私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

コンゴの今後(4)

2009-07-22 16:33:34 | 日記・エッセイ・コラム
尿道結石のため、今回は休みます。

藤永 茂 (2009年7月22日)


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ホンジュラスの憲法(続)

2009-07-15 10:00:10 | 日記・エッセイ・コラム
 憲法の専門家でもなく、原語でホンジュラス憲法を読む力もない私には、今回のクーデター事件を合憲違憲の観点から決定的に判断することは出来ず、またそれを試みているのでもありません。私の関心の重点は、ホンジュラスという國の小ささに反して、おそらく世界史的な重要さを持つと思われる今回の事件について、アメリカの代表的マスメディアから、信頼できる情報が得られるか否か、提供される情報自体が政治的操作の一部ではないか、という点にあります。そして、これはマスメディア論の根幹にかかわる一般的問題ですから、日本のアカデミックな専門学者の方々の分析と判断を是非お聞きしたいと願っています。オーウェルの『1984年』的状況は、ソ連政府の崩壊で消滅したのではなく、アメリカ合州国政府において、ますます不気味で陰惨なものに成りつつあるのですから。
 ホンジュラスのクーデターについては、7月9日付けで、アメリカの37名のラテン・アメリカの専門学者やエキスパートが名を連ねてヒラリー・クリントン国務長官宛に送った書簡が公開されました。(主要メディアはあまり取り上げていないようです。)まず、公開書簡の全文を訳出します。
■ 国務長官クリントン様
 以下に署名した我々は、ホンジュラスにおける違法かつ反民主主義的なクーデターによって起こされた危機の解決法として、ワシントンの外交政策サークルの関係者から、早期選挙を推進する提案がなされていることを危惧しています。セラヤ大統領の緊急の復位以外の何ものもホンジュラス人民の意志を侵害することとなりましょう。セラヤの即刻無条件な復位を要求する国連総会と米州機構の決議にしたがって、アメリカ合州国はクーデター政権に対して強力な経済制裁を行うことによって、セラヤのすみやかな復位を確実にしなければなりません。
 違法なクーデター政権が一日でも長く今のままに留まれば、それだけ更に、ホンジュラスが11月に自由で公正な総選挙を享受する可能性が危うくなります。ましてや、それより早い時期など,以てのほかです。このままでは、市民の自由を奪ったクーデター政権の下で、自由選挙のための条件が存在しない状況で選挙が行われることになります。そのような選挙は国際的な合法性を持たないでしょう。合法的な選挙が行われるには、まず民主主義が回復されなければなりません。クーデター政府に如何なる譲歩も行わないことも重要です。もし譲歩すれば、反民主主義的な心情の権力亡者たちに、彼等の政治的意図を進めるために軍事的クーデターを実行するのはうまい手だと思わせるひどい前例を示すことになります。
 銃を突きつけて大統領を誘拐し、コスタ・リカ行きの飛行機に乗せて、不法に大統領府を占領して以来、クーデター政権は思想言論の自由を奪い、ホンジュラス人民を敵のように取り扱っています。彼等は報道管制を敷いて新聞の自由を奪い、ジャーナリストを襲い、拘束し、抗議行動を取り締まり、セラヤ大統領の支持者数百人を拘留し、デモ隊に発砲して少なくとも二人を殺しました。
 クーデター政権は、任期を延長しようとしたセラヤ大統領の憲法違反の動きを阻止するためにクーデターを行ったと主張しています。しかし、事実を調査すると、この主張は民主的政治機構と法の支配に攻撃を加えるためのいかがわしい言い訳であることが分かります。セラヤ大統領が提案していた世論調査は、11月の総選挙の際に、憲法の討議集会を設立するかどうか-についての国民投票を一緒にやるかどうかを問う、結果がどう出ても拘束力のない投票であったのです。その質問の実際の文面は“2009年11月の総選挙中に、新しい政治機構を承認する可能性をもつ憲法制定国民集会を持つかどうかを決める四番目の投票を行うことに、あなたは同意しますか?”となっています。
