ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

アキバの殺人犯の今後

2008-06-09 08:19:43 | 時事
 誰でもよかったといって、わざわざ朝、静岡のレンタカー会社から、トラックを借りてまでして、秋葉原の歩行者天国で、猛スピードで突っ込み3人をはねた後、サバイバルナイフで不適な笑みをしながら、次々と刺し7人が死んで10人が重軽傷を負いました。

 この殺人犯は、犯行当時には心神喪失ということで、裁判の時には罪を問わないという弁護活動が、されるんでしょうか。 いつも感じることですが、誰でも犯罪を起こすときには、理性を忘れ精神的におかしくならなければ、誰も犯罪を犯すことはありません。 心神喪失であるかどうかが、いつも裁判で争われていますが、犯罪者の人格だけが尊重され、殺された人の人権や人格が、尊重されることはありません。

 アキバの殺人犯は、どのような環境、親に育てられたのでしょうか。 我慢をすることができず、我慢するすることを、学んでこなかった環境、経験が、いつも問われることになります。 子供のときに、友達と遊び、なかなか自分の思うように行かないことを、遊びの中で自然と覚えていきます。

 一人遊びのテレビゲームを通して、自分の思うようにできなければ、すぐに電源を切ってゲームをやめればすむ、そんなことしか覚えられなかったとしか、考えられません。 また、両親の愛情がどれほどまでに、注がれてきたんでしょうか。 多分、生命の誕生が生まれる瞬間にも、自分勝手な自分たちの欲望のはけ口だけしか、与えられなかった生命であったようにも、感じられます。

 親の我慢強い気持ちを持った愛し方が、その生命、子供にも注がれれば、決して切れやすい子供には、育つはずがありません。 日常的な不満、自分の思うようにできない人生に対して、自分だけこの世からいなくなればよいものを、わざわざ人通りの多い、日曜日の秋葉原の歩行者天国まで来て、犯行を犯すとは、なんともやるせなく、また、今後の裁判での弁護活動に、思いを寄せてしまいました。