスプレイ配備反対県民大会に連れて行った時、お母さんとおばあちゃんは大喧嘩をした。
「小さな子供を県民大会に連れていくのは止めてください」
「いいじゃないか。子供の時から反戦平和の考えを持つのは大事だ」
お母さんは一週間もおばあちゃんと口を聞かなかったくらいに怒っていた。そんなお母さんだったのに、おばあちゃんと辺野古に行ってあげてと江美に言う。
「お母さんは二年前は反対したよ。どうして今度は江美に行けと言うの」
「最近のおばあちゃん元気がないわ。辺野古に行ったら元気になるかもしれない」
それはお母さんの言う通りかもしれない。二年前の県民大会でのおばあちゃんは元気だった。昔の友だちと楽しそうに話し合い、孫の江美を自慢していた。おばあちゃんは十歳も二十歳も若返ったように元気になっていた。
しかし、おばあちゃんが元気になるとしても江美は辺野古に行きたくなかった。おばあちゃんはジュゴンや魚やサンゴが死ぬ話をするだろう。おばあちゃんのジュゴンたちの話を聞くのが江美は嫌だった。

おばあちゃんが行きたがっていた八月二十三日は過ぎた。江美はほっとした。でも、辺野古の集会はまたやってくるだろう。次も行かないというとおばあちゃんはとてもがっかりするに違いない。次も行かないとは言えない。どうしよう。江美は悩んだ。
江美は「右の耳から左の耳」ということわざをお父さんから聞いたことを思い出した。お母さんにどんなに叱られても平気なわけはそのことわざがあるからだとお父さんは話していた。辞典で調べると意味は、右の耳から入ったことが左の耳からすぐ抜けていく。聞いたことを片っ端から忘れてしまうことのたとえだった。そうだ、おばあちゃんの話を右の耳から聞いて左の耳から抜かしていけばいい。そうすればおばあちゃんの話を聞くことができるはずだ。江美は辺野古に行っても嫌な思いをしない方法を見つけた。

辺野古の浜で県民集会が九月二十日に開催されることになった。予想通りおばあちゃんは江美を誘った。心の準備をしていた江美は辺野古に行くと返事した。
「辺野古に駐車はできないから、宜野座村の友達のところまでおばあちゃんの車で行って、そこからはタクシーで行こうね」
「タクシーに乗るの。お金がもったいない。バスで行こうよ」
「あそこはバスはあまり通らない。バスを待つのが大変。だからタクシーでいく。江美、恩納村においしい沖縄そば屋があるの。帰りにそばを食べよう」
「うれしい。でも江美はお菓子御殿に行きたい。紅芋タルトを食べたい」
「じゃ、お菓子御殿に行こう。それから沖縄市においしいアイスクリームを売っている店があるから、その店にも寄ろうね」
「おばあちゃん大好きー」
辺野古でおばあちゃんはジュゴンや魚やサンゴが死んでしまう話をするだろう。江美は「うんうん」と、おばあちゃんの話を素直に右の耳から聞いてあげる。そして左の耳からこっそり抜かしていく・・・。

江美はちょっぴり二重人格者になったようだ。おばあちゃんに従順な江美と、おばあちゃんに従順なふりをする江美に。悩んで考え悩んで考えを繰り返していきながら心が少しずつ成長していく思春期の江美である。

「おばあちゃん。紅芋タルトの手作り体験もするんだよね」
「そうだよ。さあ、早く車に乗って」
九月二十日の朝、江美とおばあちゃんは辺野古に向かって出発した。
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共産党に強烈な爆弾投下「シン・日本共産党宣言」

共産党に強烈な爆弾が投下された。「シン・日本共産党宣言」である。著者は現役の共産党員の松竹伸幸である。松竹氏は党の安保外交部長を務めた人物である。
松阪市は共産党が党首公選をすることを要求している。

ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由を松竹伸幸氏は次のように述べている。
「日本の主要政党で党首公選が行われていないのは、共産党と公明党のみである。 約半世紀にわたり、共産党員として活動し、政策委員会で安保外交部長を務めたこともある私が、なぜ、党員による投票が可能な党首公選制を訴え、自ら立候補を宣言するのか? .日本共産党が党首公選を実施すれば日本の政治がマシになるからである」

 共産党は100年間党首公選をしていない。党首公選は共産党の禁句である。禁句である党首公選を党員である松竹氏は宣言したのである。それも党内で主張したのではなく、本を出版し外に向かって主張したのである。
 マスコミは共産党は党首公選をしないで20年も志位氏が党首であることを指摘したが、志位委員長は公正な選挙で選ばれたと主張してマスコミの指摘が間近っていると主張してきた。マスコミはそれ以上深く追及することはなかった。
 しかし、今回は共産党内部から党首公選がなかったことを告発したのである。ごまかしようがない告発である。それも本による告発である。共産党幹部は党首公選していないことを認めざるをなくなったのである。
 松竹氏は党首公選をしていないことを暴露すると同時に党首公選を要求し自分が首席公船に立候補をすることを宣言した。
 党首公選は共産党員に加えて共産党支持者が問題にしていくだろう。強烈な爆弾が投下されたのである。

 同著を執筆した背景について、松竹氏は「2つの国政選挙で共産党が後退した」ことへの危機感をあげている。2つの国政選挙の後退を見て、このままでは本当に共産党が取るに足らない勢力になりかねないと深刻に思ったという。後退した共産党を立て直すために松竹氏は、志位委員長のように自衛隊を否定的に考えるのではなく、政策の中にしっかり位置付けることを提案している。松竹氏は共産党内部で提案したが取り入れられなかった過去があるという。今度は共産党の内部ではなく外に向かって宣言したのだ。
松竹氏は、
「2つの国政選挙の後退を見て、このままでは本当に共産党が取るに足らない勢力になりかねないと考えた時に、この本を共産党の方たちに読んでもらって、党首公選で安保・自衛隊政策を堂々と議論し合うような党にならないとダメだ”ということを訴えたい」
と述べている。

 松竹氏に反論したのは機関紙「しんぶん赤旗」である。赤旗は「党規約に違反する」と述べ、現実的な安全保障政策への転換を求めたことについては、党が掲げる「日米安全保障条約廃棄」「自衛隊解消」に反すると松竹氏の主張を退けた。松竹氏に反論したのは赤旗であり、志位和夫委員長は赤旗に同調する考えを記者団に示しただけであった。
「あの論説に尽きている。赤旗にお任せし、書いていただいた」
志位氏は松竹氏の提案を、
「規約と綱領からの逸脱は明らか」
と断じた赤旗を高く評価しただけで、党首としての具体的な見解は口にせず、「論説に尽きている」と繰り返すだけであった。
赤旗は編集局次長名の記事で、「党の内部問題は、党内で解決するという党の規約を踏み破るものだ」「(党首公選制は組織原則である『民主集中制』と)相いれない」などと松竹氏を批判した。
松竹氏が「専守防衛」を党の基本政策に位置付けるよう主張していることについて、赤旗は「自衛隊合憲論を党の『基本政策』に位置づけよという要求に他ならない」と反論した。今後、松竹氏は赤旗に反論するだろう。今まで内部で押さえつけられていた松竹氏と赤旗の論争が公の場で展開される。共産党では初めてのことである。強烈な爆弾である。

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