 セラヤは11月に再選のために立候補しようとはしていませんでしたし、それが可能でもありませんでした。したがって、11月にはセラヤの後継者が選出され、1月には大統領になるように、立候補者が既に予定されていました。セラヤは、6月28日以前に、彼は再選を望んでいないと言明もしていました。再選の可能性は、軍がクーデターを実行した理由ではなかったのです。彼等はセラヤの諸政策に反対であったのであり、時として、クーデターの真の理由について正直でした。クーデターの直後に、ホンジュラス軍の最高指導者ヘルベルト・バヤルド・イネストローサ大佐は“我々がうけた訓練からして、左翼政権とうまくやって行くことは困難だ。いや、不可能だ”と説明しました。
 ホンジュラスの現在の危機に対する唯一の合法的で、公正で、民主的な解決法は、セラヤ大統領を速やかに復位させ、非合法な政権に対して貿易と援助の双方で経済制裁を加えることです。我々は、この成り行きが確実にもたらされるようにアメリカ合州国が率先して行動することを求めます。
敬白
(この後、37の名前が肩書きと所属と共に、続いています。)■
37名の中には、論説などを通して、私も知っている数人の人々が含まれています。
 幾つかの理由(私の、いわゆる、勘をふくめて)から、ここに述べられていることを事実であると判断し、提案されている解決法を正しいものと、私は考えます。その一方で、ホンジュラス問題について、私が特に注意して読んできた有力紙ワシントン・ポストの信憑性は、私にとっては、限りなくゼロに近づきつつあります。
 7月13日付けのワシントン・ポストにJackson Diehl という社説副編集長の筆になる『Double Standards on Latin America』と題する社説がでていますが、上掲の公開書簡と較べると、ひどくネオコン的な内容です。これを読むと、クリントン国務長官は公開書簡の要請に従わないどころか、逆に、陰に陽にクーデター政権を支持する方向に動くだろうと思われます。オバマ大統領は、世界中にスーパー・スター並みのスマイルを振りまきながら、実際の政策としては、ブッシュに劣らない時代逆行的路線を選ぶような気がしてなりません。
  ワシントン・ポストがオバマ政権に癒着していることを示す事件が、つい数日前に明るみに出ました。それは、私が信頼を置いている論客の一人であるBill Moyers によって報じられました。ワシントン・ポストの主で、ワシントン周辺の最有力者の一人であるKatharine Weymouth が、ホワイト・ハウス、内閣閣僚、国会から、そのトップの人たちを彼女の邸宅での晩餐会に招き、今、最重要の国内問題の一つである健康保険制度の改革を、非公式、非公開で、内密に討議することにし、その晩餐会にワシントン・ポストの編集者やリポーターの上層部も同席する計画をたてました。それだけではなく、保険会社の最高責任者たちも一人当たり2万5千ドル(230万円!)の会費で、出席出来るようになっていました。幸か不幸かそうした招待状の一枚が外にもれて、この晩餐会は流れてしまいましたが、保険会社が巨利をむさぼることで数千万人にのぼる低所得層の人々が塗炭の苦しみを嘗めているのに、実質的な政策決定がこのような腐敗した雰囲気のなかで行われようとしているのは、恐ろしいことです。ワシントン・ポストも、よくぞ、ここまで堕落したものです。
 ホンジュラスのクーデター政権を梃子にして、ラテン・アメリカでの民主化の波の巻き返しをオバマ政権は試みることでしょう。セラヤ大統領を骨抜きにすることあたりまでは成功するかもしれず、ラテン・アメリカの歴史の時計をしばらくは押しとどめることになるかもしれません。しかし、未来の歴史家は、2009年の夏、アメリカ合州国は、ホンジュラスで自らの墓穴を掘ったと記録することになると、私は思います。

