私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

女性

2023-04-23 14:40:09 | 日記・エッセイ・コラム

 

 2023年4月7日付けのブログ記事『ラッカの戦いから何を読み取るか』で紹介した佐藤慧さんの取材レポート過激派勢力“イスラム国”―その闇の最奥を探る―の中にある動画「武器を取る人々/シリア」(YouTube)で、シリアに住む若いクルド人女性の語る言葉が忘れられず、私はその部分を繰り返し視聴しています。彼女はシリア北部のYPJ(女性防衛部隊)に志願して入隊し、戦闘訓練を受けています。「これは女性だけではなく人類全体を守るための戦いです」と胸を張る女性がここにあります。「両親は戦闘に参加することに賛成しているか」との質問に「していない」と答え、「戦うことの恐怖はあるか」との問いには「ありません。私は戦うためにここに来たのですから」と答え、「平和になったら叶えたい夢は何?」と訊かれると「平和を達成することが私の夢です」と静かに言い切ります。何という強く美しく、しかし、悲しい言葉でしょう。佐藤慧さんの取材レポートの日付は3年前、この女性はもう亡くなってしまったかも知れません。シリア北部でのクルド民兵部隊とトルコ軍やISテロ勢力との戦いは未だ続いていますから。

 クルドの女性たちをここまでドライブしたのは何か。彼女自身の実体験として、女性達に襲いかかる苦難に現場で立ち会ったことがYPJ(女性防衛部隊)への参加を促したのだろうと私は想像します。しかし、クルドの女性達の革命的集団行動が近未来のシリアという国の命運を左右するかも知れない(これは私の希望的憶測ではありますが)現在の状況の発端は、実は、クルド人革命家オジャランの驚くべき着想にあります。

 アブドゥッラー・オジャラン(男性)、1949年4月4日生まれ、75歳、クルディスタン労働者党(PKK)の創設メンバー、1999年から現在までトルコのイムラル刑務所の独房に収監されています。この人物については、出版物もネット上の記事も多数あります。オジャラン自身の著作も幾つかありあり、その英訳本を読んで私は大いなる感銘を受けました。何しろ世界の多くの国々がテロ組織と指定するPKKの大親分のような存在ですから、毀誉褒貶まちまち、彼について悪意のある偽報道も流布されているようです。私のオジャラン観も「アバタもエクボ」の嫌いがあるかも知れません。

 オジャランについては、この私のブログで何度も触れてきました。中川喜与志著『クルド人とクルディスタン』 (南方新社、2001年12月)という貴重な著作があります。20年以上前の発行ですが、その中に報告されているオジャランの日本政府観には誠に驚くべき明察に満ちています。2016年2月16日付のブログ記事からコピーします:

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/d/20160216

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オジャンラン 日本は、米国の、極めて存在感の薄い、主体性のない、無人格な共犯者としての行動をとった。まるで村人が地主の言うことなら何でもそれに従うように(笑)。つまり極めて従属的な、そして無個性な政治である。あまりに主体性がない。あまりに限度知らずだ。九十億ドルもの、しかも財源の当てのない巨額な資金を、米国の軍事独占資本家たちに送り届けた。ひと言で言えば、これは、日本政府の責任者が誰であれ、日本政府の主体性のなさを証明するものだ。明日また別の戦争が起こって、また日本が同じように米国を助け、追随するなら、日本はますます墓穴を掘ることになるだろう。
 少なくとも独自の政策をもって登場していたなら、完全中立の立場であれ、調停者の立場であれ、この巨額の資金を使っていたなら、自国民の利益にもなったろうし、同時に中東の人々の利益にもなっただろうに・・・・。しかし、米国の政策にまったく異議を唱えることもなく、米国の命令に従ったことは、日本の人民の利益にも中東の人民の利益にも反する政策である。最悪の政策だ。こんな政策をとるべきではない。
 このような隷属的な立場をとり続けるならば、それは現代において最も危険な、下男としての共犯政治となる。日本の野党がどのような態度をとったのか、詳しくは知らない。しかし私の考えでは、日本は強大な経済力をもった、しかしながら政治的な主体性を持っていない国家である。残念ながら、この事実を指摘しなければならない。言いたくはないのだが・・。経済の面ではあれほど創造的で豊かな力をもっているにもかかわらず、政治の面ではこれほどに無能である、無力である。これは深刻なる矛盾だ。・・・・・・・・
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これは、このインタビューの極めて豊かな内容のごく一部ですが、このインタビューが、1991年6月16日、レバノンのベッカー高原にあったPKKの“ゲリラ”キャンプで行われたことを考えると、“ゲリラ”指導者オジャランの日本政府解析の明哲さにほとほと感心させられます。彼の分析は、全くそのまま、いま現在の日本政府に100%当てはまるではありませんか!