藤永 茂 (2009年7月15日)


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ホンジュラスの憲法

2009-07-08 10:34:47 | 日記・エッセイ・コラム
 6月28日、中米ホンジュラスでクーデターが起り、セラヤ大統領は国外追放になりました。ロイター(共同)通信は「実施をめぐり賛否が分かれていた憲法改正のための制憲議会招集の是非をめぐる国民投票予定日の同日、兵士らが大統領を拘束した。・・・ 国民投票をめぐっては、大統領が現行憲法では認められていない再選を企図しているとして、野党からだけではなく与党からも反発が出ていた。最高裁や選管当局などが違法と認定したが、大統領は強行する構えだった。」と報じ、国内の混乱の模様を描写した後、「28日の国民投票は、11月の大統領選挙に合わせて制憲議会招集の是非を問う正式な国民投票を実施すべきかどうかの民意を探る、予備的な世論調査の意味合いを持つ。」と締めくくられていました。
 セラヤ大統領大統領は何をやろうとして、28日早朝に自宅を軍に襲われたのか?ロイターの記事を読んだ人は、現行憲法では禁じられている再選を企てて、憲法に違反した国民投票を強行しようとしたので、拘束追放になった、という印象を受けるでしょう。しかし、記事の最後にチョット妙なことが書いてあります。28日に行われる筈だったのは、「正式な国民投票を実施すべきかどうかの民意を探る、予備的な世論調査の意味合いを持つ」国民投票だったとなっています。つまり、憲法改正にかかわる国民投票を行うべきかどうかに就いての国民投票だったのです。ホンジュラスの憲法は、そうした世論調査まで、憲法違反として禁止しているのでしょうか?
 私は、私なりの調査努力の結果として、セラヤ大統領が実行しようとしていた世論調査的国民投票は、結果がどうでようと、法的には何の拘束力もなく、憲法にも違反していないものであることを確信しています。しかし、アメリカのマスメディアに登場する中米問題の“エキスパート”たちは、上掲のロイターの記事の線に留まったまま、セラヤ大統領がやろうとしていた事が、ホンジュラス憲法に照らして合憲であるか違憲であるかという問題には、踏み込もうとしないどころか、むしろその違憲性を匂わせます。一例をあげれば、ニューヨーク・タイムズ(6月30日)の署名論説(ALVARO VARGAS LLOSA)『ホンジュラスの勝者はチャベス(THE WINNER IN HONDURAS: CHAVEZ)』です。始めの一節と終りに近い一節を訳出します。:
■ ホンジュラスのクーデターに到る数週間、ベネゼラのウゴ・チャベスのお仲間であるセラヤ大統領は、自分がやっていることを知っていた。彼の再選を許す憲法改変を強行しようとすることでデモクラシーの限界ぎりぎりまで押してみて、軍部に罠をかけたのだ。軍部はそれに引っかかって、任期終了も間近い不人気な大統領を世界中の目を引く問題の男にしてしまった。・・・・
11月に予定された総選挙がもう近いとあって、セラヤ氏は自分の再選という最終目的を持つ国民投票を行うことにした。その動きは、大統領の任期を4年とする限定を変更することを禁じ、憲法修正の法的手続きを確立している憲法の諸条項を破るものであった。選管当局、最高裁、司法長官、議会、それに彼自身の党もセラヤ氏の意図が法律に違反すると宣言した。■
法律に違反したのはセラヤ大統領を現職から追放した側なのですが、彼等は、過去のアメリカ合州国政府との密接な関係に頼り過ぎて、勇み足を踏んでしまったのでしょう。このホンジュラスのクーデターはオバマ政府にとって、とても大きな頭痛の種ですが、私たちにとっての大きな頭痛の種は、この問題を通して、アメリカの主要メディアが我々に与える報道記事や解説的論説が、ものごとの本質を理解するために余り役に立たないどころか、むしろ、その妨げになりかねない、という事実です。
 アメリカの大テレビ局や大新聞には、能力的に知的に優秀なリポーターや論説委員が多数いる筈です。例えば、今回のホンジュラスのクーデターをめぐる合憲違憲の問題にしても、私が苦労して到達した結論を早くから認識している人々が沢山いると思われます。同じことは、日本のNHKや朝日新聞などについても当てはまるでしょう。セラヤ大統領がやろうとしていた事の合憲性が、何故、分かりやすく、私たち一般民衆に伝えられないのか? この頃の大学には、マスメディア論の専門の先生が沢山おいでのようですから、この点について、是非教えて頂きたいものです。
 上のニューヨーク・タイムズ(6月30日)の署名論説に続いて、同じ著者が、今度は、ワシントン・ポスト(7月1日)に、『ホンジュラスのクーデターは大統領の自業自得』と題する、別の論説を出しました。一部分を訳出します。
■ セラヤは、今でこそ彼が悪しざまにいう寡頭支配層の一員で、ホンジュラスの政治を何十年も牛耳ってきた二つの中道右派政党の一つの党首として、2006年大統領になった。彼の一般的な政策綱領、アメリカ合州国との中米自由貿易合意の支持と実業界との連携は、任期なかばで彼が政治家として服装倒錯者になろうとは誰にも気付かせなかった。ところが突然、2007年に、彼は社会主義者であると宣言し、ベネズエラと親密な結びつきを確立し始めたのだ。・・・・
昨年、ベネズエラのチャベスが前に書き下ろし、ボリビアのエボ・モラレスとエクアドルのラファエル・コレアが採用した筋書きに従って、セラヤは、彼の再選を阻んでいる憲法を変える選挙人集会をつくるための国民投票を行うと宣言した。次の数ヶ月、ホンジュラスのあらゆる法的団体--選挙管理委員会、最高裁、法務長官、人権監督官--はその国民投票を憲法違反と断定した。ボンデュラスの憲法(第5条、373条、374条)によれば、大統領の任期期限は如何なる状況でも変えることは出来ない;ただ議会だけが憲法を変更することが出来る;そして、政治機関は国民投票の支配を受けない。・・・・■
 先述したように、セラヤが実施しようとした国民投票は、その結果が何も法的拘束力をもたない一種の世論調査に過ぎなかったのであり、しかも、次の選挙は今年の11月に迫っており、セラヤ現大統領がこれからの4ヶ月の間に余程強引なことをしない限り、再立候補は不可能であったのです。それにもかかわらず、その世論調査の国民投票で、もし、圧倒的に憲法改変を支持する結果が出た場合には、政治的には重大な事態になることを、政府機構のすべてを掌握している寡頭支配層は恐れたのでした。
 アメリカ人の大多数はベネズエラのチャベスという男を嫌悪しています。ですから、上掲のような、権威ある二つの大新聞の記事論説を読めば、セラヤがやろうとしていたことの違法性を信じて疑わないでしょう。ボンデュラス憲法の条文まで具体的に指定しているのですから。
 ところが、同じ6月1日日付けで、Common.Dreams.org というサイトに、Alberto Valiente Thorensen という人の『ホンジュラスのセラヤ大統領の行動は何故合法であり、合憲であったか』という長い論説が出ました。それには、ワシントン・ポストの論説に挙げられているボンデュラス憲法の第5条、373条、374条、それに239条の内容に立ち入って、セラヤ大統領の行動が憲法違反でないことを詳しく論じているのです。私としては、こちらの方の論説に信を置く気持にならざるを得ません。
 6月3日には、さらに驚くべき論説がワシントン・ポストに現われました。Edward Schemacher-Matosという人の『デモクラシーのためのクーデター?』と題する論説で、
ホンジュラスでの今度のクーデターは、クーはクーでも合法クー、とでも言いたげな内容です。原文を少し引用します。
■ Brodi Kemp, a researcher at Harvard’s Safra Foundation Center for Ethics, say: “You could argue that Zelaya gave up his claim to moral legitimacy when he went outside the constitution. If you accept that, then what do the other political actors do? …. Sometimes an act is legitimate even though it proceed illegitimately.” ・・・
President Obama was correct in calling Zelaya’s ouster illegal, while Secretary of State Hillary Rodham Clinton declined to call the action a coup??in hopes of bringing Zelaya back into government but with wings clipped. In this instance, the U. S. government played the morally right hand.■
まさに驚嘆に値する詭弁と傲慢です。アメリカ政府には、今度のホンジュラスのクーデターをクーデターと呼べない理由があるのです。もしそう呼べば、アメリカ議会の法令に従って、アメリカが与えている経済援助と軍事援助の中止という懲罰措置をホンジュラスの違法政権に適用なければならないからです。セラヤを追い出した今の違法ホンジュラス政府は、アメリカ合州国の言うことを良く聞く「お利口さん」たちが占めているのですから、懲罰は是非とも避けてあげなければなりません。
 セラヤ大統領は5日(日)に飛行機で帰国しようとしましたが、違法ホンジュラス政府は空港を閉鎖して着陸を阻止しました。ホンジュラス軍は、セラヤ大統領を自宅で拘束し、国外に追放しただけではなく、キューバ、ベネズエラ、ニクアラガの3国の大使たちをも力づくで何処かに連れ去ってしまいました。よく調べたわけではありませんが、私の知る限り、マスメディアは彼らの安否を報じていません。マイケル・ジャクソンの死の方が遥かに重大なニュースだったからでしょう。