 上のインタビューは湾岸戦争終了後4ヶ月の時点で行われたものですが、それから32年後の現時点でも、オジャランという男の政治的観察の鋭さに改めて感銘をうけます。とにかく瞠目すべき人物です。

 次に「女性」についてのオジャランの考え方を見てみましょう。ブログ記事

中川喜与志著『クルド人とクルディスタン』、REDUX (2019年6月18日)

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/856ab46e7cc51eb0b7563f259f400640#comment-list

の一部分をコピーします。中川喜与志氏が収録された女性問題についてのジャランの長い言及のごく一部です:

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● 自己を認識し、民衆を認識し、人間性を認識する
中川  PKKに女性ゲリラの数が多いのに驚いている。それは、この地域のゲリラ組織としては非常に特異なことではないか、と思うのだが・・・。
オジャラン そうだ、中東では初めての現象だ。
中川  PKKは意識的に女性ゲリラの組織化に取り組んだのか?
オジャラン そうだ。これは本当に興味深い展開だ。中東には他にこのような組織は存在しない。中東においては女性というのは家内奴隷のような存在だ。想像するのだが、日本においてさえも、未だに封建社会の原理が残存しているのではないか。
 今、我々の下で萌芽している民主主義は非常に進んだ民主主義だ。平等主義がかなりの程度まで実現されている。イスマエル・ベシクチも言っているように、クルド人たちは植民地化された民族、全滅の過程にさらされていた民族であったが、そこから今の状態を造り出した。これは「奇跡」である。最も進んだ社会主義、民主主義、非常に生き生きとした暮らし。ここ(軍事キャンプ)には誰にも私生活は存在しない。しかし非常に生き生きとした生活がある。
 我々には極めて残忍な敵が存在する。しかし、この敵に対して、ひとかけらの恐怖も我々は持っていない。まったく情熱に満ちている。これは非常に重要な条件だ。我々がこういう条件を造りだせたというのも、我々は社会主義を、独自な形で、非常に創造的な形でとりいれている。また我々は、民主主義の問題に非常に敏感だ。平等、自由というテーマに特に注意している。我々は、本当の意味で、一人ひとりの人間を創造しているのだ。
 私が努力していることは、一人ひとりの人間が自分のアイデンティティを認識すること、民衆を認識すること、人間性を認識すること、もっとも進んだレベルに立つことだ。抑圧的、利用主義的な傾向(組織の傾向?)を完全に克服しようとしている。すべての関係は良心に基づいている。強制や抑圧は存在しない。完全に自分の信念と自由意志によって行動に参加する、強制的な参加はない。我々は完全な自由意志を引き出している。新しい生き方のテーゼを提示しているのだ。大きな信頼と強い信念に基づいた可能性、生き方を確信させている。これらすべてがPKKを成立させている。
 このことから人々の共感を得ているのである。これは歴史上初めての現象だ。中東において、クルド人の間で、初めてこのようなことが起こった。皆がこの生き方を熱望している。女性たちでさえこの生き方にすべてを賭けようとしている。若者たちは、この生き方を幸せだ、と感じている。かつての生き方よりずっといい、と考えている。(引用終わり)
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 中川喜与志氏のこの著作を今また読み返しています。(RE-REDUX!!)。私の関心をますます強く惹きつけているクルドの女性達については『女達の中東 ロジャヴァの革命』(山科彰訳、青土社、2020年3月)という好著があり、これを読めばYPJ(女性防衛部隊)の来歴がよく分かります。翻訳された原著は2015年発行で、急激に展開するロジャヴァ革命の状況下ではやや古くなったとも言えます。訳書の巻末には松田博公氏の筆になる32頁にわたる up to date な「解説」(2020.1.30) があり、これは必読の文章です。解説の表題は「ネヴァー・エンディング・レヴォリューション」で、3項目:

1  危機にあるロジャヴァ革命

2  諸勢力のせめぎ合いの中で

3  決して終わらない女性革命

から成っています。ロジャヴァ革命の危機は、米国が国際法に全く反して不法占領しているシリア北部北東部地域(シリアの全面積の3分の1を占め、その石油資源と食料生産地を含む)で、YPJを含むクルド人主体の軍事勢力がSDF(Syrian Democratic Forces)の名の下に実際上米国の傭兵としての役割を果たしていることにあります。(因みに日本の自衛隊もSDF(Self-Defense Forces)と略称されます。)シリアをめぐる最近の中東情勢の激変の中でクルド女性達がすでに達成している革命の成果が今後に果たすと期待される役割は極めて大きいと予想されます。第3項目「決して終わらない女性革命」では、「男性を“殺せ”」というオジャランの言葉が紹介されています:

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 オジャランは、「男性を“殺せ”」と言う。男性に対して「自己の内なる家父長制的男性を変えろ」と要求し、女性に対して、男性支配の家父長制から「分離」し自立しなければ、女性の自由はなく、人間の抑圧、自然の収奪もなくならないと呼びかける。

「女性の革命は、革命の中の革命であり、国土の解放よりも優先される。解放された生活は、女性の革命により男性の精神構造と生活が変わらなければ不可能である。それは階級社会に立脚する5000年の文明の革命であり、男性の解放も意味している」

「女性の解放に最もふさわしい回答は、家父長的な男性をつかまえ、分析し “殺す”ことである」。(引用終わり)

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 オジャランには苦い離婚の経験もあるようです。彼の言葉には自分の過去の反省が含まれているのかも知れません。

 この長文の解説の締め括りの部分で「土地の上で歴史をつむぎ、いのちの連鎖を生きる。このクルドの伝統文化の基盤の上に、オジャランはブクチンのソーシャル・エコロジーの思想を受け入れた。そして古代の民衆の自治の記憶を探り、中東の動乱のただ中に希望の未来を構想した。それは、女性が活き活きと自由に生き、そのことによって、子どもも男性も動物も植物も、全生命が連鎖し自由に生きる社会である。」と松田博公氏は述べておられます。これは筆者ご自身の美しいお考えの表出でもあるのでしょう。

藤永茂(2023年4月23日)


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