藤永 茂 (2009年7月8日)


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誰の言うことを信じればよいのか

2009-07-01 13:09:45 | 日記・エッセイ・コラム
 いろいろな事件が次々に起こります。イランの大統領選挙をめぐる騒乱はその最も注目すべき事件の一つだと思われますが、異なった強調点をもつ報道と解説や見解が入り乱れて、起こっていることの核心を掴むのが困難です。その大きな理由は、生起している一次的な現象の諸要素が、もともと、複雑に絡まり合っていて、単純な見方をとること自体が間違いであるという状況にあるとも考えられます。いまのイラン・イスラム共和国という國の特異で複雑な統治構造と、その成立の歴史まで理解するとなると、これは、私たち素人には、大変な仕事になります。かといって、いわゆる時事解説的な新聞記事やテレビ番組に頼ろうとすると、ここにも大きな問題が待ち構えているように思われます。アメリカでの生活経験などもあって、日本でもタイムやニューズウィークといった週刊誌を英語で読んでおいでの方たちは、日本の週刊誌に較べて、例えば、イラン問題についても報道記事がだんぜん長いし、充実しているように見えますので、何だか十分の判断材料に接したと感じられることが多いと思います。しかし、タイムやニューズウィークやワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズといったアメリカの代表的マスメディアだけに頼っていては駄目な世の中になってしまったようです。そこには、かつてはこの世に存在していたと思われる硬骨のジャーナリストなど居ないのです。また、日本のテレビや新聞が、嬉々として、専門的御意見を伺うアメリカの大学やシンクタンクの“その道のエキスパート”たちも殆どまったく信頼が置けません。すべてに政治が絡んでいるからです。そうした状況を認めながら、何かにつけて素人であり、門外漢である私のような者がこのようなカテゴリカルな判断を下すことが出来ると主張するのは妙だと思われるでしょうが、私は、5年ほど前から、アフリカのコンゴの問題という狭い切れ目(スリット)を通して、アメリカのマスメディアや言論界を覗き込み、乱読乱視(?)を続けているうちに、その世界が如何にひどく政治的に偏向しているかが次第に明らかに見えるようになり、あちらこちら彷徨いながらも、「おそらく、これが事態の核心だ」というものに近づける一種の土地勘のような能力が身に付いてきたと思うようになりました。もちろん、素人の我流で育てた土地勘が外れる場合もあるに違いありませんが、今度のイランの大統領選挙をめぐる騒乱については、私は自分の勘の正しさにかなりの自信を持っています。
 今度の場合、あれこれ読み漁り、考え漁るうちに、ア、これで決まりだ、と膝を叩いたのは、ZNet というウェブサイト(6月25日)に出た Hamid Dabashi の『イランの民主主義的急騰(Iran’s Democratic Upsurge)』という論考です。もし、一つの國の民意が選挙によって正当に示され、それに基づいて政治が行われるというのが、民主主義であるとすれば、今度のイランの騒乱は、多数のイラン国民がイラン・イスラム共和国の最高指導層に対して、断固として、民主主義政治の実行を要求した事件である、というのがダバシの見解です。「そんなことは誰にでも分かっているさ」とアメリカ人の誰もが言うでしょう。そして、もし、こうしてイランの民主勢力が盛り上がってアフマディネジャド大統領の暴虐な独裁政治体制が倒されれば、イランは民主主義の指導国家アメリカの傘下に入り、目出たし目出たしになると思うでしょう。しかし、ダバシは「そうはならぬ。イランの若者たちが血を流して求めているのは、本当のデモクラシーだ。」と言います。彼は、イランが本当の民主主義国家に生まれ変われば、困るのは疑似デモクラシー国家アメリカ合州国と、そのアメリカ合州国が“中東における唯一の民主主義国家”として支援して止まないイスラエルだ、と言い切ります。
 去る6月7日に行われたレバノンの議会総選挙の結果は、全議席128のうち、親米反シリア勢力の「3月14日連合」が71議席を確保し、反米反イスラエル派のヒズボラ勢力は57議席に留まりました。ヒズボラは2006年のレバノン・イスラエル紛争で圧倒的なイスラエルの軍事力を向こうに回して善戦し、引き分け的な停戦を獲得したことは、我々の記憶にあたらしいところですが、今度の選挙で、億万長者サアド・ハリリの率いる連合勢力が、暴力的なヒズボラを制して、勝利を収めたことで、アメリカのマスメディアはこぞってアメリカ民主主義の勝利を喜ぶ見方を示しました。しかし、ダバシの見方はまるで違います。今度のレバノン総選挙の実施の状況とその結果は、ヒズボラを議会政治の枠組みの中に適切に組み入れたレバノン国民の民主主義の勝利だというのです。これから、シリアがどう出るか、イスラエルがどう出るか、オバマのアメリカがどう出るか、私には見当もつきませんし、予想を立ててみる気もありません。しかし、歴史のゆっくりとした息づかいのもとで、結局は、ダバシが見据える方向にレバノンが動くであろうという予感を持ち、またその予感が当ることを祈る気持です。
 イランにはモハンマド・ハタミという立派な人物がいます。ハタミは穏健派の政治家として1997年から2005年まで大統領を務めました。イランを開放的な國にするために進歩的な政策をとったのですが、国内の保守勢力の妨害にあってうまく進まず、2005年に、現在のアフマディネジャド大統領にとって代わられました。ハタミには『文明の対話』(平野二郎訳、共同通信社、2001年)という好著があります。平野二郎氏の解説から少し引用します。:
■ このあとイランは、1980年9月から88年8月まで8年間にわたるイラクとの戦争に突入する。国連がのちに認定したように、この戦争はイラク側の仕掛けたものであったが、8年間の戦争で25万の成年男子を失った。また戦争の継続に備え、人口増加の政策をとったために出生率が上昇し、その結果2000年の時点で0歳から14歳までの国民が全人口の34%をしめるという、世界でも稀な“若い國”に変貌した。21世紀のイランは文字通り、こうした若い人たちがつくりあげていくことになるだろう。■(平野p258)
平野さんのおっしゃった通りに、そうした若者たちが、今度テヘランの街路に溢れて、政府の暴力に勇敢に立ち向かったのです。彼等の近未来に声援を送ろうではありませんか。
 ダバシの見解を私が正しいものとして採るのは、彼の見解が私の見解に合致したからではありません。私は彼の論考に出会うまで迷っていたのです。アメリカの左派の有力な論者たちの多くが、今度の反アフマディネジャド大統領の騒乱の裏には、アメリカのCIAの煽動があると主張したからです。あったかも知れません。しかし、ダバシはそれに一言も触れません。騒乱は、若いイランの自発的な民主主義の盛り上がりである-これが、事の本質だというのです。何故、このダバシの断定を全面的に受容するのか?それは、私が、ハミド・ダバシという人物に全面的な信頼を置くからです。その信頼は、彼の二册の著書、
* 『IRAN A PEOPLE INTERRUPTED(イラン 遮られた民)』(2007年)
* 『Dreams of a Nation ON PALESTINIAN CINEMA (ある國の夢 パレスティナ映画に
ついて)』(2006年)
に接することで培われました。下の本はダバシの編集ですが、エドワード・サイードの美しい序文が付いています。

藤永 茂 (2009年7月1日)


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